東都 中央地区α+ 四月二十六日 午前九時四十二分
青く澄み渡った空の下、ルーフバルコニーへ置いた物干し掛けへ洗い立てのシーツを広げる。
病院で使用していた医療用白衣や書面を片付け終わったのが昨日。
そちらを優先して片付けていたため、この二日間分の洗濯をため込んでいたが、今干した分が乾けば今回の一連に関係した物は全て片付く。
一息つこうと煙草ケースを開くと、午前中も持たない程の本数しか入っておらず、疾風は肩を軽く竦めて一本咥える。
今回の解決の糸口は、情報屋であり疾斗の後輩である桂馬浩志の何気ない発言からだったらしい。
佐多伍樹の基となった人物《佐多皐》。
彼は、桂馬と倉井の通っていた養成学校にある、スタント科の助講師だった。
養成学校には美南も通っていて、佐多は演劇部OBとしてもよく顔を出していたという。
五年前、スタント中の事故によって重度の脳挫傷を負い、昏睡状態から意識が戻ることはなくその2ヶ月後に死去。
美南は当時決まっていた出演作をやりたげたのち、配属先に決まっていた事務所へ辞退届を提出。
その後は学校自体も辞めてしまった、と桂馬が話していたそうだ。
(美南と佐多皐が恋人関係にあったのは周知だったらしいし、美南がベッタリだったみたいだからな……)
死んだ恋人の代わりを作ってもらう為、美南は自身の記憶から人工知能を構築して製造を依頼。
しかし暮らしていくうち、外見以外は予想とは違っていたことが判明したのだろう。
主人である美南はそのことに絶望し、佐多を拒絶して自死を選択。
しかし人型機体は主人の生命の危機に緊急信号を鳴らし、美南の父親へ連絡。
当時病院の権力者であった仲川の父親と、夢を魅せる能力者・渡辺優へ多額の金を積んで入院させていたということだった。
(息子を死なせたくなかった親心も、恋人を追って死にたくなる気持ちも理解できる。他人事とは言い切れない話だ……)
甘味のあるフィルターを銜え、利き手に握るライターで火を入れて紫煙を弛く燻らせる。
自機破壊を試みた佐多伍樹も、実のところ無事だった。
破片を打ち付けて自らの中枢媒体を破壊する直前、唐突に視界が暗転。
驚いて元の視界へ戻して確認すれば、内蔵電池と予備電源が切れただけの事だった。
そんな事とは知らず、突然の異常行動を見た美南は、停止した佐多を前にして自身の言葉に後悔し、謝罪を繰り返していたため、真実は閉口。
その間に別室で待機・監視をしていた樹阪が介入し、部下と共に人型機体を搬出して行った。
─東都管理長である自分が捕らわれてしまった今回の一件は、機関側でも予想されていない事態であっただけに、依頼完了までの間、機関支部長直々の監視が付けられてしまったのである。
美南は佐多と再度暮らしたいと申し出ていたが、病室での一部始終を知っている機関長は「扱いが判らない人間に引き渡す訳には行かない」と一蹴。
現在は販売元の会社と樹阪や都築が身を置く整備会社と連携で調査を進めているが、未だ解明には至っていないらしい。
主人に忠実であるはずの人形機体が、なぜあの様な行動を取ったのか。
【全てを視透す目】を持つ疾風でも、それは解らない。
「こっちに居たのか」
「おう、風が気持ち良いんでちっと休憩がてらに一本」
「シーツが甘くなりそうだ」
「ンな近くで吸ってねえだろよ、失礼な」
呆れた様な笑いを浮かべる弟からマグカップを受け取れば、カラリと氷が軽やかに回る。
日差しはやや強く外気は熱を帯びているというのに、いつもと変わらない涼しげな表情でカップへ口を付けて空を見上げる。
請負業務監視調査機関の最高位【プルファング】
五日前、唐突に呼び出されて会長室へと足を運んだ。
そこで直々に罰則を下されたのだが、その処分は疾風個人での請負業務受託の二週間停止・謹慎という極めて軽い物であった。
依頼人を見殺しにしたと言っても過言ではないのだが、それにも関わらずこれほどの軽処分は今まで聞いたことがなく、確認を取ってしまったほどである。
処分が下りて今日で四日。
普段であれば時間の空いている内に端末で業務内容確認を行ない、依頼受注の是非を付けているのだが、今回は都築によって疾風個人が使用している端末全てが一時没収されてしまった。
手元に置いてある携帯端末さえも仮のものに替えられており、必要最低限の連絡先以外入っていない。
「割ととんでもねえコトしたってのに、随分優しい処分が下されたもんだ。厳格を形にしたみてーなトコでも酌量減軽なんてあるんだな」
「……今回は兄貴の過去のことを汲んだ上での判断だって話だっただろう。それに、山ほど溜まっている指定休暇の消化も含めているって通知書に」
「指定休暇とってる日にみっちり副業入れて、実質のまともな休みが月に二、三回しかないお前に言われたかねェ」
「俺の場合は能力代償の件があるからだ。兄貴とは違う」
「へいへい、左様ですか」
なんとも言えない感覚に朝から何度吐いたか分からない溜息をまた落とす。
自宅マンションの管理員としての仕事はあるものの、本業の方は事務仕事すら禁じられているために何も行うことが出来ず、一週間も過ぎていないというのに暇を持て余しているのが現状である。
その上、今日は月原が管理室を見てくれることになり、完全な手空きとなってしまった。
出かける用事と言っても謹慎前に食料の買い出しは行ってきていたため、せいぜい煙草を買いに行くくらいしかない。
氷に薄まったココアを飲みながら無理やり予定を考えてみるが、結局何も考え付かずカップを返し、部屋を通り抜けてリビングへと戻れば、後を追って疾斗が扉を閉めて台所へ向かう。
吸い切った煙草を灰皿に押しつけ、何とはなしにその動きを目で追えば、視線に気づいたのか異色双眼をこちらに向けて首を傾げて見せる。
「どうかしたか?」
「ん…あぁ。迎えに来てくれたのが、見えて良かったと思ってよ」
渡里によって自分の記憶は都合の良いものに改竄されていた。
心から愛した人と過ごしていた時間が心地良かったのは確かで、自分を探しに来た疾斗の姿に気付けなければ、今もまだ芳香の海に溺れていたのかもしれないと思うと、背筋に悪寒が走る。
─唯一の、血縁だからな。
子供の頃、疾斗は魘される自分を心配して夢の中へ探しに来てくれた事があったらしい。
疾風の記憶している限りではその当時に彼の姿を見かけた事はないが、何故あの時は姿を見る事ができたのかは判らない。
(血を分けてるから、とかそういう理由は付けたかねえけど)
もしかすると、本当にあり得るのだろうか。
できれば、歳を重ねて能力の使い方を覚えた自分達だから出来た芸当だと思いたいが。
僅かに浮かんだ自らの考えに思わず笑ってしまい、こちらを見つめ続ける男にココアのおかわりを頼むと、ゆるりと頷いてまたこちらへと背を向けた。
「…そう言えばよ」
「何だ?」
「本人はどこに出かけてるんだ?」
ソファの背凭れから顔を覗かせて質問を投げてみれば、その動きを止めて緩く目を伏せる。
何かを思案する姿すら同じように動く模造機体に苦笑しつつ、そのまま様子を窺っていれば、注文品を入れ終えた【疾斗】がこちらを確認して向かい側へと座る。
数度瞬きをして疾風の顔を確認したのち、両手に持っていたマグカップの片方を差し出し、また首を傾げた。
「能力を使ったのか?」
「いや、使わなくったって分かる」
「何故?」
一昔前ならばただ返答をして終わっていた会話だが、質問を投げかけてくる程に人工知能が発達していることに素直に驚いてしまう。
頭では偽者だと分かっているが、ほとんど本人と同じ様に動いているのを見ていると、機械である事を忘れてしまいそうな妙な気分になる。
「このココア、あいつが入れるやつより甘いんだよ。俺好み過ぎて怪しすぎる。それに、どうせやるなら右目に瞳孔が見えねえ様にやるべきだな、カメラなんだから仕方ねえんだろうけど。おまけに声の抑揚も毒気もねえ」
「毒気?」
「俺とは違う意味で口がキツいんだよ。人を思い遣るからこそ直接突き刺さる言葉を使うというか」
「それは、記憶領域にはない情報だ」
「ンなところに入るようなモンじゃねえしなぁ……」
目前の男型機体は懸命に処理をしようとしているが、それを記録する事はうまくいかないのか首を横に振って眉を下げて見せる。
機械が理解を得るように心情を説明をする事は難しく、疾風も次の言葉を選ぶ事ができず頭を掻いて見せれば、模造機体はまた数度瞬きをして「データにできないものがあるんだな」と呟いて口角をゆるく上げた。
「…そうだ。一つ頼まれてくれねえか?」
「何を?」
「さっきの《迎え》の話。絶対誰にも言わないで欲しいんだわ」
「主人にも、か?」
「一番言って欲しくねえ相手だよ、あれは人型機体だから[秘密]だ。[人間]の[心情]を覚える訓練だと思って、黙っといてくれ」
結果報告書
依頼人 佐多 伍樹
内 容 対象者の覚醒
対象者 美南 龍弥
期 間 三月二十八日~四月二十二日
受諾人 新堂 疾風
新堂 疾斗
報 酬 六〇〇万円
備 考 依頼業務遂行中、外部より新堂疾風の拉致・監禁が発生
新堂疾斗公認代理・月原涼夜に補助を許可
拉致・監禁に関与した須藤朱実を拘束後、発見に至る
新堂疾風拉致・監禁の主導である渡辺優(渡里優)は
一般人である美南龍弥へ長期に渡り能力を公使していた
当人は能力代償末期症状により死亡
現在、遺体は政都請負業務監視調査機関にて調査中
東都管理責任・新堂疾風は依頼人監視不届を意図的に行った疑い
当人が認めたため、罰則を与えるものとする
罰 則 新堂疾風の業務代行請負業務 及 業務に関する作業の停止
二週間の謹慎処分とする




