二幕~無限螺旋城~
そして、一週間が過ぎ無限螺旋城が開催される日になった。
先週も体育教師兼校則指導担当である藻湖田の校則戦争はなくなっていた事を電閃は不気味に思いながら登校していた。先日の怪我は再度インブレにログインして修行を積むさなかにユキの回復スキルの重ねがけでほぼ完治している。
その無限螺旋城とはインフィニティ・ブレインの三周年を彩る壮大なイベントだった。
課金組と無課金の差を撤廃し、全ての人間がただ自分のキャラのスキルとプレーヤーのテクニックのみで戦う武道大会。
今までの課金組に対してはこのイベント終了後に五周年記念のスペシャルアイテムを渡す事で無課金との不公平さを撤廃し、久しぶりの自分のテクニックで勝負する戦いに喜びを覚えさせた。新規ユーザーには課金せねば手に入らないオンリーアバターを全てに配布して実際に自分の顔でゲーム世界を戦うカタルシスを植え付けた。これにより新規ユーザーも莫大に増え、各種CMなどの宣伝も行いこの勢いでキョーノイマジンはインブレを一億人ユーザーが登録しバトルする一週間にしようとしていた。
これにより、間違い無くキョーノイマジンはほぼ全ての日本人を籠絡するつもりなのだろう。
そして、優勝者に与えられる三種の神器で世界をインブレとして存在させキョーノイマジンの未来永劫の支配体制に日本はプログラムとして組み込まれる。
その計画をだいたい知っている電閃とユキは今日の授業は終了した為、放課後に食堂で待つ。
前回の魔列車の時のように余計な襲撃をされたくないという考えから、今日は自宅に帰らずに学園内部で無限螺旋城を向かえようと思った。
魔列車で襲い掛かってきた隣のクラスに転校してきたサクヤがあれからずっと欠席している為に、無闇に学園から出ると何が起きるかわからないからである。
今夜の七時に開催される無限螺旋城に備え、電閃とユキの二人は食堂で食事をとっていた。今日のAランチであるカツカレーにサラダのセットの大盛りを互いに食べている。カツにカレーのルーを絡めスプーンで口に運ぶ電閃は、
「間違いなく、ここで仕掛けてくるだろ。京乃のおっさんは」
「そうね。このイベントは世界をゲームと融合させる最大のチャンスのイベント。この流れでインブレが現実にインストールされた人々は流されたままその歪んだ世界を受け入れざるを得ない」
「なーに。三種の神器をもう一度奪い、今度は完全に破壊すればいいだけさ。ゲームはゲームだから楽しいんだよ」
ふと、今までの戦いで感じた事を口にしていた事に自分自身でも驚いていた。
正直言って自分自身でもヒャーマンログインというものはとても興奮し、自分自身がゲームキャラのスキルを使えて楽しさはある。いや、楽しくて仕方ないという自分自身がいるのは間違い無かった。しかし、ここでインブレ一位のライトが無限螺旋城の背後に蠢く闇を突破しなければ、人類は確実に自らが生み出した娯楽によって崩壊する事が予感出来た。
ヒューマンログインにおいて人の本質は果てしない欲望の塊だと知ったからである。
そう思いながらカツを全て食し今回のイベント内容について話す。
「……今回はしかも課金も無課金も同じ条件。こりゃ、とんでもねーイベントになるな。自分の実力のほどがわかり、尚且つ現実にインストールされたらもう京乃に服従せざるを得ない勢いで包囲網をかける良いイベントなこった」
「それだけ自信のあるゲームなんでしょ。この前の魔列車の現実融合は完璧だったし」
「んーだなー。このイベントは十日間開催されるけど、明日とか部活の連中来ないだろーな? 今日中にクリアしなきゃ明日も学園にいるはめになるし、お前と二人で泊まってる事がバレたら不味い」
「土日は校庭の工事らしくて生徒達は明日も明後日も入れないわよ」
「なら泊まるのも問題ないか。まぁ、日付が変わるまでに来托のおっさんは倒すけどな」
「そういえば、宿直室の鍵あんの?」
「鍵は最近勢いが無ぇ藻湖田からくすねておいた。水泳部のシャワー室も使えるから今日の泊まりは問題ねーよ」
「完璧ね。後は二時間後の定刻まで少し休んでましょう。……トマト嫌い」
サラダのミニトマトを残そうとするユキのトマトを自分の皿に乗っけさせ、
「ちゃんと食っておくぞ。次はいつ食えるかわかんねーかんな」
「確かにこれが最後の晩餐ね」
スッとすくい上げたカレーのスプーンに乗るルーを眺め呟く。
「これが最後の晩餐な訳ねーよ。俺達はまた戻ってくる。必ずな」
無限螺旋城前の食事を二人で食べ明かす。
食器を食堂の厨房に返すとBランチのコッペパンの残りがあったから瞬時にかっさらう。
そして、戦士の顔になり地獄のイベントである無限螺旋城で戦う覚悟を固めた。
※
そして、無限螺旋城の開始時間である七時まで一時間前になり教室に行こうとするとユキの姿を確認する。手を上げて誘おうとすると、先にユキに声をかけた藍色の着物を着た中年の男がいる。誰だ? と思いつつ電閃はその二人の死角になる場所まで気配を消して歩く。すると、電閃の耳に意外な言葉が聞こえた
「……お父さん?」
それを聞き、歩き出す二人を追跡した。そして、ユキの右を歩くお父様と呼ばれた中年の男の顔が記憶の中の人物とダブった。
「あいつ、インブレの開発者……京乃来托」
こんな学園に世界的人気ゲームのインフィニティ・ブレインの開発者である男がいるはずがない。いるとすれば、明らかにこの無限学園に対して何かの関係があるという事である。電閃が一年生で入学する時に完成し、まだ出来て二年の新設校である無限学園の立場を考えるに――。
「インブレが無限学園のスポンサーだと?」
混乱しだす電閃の頭に、更なる追い打ちが迫る。京乃来托は三年前に鬼瓦病院で知り合ったユメの話をしていた。影ながら追跡していたはずの電閃はふと、言葉を発していた。
「ユメ? ユメって誰だよ? 隣にいるのはユキだろ?」
「……」
ズズズ……と時代に取り残された重苦しい荷物を引きずるように京乃来托は振り向く。その男の鋭利な瞳に多少たじろいだ。
「小僧、ユキの事を知ってるのか?」
「当然だ。相棒だからな。それより、お前はインブレの開発者ってだけじゃなくて、この学園のスポンサーなのか? 一体お前の正体は何なんだ? お前は世界の覇王になってどうするつもり――」
「質問の多い小僧だ。是非、問多と名乗るがいい」
「答えろ! ユキの父親がユメの事を知っているってどういう事だ?」
答えるのが面倒といった顔で来托は言う。
「時は私という時代の寵児をどうにも急かすようだ。少し早いと思っていたが、始めようか、無限螺旋城を」
パチインッ! と来托は頭上に向けて指を鳴らした。
瞬間、無限学園全体が揺れだし電閃は地面に手をつき周囲を見る。すると、視界にモザイクのような電気的な映像が走る。フフッと来托は変わり行く世界に満足するように呟く。
「魔列車の時とは違う規模だ。無限螺旋城のボスである私を倒さねばこのゲーム世界は一気に日本中からいずれ世界中へ拡がるのだ……」
魔列車はユキと来托が仕組んだインブレが現実にインストールされた車両だった。
数多の人間が出入りする電車という空間でもちゃんと現実とゲームが融合できるかの実験で電閃がクリアした事により成功を収め、この現実とゲームが融合する無限螺旋城という日本中を巻き込む壮大なイベントを開催する運びになった。
悠然と構える来托は周囲を見渡して無限学園とゲーム世界との融合が成功した事に満足し、言う。
「君の元相棒であるあのデスガールは人類初のヒューマンログインの成功者。この学園に転校したのはこの学園がインブレの真の始まりの日である場所で活動しやすくする為だ」
「それだけの為に……」
「それだけの為? 若いな。学園に通ってなくてもこの場所で当たり前のように彼女は学園内で暗躍しているのだよ。深夜の学園内で彼女にイベント会場の最終チェックしていたのさ。このイベントが終了すれば、現実世界にインブレはインストールされ世界はこの私が変革するのだ」
「ここが無限螺旋城の場所なのか?」
「そうだ……インブレ・リアルインストールはここに幕を開ける――」
ジジジジジジッ――という電磁波の音が学園全体に響き、外部から閉ざされた無限学園は一気にゲーム世界と融合を果たした。今はこの学園内だけで済んではいるが、このイベントが終了する十日後の夜までに来托を倒さなければ世界はこのままゲームと融合してしまうだろう。
しかし、ボスである来托にたどり着くのも容易くは無く、一度戦って勝たなければもう次は無いである事は事実である。おそらく初日の今日で来托の強さに心が折れたゲーマーは京乃来托の傀儡と化し、次なる世界における私兵として使役される事になる――。
「君は他のゲーマーが来るまで少し死んでいてもらおうか」
そう言った来托は小判の群れを融合させたエネルギーの光玉を頭上に生み出す。
それは圧倒的な廃課金パワーを秘めており、どのスキルでも攻略できそうな技ではなかった。
しかし、このままでは死ぬ為にライトニングのオンリーアバターに変身する。
同時に、光の玉は来托の指の一振りで放たれる。
電閃であるライトが腰を落とし回避しようとすると、低くさびれた声がその動きを止める。
光の玉の接近も気にならず、ライトの瞳孔が広がっていく。
「さっきの質問に答えよう。ユキはユメでありユメはユキだ」
「……ユメはこのライトニングのオンリーアバターを俺にくれた――うおおおおおおっ!」
ズゴゴゴゴゴゴ――という光玉の直撃によりライトは消失した。
来托の後ろにいるユキは抉られて隆起する無限学園の地面を見て唇を噛み締めた。
※
――無限学園地下下水道。
その薄暗い地下道にライトは倒れていた。
光の玉の威力に押しつぶされ地下道にまで身体が押されて落下してきたが水の流れに流された為に光の玉に消される事は無かった。半分以下にまで落ちたHPゲージを見てからゲホゲホとせきをして通路によじ登る。びしょ濡れの身体をライトニングの音速移動で一瞬にして乾燥させた。
「……やってくれんなあのおっさん。あんな課金玉使えるなんてチートじゃねーのかよ? でもこの地下道は使えるかもな」
スッと沈んだ眼差しを薄暗い地下道の奥にまでやる。
「ユキとは中で合流すりゃいい。俺は一気に地下からショートカットしてボスまでたどり着いてやるぜ。そこでユキとユメの関係を吐き出させる」
ガッ! と拳を叩くライトは地下下水道からボスエリアに侵入し、イベントの裏をかいてやるつもりでいた。
一定間隔でランプが灯る薄暗い下水道をライトは歩く。学園内には所々マンホールがある為に地下下水道には誰でも地上のマンホールから入る事が出来る。しかし、現時点のヒューマンログインは数人の人間しか出来ない故にそうそう敵の追撃は無いであろう。そして、不気味な地下下水道を更に奥へライトは行く。すると小さな光の群れが突如現れ、その群れは躊躇なくライトに接近する。
「あの群れ……フリーフィールドに現れるザコモンスターのノラドックだな。地下道の侵入者を始末するように仕組まれたプログラムか。にしてもやけに動きが早えーな」
そのノラドックの群れはわめき声を上げ、ライトに迫る。
「めんどくせーがやるしかないか。俺が最速で来托のおっさんを倒さなきゃならねーんだからな。この傷の借りはインブレのリアルインストールを阻止する事で返さしてもらうぜ」
目の前からは五匹のノラドッグが襲いかかってくる。一匹目を蹴りで水路に蹴落とし、二匹目は掌ていで横面に一撃入れた。吹き飛ばされたノラドッグは味方に激突し、残りは二匹となる。
「プログラムされていても所詮は寄せ集めだな。準備運動にもならないか。おそらくこいつら以外に本命の敵がいる」
手足をブラブラさせながらライトは言う。グルル……と低い声を上げるノラドッグは、ゆっくりと動いてくる。
「もう諦めろよ……って通じないか。ん?」
そのノラドッグの額に光る何かを発見した。それは稲妻型のペンダントトップで自分がしている首に下げたペンダントと同じである。それに驚き、無限病院で三年前に出会った今の相棒であるユキに似た黒髪の長い少女であるユキを思い出す――瞬間。
「ぐっ!」
突如、水路に落ちたノラドッグがライトの右脹ら脛に噛みついた。すると、倒れた二匹も立ち上がり、四匹は同時にライトに襲い掛かる。
「なるほど、一撃で倒れない理由がわかったよ。うおおっ!」
腰を沈めアゴを引き、右手に一気にスキルゲージが10ポイント減った分のエネルギーが収束する。ライトニングドーンが炸裂し、地下下水道は一瞬にして静まり返った。ノラドッグの群れは全て倒れ薄闇の中に、ライトの冷たい横顔が浮かぶ。その手には、小さな稲妻のペンダントがあった。
「……稲妻ペンダント。これでノラドッグを強化してたのか。ユメにもらったこのペンダントにエネルギーが増幅する力があるとはなー。それにこのイナズマの感覚は多少なら感知出来るな。黒髪のユメに茶髪のユキ……こりゃ、とんでもねー事に巻き込まれてんじゃないのか俺は?」
自分の稲妻のペンダントを握り締め、このイナズマのマークを象徴した京乃イマジン本社を思い出す。全てはこのイナズマから始まり、このイナズマが自分をここまで導いて来た。この戦いでインブレを終わらせる為に、ライトは首から下がるイナズマに自分の願いを込めてこのイナズマの反応を感じるままに歩みを始めた。
※
流れる下水の横を冷たい壁に手を当てながら気配を消し進んで行く。
しばらく進むと、ライトの足がピタと地面に吸い付くように止まった。
(そろそろ到着か……)
辺りを警戒しつつ、拳に力がこもり手に汗が握る。
スッ……と目の前の曲がり角から顔半分出し、
(人の気配がするな。そして、この曲がり角からは灯りが灯ってねー……)
スーッと深呼吸をし、ライトは思案した。
(なるほどな。侵入者対策のようだ。重要な施設の場所付近は灯りを設置せず、真っ暗な状態にしておく。侵入者は自身で灯りを灯さなければならず、その灯りを頼りに侵入者は始末される寸法だろーな。という事は……この曲がり角を真っ直ぐに行けば誰も知らない無限螺旋城の闇の入口という事だ)
思いながら曲がり角からもう一度顔を半分出し真っ暗な道を見た。
微かに人の気配がする暗闇に向け、ゆっくり進んだ。
無限螺旋城の地下に入る扉の前には、二人の門番が居た。門の左右には微かに門番同士が自分の顔を確認出来る灯りが灯っていた。夜目がきくライトが確認したのはその二つであった。息を殺し、ゆっくりと通路を進む。すると、二人の門番の姿が動いた。
(気が付かれたか……? にしても何か嫌な予感が消えねぇ。この一月近く色んな事がありすぎて疲れてるからな……)
多少の焦りを見せながらそう思ったライトは、ノラドッグから回収した稲妻のペンダントを投げる為に門番に向けた。しかし、その手は不自然に止まる。
(奴らは俺に気が付いたわけではないようだ。しかし、どうやら面倒な事になってきたな)
その門番達は扉を開き、中から現れた少女に敬礼をした。
その少女は三年前に無限病院で出会いライトニングのオンリーアバターを渡された京乃ユメ。相変わらず色白で白いワンピースが不気味なほど似合う黒髪の長いユメはまるでプログラムされた機械のように歩いて行く。
「なるほど、なるほど」
と頷き、久しびりに見るユキの姿に懐かしさと戸惑いを覚える。
(ここは明らかに一般人は侵入不可。俺が地下から潜入すると知っていてこの行動に出るという事は、俺の侵入の手引き? いや、それなら門番を倒しているはず。ユメが俺にライトニングのオンリーアバターを渡した本当の理由は……。本当に、全く面倒な事になってきたな。でもやるしかねぇ……今の人類の危機を乗り越える英雄になるにゃ俺の力しかねーかんな。ヒーローはこの俺様よ!)
そして、ユメの来訪のために気がそれた門番の隙を突きライトは侵入計画を開始した。




