謎の奇病 (2)
国王の見舞いへは、ジョージと二人で行くことになった。
飾り気のない落ち着いた色味の、しかし上質のドレスをまとい、祖父のエスコートで王宮に足を踏み入れる。王宮は広さ、豪華さともに侯爵邸とは段違いだ。きょろきょろしてしまいそうになるのを、ぐっとこらえなくてはならなかった。
もっとも、こらえたところで完全に抑えきれるわけではないのだが。
庭園に面した回廊を歩けば、どうしたって色とりどりの花が咲き乱れた庭園に目が向いてしまう。すると噴水の向こう側、バラのアーチの陰に見知った顔が見えた気がした。
(え? ダグ……?)
こんな場所に、ダグラスがいるはずはない。きっと他人のそら似だろう。実際、その人物は王宮騎士の制服を身につけている。だがそうわかってはいても、やはりダグラスにしか見えなかった。
つい足を止めてしまったユージェニーを、ジョージはいぶかしげに振り向いた。
「うん? どうかしたかい?」
「いえ。ただ、知り合いによく似た人を見かけて」
「ほう。どこかな」
「あっちです」
祖父に説明しようと、庭園を振り返る。しかし振り返った先に、先ほどの人影はもうなくなっていた。
「あれ。いなくなっちゃった……」
「そうか」
歩みを再開したところ、今度は回廊の向こう側から、見覚えのある顔が歩いてきた。なんとルシアンだ。見間違いようがない。ユージェニーは胸のうちでため息をついた。
(ついてないなあ……)
このまま進めば、すれ違うことになる。ルシアンは彼女に気づくだろうか。できれば顔を合わせたくはない。かといって、逃げるのはしゃくだった。
ユージェニーは毅然と顔を上げ、ジョージの腕にかけた手にキュッと力をこめた。それに気づいたジョージは、首をかしげて孫に尋ねる。
「どうしたね?」
「何でもありません」
彼女はぎこちなく笑みを浮かべて、首を横に振った。決してルシアンのほうには視線を向けない。
ルシアンは、数人の取り巻きらしき者たちと一緒に歩いていた。しかし近づくにつれ、ユージェニーに気づいてしまったようだ。彼女のほうを二度見したのが、視界の端に映った。もちろん彼女は、顔を向けることなく無視をする。
するとルシアンは「ユージェニー……?」とつぶやきながら、彼女のほうに手を伸ばしてくるではないか。思わず彼女は眉間にしわを寄せ、体をこわばらせた。ルシアンの手が彼女に届く前に、ジョージがスッと間に割って入る。
「なんだ、きみは。無礼だな」
「あっ……。失礼しました」
目上の人物に険しい表情でにらみつけられ、ルシアンはあわてて頭を下げて謝罪した。ジョージは呆れたように鼻を鳴らし、ユージェニーの手をとって声をかける。
「行こう」
「はい」
その場を去りながら、じっとりと絡みつくようなルシアンの視線を背中に感じた。気持ちが悪い。だがユージェニーは、決して振り返らなかった。
「あれがフィッツシモンズの小せがれか」
「そうです」
苦々しげに吐き捨てるジョージに、ユージェニーも苦笑しながらうなずく。
ジョージがユージェニーと向かった先は、王宮薬師の詰め所だった。入り口のドアをノックして中に入ると、薬師が振り返る。
「閣下、お待ちしておりました」
「結果は出たかい?」
「はい。あやしい成分は何も検出されませんでした」
「そうか……」
ジョージはため息をついた後、薬師にユージェニーを紹介した。
「こちらが、最近見つかった孫娘のユージェニーだ」
「おお、こちらがあの……」
薬師の言う「あの」とは、「吟遊詩人の歌うあの物語」という意味だろう。ユージェニーは曖昧に微笑んで、会釈した。
紹介の後、薬師は二人を伴って国王の居室へ向かった。居室の手前の部屋で、侍従と侍医にも紹介される。そうしてようやく、居室に通された。
国王ラルフはソファーに座り、書類を手にしていた。ゆったりとしたシャツとスラックスのみという、平民育ちのユージェニーの目から見てもくだけた服装だ。侍従が声をかけてからジョージとユージェニーを部屋に通すと、にこやかに顔を上げた。老いても整った顔は、どこか親しみを感じさせた。
「やあ、オールダムじゃないか。久しぶりだね。こんな格好ですまない。最近はもう、寝たり起きたりなんだよ。今はちょっと調子がいい」
「さようでございますか」
ジョージは沈痛な面持ちで眉をひそめてから、ユージェニーの背中に手を当てた。
「陛下、アメリアの娘が見つかりました」
「ユージェニーと申します」
祖母から教わったとおりに、お辞儀をする。国王は紹介を聞いて、目を丸くした。
「無事だったのか!」
「無事と申しましょうか、なんと申しましょうか。話せば長くなりますので、詳しいことはまたの機会にいたしましょう」
「それはないだろう。じらすなよ。いいから座りなさい」
有無を言わせず、向かいのソファーを勧められる。ユージェニーがチラリとジョージの様子をうかがうと、肩をすくめてソファーに腰を下ろした。彼女も祖父にならい、隣に座る。
国王は侍従に書類を下げさせ、紅茶の用意を指示した。そして、ずいっと身を乗り出す。
「さあさあ。話しなさい」
ジョージは苦笑しながらも、語り始めた。
「アメリアは土砂崩れに巻き込まれて亡くなったと思われておりましたが、実は川に流されておりました。それを、老いた木こりに助けられていたのです──」
吟遊詩人エルチェに語ったのと、まったく同じ内容だ。
国王は終始、真剣に耳を傾けていた。ジョージが話し終わると、うつむき加減に目を閉じる。しばらくそうして沈黙していたが、やがて顔を上げ、悲痛な表情で口を開いた。
「わたしの判断が甘かったばかりに……。いらぬ苦労をかけてしまったのだな。すまなかった」
「陛下。もう、過ぎたことでございますゆえ」
ジョージが両手を前に出して押しとどめようとするも、国王はユージェニーに向かって頭を下げた。どうしたらよいのかわからず、ユージェニーはほとほと困ってしまう。祖母の教えてくれた礼儀作法で、こんな事態は完全に想定外だ。




