RAID
今回もよろしくお願いします。
「サイエンティスト、居るか?」
アズラエルは誰もいない部屋に向かって話しかける。
「ああ。居るぞ」
ソファの上に、『SOUND ONLY』の文字とともにそこに腰かけた青みがかったアーマーのの幻影が映し出される。
「すまないな。今仕事中で直接は会えない」
「いや、顔を出してくれてありがとう。ずっと…、考えてたんだ。”強き王”について」
「”強き王”…?」
「ああ、父上によく言われてきたことだ。『強き王でなければ人は信じない、強き王でなければ国は守れない』ってね」
アズラエルは僕の向かい側に座った。
「僕もそう信じて、ここまでやってきたんだ。だけど魔術学院に入学してから思い知ったんだ。僕は井の中の蛙に過ぎなかったって」
紅茶をすすり、ため息をつく。
「授業中、僕が悪魔に襲われたことがある。君も効いたことくらいあるはずだ。でかい蛇みたいな、恐ろしいやつだったよ。そのとき僕は思ったんだ。”こいつを倒してみんなを守らなきゃ。じゃなきゃ僕は弱者だ”。だけどあのときは本当に怖じ気づいていたんだ。それで勢いに任せて剣を抜いたはいいものの、あまりの恐怖に全く動けなかった。直感したんだよ。僕と悪魔には、逆立ちしたって到底超えられないあまりにも高すぎる壁があった。
でも、そいつをものの数秒で倒してしまった同級生がいた。今でこそ彼は有名な魔法使いだけど、そのころはまだ田舎の無名な貴族の次男だった。
それを見て僕は決意した。僕は弱い。僕が強くなって彼を倒さなければ、玉座に座る資格はない。だけど、どれほど努力してもどうしても彼を超えられなかった。ホードヌイ将軍やシルベライセン将軍にもさんざん稽古をつけてもらったし、サイエンティスト、君とも出会った。僕は僕よりも強い人をたくさん知ってしまったんだ。今の僕は皇太子にふさわしくない」
アズラエルは下を向いた。
「…私が思うに、ヴァサーゴ陛下のおっしゃる強さはそんな安直なものじゃない。
20年ほど前、中央街道沿いに小さな国があった。その国の王は虚弱体質だったが、その代わりに優しさを持っていた。確かに即位したときにはその体の弱さを知って国を去った過信もいたようだが、長年王と付き合ってきた優秀な家臣たちだけは決して離れなかった。むしろ、無能な人材が去ってその国は豊かになったらしい。
要するに、王の強さは戦の強さではない。権力の座に座りつつも一人ひとりの民を認め、共に並び立つ勇気とやさしさが王の強さだ。力を持った者たちは皆、自分を肥えさせるために力をふるってきた。権力者が市民と並ぶのは相当難しい事だろうが、私の見立てでは君にはもうその素質があると思っている。君は王になれる人間だ」
「…そう言ってもらえるとありがたいよ」
「お世辞じゃない。現に私は、今この瞬間にアスターテの王がヴァサーゴ陛下から君に代わっても何ら問題ないと思っている」
僕はソファを立ち上がり、アズラエルの胸に指を突き立てた。
「困ったときにはここを信じろ。きっと、道を切り開いてくれる」
「そうか…。やっぱり、僕に敬語を使わない君には甘えてしまうな」
アズラエルはもう一度紅茶をすすった。
「それにしてもみんな初対面では例をしてくれるのに、何でため口で話しかけてきたんだ?」
「…君自身が、それを求めているように感じたから」
* * *
おかしい。とてつもなくおかしい。本当に事態が不自然だ。あれからおよそ1週間が経った。だがしかし、国境沿の4つの城では全く動きがない。
現地からの鳩ではなくドローンで僕が直接監視しているから、情報が改ざんされることもない。
僕の推測か正しければ、①どこか1カ所に魔物の軍が現れる ②すべてに現れる ③ペル・アトゥムよりさらに王都に近いベルバーグ付近に現れる のどれかだと踏んでいた。しかし「全く現れない」というのは完全に想定外だ。
どういうことだ?全員違ったのか?内通者がいるのは確実だ。ならばレイヴンではなく王族か?
リリー殿下は18歳にときにいざという時のためにレイヴンについて知らされていたらしい。それに彼女はレーレライとの個人的な交友関係もあったはずだ。カタリナ殿下も公務の中でそこそこの関係値はあるはず。だが会議に出ていないこの二人が国境付近の情勢なんて知る由もない。確実に内通者ではないだろう。ヴァサーゴ殿下にほかに子供はいないから、容疑者はやはりレイヴン内部の人間ということになる。
敵には今掃討戦をするほどの戦力的な余裕が無いということも考えられる。だが、国境近辺の兵士たちにはまともな対高ランク魔物用の装備がない。本当に開戦したらたとえ500頭程度の群れでも勝てるかどうかは微妙なところだ。
戦力はほぼ皆無ということを踏まえても、万が一のためこちら側のまとまった兵力は何としてでも叩きたいはずだ。
まさか、僕の動きに気付いているのか?もしや…、容疑者全員がクロ、という最悪のパターンか?その場合僕のこれまでの行動は敵に筒抜け、作り上げてきたすべてが無駄になる。
…待てよ…。
敵はサイエンティストの存在を知っている。その高速移動についても知っている。だがその正体についてはバレていないはずだ。ならばどうやっても僕の情報源がイスラフェルだとはたどり着けない。つまり、目の前のエサを逃すほど僕の行動を警戒する必要は高くない。敵は、サイエンティストの正体を知っている…!
僕が浅はかだった!もっと早く気付くべきだろ!ならば僕はこれからどうすべきだ?僕自身はこれまで以上に動きづらくなる。それに、レイヴン自体も知られている以上いつ襲い掛かられるかわからない。こちらから最終決戦に持ち込む。少しくらい派手に動いても構わない。こちらの最大戦力をぶつける。そのためには、やはり持久力のある戦士ではなく戦況の決定力のある優秀な魔法使いを集めなければ。
シルベライセン将軍が行方不明な以上今確実に応えてくれるのは新世代最強のジブリル、万能型のアズラエル、物理攻撃無効で戦士キラーとなりうるラミィ、頼れるタンクであるソフィ、あとはパルケウチカ将軍、リリー、そしてアストラル魔法を会得しているもう一人の魔法使いである…ヴァサーゴ。やることは決まった。今すぐにでも、ヴァサーゴをあの王都から救いだすべきだ。
ダゴンと全面戦争でも起こすのかという規模だが、相手は悪魔を使ってくる相手だ。悪魔と連戦しても問題ないくらいでなければいけない。
* * *
「いったい何が起こったって言うんだ、説明してくれ!」
冷静なパルケウチカでさえ困惑した声を出している。僕はアーマーを着こんだ状態でパルケウチカ、リリー、アズラエルを急いで集め、転移装置を操作する。
「今から敵の本丸に突入します。何も言わずについてきてください」
「おいおい、本丸って…」
「ええ、アル=イスカンダリーヤです」
アズラエルもお茶菓子のクッキーをかじりながら装備を整えている。
「ちょっとまずいことになってるかもしれないので、可及的速やかにヴァサーゴ陛下を救出しなければ」
「…ちょっと、なんで私も引っ張り出されてるのよ!そもそもあなた誰なの?」
そういえばこの姿でリリーと会ったことは無かったな。
「申し訳ありませんリリー殿下、少々殿下のお力をお貸しいただきたい」
「…なるほど」
リリーの固有魔法のことを知る者は少ない。それを匂わすだけで少なくともアスターテ側の高位の人間であることは伝えられる。
「おい、ちょっと待ってくれ!今からどこに行くんだ?!」
アズラエルの質問ももっともだ。
「フルスバーグ。今はそれ以上言えない」
僕は転移装置を起動し、開いたポータルの中に飛び込む。
そして次の瞬間には、僕らはフルスバーグについていた。
「時間がない。諸々の手順を省く」
そう言って僕は一行を待たせ、アーマーをステルスモードにし一人で屋敷に忍び込む。今通り過ぎた看板には「立ち入り禁止」と書かれていた気がするが、そんなことはお構いなしだ。そしてとある一つの部屋の前に立ち止まる。もう深夜の2時だし、熟睡してるかな…。その扉を軽くノックしてしばらく待つと、ひとりでに扉が開いた。中には誰もいない…いや、いる。扉のすぐ横に、剣を構えた状態で。赤外線でばっちり人影を確認した。
「待たせてごめん、ラミィ」
僕は部屋に入らずにそう呼びかける。
「イズ!」
ラミィは透明化を解除すると、勢いよく僕に抱き着いてきた。僕も周囲に誰もいないのを確認してヘルメットを胴体のアーマーに格納する。
「遅いわよ!もう会えないかと思った!」
ラミィは僕の顔を見るなり激しく唇を重ねた。
「で、何の用事?」
ひとしきりの愛情表現を終えた後、ラミィが僕に聞いてきた。だが、顔は離しても僕に巻きつけた腕は離さない。
「お疲れのところ悪い。今から王都を奪還する。すまないが、フル装備でついてきてほしい」
ラミィは一瞬面食らった。
「ジブリルとソフィ先生を起こしてほしい。彼らも必要だ」
「ふーん…ソフィ先生ね…。いつの間にそんなに親しい間柄になったの?…まあいいや。わかったわ」
冷や汗が止まらない。
「説明は後でする。この建物の裏手に来てくれ」
「了解。5分で行く」
本当に、僕の奥さんはここぞという時に頼りになる。
読んでくださり、ありがとうございます。
スピンオフ「Notice-code:Ω Anothercode 不死鳥の詩」連載開始しました。フラムの設定ををようやく作品に昇華できました。ぜひ読んでみてください。
https://ncode.syosetu.com/n6962kw/




