政都 中央地区α 二月十九日 午後二時二十六分
白と青を基調とした清潔感のある内装と、芸術館の様に高い天井。
建物を構築している材は高価だが、極東国国政を担う議事区の様な華美な装飾はない。
極東国国役所・東都在住支所
待合所は開放的なホールとなっており、最硬質の一枚硝子が嵌められた窓壁からは陽光が差し込めば、すれ違う人々の影を床に映す。
【教育都区】とも呼ばれる東都の管理を担うこの支所には、一般人でも使用できる展示コーナーが設置されており、現在は学生美術祭が開催されている。
東都内全ての学校からえればれた絵画や彫刻作品が整然と飾られ、疾風は小学生部門の十二四季絵の一枚に目を留める。
「良い絵描くじゃねえの飛鳥、今にも動き出しそうだ」
「ありがとう!絵はね、Φ地区にいた時からずっと描いてたんだ」
隣で円柱状の筒を大切そうに抱いた飛鳥が、黄水晶の瞳を輝かせながら照れくさそうに笑う。
様々な上着を着た子供達が雪合戦をする光景が描かれたそれは、人物画が一部はみ出して見切れてしまうほど紙いっぱいに描かれている。
描いた時も余程楽しかったのだろう、一緒に遊ぶ子達の弾む息遣いや賑やかな声も聞こえてきそうな気さえする。
飛鳥は元々治安が酷く不安定なΦ地区に暮らしていたため、父親の一念発起で中央地区に越してくるまで、学校というもの自体に馴染みがなかった。
そんな彼が初めて友人達と思い切り遊んだ時のことを題材に描いたのだ。
想いを込めた一枚が東都内全小学校の代表の一枚として選ばれたのだから、の喜びはとても大きいものだろう。
「かんりに…じゃ、なくて…はやてお兄さん、は用事終わったの?」
「多分そろそろ呼ばれるとは思うが…」
取得している受付票とスクリーンを交互に見れば、到着当初は十人以上いた待機人数が残り三人ほどまで消化されている。
正直なところ、受付時に認可証を提示してしまえば順番を変えさせる事も出来なくはないのだが、緊急性のない書類提出にそんな方法を取るような非常識さは持ち合わせてはいない。
『──お待たせ致しました。六番窓口へお越しください』
「書類出したらマスターの所いこうな。お祝いだ」
「うん!あ、でも一緒に居ても平気?」
表彰式も一人だったらしい飛鳥をあの広い待合ホールで待たせるのは少々酷だ。役所内で暴走する能力者は居ないだろうが、万が一ということもある。
「あー…ま、お前だから大丈夫だろ」
「どーゆーこと?」
「担当が凛さんだからな」
頭を撫でて少年と共に窓口へ向かえば、無表情とも取れる顔をした女性 ─ 都築 凛が頭を下げた。
「大変お待たせ致しました、担当の都築です。御用件をどうぞ」
「一月中旬に発行頂いた書面の作成依頼申請書の確認を。先方からは事後提出許可頂いてます」
「かしこまりました。確認させていただきますので、少々お待ちくだ──」
「答えられねーんか税金泥棒が!」
突如響いた罵声に驚き、渡しかけた封書が互いの手をすり抜け落ちる。
発声先へ視線を向ければ、二つ先の受付口で壮年の男が担当者をがなり立て、時折デスクを叩く音がホールへ響く。
言葉が割れて聞こえるせいか内容はうまく聞き取れないが、対応している職員は男の声量と剣幕に萎縮して青ざめ、謝罪を繰り返している様子が窺える。
「こっちはヒーコラ働いて金納めてやってんだ、足りねー分はあんたらが払ってくれても良いんじゃねえか?アァ?!」
(謝ってくることに調子着いてンな…)
「……疾風さんすみません、少し席を外しても大丈夫でしょうか?」
様子を窺っていた凛が窓口から視線を外すことなく離席を提示する。
現場を監督する身にある彼女は、普段はその感情を殆ど顔に出すことはないが、自身の部下が理不尽に罵られていることへ眉を顰め、怒りが隠し切れていない。
強張りつつも真っ直ぐに見るその目の意味を拾い、首を縦に揺らす。
書類確認が済んでから事が起きれば自分が行ったが、知っているとはいえ他人の子供を連れている状況で割り入ることは出来ない。
「リンおねえさん、待ってっ」
顔を見せようと飛び跳ねる小さな体を利き腕で抱き抱え、凛の目線まで上げ合わせれば、飛鳥は困惑した光を浮かべながら二人の顔を交互に見比べる。
「飛鳥君、どうかした?」
「…あのね、あのおじさん変なひとだから気をつけて…」
「変な人?どういうこった?」
「うん…このまえ─」
「てめえらナニこっち見てんだァ?!」
怯え切った職員への口撃に飽いたらしく、次の相手を探していたらしい男とうっかり目が合い、口角を薄笑いで歪めながら此方へと歩みを進める。
注意を促そうと立ち上がった凛を空いている右手で制止し、萎縮して蒼褪めきった職員の方へ行くよう首を振れば、一礼してすぐさま自身の部下の元へと駆けて行く。
「で、あのヒトがなんだって?」
移動する凛へ標的を変えようとしたのを見計らって飛鳥へ問いを投げれば、素直な少年は驚いたままその解を小さな口から溢す。
「え、えっと、昼休みに学校にはいってきて、先生と警備さん達に怒られて、た」
「なっ?!クソガキ、何をほざいてやがる!」
「御宅さんこそ何なんです?俺はただ預かってる子の話を聞いてただけですが?」
飛鳥を両肩上へと避難させ、対応が取れるよう両腕を開け、頭ひとつ分以上に下にいる背の低い暴者を睨める。
少年も怒っているのか、疾風の影に被っている彼の影が僅かに揺らぐ。
言葉を聞く耳など持ち合わせていない男は、不快な笑みを浮かべて足を一つ、また一つと進めて詰め寄ってくる。
「不審者ってのは御宅さんですかね?」
「あ?」
「さっきの女性職員への発言、あれ世間一般的にモラハラと言われているのはご存知ですかダンナさん?言葉による暴力は傷害罪に値するんですよねぇ」
状況にそぐわない軽妙な口調を携え、濃藍色の繋ぎ服を纏った人物が男の肩を軽く叩いて呼び笑う。
忠告を耳に入れるより先に振り向いた男が振り上げた手を避け、此方へ片手を振った茶髪の男が口角を上げた。
「そんな積極的に来られても困りますねぇ…俺、男性に迫られたい趣味は持ち合わせてないんですよー。なんです、傷害罪に値するって聞いてビビりました?それとも少年の発言のせいですか?怒鳴り散らしてる時に比べて瞬き回数が数倍増えてますよー?ご自身の行動が社会的不利になるということが全くもって解ってらっしゃらなかった、そしてそれを知ってしまったが故に、焦燥から反射的行動に身を任せている、ということですかねぇ」
流暢な煽りを紡ぎながら大振りの拳を難なく躱し、相手がよろめいた瞬間、素早く片腕を後ろ手に捻り上げて床へと抑え込む。
「イデデデデデッ!その、ガキがっ、くだらねえこと言うのが悪ぃンだ!俺ァただ、家に帰る近道だから通ろうとしただけでっ」
「無関係なヤツが学校を通り抜けようとしてる自体が大間違いだろ」
呆れから思わず口から言葉が転げ落ち、ため息をつきながら別方向へ目を向ければ、視線にすぐさま気付いた凛が此方へ首を傾げる。
繋ぎ服の男に押さえ込まれた暴走者へ顎を往なし「連絡」と唇だけで呟けば、彼女は意味を汲んだと同時に受話器を外した。
「問題起こした場所と相手が悪かったですなぁダンナさん?じきにお迎えが来ますから、暫くは薄くら狭い牢屋へどーぞ」




