謎の奇病 (3)
ユージェニーが困り果てて固まっていると、ジョージが助け船を出した。
「陛下、どうかそのくらいにしてやってください。孫が困っております」
「そうか」
国王は苦笑いして頭を上げる。そして何げない調子で、ユージェニーに質問をした。
「ユージェニー嬢は、どこで育ったのかな?」
彼女は即答せず、チラリと祖父に視線を向けた。吟遊詩人エルチェに同じような質問をされていなければ、即答してしまっていたかもしれない。でもさすがに、同じ手には引っかからなかった。
ジョージは笑ってうなずく。
「かまわないよ。正直に答えなさい」
「ビルバリーです」
ユージェニーの答えに、国王は「なるほど」と片眉を上げてみせた。
「フィッツシモンズか」
「さようにございますな」
相づちを打ったのは、ジョージだ。ユージェニーは、だんまりを決め込んだ。何を言ってもうかつな発言になりそうで、怖くて口が開けない。
そこへ、ノックの音が響いた。国王は、ドアを振り向く。
「おはいり」
「失礼いたします」
小さなトレイを捧げ持って入ってきたのは、薬師だった。トレイの上には、小瓶がひとつ載せられている。あまりにも見覚えのあるその小瓶に、ユージェニーは我が目を疑った。
(シリルの薬と同じものじゃない⁉)
彼女のただならぬ様子に気づいたジョージは、いぶかしげに声をかける。
「ユージェニー? どうかしたかね?」
「シリルの薬と同じものに見えるんですけど……」
ユージェニーは小声でジョージに理由を告げた。それを聞いて、祖父は眉間に深くしわを刻む。彼女は思いきって、尋ねてみた。
「近くで見せていただいてもかまいませんか」
「いいとも。どうぞ見たまえ」
彼女は祖父に尋ねたつもりだったのだが、愛想よく答えたのは国王だった。
ユージェニーはソファーから立ち上がり、トレイに歩み寄ってしげしげと眺める。やはり同じものにしか見えない。彼女は人さし指で小瓶をトントンと叩いてみた。すると現れた半透明のカードには、見覚えのある内容が書かれているではないか。
『持続性魔力ダメージ毒と、魔力回復薬を調合したもの。毒ダメージ:5、毒効果:四時間。魔力回復量20増加、魔力回復効果:三十分間』
彼女は祖父を振り返り、結論を告げた。
「やっぱり同じものだと思います」
しかしジョージは首を横に振る。
「いや、そんなはずはない。さっき鑑定結果を聞いただろう?」
「でも……。それでも、これはシリルの薬と同じものなんです」
二人のやり取りに、国王は怪訝そうに「何の話だね?」と尋ねた。ジョージは返事をする前に、まず室内を見回した。侍従や薬師は、いずれも国王派の信頼できる者たちだ。それを確認してから、声を落として話し始めた。
「実は──」
ユージェニーの弟シリルが、しばらく前から具合が悪くなったこと。その「特効薬」を、フィッツシモンズ子爵家のルシアンから「融通」されたこと。だが薬をやめて魔力回復薬を飲んだら、病気が治ったこと。
症状の類似性から、国王の病気もシリルと同じ原因ではないかとあやしみ、ひそかに薬の解析をしていたこと。だが、不審な成分は検出されなかったこと。
話を聞き終わると、国王は「なるほどなあ」と眉根を寄せてあごをさすった。
しばらく国王はそうして考え込んでいたが、ややあって顔を上げ、薬師に指示をした。
「魔力回復薬を持ってきてくれないか。回復量の一番多いものを頼む」
「かしこまりました」
薬師は足早に部屋を出て行く。その後ろ姿を、ユージェニーは不思議な気持ちで見送った。これではまるで、国王が彼女の判断を信じてくれたかのようだ。
国王は彼女に振り向き、そして微笑みかけた。
「このままではもう長くないことが、自分でもわかるんだよ。だから、できることは試しておきたい」
痛々しい言葉に、何と返したらよいのかわからない。彼女は何とも言えない思いで、目を伏せた。だが国王は、彼女から返事のないことを気にした様子はない。さらに続けて質問をした。
「どうしてこれが、あなたの弟が飲んでいたものと同じものだと判断したのかな?」
ユージェニーは少しだけ考えてから、答えられることを口にした。
「まったく同じ瓶だったからです」
謎のスキルや異世界の記憶に触れずに答えられるのが、これだった。
シリルの飲んでいた薬の小瓶は薄青色で、表面に盾のような模様が浮き上がっている。それだけではない。コルク栓にも、上部に同じ模様の焼き印が施されていた。薬屋で売っている飾り気のない一般的なポーション類とは違い、高級感があるのだ。
港町アルデラでも、これと同じ小瓶を見かけた。話を聞けば、シリルと同じ症状の人が飲む薬だと言う。そこでシリルの話をして、試しに魔力回復薬を飲んでみてもらったところ、症状が回復した。ということは、同じ毒だと考えてよいだろう。
そう説明しているところへ、薬師が戻ってきた。
「魔力回復薬でございます」
一般的な薬屋では売られていない、最上級魔力回復薬のようだ。国王は小瓶を受け取るとコルク栓を開け、一気にあおった。
一同がかたずをのんで見守る中、国王はパチパチと目をしばたたいて真顔になる。
「なんだこれは。いきなり体が軽くなったぞ」
ユージェニーは安堵のあまり、大きく息を吐き出した。無意識に息を止めていたらしい。それまで血の気のなかった国王の顔色に、見てはっきりわかるほど赤味が差していた。回復薬の効果が高い分、効果が現れるのも早いようだ。
ジョージもホッとしたように表情をゆるめながらも、腑に落ちない様子で首をかしげた。国王が「どうした?」と問うと、理由を説明する。
「どうして解析で毒が検出されなかったのだろう、と不思議に思いましてね」
国王は「ふむ」とうなずいてから、すぐに薬師に指示を出した。
「先ほど持ってきてくれた薬を、念のため解析してくれるかな。内密で頼む」
「かしこまりました」
薬師は頭を下げた後、ハッとしたように顔を上げた。
「そう言えば、解析したのは原液のほうでした」
「どういうことかね?」
薬師によれば、この薬は大きな瓶入りで納入される。それも濃縮された状態であり、実際の服用前には希釈が必要だ。運送時の重さを減らすため、ポーション類の流通ではよくとられる手段だった。
したがって国王が服用するのは、それを一回分ずつ小瓶に入れて希釈されたものだ。小瓶は、初回に納入されたものを洗って使い回している。割れたり傷ついたりした場合には、その都度、補充していた。
ただし小瓶は使い回すが、栓のコルクは使い捨てだ。原液とともに納入されるものを使用している。
──この説明を聞いて、頭に思い浮かぶのは全員同じことだった。
「そのコルク栓があやしいな」
「そう言われてみれば、小分けした後に希釈を均一化するために、栓をした状態で振っておりますね……」
果たして数日後、王宮薬師からジョージに「小瓶から新種の毒が検出された」と解析結果が知らされたのだった。




