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隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい  作者: 夕凪虚音
第4章 完璧な推しは壊れていく ――推し曇らせ編――
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第235話 安城恵梨香――愛は支配すること

ふいに、目が覚めた。


 カーテンの隙間から差し込む光は、まだ薄暗い。


 枕元の時計へ目を向けると、普段起きる時間よりもずっと早かった。


「早く……神田君の心の声を聞かないと」


 目覚めて最初に口からこぼれたのは、そんな言葉だった。


 神田君の心が、私以外の誰かに移っていないか。


 今でも私を、一番大切に想ってくれているのか。


 早く確かめたい。


 彼の本心さえ確認できれば、私はきっと元に戻れる。


 いつもの、強い私に。


 愛とは相手を理解することだと、迷わず言い切れた――正しい私に。


「愛は……支配することなんかじゃない」


 自分に言い聞かせるように呟き、胸元のシーツを強く握りしめる。


「ぶれちゃ駄目よ……私」


 けれど――。


 心の奥底から、もう一人の私が問いかけてくる。


「でも……正しい道を進んだ先に、本当に私の望む未来があるのかしら」


 私と神田君が、恋人として結ばれる未来。


 誰にも邪魔されず、二人だけで愛し合い続ける未来。


 そんな未来は、本当に――正しさを貫いた先にあるのだろうか。


     ◇


 学校へ到着した私は、真っ先に教室へ向かった。


 一段、また一段と階段を上がっていく。


 そして廊下へ出たところで、探し求めていた姿を見つけた。


 神田君だ。


 彼はいつものように、たくさんの人に囲まれて楽しそうに笑っていた。


 黒羽さん。


 加賀さん。


 氷室さん。


 三人と親しげに話している彼を見た瞬間、胸の奥がざわついた。


(私が……誰よりも神田君の魅力を知っているのに)


 黒い感情が、心の底から滲み出してくる。


 駄目。


 考えてはいけない。


(早く……確かめないと)


 彼の心の声を聞けば、すべて分かる。


 神田君が今も私を想っていると確認できれば、こんな不安はすぐに消える。


 私は彼に向かって歩き出した。


 一歩。


 また一歩。


 少しずつ、彼との距離が縮まっていく。


(あと少し……)


 やがて神田君が、私の存在に気づいた。


 目が合う。


 彼はいつもと変わらない笑顔を浮かべ、明るい声で私の名前を呼んだ。


「おう、安城! おはよう!」


 その瞬間――。


 何も、聞こえなかった。


「…………え?」


 いつもなら、嫌でも流れ込んでくるはずの声。


 神田君が胸の奥に隠している、本当の気持ち。


 それが――まったく聞こえない。


(どうして……?)


 耳を澄ませる。


 意識を集中させる。


 それでも、何も聞こえてこない。


(なんで……?)


 心臓が、早鐘のように鳴り始める。


 呼吸が浅くなり、指先から急速に体温が失われていく。


 そして、最悪の可能性が脳裏をよぎった。


 ――もう二度と、神田君の心の声を聞けないのかもしれない。


「いや……」


 これまで私は、この力を疎んできた。


 他人の心へ勝手に踏み込んでしまう、忌まわしい能力だと思っていた。


 それなのに。


 今の私は、その力を心の底から渇望していた。


「どうして……」


「えっ?」


 掠れた声が、私の唇からこぼれた。


 神田君は、何が起きているのか分からない様子で私を見ている。


「どうしてよ……」


「安城?」


 足元がふらつく。


 それでも私は、一歩ずつ彼へ近づいた。


「なんで……よりによって……」


「……どうした? 安城?」


 神田君の声が、ひどく遠く感じる。


 視界が滲み、彼の顔がぼやけていく。


「どうして……聞こえないのよ」


 一粒の涙が頬を伝い、床へ落ちた。


 神田君が目を見開く。


 その表情を見た瞬間、私は耐えられなくなった。


 踵を返し、教室とは反対の方向へ走り出す。


「安城!?」


 背後から神田君の声が聞こえた。


 けれど、振り返ることはできなかった。


 廊下を駆け抜け、階段を上がる。


 その途中で、如月さんとすれ違った。


「えっ? 恵梨香ちゃん? どうしたの!?」


 呼び止められても、足を止めない。


 今は誰にも顔を見られたくなかった。


 何より――神田君のそばにいるのが、怖かった。


     ◇


 ガチャン――!


 勢いよく扉を開け、屋上へ飛び出す。


 朝の冷たい風が、火照った頬を優しく撫でていった。


 雲一つない青空。


 穏やかに降り注ぐ朝の光。


 まるで、私の心だけが世界から取り残されてしまったようだった。


「はぁ……はぁ……」


 私は近くのベンチまで歩き、力なく腰を下ろす。


 もう、何が正しいのか分からなかった。


 相手を信じること。


 相手を理解すること。


 そんな綺麗事を貫いて、神田君を誰かに奪われてしまったら――いったい何の意味があるのだろう。


 膝の上で、両手を強く握りしめる。


「愛は……相手を理解すること」


 昨日まで信じていた言葉を口にする。


 けれど、それでは神田君をつなぎ留められない。


 彼の心さえ分からない今、私に残されているものは――。


「違う……」


 自分の中で、何かが静かに崩れていく。


 そのとき、ふと脳裏に一人の少女の顔が浮かんだ。


 本郷愛理。


 神田君を苦しみへ追い込み、自分だけに依存させようとした女。


 彼の心を壊し、そのすべてを自分のものにしようとした女。


 あのとき、私は彼女の愛を否定した。


 愛とは相手を理解することであって、支配することではない。


 相手の心を縛りつけて手に入れたものなど、本当の愛ではないと。


 今でも、その考えは間違っていない。


 間違っていないはずなのに――。


(でも、正しく愛しているだけでは……)


 神田君は、私を選んでくれないかもしれない。


 いつか私ではない誰かを愛し、私の前からいなくなってしまうかもしれない。


 そんな未来を受け入れることが、本当に正しい愛なの?


 彼の幸せを願いながら、ほかの誰かに奪われていく姿を黙って見ていろというの?


「そんなの……」


 耐えられない。


 神田君を失うくらいなら。


 彼の心が分からないのなら。


 その心を、私から離れられないようにしてしまえばいい。


 私は震える唇を開き、ゆっくりと呟いた。


「愛は――支配すること」


 自分が最も否定した考えを、同じ言葉を口にした。


 その瞬間――。


 屋上の扉が、勢いよく開いた。


「はぁ……はぁ……。やっと見つけた……」


 荒い呼吸とともに、綺麗な白髪が朝の風に揺れる。


「恵梨香ちゃん」


 扉の前には――如月聖さんが立っていた。

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