第37話 無敗の代償
(……綺麗なお姉さん、とか?)
ふと漏れた神田の“心の声”が、胸の奥に鋭く刺さる。
私だけを――私だけを推していると思ってた、この男が。
他の女の子を「綺麗」だなんて思うなんて。
(……別にいいけど。ほんと、別に。
他の女の子がどうとか、この男が誰を可愛いと思ってようと、私には関係ないし)
そう言い聞かせるけど、なんか、気に食わない。
この男には……真っ直ぐでいて欲しい。
そんな勝手な期待を私は私の都合で抱いている
そう、ずっと――あの時から。
―― 一本! そこまで!
道場に鋭い声が響き渡り、竹刀が乾いた音を立てた。
「すっ、すげぇ……まるで相手になってねぇ……」
「攻撃がかすりもしねぇ……まるで相手の心を読んでるみたいだ……」
ざわつく周囲の声。
そう、中学時代の私は――無敗だった。
理由は簡単。
私は相手の“心の声”が聞こえる。
何を狙い、どう動こうとしているか、全部先にわかる。
でも、勝つたびに――必ず聞こえるんだ。
「……あんなに努力したのに何で」
「……毎日、誰より頑張ったのに」
竹刀を握る手が震えていた子もいた。
汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにして、立ち上がれなくなる子もいた。
皆、血の滲むような努力をしてきた。
遊びたい気持ちを我慢して、友達の誘いを断って、夜遅くまで、一人で素振りをして――
それでも、私に勝てなかった。
私はいつからだろう――
勝つたびに、罪悪感を抱くようになったのは。
相手の“心の声”が聞こえるこの力は、きっとズルい。私はただ、それをなぞって、先回りして動いているだけ。
「悔しい……」
「毎日100本、いや200本振ってきたのに……」
「なんで、こんなに努力したのに……!」
試合のたびに耳に飛び込んでくる、本音の叫び。
それは、誰にも届かないのに、私だけには届いてしまう。試合終了後の一礼が相手に対する敬意からいつしか罪悪感にかられ謝罪の一礼と感じさえする
勝てば勝つほど、竹刀が重くなる。
まるで――
「お前に、竹刀を振る資格なんてない」
そう告げるために、私の手元へと戻ってくるかのように。
汗を流すたびに、自分だけが不正解の答案をカンニングしてるような――
そんな気持ちになっていた。
(私は……ズルをしてるのかもしれない)
そう呟いた時には、手に持っていた竹刀の重さに耐えきれず、自然と口から漏れていた。
「……少し、休憩しようかしら」
防具を脱ぎ、乱れた息を整える。
汗を拭いながら、ジャージに着替えて、近くの公園へと向かった。
冷たい風が頬を撫でた。
ベンチでペットボトルの水を口に含んだそのとき――
ボールの跳ねる、乾いた音が耳に届いた。
(……誰かいる?)
視線の先。
夕暮れに染まったバスケットコート。
オレンジ色の空の下――
一人の少年が、ボールをついていた。




