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隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい  作者: 夕凪虚音
第1章 心を読む少女 ― 推し爆誕編
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第37話 無敗の代償【安城恵梨香視点】

(……綺麗なお姉さん、とか?)


ぽつりと漏れた隣の席の神田君の“心の声”。


それが、胸の奥に――鋭く刺さった。


私だけを見ていると思っていた。


私だけを“推している”と思っていた、この男が。


他の女の子を「綺麗」だなんて――思うなんて。


別に、怒っているわけじゃない。


なのに。


胸の奥が、じわりとざわつく。


理由のわからない苛立ちが、じわじわと広がっていく。


――けれど。


(世界一可愛い推し)


その一言が、彼の心の中で響いた瞬間。


(ふふ……)


本に視線を落としながら。


私は、ほんのわずかに口元を緩める。


(“世界一”ってことは)


(……私の方が、そのお姉さんより可愛いってことよね?)


さっきまでの感情が、嘘みたいに消えた。


(……私、なんで)


戸惑いながらも。


私は、すぐにその答えに辿り着いてしまう。


――彼には、あの時のようにまっすぐでいてほしい。


何かに真っ直ぐで。


誰かに迷わず手を伸ばせる、そんな人でいてほしい。


……他を見てほしくない


私が、勝手に押しつけているだけの期待。


(……ほんと、勝手ね)


苦笑が漏れる。


でも――


そう思うようになったのは。


きっと、あの時からだ。


♢♢♢

――一本! そこまで!


鋭い声が、道場の空気を切り裂いた。


乾いた竹刀の音が、遅れて響く。


「すっ、すげぇ……まるで相手になってねぇ……」

「攻撃がかすりもしねぇ……まるで心を読んでるみたいだ……」


ざわめき。


視線。


評価。


称賛。


――そして。


嫉妬と、絶望。


そう。


中学時代の私は――無敗だった。


理由は、簡単。


私は、相手の“心の声”が聞こえる。


どこを狙うのか。いつ踏み込むのか。どう動くのか。


全部、先にわかる。


だから、負ける理由なんてなかった。


……でも。


勝つたびに、聞こえてしまう。


「……あんなに努力したのに、なんで」

「……毎日、誰より頑張ったのに」


竹刀を握る手が震えていた子もいた。


顔をぐしゃぐしゃにして、立ち上がれなくなる子もいた。


みんな、必死だった。


遊びたい気持ちを押し殺して。


友達の誘いを断って。


夜遅くまで、一人で素振りをして。


それでも――私には、届かなかった。


(……どうして)


胸の奥が、じくじくと痛む。


私はただ、“先回りしているだけ”。


相手の努力を、真正面から受け止めることすらせずに。


勝っている。


(これって……)


(ズル、じゃないの……?)


「悔しい……」

「毎日100本、いや200本振ってきたのに……」

「なんで……!」


誰にも届かないはずの本音が、私には届いてしまう。


試合が終わり、礼をする。


本来なら、敬意を込めた一礼。


――でも私には、それが。


謝罪にしか思えなかった。


「ごめんなさい」


そう言っているようにしか、聞こえなかった。


勝てば勝つほど、竹刀が重くなる。


まるで――


“お前に、振る資格はない”


そう告げられているみたいに。


汗が頬を伝う。


息が、苦しい。


視界が、揺れる。


(私は……)


(間違えてるのかもしれない……)


ぽつりと零れた言葉は、自分でも驚くほど重かった。


「……少し、休憩しようかしら」


防具を外す。


湿った空気が、肌に張り付く。


乱れた呼吸を整えながら、私は更衣室へと向かった。


――そして。


道着から着替える。


黒のオーバーサイズのトラックジャケット。


レースのあしらわれた、淡いピンクのキャミソール。


ハイウエストのダメージデニムショートパンツ。


鏡に映る自分。


さっきまで竹刀を振っていた人間とは、まるで別人みたいだった。


(……バカみたい)


武道とは、正反対の格好。


まるで――


“普通の女の子”になろうとしているみたいで。


少しだけ、自嘲が漏れる。


それでも。


――逃げるように。


私は道場を出た。


足の向くままに、近くの公園へと向かう。


冷たい風が、火照った頬を撫でる。


少しだけ、楽になる。


ベンチに腰を下ろし、レモンティーを口に含む。


甘さと酸味が、ゆっくりと広がっていく。


……そのときだった。


トン。


トン。


乾いた音が、静寂を揺らした。


(……誰か、いる?)


顔を上げる。


夕暮れに染まったバスケットコート。


オレンジ色の空の下。


ひとりの少年が、ボールをついていた。


一定のリズムで、淡々と。


まるで――


何かを振り払うように。


(……)


不思議と、目が離せなかった。


胸の奥のざわめきが、少しだけ静まっていく。


夕焼けの中で、ボールが弾む。


その一つ一つの音が、やけに鮮明に響いた。


それが――


私と、神田ゆういちの出会いだった。

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