俺、悪役インキュバスのはずなのに……
目が覚めたら──俺はインキュバスになっていた。
背中から黒い翼。
鏡を覗けば、真っ赤な瞳に鋭い犬歯、そして妙に整った顔。
額には小さな角まで生えていて、完全に「人外」のビジュアルだ。
「いやいやいや……これ絶対、勇者に一太刀で倒されるやつだろ!? なんで主人公じゃなくてこっちサイド!?」
頭を抱えてうろついていたら──よりによって出会ってしまった。
「我こそ勇者! 世界を救う男だ!」
金色に輝く剣を掲げ、全身から光を放つような金髪イケメン。
その周りには、白髪の王女、甲冑姿の女騎士、清楚な魔法使い。
どう見ても「王道勇者パーティ」である。
俺は物陰に隠れ、心の中で納得した。
(あーはいはい、俺みたいなインキュバスは、この勇者に秒殺されて終わりだな……)
だが。
「……あのお方、素敵……♡」
王女が頬を染め、俺の袖を掴んだ。細い指が熱を帯びていて、布越しに伝わる体温がやけに生々しい。ぐっと引かれて、顔が近づく。吐息が頬をかすめ、甘い香りが鼻先に残った。
「くっ……なんだ、この胸の高鳴りは……!」
女騎士は剣を震わせながら、まるで獲物を狙うような視線を俺に注いでくる。
次の瞬間──甲冑の胸当てが俺の胸に押し付けられた。硬い金属越しなのに、彼女の体温と鼓動が妙に伝わってくる。至近距離すぎて、吐き出す息が首筋にかかり、背筋が思わず跳ねた。
「あなたの魔力……もっと感じてみたい……♡」
魔法使いは潤んだ瞳でこちらを見上げ、そっと俺の手に自分の指を重ねてきた。細く冷たい指が絡みつく。
さらに身を寄せ、唇が耳元すれすれまで近づく。
「……ドクドクしてる……あなたの魔力、すごく熱い……」
囁きと一緒に、温かい吐息が耳にかかり、心臓が爆発しそうだ。
……え、俺? 勇者じゃなくて?
「ちょ、待て待て待て! お前らの本命はあっちだろ!? 勇者だろ!? なんで敵サイドの俺に来てんだよ!」
慌てて叫ぶ俺を、三人はきらきらした目で見つめてくる。
王女はそっと袖を掴んで離さないし、女騎士は胸当てがゴツンと俺の胸に当たってるし、魔法使いなんか耳元に顔を寄せて囁いてくる。
「……私、もう熱いの……」
「いや近い近い近い! 距離感バグってるから!」
「俺を見ろーーーッ!!」
勇者が必死に叫んだ。
剣を掲げ、光魔法をド派手に炸裂させる。
しかし。
王女「……眩しい。インキュバス様のお顔が見えませんわ」
女騎士「勇者より、あなたの視線のほうが刺さる……!」
魔法使い「その吐息……甘すぎる……」
残念ながら、三人とも完全に俺しか見ていない。
「……なんでだよおおおおおお!!!」
勇者の絶叫が響く中、俺は額を押さえた。
(いやほんとどうしてこうなった!? 俺、悪役のはずだろ!?)
こうして──俺の「勇者よりモテる悪役インキュバス」生活が幕を開けたのだった。




