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第30話 本当の私を見つけてね ― 優しさに包まれた偽りの仮面

(ばか……ゆういちのばか……!)

(そんなに褒めないでよ……こっちは心臓がもたないんだから!)


聖の鼓動はドクンドクンと耳に響くほど高鳴っていた。もしかしてこの音、ゆういちに聞こえてるんじゃ……?そんな不安すら湧いてくる。


(……でも、気づいてない。ほんと、鈍感で助かるわ)


罪悪感は確かにあった。

自分に似ているという“友達”に成りすまして会話をしている。

――普通に考えれば、最低だ。

だけど、心がもう止まらなかった。

今はただ、彼の言葉をもっと聞きたくて……傍にいたくて。


そんな自分の気持ちに抗えず、聖は意を決して問いかける。


「……その“友達”のこと、好きなんですか?」


ふとした照れ混じりの声。

それはまるで、自分の気持ちを探るような――けれど、どこか期待も混じった、微かな祈りだった。

心臓の鼓動が、耳じゃなく――全身で鳴り響く。


(ドクン、ドクン……まるで太鼓の音みたい。やば……このままだと倒れちゃう……)


聖の内側では、理性の非常ベルが鳴りっぱなしだった。そんな彼女に追い打ちをかけるように、ゆういちが――あの、いつもの飾らない笑顔で言った。


「はい。もちろん……大好きですよ」


その瞬間、彼の微笑みがまぶしすぎて、視界が一瞬、真っ白になった。


(だっ、だめ……! うれしすぎて……心臓が……!)


鼓動の熱は全身に波及し、彼女の頬が赤らむだけでは収まらない。

汗ばむ肌、白のトップスに、うっすらと――


(……ひゃっ!? す、透けてる!?うそでしょ……!?)


内心では悲鳴を上げながらも、聖は“完璧な平常心”を装っていた。

それが、彼女の強さでもあり、弱さでもある。


ゆういちに悟られないように、ひとつ呼吸を整えて、聖はそっと言葉を紡ぐ。


「……その方の、どんなところがお好きなんですか?」


その声はどこか穏やかで、けれど、わずかに震えていた。まるで、自分の本当の姿を――探ってほしいかのように。


「俺、中学のとき……すげぇ好きだった女の子がいたんですよ」


そう言って、ゆういちは照れくさそうに頬をかいた。

柔らかく笑っているけど、その奥にあるのは――過去の傷跡。


「でも、まぁ……こっぴどく振られちゃってさ。しかも、ずっと応援してた親友に、取られたっていうオマケ付きで」


(蓮也と、せりちゃんのこと……だよね)


聖の胸の奥が、わずかに軋んだ。

でも、それを表に出すことなく、彼女はただ黙って聞いていた。


「それからしばらく、自分が誰にも必要とされてない気がして……でも、聖はそんな俺に、何も聞かずに普通に接してくれた」


ゆういちは、ゆっくりと視線を聖に向ける。


「普通はさ、“何があったの?”って、聞きたくなると思うんだ。なのに、聖は――何も聞かないで、俺のくだらない話にもちゃんと付き合ってくれて……」


彼は一呼吸置いて、微笑んだ。


「昔は“優しい”って、困ってるやつを助けたり、親身に話を聞いてくれる人のことだと思ってた。でもさ……“わかってて、あえて聞かない”っていう優しさもあるんだって、聖に教えてもらった気がします」


その言葉に、聖の喉がかすかに鳴った。


彼の想いは、あくまで“友達”に向けたもの。

でも、その友達が“自分”だということを、聖はちゃんと知っていた。


だからこそ――この胸の痛みと、嬉しさが、いっしょに押し寄せてくるのだ。


(……もう、だめぇぇ……っ!ゆういちの顔、直視できないよぉ)


心の中で情けない声を上げながら、如月きさらぎ ひじりは俯いていた。

だが、その顔はすでに真っ赤に染まり、瞳孔は限界突破。

まるで猫がマタタビをかがされたかのように――目が、とろけていた。


(なんで……なんでそんな真っ直ぐに見てくるの……ずるいよ、ゆういち……っ)


そんな彼女の前で、神田ゆういちはというと。


「……やっべ、俺、やっちまったかも……」


内心で頭を抱えていた。


(なにいきなり身の上話なんてしてんだ俺!? この人、さっき会ったばっかの“お姉さん”だぞ!?)


ちらりと聖の顔を見ると、彼女の目はどこか遠くを見つめていた。

……いや、うっとりしていた。


(もしかしてこれ、ドン引きじゃなくて……眠いのか? 退屈すぎて? それとも――やっぱり引いてる!?)


心のなかでガンガンに自責の念が押し寄せる。


(くそっ、レベルが違いすぎて何考えてるのかさっぱり読めねぇ……!俺にもっとコミュ力と……あと顔のかっこよささえあれば……!)


自分の凡庸さが恨めしい。

世界線が違うとしか思えない、目の前の“完璧すぎる美少女”に向けるには、自分のスペックはあまりにも貧弱だ。


そんなふうに苦悩しているとはつゆ知らず――。


(はぁ……はぁ……ゆういち、大好きぃ……)


如月聖は今、ほぼ瀕死だった。


爆発寸前の鼓動。

止まらない妄想。

頭のなかには、恋という名の花火が打ち上がり続けている。


けれど、口元には微笑みを浮かべ、姿勢は凛と整え、まるでなにも感じていない風を装っていた。


この恋心を、知られてはいけない――

まだ、“聖”としての仮面を、崩すわけにはいかないのだから。

その時だった。


「お待たせしました〜!」


ケーキ屋の店員が笑顔で商品をテーブルに置いた。

見ると、華やかなケーキが二つ。どうやら、彼女――聖の方が先に注文していたようだった。


(……え、俺が来る前に?)


そんな気配は微塵も見せなかったのに、最初から“流れ”を読んでいたかのような準備に、ゆういちは圧倒されていた。


「ふふっ、素敵なお話……ありがとうございました」


聖はそう言って、まるで舞踏会のプリンセスのように微笑んだ。

その仕草はまるでお嬢様学校の演劇部の頂点、完璧すぎる“本物のお嬢様”のようだった。


だがその時――彼女はゆういちの手を両手で包み込むように握った。


(……え?)


「また――どこかで、会いましょうね」


その瞳にはどこか切なさが宿っていた。

まるで、「今の私は仮面の私です」とでも言いたげな、謎めいた微笑み。


(ねぇゆういち…いつか本当の私を、見つけてね)


彼女の心の声は、きっと誰にも聞こえていない。

――彼女以外に、“心の声”を聞ける存在などいないのだから。


「お嬢様、そろそろお時間です」


低く、威圧感のある声が響いた。


振り返ると、店の入り口に黒服の男が二人。

明らかに只者ではない雰囲気のボディーガードたちが立っていた。


(……え、まじでお嬢様!?)


聖はすっと立ち上がり、まるで舞台の上を歩くような優雅さで彼らの方へと向かった。

そして、店の外に停まっていた――明らかに庶民のスケールではない、とんでもなくデカい黒塗りの高級車に乗り込んでいく。


ゆういちは、ただ唖然とそれを見送るしかなかった。


「……やっぱり、とんでもねぇお姉さんだったな」


ぽつりと呟いたその声に、ケーキ屋のBGMがやけに穏やかに響いていた。


その後、彼は自分用のケーキをひとつ買って店を出た。


「……って、やっべ!」


時計を見た瞬間、現実が彼を引き戻した。


「もうこんな時間だ……姫花、カンカンに怒ってるぞコレ!」


聖との一幕がまるで幻だったかのように、ゆういちは現実の“兄”というポジションへと戻っていく。


ケーキの箱を抱え、駅まで全力疾走。

けれど心の奥では、あの“正体不明の可憐なお姉さん”の笑顔が、いつまでも余韻として残っていた――。


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