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ザーデルテ王国の王城、その執務室には重い空気が垂れこめていた。
執務室の窓際に立ち、外を見ている壮年の男が呟く。
「地竜……ダンジョンの奥には竜が潜むというは本当だったのだな……」
男はザーデルテ王国第十三代国王エルドグイン三世。賢王として国民に親しまれているが、本人は現状維持を優先し、領土的野心を持たない可も不可もない凡王を自認している。
その男の視線の先、城を巡る防壁の外に巨大な竜の頭が見えていた。
「しかし、なぜこのタイミングで……余の代になって現れたのだ……」
王の表情に有るのは恐れと言うよりも困惑だった。今朝がた竜は突然現れ、ダンジョン前を封鎖したもののそれ以上の動きは見せておらず、何を目的としているのか皆目見当がつかなかった。
「恐らく、先のダンジョン侵攻がきっかけかと思われます」
答えたのはシルファン伯爵。王の秘書官を務めている白髪の壮年であった。
「あれはスタンピード抑制のための間引きと言う話では無かったのか?」
「はい、宰相はそう申しておりましたな。ですが……どうやら虎の尾を踏んだようです」
言って伯爵は数枚の書類を差し出した。
「こちらは冒険者ギルドに潜らせている草からの報告です」
王は怪訝な表情で書類を受け取り表紙をめくる。
「知性ある魔物だと……」
「はい。三週間前、死んだとされていた冒険者が帰還し、ギルドマスターにした報告だそうです」
「三週も前に? なぜこれほどの報告が三週間も余のもとにこなかった?」
「それが……宰相閣下が、このような荒唐無稽な報告をして陛下を煩わせることは無いと……」
「あの豚が……知性ある魔物がいる可能性は研究者から指摘されていたであろう。その確認が取れたと言うのに握りつぶしたのか……エルフを魔物扱いし侵攻したドサント国がどうなったか……奴は歴史も知らんのか!?」
「……恐らくダンジョン資源の利権絡みかと……このような事が明るみになれば、陛下も此度のダンジョン侵攻を慎重になられると思ったのでは」
「下衆が……しかし、それなら早急に件の冒険者から話を聞く必要があるな」
「それが、その冒険者はギルドの拘置所に幽閉されてるとのことです」
「幽閉……なぜだ?」
「先のダンジョン侵攻で裏切ったとのことですが……こちらはどうも後付けの理由の様ですね。初めは殉職と言う形で処理されていたので」
「宰相か……」
「それとギルドマスターも一枚噛んでるかと」
「……宰相はどうしてる?」
「大慌てで騎士団を招集しています」
「馬鹿が……千や二千の騎士で地竜が抑えられるものか……」
「仰る通りですが、しかし、放置するわけにもいきません」
「……とりあえず、騎士団には攻撃はするなと伝えておけ。その間に件の冒険者の話を聞く。今すぐその者を連れて参れ。これは勅命である」
伯爵は恭しく一礼をすると、足早に執務室を出て行った。
王はデスクに書類を置くと、再び窓の外に視線を向ける
城壁の向こう、地竜は相変わらず何の動きも見せていない。
過去の文献にある竜の破壊力は、この国の騎士団や冒険者を総動員しても立ち打ちしうるものでは無かった。竜とは天災なのだ。人類が立ち向かうものでは無く、適応するものだ。
「……知性か………ダンジョンの入り口を塞ぎ、攻撃もせず王国を威嚇する者に知性が無いわけが無いか……」
◇
「いや、ちょっとデカすぎじゃね?」
人化を解いたゾーイさんは、ダンジョン第五層で見た時よりも大きく感じる。
「(魔力が充実してますので)」
口の構造的に喋れなくなってるゾーイさんが、どこか嬉しそうにテレパシーで伝えてくる。
自分で立てた作戦とは言え、威圧感抜群である。
ゾーイさんの人化前に、ダンジョン入り口の検問や近くの詰め所はトリトネリアが制圧していたので、人的被害は今のところない。まぁ、ダンジョンが城壁の外にあり、近くに民家も無かったと言うのが幸いしているわけだが。
「(当分さん、本当にこのまま待ってるだけで良いのですか?)」
「ああ、構わない。もし攻撃してくる様であれば……」
言ってオレは城壁の向こうに見える尖塔の更に向こうの山の頂を指さす。
「あの先っちょをブレスで吹き飛ばしちゃって。多分、それでビビッて動かなくなると思う」
「そんな単純かのう?」
横から口を挟んできたのはアラフネのクラティアさん。
「いえ、希望的観測です。それで止まらなければ、皆さんで攻撃してください」
「主殿はそれで良いのか?」
背後からがっちりホールドを決めてるメリアスのイオニクリサが聞いてくる。
オレが人間故の気付かいだろうが、オレにはこの世界の人間に肩入れする理由がない。敵対するなら戦うまでだ。まぁ、オレ自身が戦えるわけでは無いが。
「ああ、構わない。でも、出来れば行動不能にするだけにしてくれると、後の交渉がやり易くなると思う。手足くらいなら千切れても治療できるしね」
オレの言葉に一同が頷く。
「あ! 城門が開きはじめました!」
トリトネリアのビザリニルトが開き掛けの城門を指して叫んだ。
見ると、確かに城壁の大扉が開き始め、わらわらと冒険者と思われる一団が溢れ出てくる。その数およそ100名くらい。その背後には煌びやかな鎧をまとった一団が控えていた。
「冒険者と騎士団の混成部隊じゃの。だが、思ったより冒険者の数が少ないのぉ……やはり、前回の襲撃でかなり消耗してたと見えるの」
冒険者の一団は扉の前で隊列……と呼べるほど立派なものでは無いが、横一列になって騎士団の前衛を務める模様。そのままじわじわとこちらに迫ってきている。
「(顔に怯えの色が見えますね)」
と楽し気にゾーイさんが言うが、そりゃ、巨大な地竜を前に笑顔で進軍できる人間なんぞいないでしょうよ。
「怯えたまま一定距離で止まってくれれば楽なんですけどね」
「ふむ。まぁ、それが一番楽じゃの」
しかし、世の中何事も望み通りには回らない。
よく見ると、冒険者の後ろの騎士団の中にボウガンを構えた連中が混じっている。
いや、ボウガン持ちが居るのは不思議なことではない。その射線の向きが問題なのだ。
馬上の騎士が持つボウガンは、あからさまに射線を下に向けている。
つまり、地上を進む冒険者の方に。
「督戦隊か……えぐいことする……」
「主殿、督戦隊とはなんだ?」
人間の軍隊のことに疎いイオニクリサが聞いてくる。
「味方の敵前逃亡を防ぐために配置された部隊のことです。士気の低い軍隊で前衛を脅迫するために配置される、言わば味方殺しの連中ですね」
「味方殺し……悍ましいことを考えるものだのぉ……」
イオニクリサの言葉にあからさまな嫌悪感が滲んでいる。
まぁ、オレも100%同意なわけだが。
「(止まりませんね。当分さん、やっちゃっていいですか?)」
「え? ええ、まぁ……と言うか、ゾーイさんなんか浮かれてません?」
「(うふふ、手加減も自重も無いブレスを放つのは、私も初めてなので)」
言って、ゾーイさんが天頂を仰ぎ、ゆっくり息を吐き始める。
最初、そこには何も見えなかった。
だが、大気中に光の粒子が舞い踊りだし、それがゾーイさんの口に集まっていく。
すると、細い細い黄緑色の光線が天頂に向かって伸びているのが見え始める。
そして、その光線にプラズマが纏い始めたところで、ソーイさんは徐に首を振った。
光線が城の向こうに聳える山の山頂を薙ぐ。
そして、その頂きは、一瞬の間を置いて消し飛んだのであった。




