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EDGE LIFE  作者: 如月 巽
Case.05 選出
92/96

東都 中央地区α+ 五月八日 午後二時五十五分

怪盗と呼ばれる凶徒を追い払って二日。

 書き終えた書面をバインダーへ挟んだ疾風は、煙草の吸殻へ水を垂らし消して灰皿へ押しつける。

 報酬の支払いに訪れた金野は、依頼に訪れた時に見せていた青褪め顔とは打って変わって、高慢な態度で報酬を書いた小切手を投げ置いていった。

 あまりの変わりように呆れを通り越して面倒にすら思いつつ応対したが、下劣に笑いながら吐かれた一言に(はらわた)の煮え繰りが収まらない。


(…… 手前(テメ)ェで頼んどいて何が[餅は餅屋、犯罪には犯罪稼業]だ。誉め言葉になる訳ねえだろ)


都内統括管理責任請負人

─ 通称・国家管理人/蔑称・飼犬


一般人としての《人権》を担保に、保安機関のあらゆる権限所有と犯罪を含む行動が許可されている

そのため、国内のあらゆる保安機関の利用許可・指示指導権限を持つ



個人・法人を問わず、依頼中に遂行された物であれば、例え法を侵す行為であったとしても全て不問

社会的制裁の必要があると判断した場合、対象拘束後は生死を問わず警察への引渡しが絶対条件

ただし、()()()()()である警察へ引き渡した場合、認可請負人の全ての業務は()()()のものとして扱われ、表に出る事は無い



 請負人という肩書きはあるが、犯罪行為と同等のことを行っているのが事実である以上、嫌味混じりの謝礼を言われることも少なくはない。

 此方も人間で相手もそうである以上、依頼主も千差万別。

そのため普段なら聞き流して終われるのだが、今日上手く出来ていないのは、一番嫌悪している職種の人間から言われたせいもあるだろう。


 報酬額の書き込まれた小切手を睨め、皺を刻む眉間を指で拭って新しい煙草をケースから取り出す。


小切手には派遣要請に応じた人間達への報酬も含まれていると言っていた。

 報酬踏み倒しの常習である庵治隆之(大統領)よりかは幾分か良いが、此方に向けた言葉から察するに、彼は請負業に就く人間を手駒程度にしか考えていないのだろう。


()()()()()()()()()()()とは言えど、今期は碌な奴が居ねェな東都(ココ)…。西の署長も大変だろうに)


萬年筆(まんねんひつ)のコンバータを外し、グラスに落とせば、モスグリーンのインクが水中に靄を描き始める。

 絶え間なく変わる色筋模様を見つめ、紫煙と共に溜息を吐くと、エレベーターが一階への到着を告げるチャイムを鳴らす。

 管理室の窓から覗けば、欠伸をしながら気怠げに足を進める実弟が顔を見せた。


「悪ィな、起こして」

「いや、助かった。元々事務所には行くつもりだったから」


怪盗を名乗る者が放った催涙ガス。

 廊下に噴霧された方は薄かったらしく、被害にあった人間に後遺症は残らなかった。

だが、高濃度のガスをほぼ直接浴びてしまった疾斗は、帰宅前から今朝未明頃まで痛みとと違和感に耐えている状態だったのだ。

 浴室と自室の往復を繰り返し、管理室へ行く前に様子を見た時は眠りについたばかりだった。

 今回は能力使用の有無に関わらず、睡眠不足になっているのは明らか。

 明日までは休ませようと思っていたが、疾斗が所属する芸能事務所から連絡が入ったため、起こさざるを得なかった。


「…俺としちゃあ明日まで休んで欲しいんだが」

「話を聞きに行くだけだ。仕事はしないし、今日は車も止めておく。それに金銭関係(面倒事)は早めに済ませるにかぎる」

「そう言ってもらえるのは、身内としても所長としても助かる」


 困った様な笑みを浮かべる疾斗に苦笑を返しつつ、謝礼金を包んだ封筒の束と派遣費を書いた小切手入りの弁当箱を渡す。

 眼鏡で隠す薄隈に片目を細めれば、「言うな」と眉を下げ、真夏の熱に灼けた陽炎の向こう側へと出掛けて行く。

僅かに此方に振られた手へ軽く手を上げて返すと同時、颯爽と街へと溶けていった。


 机上の時計に目をやれば、時刻と共に表示された気温は真夏日を示す。

 まして今日も快晴。真昼の光量は寝起きの身体と目には毒になりかねないように思うが、あの様子だと気にしてないのだろう。


(いま水撒きした所で逆に暑くなるし……書類整理でもしてくるか)

 これだけ暑い時間帯、余程の事でもない限りは来訪者も居ないだろう。

万一誰かが来たとしても、事務所に居る分には確認や対応は出来る様になっている。

 動かずに居たために鈍った身体を伸ばし、受付窓のカーテンへ手を伸ばす。

 薄布を握り、来客がないか確認しようと窓越しに顔を出すとほぼ同時、玄関ホールの自動扉が開き、履き込まれ磨かれた革靴が床を軽やかに打つ。

 タイミングの良さに息を抜き、窓をバインダーとペンをカウンターへ戻しながら管理人としての顔を繕う。


「こんにちは」

「こんにちは。すみませんが、此方の受付簿にご記入をお願いできますか?」

「ああいえ、()()()()()()()()()()ので」

「はい?それはどういった──」


 意図の取れない回答に問い返そうと言葉を重ねかけたその時、真紅の封筒を二通携えた白皮手袋の指先が差し出される。


「……請負業務監視(プル・)調査機関総本部(ファング)の方が直々に赤紙(コイツ)をお持ちになられるとは。つまり、全都内統括管理責任請負人集合、という事ですか?」

「ええ、貴方様の復職をお待ちしておりました。弟さん(副官)にも必ずお渡しください」


封筒を受け取りながら疾風が顔を上げると、初老の男はゆるりと口角を上げた。

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