「私」と聖女3
森の中、道無き道を新雪を踏締め駆ける、小さく飛び着地と同時に真上にジャンプした。
ドンっと音を立てロケットのように空に昇って行く鎧。
(何も感じない、景色が流れて行くだけかぁ…)
眼下に白い森だけが見えた、かなりの高さだろう。
この赤い鎧の性能を確かめようと色々な事を試しているがどうしても分からない事があるんだよね。
「私…鎧の何処にいるの?」
思わず呟く。
体の周りを覆われているような感覚はあるんだけど、鎧と私の体の大きさが全く違う、しかも寒さも衝撃も感じない。
それ処か魔物の女王との戦った?時、鎧の左腕を肘から木っ端微塵に壊されたのに私の左腕は無事だった。
無くなってたら困るどころでは無いので良かったんだけど。
見えている視界も変だ、兜に一切邪魔され無い、何も被っていない様な視野、だが顔に手を当てると僅かな隙間を開けて鎧の手が止まる。
鎧が一瞬、宙に止まり大地に向かい落ちてゆく。
手足の力を抜き自由落下、普通ならこの高さなら間違い無くペシャンコだ。
だけど、不思議と私は大丈夫だと疑わない、地面が近付き静かに目を瞑る。
ズシャン!……バラバラバラ…
土砂を巻き上げると周囲の木の枝から雪が舞い降りキラキラと輝く、鎧に覆い被さる様に赤色を白く変えてゆく。
一時の静寂、小さく響く金属音、ギギギ…
「フゥ…生きてた…」
両手を支えにして立ち上がる、結果は僅かな振動を感じた、その程度だった。
これで少年が言った"怖さ"が無くなる事が分かった、だけど間違いなく大丈夫だと思ったのは何故だろう?鎧の性能を信じているのか、理解しているのか…自身の体を使って確かめる事じゃないよ。
普段の私なら間違いなく魔法障壁で落下を食い止める、いくら"勇者の鎧"を纏っていても…間違っても自由落下に身を任せたりしない、怖さを失う事に恐怖し身も心も震えた。
無茶な突撃を繰り返し、鎧の左腕を砕かれた、それでも恐怖を感じる事も無く只"無くなった"としか思わなかった。
確かに鎧の能力は信じられない程だけど、怖さを失う能力、いや呪いか。
魔物の大群を前にしても引かずその身を投げ出すように戦う勇者…鎧の原動力は纏う者の魔力、魔力尽きるまで戦い続ける……死の恐怖も感じ無い。
これじゃ"勇者"じゃ無くて"狂戦士"じゃないか……本当に勇者の鎧?
気が付くと湖の畔まで来ていた、氷の上に雪が積もり広大な草原跡にも見える。
もう少し先まで…北の山まで行ってみようかとも思ったが、そろそろ引き返す事にした、黙って散歩に出てしまっているので皆が心配しているかもしれないし。
今度は一直線に家に向かって駆け出す、鎧を纏っているので体の幅が違う為に何度か木にぶつかるが、さほどの衝撃も無く木の幹を幾らか抉り走り続けた、然程の時間もかからず森を抜けた。
グッと脚に力を込め大きく跳躍する、幅跳びに背を仰け反らせ手足を前に伸ばすと家が見えた。
「ん、お姉ちゃん?」
家の前にミリル外套を纏うお姉ちゃんが見えた、この寒さの中ずっと待っていてくれたのだろうか。
ズドン!
鎧を纏ったあたりに着地するとゆっくりとお姉ちゃん歩いて近付いた。
こっちを見て驚いているお姉ちゃんの顔が見える、
「あ…ファッ…ファナなんですか?」
目の前で立ち止まり見下ろすようにお姉ちゃんを見る、普段見上げているからおかしな気分。
「そうだよ、昨日、話に出てた鎧だよ」
「そうですか…これが…」
お姉ちゃんがそっと鎧に触れると弾くように手を離した。
「氷みたいに冷たいじゃない、ファナ大丈夫なの?」
ん?装甲は冷たいようだけど、胸当、腕甲を自分で触っても冷たさなんて感じない。
「うん、大丈夫みたい?」
「大丈夫って…鎧を脱げるなら脱いで風邪を引いてしまうわ」
心配そうにこちらを見るミリルお姉ちゃん、少し泣きそう。
大丈夫だと思うんだけど、これ以上心配させたくないので髪の中に戻した。
瞬く間に輝く髪の中に鎧が吸い込まれる、驚いたのかお姉ちゃんは両手で口元を押えた、が
「あっ」 ベシャ
急に足元が覚束無くなり雪でぬかるんだ地面に尻もちを付いてしまった、こんな所で背の高さの違いが…イタタタ…冷たい。
「大丈夫ファナ?」
「大丈夫、お尻がちょっと…」
ジワジワとスカートに泥水が広がる。
「ふふふ、やっぱりファナはファナですね」
小さく笑うお姉ちゃん、笑う事無いのにと、少し頬を膨らます。
「お湯に浸かって来るね、スカートも流さないと」
「長湯しないでね、すぐに朝食だから」
スカートの汚れを落とさない様に脱衣所に飛び込み、急いで服を脱ぐとスカートを抱え浴場に飛び出した。
寒さのせいで湯気が立ち込め周囲が見えずらい。
ペタペタと浴槽に続く石畳を掛け、先にスカートを流し場に放り投げ湯船に振り返ると湯気の中に人影が見えた。
フィルお姉ちゃん?翌朝からお湯に浸かっている、大体は前夜の酒気を落とす為だ。
「フィル姉さん?」
その人影は私の声を聴くと慌てたようにバシャバシャと湯船で水音を立てた。
「ファファナ何で居るんだよ!」
なるほど、エル兄さんか、何でと言われると
「尻餅ついてスカートを泥水で汚したので流すついでに」
「・・・」
「エル兄さん?」
「はぁ・・・いいよ、僕が出るよ、向こう向いてろ」
湯気の向こうでエル兄さんの影が揺れに揺れる、面白い。
「・・・なんで?」
「何でって…見られたくないんだよ…」
「一度見てるし今更じゃ?それにカラスの行水は風邪引きます」
「う…分かったから僕から離れた所に行ってくれ…」
どうせ湯気で見えないのに何を慌ててるんだか。
少し離れた所で湯で軽く流して湯船に浸かる。
「ふぅ・・・」
寒さの中、温泉は良いなぁ湯気の向こうから僅かな視線を感じるんだがエル兄さん。
「なんですか?エル兄さん」
「なっそっちからは見えてるのか?」
図星か、さて久し振りにどう揶揄ってやろうかと思案していると、
「ファナ、明後日の試合…負けたらどうするつもりだ?」
いきなりの質問、どうするのかって?どうするの?
「負けたらエル兄さんの…お嫁さん?」
大きな水音が聞こえた。
「・・・それでいいのか?」
良くは無いけど訳の解らない人を勇者と認めて心を縛られるよりは、知った身内のが良いような気もする。
でも!
「負けないから心配してない!」
そう、負けない、わが身の為にも負けない!でもそうすると"勇者"が誕生しない訳で・・・ん~。
「そうか…」
少しトーンの下がったエル兄さんの声。何故に落ち込む?
仕方ない少しサービスしてあげよう、ニヤリとしながらバシャバシャとお湯を掻き分けエル兄さんに近付く、すると私の行動に気が付いたのかエル兄さんは距離を取るように離れて行く。
二人して湯船の中をグルグル周る。
「何で逃げるの?」
「はぁ?お前は、馬鹿か?だから恥じらいを」
「・・・チッ面白くない」
「・・女の子が舌打ちするな、聖女だろ?」
聖女じゃ無いし・・・聖女か・・・あっ思い出した!
「そうだ、エル兄さん、魔物の巣に武器を拾いに行こうと思うんです手伝って!」
「お前、昨日の今日だぞ?危なくないか?」
「フィルお姉ちゃんに了承取ってからだけど」
「了承が取れたら手伝うよ…はぁ…」
脱衣所に逃げ込まれた、揶揄う相手も居なくなったので流し場でスカートの汚れを流す。
勝負まであと二日、負ける事は無いと思うけど"勇者"どうしよう。




