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逆襲の花嫁  作者: 海野宵人


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王宮夜会 (3)

 前評判とは裏腹に、入場するラルフ王は見るからに壮健そうだ。


 とても病を抱えているようには見えない。ましてや死期が迫っているわけがない。そんな国王の姿を見て、安堵の笑みを浮かべる者がいれば、なぜか無表情でじっと見つめるだけの者もいる。表情を見れば、その者の政治的な立ち位置にだいたい見当がつくというものだった。


 ユージェニーがそっと視界の端で確認してみれば、カスバート王子は隠すこともなく不機嫌そうに父王をにらみつけていた。宰相のほうは無表情だが、先ほど以上に目つきが鋭い。ゆっくりとホール内の人々を見回しているので、決して視線が合わないように目を伏せた。


 国王は侍従と近衛騎士を数人ずつ従えて、ホールの中央をゆっくり奥へと進んでいく。貴族たちは国王の歩みに合わせて道をあけ、深々とお辞儀をした。それはさながら、しっかりと練習を積んだ舞台の群舞のようだった。


 国王は穏やかな笑みを浮かべ、片手を挙げたり、お辞儀にうなずきを返したりして臣下たちに挨拶を返す。やがてカスバート王子の前までくると、王子は頭を下げることもなく、いびつな笑みを浮かべて父親に声をかけた。


「父上、お加減はいかがですか」

「おかげさまでね、もうすっかりいいよ。ありがとう」

「そうですか。それはよかった」


 王子はじろじろと探るような視線を国王に向けるが、ラルフ王は柔和な笑みを崩さない。


「今日は父上から、重大な発表があると聞きましたが」

「うん。やっと王太子を指名する決心がついたよ。後継者として十分に成長したようだからね。いい頃合いだ。まあ、楽しみにしているといい」

「ありがとうございます」


 カスバート王子はうれしさを隠すことなく、にやにやと締まりのない顔になった。


 二人のこの会話を耳にして、表情を明るくする者がいれば、逆に表情をなくす者がいる。ちょうど先ほど、国王が入場したときの表情と真逆だ。


 しかし国王派の人々の浮かない顔とは反対に、国王の表情は明るい。


 そのままゆっくりとホール最奥にある王族席の前まで、進んで行った。緋色のじゅうたんの敷かれた階段を二、三段ほど上がってから、ホールにいる人々のほうへ向き直る。人々の話し声がやみ、視線が国王に集まった。


「よく集まってくれたね」


 ラルフ王は、よく通る声で話し始めた。


「前もって聞いている者も多いだろう。今日は夜会を始める前に、大変に重大かつ、めでたい知らせがある」


 さわさわと人々の間にささやき声が交わされ、また静かになった。国王はにこやかに人々を見回してから、先を続ける。


「今日この場で、王太子を指名する。まあ、継承権一位の者に、正式な手続きを踏んで王太子を名乗らせようというだけの話なのだがね。さあ──」


 ラルフ王は手招きするように、片手を大きく挙げた。カスバート王子は喜色満面の笑顔で周囲を見回してから、壇上に向かって足を踏み出す。


 しかし国王の視線は、カスバート王子には向いていなかった。息子ではなく、前方の扉をまっすぐに見つめている。ラルフ王は晴れやかに声を張り上げた。


「ルイス! 入っておいで!」


 虚を突かれ、カスバート王子は足をとめた。そして国王の視線を追って、後ろを振り返る。


 国王の呼び声に応えるようにして、夜会ホールの扉が大きく開かれた。そこから人影がひとつ、迷いのない足取りでホールに入ってくる。それはすらりと背の高いダークブロンドの青年で、見るからに王族にふさわしい豪華な刺繍のほどこされた正装を身にまとっていた。


 その人物を見て、ユージェニーは極限まで目を見開く。


(エルドじゃないの!)


 いや、もしかしたら、他人のそら似かもしれない。そう思って二度見したのだが、やはりエルドウィンにしか見えなかった。ユージェニーはまばたきも忘れ、ルイスと呼ばれた彼が国王に向かって歩いていくのを食い入るように見つめた。


 彼は前を通り過ぎざま、チラリと彼女に顔を向けて小さく微笑んでみせる。


(やっぱりエルドだ)


 エルドウィンはカスバート王子のことは、一瞥(いちべつ)もしない。まっすぐに国王の前まで歩いていった。そして優雅にお辞儀をしてみせた。


 ラルフ王はエルドウィンを人々のほうへ向き直らせ、彼の背中に手を当てて高らかに宣言する。


「ここに、このルイスを王太子に指名する!」


 一瞬、ホール内を沈黙が支配した。しかしその静寂を破り、パチパチと拍手の音が響く。拍手の先陣を切ったのは、ジョージだ。すぐに祖母シンディーと、叔父夫妻が当主に続いた。もちろん、ユージェニーも祖父にならう。


 国王派の貴族たちがジョージたちに続いて拍手を始める中、カスバート王子の怒声が響いた。


「ふざけるな!」


 カスバート王子はまるで地団駄を踏むかのように、ドタドタと音を立ててラルフ王とエルドウィンの目の前に迫った。優雅さなんて、かけらもない。口角泡を飛ばす勢いでエルドウィンに詰め寄り、胸もとに人さし指を突きつけた。


「どこの馬の骨とも知れない、こんなやつが王太子だなんて、おかしいだろう!」


 エルドウィンは困ったように首をかしげ、ラルフ王に視線を投げた。国王は苦笑する。


 こうして二人並んでいると、ラルフ王とエルドウィンはとてもよく似ていた。初めてユージェニーが国王に会ったとき妙に親しみを感じたのは、エルドウィンと顔かたちが似ていたからだったようだ。カスバート王子は母親似だったのだろうか。カスバート王子よりエルドウィンのほうが、よほどラルフ王との血のつながりを濃く感じさせた。


「どこの馬の骨も何も、お前の甥だよ」

「わたしに甥なんかいない! だって父上の子どもは、わたしひとりじゃないか!」

「何を言っているんだ? お前には兄がいただろう。もう忘れてしまったのか?」

「とっくに死んで、いないでしょう! ──まさか、兄上の子だとでも言うんですか?」

「だから、そう言っている」


 激高するカスバート王子とは対照的に、ラルフ王はいたって落ち着いていた。


「ばかな! 兄上の子なんて、兄上と一緒に死んだはずだ」

「だが実際、こうして生きている」

「お前が本当に兄上の息子だという証拠なんて、どこにある?」


 カスバート王子の詰問に対し、エルドウィンは無造作にポケットを探った。そしてポケットから手のひらに収まる大きさの何かを取り出し、周りからよく見えるようかざしてみせた。


「ここにあります」

「なんだそれは。──王太子の紋章じゃないか! どこで盗んできたんだ」

「人聞きが悪いな。ただの形見の品ですよ」


 エルドウィンが証拠として出したのは、二十年近く前に第一王子が亡くなったときからずっと失われていた、王太子の紋章だった。

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