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2.ナノニドウシテコウナッタ

 王族である彼女はやはり敷居が高い。サークルのメンバーたちは敷居の外から恐る恐る声をかけてはみるものの、なかなか近寄るまでは至らない。呼び名はマコ様、敬語もなかなか外せない。

 そこで初回担当で免疫ができたであろうコムラを盾に使って、盾越しにコミュニケーションを試みる。  

 プリンセスがサークルに来るとコムラが呼ばれ、プリンセスがボランティア活動をする時は、コムラがパートナーになって指導する。

 プリンセスも、透明な壁を築いているメンバーには、プリンセス・スマイルを向けておくぐらいしか仕方ないので、実のある話をしようと思えばコムラを捕まえるしかない。


「やあ、プリンセス。明日は介護付き高齢者福祉施設に慰問に行くんだけど、参加希望でいいんだよね」

「えぇ、コムラ先輩。ただ、施設まではどうしても車になってしまうので、現地集合で」

「分かってるよ。随行は一人、施設周辺にSPが何人かつくんだよね。ただ、明日は王族の訪問が趣旨じゃないんで、施設長以外はプリンセスが来るなんて知らないし、教えないからね。君も一般学生と同じように振る舞ってよ」

「えぇ、私は別に当たり前にしていれば一般学生そのものなんですけど…、メンバーの方々があんまり遠慮なさると」

「うん、だから基本的に演技派王子の僕がペアで回るから」

「あぁ、それなら。でもコムラ先輩、私のことをプリンセスって呼ぶでしょう? あれはさすがに気づく人が出てきちゃうような気がしますけど」

「そうだね。でも王族には姓がないからなぁ。プリンセスを略してプリンちゃんとか」

「絶対、嫌です。王室から正規ルートで抗議を申し入れます」

「ごめん、人生終わるからそれは勘弁して」

「普通にマコと呼んで頂ければ」

「いや、呼び捨てはさすがに、ねぇ? マコ様じゃ意味ないし、マコちゃん?」

「そうですね、それでお願いします」

「OK、マコちゃん、って、ちょっと冷や汗もんだけどね。不敬罪で逮捕されないかな」

「コムラ先輩、法学部でしょ。我が国に現在、不敬罪は存在しません」

「存在するんだよ、世間の中にね」


 サークルの先輩、後輩として、二人は徐々に親密になっていった。

 とは言え、チャラい王子にはプリンセスへの下心など毛頭なかった。

 王族と親しくしておくことが、将来に対して何等か有利になる可能性ぐらいは意識していたけれど、であればあるほど適切な距離が必要。遊びで付き合える相手ではないし、王族との結婚なんて途方もなさ過ぎて考えたくない。経済的には安泰かもしれないけど、代償も小さくないだろう。

 いや、考えてみたくない。


(ナノニドウシテコウナッタ)

と、隣で見上げている彼女の唇にキスを落としながら、頭のどこかは呆然としている。

 出会ってから3年目のプリンセスと王子である。


 講師都合で休講になった空き時間に、と久しぶりに顔を出したサークルで、彼女に会ったのは偶然だ。多い時は週に1、2回は顔を合わせていたけれど、4年生になってサークルも実質引退してしまうと、滅多に会うことはない。


「あ、コムラ先輩、魔力補填、ご協力お願いします」

「プリンセスの御下命とあらば、喜んで」


とワークブースに二人で移動し、並んで汎用義足に魔力補填を始める。汎用義足は、設置者の神経パルスに反応して動く義足で、稼働の動力と神経パルスの機器への伝達に魔力が使用される。かなり集中力の要る作業で目を離せないが、慣れている二人は並んだまま会話を楽しむことぐらいはできる。


「コムラ先輩の魔力充填は手早いですよねぇ、そつがないと言うか要領がいいと言うか」

「マコちゃん、褒めてるようで微妙にけなしてない?」

「被害妄想ですよ。敬愛する先輩を微妙にけなすなんて、するわけないじゃないですか」

「そう?」

「やるなら真っ向唐竹割り、正々堂々正面突破が信条です」

「…、僕を割らないでよね」

「さあ、どうでしょう。それにしても久しぶりですよね」


 彼女は少し責めるような口調で言う。


「ううん、そうだね。まぁ、出なきゃいけない講義も少ないし、バイトは忙しいし」

「先輩、バイト掛け持ちしてましたもんね。何でしたっけ」

「バーテンとオリコミと司法書士事務所の手伝い」

「閑がないわけですね。不善を為さないように?」

「あのな、誰が小人だよ。院に進むから学費を貯めてんの」

「そうですか。だったら、もうしばらくは同じ学内にいるんですね。良かった」

「良かった?」


 コムラは魔力充填の為に手元に集中していた視線をプリンセス・マコに向けた。彼女はまだ下を向いたまま、淡々と言葉を続ける。


「えぇ。学内にいるなら、たまにはサークルにも顔を出してくださるでしょう」

「そう、だね。そうするかもね」

「そうしたら、こうしてまた会えるかもしれませんからね」

「そうだね。会えるかもね」

「そう思うと、寂しくても、また会えるかもって、思えるじゃないですか」


 彼女はそう言ってから、ふっと顔を上げて、隣で見つめているケンを見た。小さく、笑った。その笑みに吸い込まれるように。

 ケンはプリンセス・マコにキスをしてしまった。


「どうしたんですか、急に」


と全く慌てていないプリンセス・マコのいつもの微笑みに、


「うん、どうしたんだろうね」


と苦笑いをしてしまうコムラ・ケン。


「閑だったのかしら」

「不善を為す? 不敬罪かな、やっぱり。打ち首獄門?」

「不敬罪は存在しません」

「だといいんだけどね。あぁ、参った」

「えっと、今ならノーカンにしてもいいです」

「いや、そこまで酷い男じゃないよ、僕は」

「良かった。一応、申告しておきますが、ファーストキスですから」


(そうですか。詰んだな)


「重い申告、確かに承りました。いや、もうね、何となく薄々、自分の気持ちも分かってはいたんだけどね。でも、そうじゃないと思いこもうとしてたんだよ。まぁ、望みがあるとは思ってなかったし、成立しちゃっても、その後どうすればいいか分かんないしね」

「そうですね。私はかなり前から、自分の気持ちは分かってました。コムラ先輩もたぶん好意以上を持ってくれてるなぁ、でも踏みとどまってるなぁ、って思ってました。私も気持ちを押し付けちゃいけないとは思ってたんです。客観的に見たら絶対にお勧めできない物件ですから」

「いや、高嶺の花でしょ、普通に」

「高嶺にある花がみんな綺麗な花とは限らないでしょう? 取りにくいだけで綺麗でも無ければ薬効があるわけでもない花を、わざわざ取りに行く必要はないです」

「いやいや、僕には価値があるから。それより、そっちが僕でいいのかって話だよね。まぁ、顔はいい方だけどさ」

「そうですね」

「そこは、自分で言うなって突っ込んでくれないと、僕が悲しい」

「そういう所です。私が好きになったのは。もう第一印象からです」

「僕の第一印象? どんなだった」

「チャラい」

「ひどい」

「で、打たれ強い。健気でちょろくて、カワイイ」

「絶対に褒めてないよね」

「褒めてるんじゃないです、惚れてるんです」

「!」

「ほら、赤くなった。やっぱりちょろいです」


 コムラはワークデスクの上に突っ伏した。


「もう好きにしてよ」

「でも、私がこんな軽口を叩けるのはコムラ先輩だけなんです」


 マコが静かに言った。


「そんなことはないだろ。君は友達とだってちゃんと打ち解けて」

「えぇ、節度を持って打ち解けています、適切な距離で。だってプリンセスなんですよ。王族なんですよ。向こうは扱いづらいじゃないですか。だから、こっちから打ち解けます。打ち解けながら、これぐらいの距離ならいいですよねって、ラインを引きます。そうすると、相手もそこまでは安心して歩み寄ってくれます。そしてそのラインを越えてきません」


 コムラは小さくため息をついた。


「そんな風には見えなかったけどな」

「コムラ先輩はチャラかったので、いきなりこっちが距離を設定する前に踏み越えてきました。当然、こちらは受け入れません。でも、コムラ先輩は失礼ではなかったけど、一貫してチャラかった。こちらが嫌がることはしないけど、距離をとったり、こちらからラインを引くのを待ったりしなかった。だから、私たちの距離感はコムラ先輩が決めたんです。同年代の人で、そんな人はコムラ先輩だけです」

「いやいや、そこまでチャラいって連発されると心外なんだけど、ほら、建前とは言え、大学では一般の学生として過ごしたいってことだっただろ。だから、そういう空気を作っていくべきだなって、思ってたんだよね、確か」

「分かりましたよ。でも、その結果があのチャラさなのが…」

「くだけた感じで笑って貰おうと思ったんだよっ」

「いえ、もう隠しがたい本性ですね、それは。それにちょっと反応してみせたり、笑顔をちょっと深くしたりすると、すごく敏感に反応して食いついてくるし。それでいて勘違いで口説いてくるほどのおバカさんじゃないし。あぁ、この健気な人は、私に普通の学生として振る舞えるように、そういう空気を作るためだけに、頑張ってくれてるんだなって、分かっちゃうとどうしようもないじゃないですか。」

「あぁ、まぁ」

「おかげでコムラ先輩とだとちょっとぐらいの隙は見せても平気になるし、ずけずけ物を言っても大丈夫になるし、めちゃくちゃラクになって」

「ラクにねぇ、それってあんまりロマンティックな関係性じゃないよなぁ」

「ロマンティックどころじゃないです。王族なんて、変に発言したら、不敬にあたったんじゃないかとか、逆に政治的な意図があるんじゃないかとか、かと言って堅苦しくしてると、それはそれで偉そうとか、上から目線で庶民を見てるとか。当たり障りのないことを、当たり障りないように、しかも王族の品位を保ちながらフレンドリーに聞こえるように発言するんですよ。その加減を全部とっぱらっていいなんて、こんなの経験したら、それなしじゃいられなくなっちゃう。どうしてくれるんですか、先輩」

「どうしてくれるったって」

「甘やかした責任を取ってください」


 ひたっと合わせてきたプリンセス・マコの視線を、コムラ・ケンは正面から受け止めた。

約10秒の沈黙。


「えーと、分かった。初めてマコちゃんの気持ちを確かめられたその日ってのは、ちょっと展開早過ぎだけど、両想いなんだからいいだろ。結婚しよ」

「えっ、ちょっと、本気ですか」

「君が言わせたんだろ、他に責任の取りようなんかないぜ」

「それは言葉の勢いというか、困らせてやろうという甘えみたいな」

「その勢いに乗った。うん、そうしよう。じっくり考えたら、怖くて決断できそうにないからね」

「だったら」

「でも諦めるのもできそうにないし、さ。だから決めちゃおう。結婚しよう、返事は」

「はい、です。もう、本当に、絶対に、責任とってもらいますからね。もう、こんなに甘やかして、我ままさせて、先輩無しで生きていけなくなっちゃいましたからね」


 プリンセス・マコの細い目は、いつもの微笑みの形のまま、涙が浮かんでいた。


「大船に乗ったつもりで任せて。とにかく沈まない、止まらない、降ろさない。行き先は風任せだけどね」

「了解、舵は私が握りますね」


 二人は声に出して笑い、そしてそのまま寄り添い合い、長い長い口づけを交わした。


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