西都 西地区β 三月三十一日 午後十二時三十三分
コンクリートが打ち放しにされた広い空間。照明やインテリアの調整にスタッフが走る。
暖色調光の中で撮影監督からの話を、黒と灰を基調としたクラシカルなワンピースドレスを纏った女性モデル・メイ ─ 倉井冥那が頷きながら聞けば、隣に座る幾つものコードが繋がれた白ワンピースの娘が彼女の動きに合わせて首を揺らす。
無線イヤフォンを片耳に押し込み、これからの撮影で使われる楽曲を頭に覚えさせようと音楽プレイヤーにスイッチを入れれば、ベース音が重く心地よく耳に響く。
今日から始まる撮影は、昨年末にメジャーデビューを果たした男女ユニットの新作ミュージックビデオだ。
数年前にインターネット上で人気を集めていたアーティストで、自分達の代わりとして別の人物に映像内歌唱を任せるスタイルを取っている事で注目を集めている。
アーティスト側からの指名だったことと、今秋から販売が開始される最新型人型機体の売り込み効果を期待した開発メーカーからの推薦で、最優先の仕事として事務所の社長から予定を組みこまれたのだ。
(休みが少し多くなるが…依頼のことも考えるとちょうどいいか…)
映像関係は声を出さない事を前提としていれば引き受けるが、今回のようなものに出るのは初めての事。
数日前に引き受けた内容が曖昧な依頼の件もあり、体調管理を考えると場合によっては有給休暇をとる必要もあるだろうか、と考えていた為、都合が良いとも言える。
携帯端末のメモ機能へ入れた歌詞の写しを確認しつつ、音を出さぬように口を動かせば、隣に座る男が歌の続きを唇のみで追い歌う。
─ 人型機体が普及し始めたのは十五年ほど前。比較的最近のことだ。
最初は業務効率化を狙った上で作られていたが、この数年は如何に人間へ近付けられるかが焦点とされており、各社が挙って自社独自製品を開発している為、その進化が目覚ましい。
目前に居る模造機体もその一つで、まるで鏡からそのまま抜け出してきたような風貌をしているだけでなく、主が取るであろう行動を自ら演算する人工知能が組み込まれている。
人工毛髪や義眼の色も造り込まれている上、主からの命令がなくとも同じような行動を取ってくれるため、何も知らない人間から見たら模造機体だとは気付かれないだろう。
実際、一度だけ開発段階の時点で撮影現場に同行したのだが、スタッフの誰一人として機械人形だと気付かなかった実績がある。
開発に携わったメーカーはマネージャーへ価格を話していたようだが、一般市場で売られている新品素体が数百万ほどするため、諸経費を考えると、少なく見積もっても一千万以上は掛かっているだろう。
聞くのは気が引けて席を外したため、実際の所はわからない。
「いやー、並んで座ってる背格好がまるっきり同じだねェ。流石は最新型模造機体ってところだ」
後方から飛んできた聴き慣れた声に振り向けば、渋皮色の波髪を一本に束ねた細身の男が口角と片手を上げる。
「誰かと思えば。オフの筈だろう?人の金で食い道楽にでも来たか」
「酷い言いようだねえ、鈴原マネージャーちゃん公認で代打頼まれたから来たってのに」
「鈴原さんから?そういえば電話に行ったまま帰って来ないな」
「チビアキの迎え。そのまま撮影現場行くからヨロシクーってさ」
「随分と急なことだ」
「メインに据えてた若手クンが、昨日オンナノコお持ち帰りしてるのが撮られてアップされたンだと。現在もSNSで絶賛拡散炎上中」
深い溜息を吐いた月原涼夜は、手に下げていた袋からボトル缶の緑茶を取り出して人型機体へと渡し、自身の携帯端末を取り出す。
月原は高等科生時代からの知人で、その当時から少々癖の有る口調で話す。疾斗が所属するモデル事務所の同僚であり、協力関係にある同業者でもある。
年数だけで見れば業界内では若手の方だが、依頼・職務となれば私情を挟むことなく動ける人間であり、疾斗としては気心がしれていること事から、五年前から自身の公認代理請負人として指名している。
コード塗れにされたグローブの手に渡された携帯端末を覗けば、最近話題の男性モデルが女性と歓楽街のホテルへ向かう画像が映し出される。
拡散用タップマークの横、表示されている数字は既に相当数となっており、多数の誹謗中傷や落胆の言葉が書き連ねられ、中には擁護するものや「合成ではないか」と懐疑の発言も見受けられる。
「疾斗ちゃん的にどう思う?コレ」
「この男と行ったのはお前だろう。何も知らないのか?」
片目を細めて問えば、男は大袈裟に肩を竦めて首を振る。
「確かに一緒しましたけど、夕方までだったんでね。夜のお供はウチの社長様だったし、夜中のことまで知りませんヨ、って」
疑ってるわけ?と眉を顰める月原へ苦笑と端末を返し、もう一人の自分へ手に持つ飲料の蓋を開けるように指示を出す。
上げている主の端末で撮影されたであろう画像。撮影時間の記載がある上、ネット上へアップロードされた時間との差異も数分程度。
僅かな情報量ではあるが、そこから考える限り、合成写真の可能性は非常に低いだろう。
「女癖酷そう、ってのは本人の自慢話から予想してたけどな」
「だとしたら良くて解雇、悪くて完全引退だな。どこの業界も昔ほどは甘くない」
画面を見ている間も、拡散数値は際限なく上がっていた。肖像権侵害や無断撮影・掲載を盾にとって相手を訴えることも出来なくはないだろうが、メディアは自分達にとって旨味のある物を狙い狩る。
今日の夕方にはニュースとして取り上げられ、火消しを行うことすら不可能にされてしまうだろう。
開栓されたボトルを受け取って緑茶を口へ運び、やや渇いていた口内を潤して一息をつけば、模造機体の自分がゆるりと目を開いて此方へ笑みを見せて首を傾いで見せる。
「しかしまぁ、本当にすごいねえ。偽物のハヤトちゃんが動いてるの初めて見たケド、マジでちょっとした撮影なら身代わり頼めるなァ…あ、実際に身代わったんだっけか」
「やめてくれ…思い出したくもない。実際、俺が突然出られなくなった場合を見越して、俺の模造機体にしたらしい。動作複製に時間掛かるのが難点だ」
嵌めているグローブを視線で指し示して肩を竦めてみせれば、暫く考えこむように目線を地へ落とす。
行動の意味が取れなかったらしい模造機体は、眉を顰めて目を逸らすように説明を受ける倉井へと顔を上げてみせる。
その行動が疾斗の取る動きと同じように見えたのだろう。目を細めてもう一組の擬似双子へと目を向けた月原は、此方の気配に気付いた機体が笑む様子に嘆息を零した。
「メイちゃん様も笑った顔がそっくりだねぇ。なに、二体とも見た目だけで喋ったりはしないわけ?」
「こっちは俺の声で話すし、あっちも倉井の声で話す。今は必要ないから機能を切っているがな」
月原が来る一時間ほど前、試験を兼ねて実際に話をしていた。
近くに居ても駆動音は殆ど聞こえない上、電子データに変換された内面的特徴と声帯を用いて、限りなく自分達に似た一言一動をとって見せる。
あまりに似過ぎていて、途中から監督がどちらと話しているか混乱してしまったほどだ。
いずれは体温を再現する事が目標だと製作側からは聞いているが、完全体でない現状でも「緊張で手が冷たい」とでも言わせれば容易く騙すことが出来るだろう。
「ちゃん様同士はずっと見てても飽きなそうだけど、疾斗ちゃん同士は会話がなさそうだな…目と目で話せる的な」
「流石にない。双子の緑髪上官を理解するので手一杯だ」
「その緑髪兄さんから俺宛に連絡来たぜ?何日か管理室頼みたいって」
「俺からも連絡するつもりだった。副業関係で暫く留守になるんで、学童保育指導員資格のある人間を探していたんだ」
「了解。その人材探すのもラクじゃ無いからなァ…。部屋も貸してくれたら、今回のお仕事終わるまで管理人代理引き受けても良いンですぜ?右眼様のご機嫌もあるしな」
右目を示しながら苦笑する月原へ、緩く口角を上げて頷く。
普段は疾風が何やかんやと理由をつけ、マンションから長期で離れないようにしているため、さした問題はない。
疾風がいない学童保育の日は疾斗が子供達の面倒を見る事もあるのだが、右目の持つ能力が子供達が持つ感情の影響を受けやすいこともあり、長期指導を行うことは避けるよう、主治医から言われているため、今回のように。
開いたままのボトルに口を付け、メイ達を見つめている機体の方を見れば、視線に気付いたのか此方へ振り向いて首を傾ぐ。
精巧な仕上がりの複製機体をしばらく見つめ、数日前に訪れた蒼髪の依頼者を思い返す。
機体単身で依頼に来たと言うことは、旧式成長型人工知能が組み込まれているのは間違いないだろうが、飛鳥や疾風から聞いた話を思うと、今までに耳にした事のある話とはあまりにも食い違いが多い。
(…あれだけ行動範囲が広い人型機体と言うことは、それなりに金が掛かっていると思うが)
二年以上の眠りについているとなると、一般的には植物状態になっていることを疑うが、機械である彼にその情報が無いのであれば、それを考える事は無いだろう。それは仕方がない。
だが、メンテナンスを怠っている機体とはいえ、目覚めぬままの主に異常を感じていないのは少々違和感が残る。
以前に都築から聞いた話では、人型機体の持主がなんらかの理由で管理が出来なくなった場合、一年の猶予期間を経た後に個体番号から居住先を割り出し、強制回収・廃棄になると言うことだった。
理由として、放置期間が長期となるとシステムエラーを起こし、人間への危害を与える可能性があるためだと言われている。
(一年で強制回収になる筈の所を、主人が二年以上眠っている今も稼働して逃れているとなると、誰かが管理しているはずだが…)
「動作複製完了しました」
無機質な自動音声に従い、グローブと接続ケーブルを外して立ち上がれば、備品と引き換えに持たせたままだったボトルキャップを返されて、心に溢れていく疑念ごと蓋を閉めて気を締める。
「月原、悪いが外で待っていてもらえるか。撮影終わったらすぐ連絡する」
「オーケー。そん時に管理室の鍵ももらえる感じで?」
「ああ、お前に入ってもらう部屋の場所も「ハヤトさん大っ変お待たせしました!ご準備お願いいたします!」
スタジオ中へ響き渡るほどの呼び出しに驚き、取り落としかけたボトルがもう一人の【ハヤト】によって咄嗟に支えられる。
「阿呆!モデルさん達驚かすほどデカい声出す奴がいるか!」
「すいません、緊張して、声がおっきくなっちゃって…」
発声源であるだろう人物を諌める現場監督と両耳を塞いだ倉井、驚いたように目を瞬かせる白い【メイ】が視界に映り、眉を困らせてその場を回る様に頭を何度も下げる娘に軽く首を振る。
「……新人チャンかね、アレ」
「さぁな、うちの事務所の人間じゃないのは確かだが」
本業に思う疑念を胸奥へ縫い止める様に深く呼吸を整え、頭を切り替えて、構えられたカメラの前へと足を進めた。




