★別離と邂逅の迷宮 〜第2層
お待たせしました。
「ディーナ、大丈夫⁈」
下方から聞こえてきた、めずらしく動揺したディーナの声に驚いたマイダが叫んだ。しばらくして返事が返ってくる。
「……すみません、ちょっと驚きまして。どうやら危険は無いようなので、皆さんも降りて来てください。ロープは不要です」
幸いディーナは無事のようだ。
「よし、殿は私が務めよう。レンレン、マイダの順に降りてくれ」
カーリーがそう言って順番を決めたので、僕は何だかずっと痒い背中を掻きながら、下のディーナに聞いた。
「おーい、ディーナ、普通に滑って降りちゃって大丈夫かい?」
「大丈夫ですー」
ディーナの返事があり、僕は暗く狭い通路を思い切って滑り始めた。下の方の明かりがだんだん近づいてくる。
唐突に眩しいところに出て、僕は目を瞬かせた。
光の精霊が1、2、3、4……、5つも見えた。ディーナがたくさん召喚したようだ。
その明かりに照らされて、闇の中にディーナが浮かび上がっているように見える。というかホントに浮いてない?
僕はびっくりして声を失った。
「きゃー、レンレンどいてー!」
急に叫び声が聞こえ、マイダが後ろから突っ込んできた。僕は吹っ飛ばされて床に這いつくばる。
「もう、早くおりてよね。……えっ?」
マイダが僕に苦情を言ったあと、ディーナに目をやって動きがとまる。
「マイダ、危ないっ、……は?」
さらにカーリーが突っ込んできて、今度はマイダが飛ばされて僕の上に倒れこむ。
僕はつぶされて、「ぐぇっ」と声をあげた。
「レンレンはまた大げさに。ワタシ、そんなに重くないわ」
そう言いながらマイダが僕の上から下りる。
だが、カーリーはそんな僕たちのやり取りを聞いておらず、闇に浮かび上がるディーナに目を奪われたままだった。
「驚きましたよね。光の精霊を召喚しても、何も見えないので私も驚きました。どうやらこの第2層は、すべてツヤ消しの黒い石でできているようです。床が真っ黒ではっきり見えませんし、天井も高いです。壁は近くには見当たりません。」
ディーナが言うと、カーリーが周囲を見回した。
「迷宮内なのに、むちゃくちゃ広い空間に出たってことか? それはそれで迷いそうだな。どっちに進んだものか」
「今から四方に光の精霊を飛ばしてみます。皆さんそれぞれの方向を見ておいてください」
なるほど、それでディーナは光の精霊をあんなにたくさん召喚していたのか。
見る方向の分担が終わると、ディーナが各方向に同時に光の精霊を飛ばした。
精霊の光は、壁にぶつかることもなく、スルスルと進んでいく。
しばらくして僕が見ていた光が、少し明滅した後、ふっと消えた。
「いま消えた」
僕が言うと、間髪入れずにマイダとカーリーが言った。
「消えたわ」
「私のも消えた。壁にぶつかったということか?」
ディーナが首を振った。
「こちらも消えました。でも、壁にぶつかったのではなく、私が制御できる範囲を超えたので消滅しただけです。制御できる距離を測ったことはないのですが、どちらに行っても、かなりの空間は何も無いようです」
「うーん、手がかり無しか……。今までずっと東へ一方向に進んでいたし、次は反対に、西に進んでみようか」
カーリーが言った。
「戻るのもどうなのかしら。ワタシは南がいいと思うわ。ホラ、ここから南にいくと、ちょうど敵軍がよく利用しているフィヨルドあたりに出るはずよ」
マイダがそう言うとディーナが首を振った。
「敵軍が重視しているということなら、南のフィヨルドより、北に行けば沙漠の砦あたりに出そうです。あの砦は城壁が堅固なので、もしかしたら地下から奪還しようとしているのかもしれません」
意見が割れたな。
「じゃあ、それぞれ別方向に進んで、何か見つけたら合図するようにしようか?」
カーリーがそういうと、マイダとディーナが頷きながら言った。
「ワタシもそれがいいと思うわ」
「行きたい方向の意見も合わないようですし、いいアイデアですね」
「みんなちょっとまってくれよ。いつ魔物と出くわすかわからないし、こんなただっぴろいところじゃ隠れるところもない。別れるのは危険だって」
僕が急いで止めると、マイダが言った。
「まあレンレンは、ひとりだと魔物にすぐやられちゃうから仕方がないわね。でもどっちに行きたいの?」
「じゃあ、そのまま東」
幸い僕の懸念は聞いてもらえるようだ。僕はモメないように3人が言わなかった方角を選んだ。
ディーナが改めて東の方に光の精霊を飛ばした。そして消滅しない距離でギリギリ止める。
「カーリー、目標の光に向かって、真っすぐに歩いてください。半分くらい進んだら、私が光の精霊をさらに前方に飛ばします。これだけ広いとそうでもしないと同じ方向に進めません」
山育ちのディーナが言った。確か「リングワンダリング」って言うんだっけ。雪原とかの目印のないところを進むと、左右の足の長さの微妙な違いなどで大きな円を描いて歩いてしまうやつだ。
「天よ、我に正しき道を歩ませ給え。さもなくば死を!」
突然ディーナが叫び、僕はギョッとした。
「っていうセリフが、以前出演した悲劇にありました」
そのパターンでしたか。なんだかディーナのテンションが高くなってきたな。
「ああ、びっくりした。ディーナはいつもそうなんだから」
マイダがめずらしくディーナにブツブツ文句を言っている。
僕らはディーナが提案した方法を繰り返しながら前進を始めた。
相変わらず周囲には自分たち以外何も見えず、ランタンを使っているのに真っ暗闇のなかを進んでいるみたいだ。
僕はまた背中がカユくなってきて、歩きながら掻こうとしたがうまくいかない。
微妙に届かないし、届いたとしてもドラゴン皮の革鎧の上からだとあんまり意味がないだろう。
なんか適当な木の枝でも落ちてないかな。
僕は周囲を見回したがそもそも何も見えない。
ふと、前を歩くマイダの短い杖が目についた。柄の長さがちょうど良さそうだ。僕はさっそく声を掛けた。
「マイダ、背中が痒くてたまらないんだけど」
「なに? ワタシに魔法でも掛けろっていうこと?」
「そうじゃなくて、ちょっとその杖、貸してくれないか? 背中に届かなくて」
「イヤよ! ママが使ってた大事な杖なんだから。なんでレンレンの背中を掻くのに貸さなきゃいけないの!」
そうか、形見の品ってことか。そりゃ確かに悪かったな。
カーリーが振り返り言った。
「マイダ、減るもんじゃなし、ケチケチせずに貸してやればいいんじゃないか。まあ、今は私が治癒魔法を掛けてやろう」
普段はわりとマイダに甘い、カーリーの「ケチ」という言葉に、マイダはムッとして何か言おうとした。
僕はあわてて、雰囲気をよくしようと口を挟んだ。
「へえ、治癒魔法っていうのは痒いのも治せるのかい?」
「ああ。痒みというのは痛みの弱いやつだからな。知らなかったか?」
カーリーがそう言いながら、後ろに回って手をかざし、治癒をかけてくれた。
でも今度は左腕が痒くなってきて、僕が掻いていると、カーリーがそちらにも治癒をかける。
すぐに左腕の痒みも収まったが、次は頭が痒くなってきた。
「もぐら叩きみたいだな。際限がない」
カーリーが言った。
「カーリー! 遊んでいる場合じゃないですよ。何か来ます。今、オオカミのような影が光の精霊の前を横切りました」
ディーナが前方を見ながら、普段あまり聞かないキツい声で言った。
ダンジョンって意外と書きにくいですね。
閉鎖されていて話が膨らみにくいです。




