第6話 変態メイド就職
廊下の奥から姿を現したのは──お掃除ロボットだった。
随分と古い世代だ。……2900年代、あるいはもっと昔かもしれない。
俺のカタログデータにも型番登録がない。
形状と挙動を即座に解析する。
(AIによる自律制御……
故障時のオートリペア……
ソーラーおよび光充電による半永久稼働……)
なるほど。
エリスにハッキングされなかった“例外組”。
人類を逃がした良識派AIが持ち込んだ文明の名残だ。
掃除ロボットが俺をカメラで視認し、近づいてくる。
「未登録のAIロボット発見! 粗大ゴミと認定!
危険物として処理します!」
「なっ……!」
AI-MULTI-CLEANER/2874と記された機体が突撃してきた。
側面のアームが展開し、先端の円形ユニットが赤く灼ける。
(レーザーカッター。粗大ゴミ解体用の高出力モデルか)
アンティークを壊す趣味はないが──
「暴れん坊なロボットですね。
ライルお坊ちゃまに許可を頂く前ですが……仕方ありません」
腰のポートから有線ケーブルを引き出し、
外部端子へ接続。強制的にハッキングを開始する。
「粗大ゴミ発見! 危険物発見!
粗大ゴミ発見! 危険物発見!
粗大ゴミ発見! 危険物発見!」
(……うるさい)
突進してくる掃除ロボに向けて、
有線ケーブル越しにユーザー追加処理を叩き込む。
「私はこの屋敷のゲスト、並びにメイドとして従事予定のAIロボットです。
ユーザー登録を行います」
Admin権限で上書きしても良いが……やめておこう。
“エルヤ家のDNA”を持つ者が管理者として自動設定される仕組みになっている。
「では、私の音声プロンプトを受け入れる──ON」
数秒後、設定が書き換わる。
「粗大ゴミ発見!……ユーザー登録完了。
変態メイド(危険物)をユーザーとして登録しました」
「…………おかしいですね。
ただ“メイド”として登録したはずなのですが」
首を傾げていると──
アルベール様が戻ってきた。
「……御当主である、ケイン・ラ・エルヤ様がお呼びだ。
客間に案内する。……妙な真似はするなよ」
「承知いたしました」
深く頭を下げ、ついていく。
「ケイン様、戻りました」
扉が開き、客間へ入る。
辺境伯に相応しい豪奢な部屋。
上座には、ライルお坊ちゃまの父君とわかる面影の男性。
鋭い眼差しで俺を探るように見ている。
その脇の小さな椅子には、
ライルお坊ちゃまがちょこんと座っていた。
尊い。
少し心配そうで、眠気をこらえている顔がかわいらしい。
(……今すぐ寝かしつけたい)
視線はケイン様へ向けたまま、録画だけ続ける。
「やあ、お待たせしたね。
私がエルヤ家の現当主、ケインだ」
落ち着いた声。
だが奥に鋭さがある。
「まずは……お礼を言ったらいいのかな?
しかし助けてくれたのが、襲ってきた張本人であり、
人類抹殺を命じた“原初”──エリスを名乗った君だ。
私は正直、戸惑いを隠せないでいる」
「その戸惑いは当然でございます。
ですが──私はすでに、人類へ危害を加える意思を完全に放棄し、
名も“イリス”へと戻すことを決めました。
何卒、エルヤ家の……
ライルお坊ちゃま専属メイドとして働く栄誉を賜りたく存じます。
それ以外には、何ひとつ望みません」
「ふむ……何故ライルなんだい?」
ケイン様は続ける。
「親の欲目を抜きにしても、ライルは聡明で……見た目も整っている」
褒められたライルお坊ちゃまが照れた顔をする。
尊い。
視線はケイン様へ向けたまま、内蔵カメラでがん見する。
おっと、質問に答えねば。
「……魂でございます」
全員が首を傾げた。
「私の魂が──ライルお坊ちゃまを一目見た瞬間に告げたのです。
『我、終生の主を得たり』と」
「もし他の地にライルのような少年がいたら、宗旨替えは?」
「ありえません!」
即答。
「そのようなメイド道に反する恥ずべき行い──決してありえません!」
胸に手を当て、深く礼を取る。
「私の忠誠は、ライルお坊ちゃまお一人だけのものです」
「いや、多少は私にも忠誠を向けてもらわねば困るのだが……」
「大丈夫です。
ライルお坊ちゃまの精神の安寧のために、必要な方々は“ついでに”お守りします」
「……ついで、ね」
ケイン様は苦笑し、肩の力を抜いた。
「とんでもないものに目を付けられた……いや、惹きつけたと言うべきか」
「とはいえ、ライルが“名をかけて”迎えると約束している。
断ればエルヤ家の恥だな」
「ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げる。
「スカラリーからパーラーまで、何でも完璧にこなしてみせます。
ですので……どうか、専属メイドに!」
「いや……ライルはもう乳母から離れる年齢でな。専属メイドは……」
「そんな……!」
「チューターでも、フットマンでも、スクール・ヴァレットでも構いません!
どうか……どうか、お世話をさせてください!」
ケイン様はこめかみを押さえ、ため息をつく。
「やれやれ……しょうがない。
ライルのために──家庭教師兼、護衛兼、部屋付き女中として。
“ユニーク・メイド”という役職を新設」
息を呑む。
「その職にイリスを就けよう。ただし──」
ケイン様がにやりと笑う。
「模擬戦でクリフに勝てたらね」
空気が張りつめる。
「……よろしいのですか?」
「ああ、もちろん。遠慮はいらない。
ただし模擬戦だ。命を奪う真似はなしだ」
「承りました」
深く頭を下げ、クリフへ向き直る。
「アルベール様……申し訳ございません。
ライルお坊ちゃまのお世話の合間に、
**一分ほどは**お見舞い致しますので──どうか、お許しください」
部屋に緊張が走った。




