INTO DARKNESS
今回もよろしくお願いします。
* * *
アズラエルは目の前の光景に目を疑った。
父は倒れ、アルキオーネの手がイスラフェルの後頭部にめり込み、イスラフェルはその苦痛で恐ろしい断末魔をあげている。
「何をしている!」
マルクスはアルキオーネの手を切り落とそうと剣を振りかざす。
「おや、良いのか?今私の手を落としたらお友達の脳みそは永久にぐちゃぐちゃなままだぞ」
イスラフェルは意識を失い、顔中の穴から血を噴き出している。
(どうする。イスラフェルさんに何か悪いことが起こっていることは確かだ。だがもしこいつの言うことが本当だった場合⋯)
マルクスは唇を噛み締め、剣を収めた。次の瞬間、イスラフェルの頭が力無くガクンと傾き、動かなくなった。
(何だ?彼に何が起こっている?)
「OK、これで君たちはチェックメイトだ」
アルキオーネはイスラフェルから手を引き抜いた。
「我が忠臣たる"オミノス・レピーダ"はこれにて完成した」
イスラフェルは顔を上げた。その瞳は、いつの間にか血のように紅く染まっている。
「第7席"灰弓士"シードル、第6席"青魔術士"レヴール、第5席"鶸戦士"ズヴェズダ、第4席"緑剣士"プラウダ、第3席"白龍騎士"ツィクロン、第2席"赤魔道士"シグルド、そして⋯」
四肢の先端からイスラフェルの純白の鎧が黒く染まり、体表に表れている魔力流路は美しい青から血のような赤に変わっていく。
「第1席⋯そうだな。お前の字名は⋯」
そして再び呼び出されたその兜の顔は十字架のような仮面に覆われていく。
「"黒騎士"サイエンティストだ」
「…待て!まだ、終わっとらんぞ…!」
その時、ヴァサーゴが再び立ち上がった。
「…まあ、死なないよね。サイエンティスト、後はよろしくな。できるだけ苦しませてやれ」
イスラフェル⋯いや、サイエンティストはヴァサーゴを見据える。
「マスターの仰せのままに」
サイエンティストはスラスター出力を最大まで引き上げ、外装を赤熱化させる。そしてヴァサーゴに急接近してアーマーの各所から噴き出す炎の噴射を容赦なく浴びせた。
「父上!」
「来るなアズラエル!」
助けに入ろうとしてマルクスに必死に止められるアズラエルに、ヴァサーゴが炎に巻かれながらも声をかける。
「アスターテを…頼んだ…!」
ヴァサーゴの首がサイエンティストにつかまれ、身動きの取れなくなったその体を炎が侵していく。
「次の…王は…お前だ…!」
「父上ぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」
数秒の後、灰となったヴァサーゴの体は音を立てて崩れ去った。
「来るぞ!」
パルケウチカが呼びかけた次の瞬間、恐ろしい速さでサイエンティストがジブリルに迫る。たとえ事前に見えていても、パルケウチカの矢はサイエンティストに追いつきそうもない。
(ダメだイスラフェル!)
その刹那とも言えるほどのわずかな時間、アズラエルはその一念でひたすら体を動かす。イスラフェルに友を自ら殺させるわけには行かない。そうしたら、たとえ彼が戻ってきたとしても後戻りができなくなる。
(動け動け動け!)
無我夢中で身体の深奥から湧き上がる呪文を唱える。
『神戸!!』
凄まじい雷鳴と共にアズラエルの身体が電気に変換され、稲妻のように空を裂く。そしてサイエンティストの目前で再び物質に転換し、その圧倒的な運動エネルギーを乗せてサイエンティストを蹴り飛ばした。サイエンティストの刃はわずかにジブリルに届かず、そのまま吹き飛ばされた。
サイエンティストはすぐさま方向転換し今度はマルクスに狙いを定めた。
(脅威になる順に、アストラル魔法が使える者から狙っているのか⋯?)
止まらないサイエンティストの猛攻を何とか食い止め、仲間が目の前の敵に専念できる状況を作り出す。
(しかし、これでは⋯!)
戦力比では最早完全にあちらが上だろう。サイエンティストが敵に回った時点で、イスラフェルの考えていた策が全て崩壊した。
「撤退する!総員私の元へ!」
パルケウチカが呼びかける。
「何か策があるのか?!」
「ええ、最後の手段ですが!」
アズラエルが敵を抑えている内にパルケウチカがピンク色の魔法陣を起動し、皆がその中に入る。
「逃さない!」
サイエンティストがアズラエルを追いかけるが、紙一枚ほどの差で魔法陣の内側にあったものが消えてしまった。
「⋯取り逃がしたか」
「申し訳ありません、マスター」
「いやサイエンティスト、君が無理ならどうしようもない。追跡できるか?」
サイエンティストは先程までパルケウチカ達が居た地面に触れる。
「残滓をざっと見た感じ、どうやら転送魔法の一種のようです。ですが既知の魔法とは体系からして⋯、それこそ人類以外の種族の魔法と言われたほうが腑に落ちるほど違うので、解析には2ヶ月ほどお時間をいただきたい」
「もう少し早くできないか?」
「お言葉ですが、マスター」
レヴールが助け舟を出す。
「人類と根源の違う生物、例えば魔物の魔法の解析には、通常1年ほどかかります。このような魔物とは比べ物にならないほど高度な術式をたった2カ月で解析できるのはサイエンティスト以外おりません」
「⋯わかった。なるべく早く頼む。必要なものがあったら言ってくれ」
サイエンティストがサンプルを記録するのを待ち、一行は彼らの本拠地⋯天空へ帰って行った。
* * *
「ここは⋯?」
マルクスは目を開き、周囲を見渡す。春のような暖かい陽がさす、遺跡のような場所だ。周りは見たこともない木と花が繁茂している。
「転送魔法、なのでしょうか?」
ソフィがラミィの身体を揺すりながら答える。
「ざっくり言えば転送魔法で間違いない。一応別物だがね」
パルケウチカはそう言いながら遺跡の一部を操作し、扉を開ける。
「ここは私の部族が聖地として代々守ってきた場所だ。レイヴンですら存在を知らない。もちろん、純粋なアスターテ人でここに立ち入るのは君たちが初めてだ」
「美しい⋯」
ジブリルは魔力が切れて歩けなくなったアズラエルの肩を取り、なんとか立たせる。
「ここから少し歩きます。殿下⋯いや、陛下。大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。ちょっと腹を斬られただけだ」
見ると、アズラエルが脇腹を押さえる指の隙間から血が滲み出している。そっとしておけば問題ないだろうが、歩くのは厳しそうだ。それ以外の者たちも歩けはするものの、満身創痍だった。
「⋯わかりました。しばらくお待ちください」
パルケウチカはそう言って扉をくぐって風のように走って出ていき、1時間ほど後に小柄な人々を連れて戻ってきた。その中には幾つかの馬車のような物も見える。
人々は皆一様に人とは思えぬような美しい顔立ちをしていた。その背中には、蝶のような羽根が生えていた。馬車を引く白馬の額には1本の角が生えていた。
「その方が皇太子のアズラエル殿下だ。怪我をされているから慎重に乗せてくれ」
人々は手際よく一行を馬車に振り分けた。そして飛ぶようなスピードで空を駆け始めた。
「千年ほど前、この世界を支配していたのは現生人類でも魔物でもなかった」
パルケウチカが語る。
「正確には彼らもヒト属だが、森林に適応し、今の人類から見ても500年以上先を行く高度な魔法文明を築いていた」
やがて森の道を抜け花の咲き誇る草原に出ると、先の見えないほど巨大な城壁が見えてきた。
「だが、内紛が起こって滅んでしまった。ここはその妖精族の国の帝都だ」
外から見ると今にも崩れそうな壁だが、結界の内側に入った途端景色は真の姿を見せた。純白の建物に水晶があしらわれた美しい街並み。妖精たちの行き交う大通りにはにぎやかな屋台が並んでいる。そしてその正面には壮麗極まる城郭が腰を下ろしている。
「旧プリマヴェーラ帝国首都プロテア。千年前、ここは世界の中心だった」
読んでくださり、ありがとうございます。
妖精の国が登場し、ようやく王道の異世界ファンタジーっぽくなってきましたね。と言っても主人公は離席中ですが。
黒騎士サイエンティストに関してはとにかく無機質に、とにかく合理的に戦うスタイルを意識して書いていこうと思っています。黒い外見も合わさってハザードは止まらなそうな感じですが、仮面ライダービルドのハザードフォームのように暴走しているわけではありません。「アルキオーネへの絶対的な忠誠心を植え付けられている」状態です。普通にそれ以前の記憶もありますし、自身の最高眷属としての役割も忘れていません。




