第1章:Re:BOOT ―― 0.00% の残滓
1. 観測される「現実」
2026年3月28日、土曜日。午後11時。
東京・渋谷スクランブル交差点は、深夜とは思えないほどの人混みに埋め尽くされていた。
神代 零(20)は、ハチ公前の街頭ビジョンを見上げていた。
彼の瞳には、行き交う人々が映っていない。彼が欲しているのは、この調和の取れた世界の「外側」だ。
「……空っぽだ。何もかも」
零が呟いた瞬間、ポケットの中のスマートフォンが異常な熱を持ち始めた。
画面には、本来なら表示されるはずのない**『System Update: 99.99%』**の文字。
そして、時刻が11時01分を指した瞬間、世界から一切の色彩が剥がれ落ちた。
2. アップデートの執行
ドクン、と。
全人類の脳内に直接、電子の拍動が響く。
【全人類への通知】
【地球バージョン 1.0 は、リソース過多により終了しました】
【バージョン 2.0 『生存競争』を即時実行します】
【全個体に『属性』および『初期スキル』を割り当て中……】
交差点の真ん中に、巨大な「黒い立方体」が出現した。
それは物理的な物体ではなく、空間そのものが欠落したような絶対的な虚無。
そこから溢れ出した幾何学模様のノイズが、悲鳴を上げる人々を飲み込み、その肉体を「ステータス」という名の記号へと書き換えていく。
「あ、ああっ……力が、力が湧いてくる!」
近くにいた男が、手に炎を宿して叫ぶ。
「私は『魔術師』だ! 選ばれたんだ!」
人々が狂乱し、手に入れた「力」を振るい始める。だが、それは進化ではない。サーバーの負荷を下げるために、彼らの精神がシステムに「最適化」された結果に過ぎない。
3. 簒奪者の覚醒
零の視界にも、半透明のウィンドウが浮かぶ。
しかし、その内容は他の人間とは決定的に異なっていた。
【エラー:未定義の個体を検知】
個体名: 神代 零
状態: 削除対象
スキル: ―― (アクセス拒否)
「削除対象、か」
零は自嘲気味に笑った。
システムは彼を、前のバージョンから消し忘れた「ゴミ」だと判断したのだ。
周囲で覚醒した者たちが、零を「無能」と見なし、邪魔だとばかりに突き飛ばしていく。
その時、一人の少女が、暴走した「戦士」クラスの男に襲われようとしていた。
男の腕は岩のように肥大化し、システムから与えられた暴力を行使しようとしている。
零の胸の奥で、冷たい「渇望」が鎌首をもたげた。
(……気に入らない)
システムが勝手に決めた序列。勝手に割り当てた役割。
そんな安っぽい「力」に、自分の視界にあるものが壊されるのが、耐えがたく不快だった。
「それは、お前の力じゃない」
零が歩き出す。
男が岩のような拳を振り下ろした瞬間、零はそれを回避することなく、左手で真っ向から受け止めた。
【警告:致命的なエラー。権限外の干渉を検知】
「うるさい。システムだか神だか知らないが――」
零の左手が、男の腕を伝って「力そのもの」を逆流させる。
「俺の目の前で、俺の許可なく動くな。その力、俺が貰い受ける」
【スキル:『渇望(Cravings)』 ―― 指定リソースの強制接収を開始】
パリン、と。
現実の空気が割れるような音が響き、男に宿っていた「戦士」のスキル、経験値、そしてシステムとの接続権限が、濁流となって零の中へと吸い込まれていった。
男は力を失い、ただの人間に戻ってへたり込む。
代わりに、零のステータスボードが激しく明滅し、ノイズを撒き散らしながら書き換えられていく。
【簒奪完了】
称号: ――(解析不能)
権能: 世界の断片を私物化する権利
零は、奪い取ったばかりの「力」を掌で転がし、冷徹な瞳で夜空を見上げた。
空には、現実には存在しないはずの「巨大な瞳」が、バグを排除しようとこちらを覗き込んでいる。
「……次は、お前だ」
その瞬間、この小説を読んでいるあなたのデバイスに、一瞬だけノイズが走ったかもしれない。
神代 零の渇望は、すでに物語の「枠」を食い破り始めている。
第2話予告:『初期化への抵抗』
最初の権能を奪った零。だが、システムは彼を「最優先排除対象」に指定。
渋谷に「管理者」の尖兵が降り立つ。一方、零は奪った力を用いて、現実世界の物理法則を無視した「自分の領土」を作り始める。




