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ドクターキョーノ

 無限螺旋城の門番がユメの為に開けた門を閉めると、下水の水がバジャバジャ! と跳ねた。

「何だ!? 冷てぇ!」

 門番達は持っている槍を構え、下水の中で暴れる何かを警戒した。

 すると、ザバァ! とノラドックが現れ門番達を襲撃した。

「ぐっ、ノラドック? 腹でも下したか? 暴れるな!」

「おいっ! 鍵を持っていかれたぞ!」

「えっ?」

 そのノラドックは門番の腰にかけてあった数本の鍵束を口にくわえて奪った。そして、暗闇に消えたノラドックを追いかけ、門番二人は扉の前から姿を消した。そして、扉の前に見事に染まる金髪を手ぐしで整える少年の顔が浮かんだ。

「侵入成功。イナズマを失えばノラドックは特殊な力もない訓練された犬だ。手なずければ言うことを聞く。非常食として持ってきたパンがこんなところで役に立つとはね。にしても俺は鍵の開錠が上手いな……このゲームが終わったら怪盗でも目指そうかな?」

 本気で思うライトは扉をくぐった。





 中に入ると、上層階へ続く螺旋階段と機械仕掛けの昇降機があった。

 機械仕掛けの昇降機の方には、ユメが仕様した形跡は無く、昇降機は地下で止まっていた。多少機械が軋む音から察する限り、誰かが上層階から地下まで使用したようだった。ライトは素早く螺旋階段の方に移動し、上を見上げた。すると、一階に向けて歩いていくユメの姿があった。一階に着いたユメは、一階の入口の方から外に出たらしく、姿を消した。

(……ユメの奴、何を企んでいる? まぁ、僕は上層階を目指してみるか)

 そうして、ライトは躊躇いなく機械仕掛けの昇降機のボタンを押した。

 昇降機内に乗ったライトを乗せ登っていき、チンと音が鳴ってダイヤル表示が十となり頂上階へと着いた。

(頂上? こんな簡単に頂上に? 罠じゃないだろうな……)

 左右にファイティングポーズを取りつつ、薄暗い辺りを確認してから昇降機を出た。辺りに人気は無く、冷たい石畳が続き不気味な波動が遠くから聞こえた。

「……こんな異質な場所が頂上? 学園内部とは全然違う地形だ。何かおかしいな。何かが引っ掛かる……。そう、何か懐かしい感じがする。一体何だ?」

 頭の中によぎる違和感を整理しきれぬまま、ゆっくりと足音を立てずにその階層を探索し始めた。殺風景な通路を真っ直ぐ歩くと大きな扉があり、ライトはその扉に触れようとした。すると、重厚な鉄扉が行く手を阻んだ。

「……違和感の正体はこの奥の物なのか? この先の方角に稲妻ペンダントの波動を感じる……まぁ、開けなければ始まらねーな。開けゴマ」

 左手でグッと鉄製の扉を開き、勢いよくライトは中に飛び込んだ。薄暗い室内全体を警戒しながら、一番奥に見える装飾らしき物体を見た。それは人一人がくくりつけられるほどの十字架であった。その十字架に、赤いボロボロのドレスを着た人間らしき物体がくくりつけられている。

(……これだけ勢いよく飛び込んで来て、リアクションも無しか。じゃあ、こっちからアプローチしてみるかな)

 ブンッ! と天井に向け地面にある小石を投げた。しかし、十字架にくくりつけられている奴隷らしき人物は何の反応も無かった。

「もしや……いや、念のために」

 今度はノラドッグのイナズマを取り出したライトは、ブンッ! と生け贄の右足めがけて投げた。ドスッ……と太股に刺さり、曲線的な走りで十字架の奴隷に近づいて行く。すると、その人物の顔がはっきりと見えた。

「こいつはランキング十位・ヴォイスマーメイドのメイタム。これは完全に死体だな……しかも、だいぶ腐敗が進んでいる。だーが……これより強い波動は別の所から感じる。おかしいな、この上の階から感じるぞ」

 その時、ライトの思考の中のノイズが解消した。

 我に還ったような顔で悠然と天井を見る。

 光輝く瞳はくすんだコンクリートの天井ではなく、その先を見据えていた。

「……この階は最上階じゃねぇ。このエリアは随分入り組んでいるようだな。この上にも階層はあるようだ。なるほどな」

 口元を笑わせ、ライトは言った。腐敗するヴォイスマーメイドもおそらくサクヤと同じように依頼され、利用価値無しと判断され生贄にされたのだろうと思った。そして、上に行く方法を考える。一度このフロアを出ようとするライトの背後に、ジャラジャラと鎖を引きずる音がした。

「――マチかよ! エクセレントっ!」

 生け贄となっていた腐りかけのヴォイスマーメイドのオンリーアバターをしたメイタムの死体が拘束具である鎖を蛇のように操り、迫ってきた。それを軽快なステップで回避する。拳を構えつつ間合いを取り、メイタムと対峙した。

「腐りと鎖……ギャグかよメイタム? お前とはテスター時代からそこそこ戦ったが、全部俺の勝ちだったな……最近、見かけないと思ってたらお前もヒューマンログインしてやがったか。って言ってももう通じないな。お前は腐女子だけど美人でちょっとタイプだったんだが、本当の腐女子になっちまったな……」

 唇を振るわせながら言いつつ、ライトは蹴りを顔面とボディーに二発づつ叩き込む。メイタムは鎖で防ごうとするが、ライトの拳の方が一歩早く眉間とアゴに直撃する。

「アアアアッ……!」

「お前の声はそんな不快な声じゃねーだろ! もっと官能的なステータスダメージを与える声のはずだバカヤローっ!」

 しかし、呻き声のような声を上げるだけでまるでダメージは無かった。

 うねうねと鎖が触手のように動き、その先端がライトに向けて迫る。

 応戦しつつ、円を描くように空間を走りメイタムの赤いドレスが破れてむき出しになる黒ずむ皮膚が見える背中を見た。

「やれやれ、あれはイナズマの影響を確実に受けているな。これはメイタムの身体を使った実験か……俺がお前の呪いを解き放ってあげるぜ」

 ライトは打撃をメイタムのイナズマのある心臓部分へと集中させた。

 しかし、急所を本能的に自覚しているメイタムは心臓部に厚く鎖を纏っていた。

「こりゃ、ライトニングドーンで破壊してもスキル発動後のカウンターをくらうな。カウンター使いがカウンターで負けるわけにゃいかんよ――?」

 カウンターで放たれたレーザービームのように迫る鎖をライトはかわしきれずに腹部に直撃する。

「ぐうっ! ……おおおおっ!」

 腹部の痛みに耐えつつ、両手で鎖を引っ張った。グラッとメイタムの身体はバランスを崩すが、倒れる事は無かった。その姿を確認し、鎖の輪の一つをライトニングドーンで天井に放つ。しかし、天井に反射した鎖はメイタムに当たる事は無かった。

「グヘァ!」

 醜い叫び声と共に、メイタムの操る鎖はトグロを巻く蛇のように絡み付いた。

 その鎖の一部を引きちぎるが、グラッ……と身体のバランスを崩し、ライトは倒れる。

「ぐっ! 何て力だ! うおっ!?」

 床に転がったまま、鎖を操られドン! と壁にぶつけられた。声も上げられぬまま、ライトは寝そべる。しかし、右手に持つ鎖の一部をライトニングドーンで天井に向かって放った。その弾は反射して跳弾となり、メイタムの背中に直撃した。

「グギャアアア!」

 突如、メイタムは悲鳴を上げ倒れる。

 身体を拘束していた鎖を解き放ち、立ち上がったライトは、

「やれやれ、丁度いいポジションにさりげなく移動するのも難しいものだ。前を隠しても、後ろを隠さなきゃ意味が無いぜ。ま、もう遅いけど」

 倒れるメイタムの背中に数発の拳を叩き込んだ。パリン! とメイタムの核であるイナズマの割れる音がした。

「グアアア……」

 一本の鎖がライト目がけて迫る。しかし、その鎖はライトの眼前で停止した。

 やがて、メイタムの腐った身体は消滅した。

「インブレをリアルインストールする為の人体実験か。……悪どい事をするな来托のおっさん。同じランカーとして仇は取ってやるさ。俺もいい加減謎が多すぎて頭に来てる所だからな」

 ライトは美しく元気だった頃のメイタムを思い、京乃来托に対して怒りが増す。

 メイタムの繋がれていた十字架の台座のクロスポイントから隠しスイッチを見つけ押した。

 真上の天井の一部分が開き、ガラガラガラッとハシゴが降りてきた。そのハシゴにライトは登る。





 空気の冷たい機械仕掛けの室内をライト進んだ。

 様々なケーブルが床を支配する中をゆっくりと前進する。

 辺りに人影は一切無く、その空間の中央にいびつな形をした巨大な十字架の機械があるだけだった。すると、中央に機械にくくりつけられた人の姿が見えた。まるで十字架に吊るされた罪人のようであり、異様な光景だった。

(……また奴隷か? いい加減にしろよ……)

 その光景を不振に思いつつ、ライトは進んだ。コンピューターのパネル部分を見ると、各施設の電力ゲージが表示され、オールグリーンの状態だった。ふと、左端のパネルを見ると、十字架の表示からインブレ全体にエネルギーが供給されているのがわかる。

 各種あるモニターの中でも一番大きなメインモニターは縦型の水槽に浮かぶ全裸の少女を映し出している。それは京乃イマジン本社で見かけたマザーコンピューターである黒髪の長い謎の少女だった。

「まさか……このシステムは!」

 そして、その機械に全身をくくりつけられた人物の姿からインフィニティ・ブレインの一つの謎が解明する事が出来た。

「人間の全身を動かないよう固定し、心臓から直接生体エネルギーらしきものを吸ってるのか。そして、インブレにそのエネルギーを現実に融合させる力として供給している。まともな人間のやる事じゃないぜ。こんな事をしてるから、現実とゲームの境目もわかんなくなんだよ……」

 言いつつ、ライトはくくりつけられる人間を間近で見た。

 その人物はだいぶ薄れているが、ピエロのメイクをしていた。この人物も最近インブレにログインしていないランキング8位のデロピエロだった。奥の方には腐敗した死骸がいくつも積み重なり消えない腐敗臭を放っている。静かに怒りを燃やすライトはライトニングドーンで周囲の機械の全てを破壊する。電気のスパークが各所で発し、ライトの暗い横顔を映し出す。

「……京乃イマジンの本社で見たマザーコンピューターの少女に繋がるであろう一つの設備は破壊した。もうインストールシステムは完成してるから意味が無いだろうが、こうでもしなきゃ気が済まねぇ……ランカーばっかこんな目に合わせやがって」

 ガッ! と真横のパネルを更に破壊してやりようの無い怒りをぶつけた。

 突如、空間に広がるイナズマの反応が感覚を支配する。

 まるで与えたライトニングのアバター使用者を試すようにユメから誘われているようだった。

 イナズマに導かれし運命に進んで行く。




 歯車の噛み合う音がする機械室を、左右を確認しながらライトは歩く。

 階段があり、その階段を一気に駆け上がった。すると、そこには機械の音に紛れ、人の気配があった。工具が転がる狭い区画に意識をやりつつ、その人物が居る方向へゆっくりと近づいて行く。

(……男が一人だけか?)

 その少し狭いスペースには、椅子に座ってうつ向いている白髪頭のボサボサの老人が一人居て、机の上に何かの図面やら工具が散らかってる。夜食なのかカップの隙間から赤い湯気が漏れるラーメン丼が置かれている。灰皿にはフィルターまでさしかかるまで吸われた吸殻が有り、重度のヘビースモーカーぶりが伺える。その寝ている人物にライが耳を男に集中させると、男は寝息を立てていた。

(寝ているのか……。だが、狸寝入りなら俺の侵入に気が付いている可能性もある。情報を吐き出させた後で始末するか……)

 思いつつ、素早く老人の前に移動し机の上の割り箸入れの筒から一本取り、老人の座る椅子を蹴った。

「起きろ。俺の問いに的確に答えなければ殺す」

「おっ! もう出来たかかの? って、ラーメン食ってる時に来んじゃないわい。ケンちゃんラーメンは何時でも何処でも新発売なんだからのぅ。楽しみたいんじゃ」

「なら三分待って食べろ。ラーメンはウルトラマンのカラータイマーが鳴ってから食べるのを知らないのか?」

「ウルトラマン? んなもん知らんよ。って食うな小僧!」

 ヒョイとライトはラーメンの中に入っているチャーシューを取り食べた。

「何だこの赤いスープ? 辛くねーな。って、テレビも見れないほど忙しいのか? ウルトラマンは子供向け番組だぜ。孫がいんなら知ってら方がいいんじゃないのか? でもそれは女か……」

 机の上にある老人の孫の少女と写っている写真を見てライトは言う。

 カタッと写真立てを寝かせ写真を隠した老人は、

「……? 誰だお前は? いい拳を持ってるな。殺したければ殺せ。ワシはもううんざりしてるんだ……」

「……?」

 やつれ切った老人の顔を見て、ライトは拳を下ろした。そして、老人の向かいの席に腰かけた。ふと見ると、老人の後ろの壁は真っ赤に染まった血まみれの壁だった。不振な顔をするライトにボサボサの白髪をかきあげる男はふとした拍子で話し始めた。

「血を血で洗い流す最前線。汝の血でもって意思を引き継げ」

「何の話しだ?」

「その壁に奴隷になった人間が書いた文字だ。すでに何十人も書いているから、もう血まみれで赤い壁でしかない」

 その壁は血で赤く染まり、よく見ると鳳凰のような縁どりの模様になっていた。

 机の上に散乱するナイフや炸裂弾を見て手に取り眺める。

「ここで人体実験をしていたのか? インブレをリアルインストールする為の実験として」

「とりあえず、ここで黙らせてからな。お前がここに来るまでに見ただろう、あの十字架のカラクリ。通称、生贄の十字架クロスグレイブへ連れて行って生命エネルギーを吸収していたわけじゃ。あーあっ!」

 大あくびをした老人は、ライトの顔をじっと見つめ、

「にしても、この機械室に侵入して来ると、中々の手練れじゃな。インブレでもランカー上位だろ? おいおい、そんな顔をするな。ワシを殺しに来たわけじゃないだろう? 殺すはずならすでにワシは死んでいる。目的は三種の神器……か?」

「寝起きの割りによく話す男だ。目的は三種の神器でもあるが、まずはインブレのリアルインストールの阻止だ。わかってるなら答えて貰おうか?」

「あぁ、所で鎖の女とピエロはちゃんと仕留めたのか?」

「仕留めたさ。顔見知りだったからせめてこの地獄から開放してやったよ」

 警戒を解かぬまま、ライトは老人に言う。老人は大きく息を吐いた後、ニヤリと笑い、

「そうか。ワシの名はドクターキョーノ。お前の名は?」

「ライトだ」

「ライトか。優男のような顔の癖に隙がないのぅ。ならば教えてやろう。この無限の箱庭の秘密を……」

 ドクターキョーノは無精髭を撫でつつ、話を始めた。





「……なるほどな。このインブレがリアルインストールなんて有り得ん事が出来た理由がこのクロスグレイブというのが良くわかったぜ。人間の命をゲーム世界を現実にインストールするイルミネーションに人間の命を使う……粋じゃねーか。その生け贄選別にはドクターキョーノも参加しているのか?」

 好奇心と殺意が入り交じったような瞳でライトは言う。

 それに対しドクターキョーノは、

「そうだ。ワシはこのクロスグレイブの人体実験区画管理専門の管理人だ。ワシは現実を否定してでも孫の病を治そうとした現実を諦めた科学者じゃよ」

「だが、お前の孫を思う気持ちと来托の実行力がなきゃインブレそのものは存在しなかった。キョーノって名前ならお前は来托のおっさんと一蓮托生というわけか?」

「一蓮托生……のぅ」

 フゥとため息をつき、ドクターキョーノは天井を見上げる。

 そして、胸ポケットからタバコを取りだしマッチで火をつけ、

「フゥー……。まぁ、ワシも機械いじりしかできねぇ男だ。その為ならどんな奴とだって関わるさ。日々の生活の為に多少の己を棄てる。家族の為に他人を殺す……よくある話じゃて」

「そんな事をして何年も過ごす人間に、己など本当にあるのか? そんな事がこれから先も続くとでも?」

 微妙に、ライトの口元が歪んでいた。よく見なければ分からぬほどの変化である。

「……京乃来托とて、この世界を一番に考えた結果がそれだ。現実にいる奴からすれば他人の命まで使ってやるほどの事じゃないじゃろう。しかし、現実はもう全ての事がいきづまっていて生きてく事は綺麗事じゃ済まない。いわば、弱肉強食だ」

「そうだな。生きる事は戦争と同じ弱肉強食だ。ならば――」

 ライトは瞬きをせず、更に問う。

「この俺を孫の復活への最後の生け贄にするのは無理な話しさ」

「何の話しだ……」

 微かに動揺を示したドクターキョーノにライトは満面の笑みを浮かべ、

「まぁいいさ。俺は意外と自信過剰な男でね。そう簡単にはクロスグレイブの生け贄にはならないという事さ。もう無限螺旋城のイベントは始まってる……次の生け贄は探しておいた方がいいぜ」

 言うなり立ち去ろうとするライトに、フゥーとタバコの煙を吐き出したドクターキョーノは、

「次の生け贄の候補は――」

 その時、去り行くライトの耳に枯れたドクターキョーノの声が刺さり、ある少女の姿がライトを支配した。

「生け贄の候補は京乃来托の娘。ユキだ」

 その言葉と同時にライトの胸元のイナズマは電気を発し、嫌な感覚が頭を支配する。

(何だ? 久しぶりに味わうような緊張感……)

 そのライトを見ながらのびきったカップラーメンをすするドクターキョーノは、

「昼に来たラーメンをあっため直したが完全に伸びてるな。無駄話をしすぎた」

「そういや、ここから三年以上出てないなら誰がラーメン運んでくれんだ?」

「規律にうるさい小僧がいてな。小僧と言ってもライトよりは年上だがのぅ」

「何か嫌な奴が知り合いにいるなまぁ、俺にもそんな奴が学園にいたが最近は静かでな」

 腕組みをするライトにスープをすするドクターキョーノは言う。

「マザーの名を知りたいか?」

「んー、やめとくわ。ゲームは住民と話し合って謎を解いていくのが醍醐味だかんな」

 ふと、汚れた机の上にある黒髪のユキに似た少女の写真を見て言った。

 時刻は午後7時になりドクターキョーノはラーメンの丼を置く。

「……そろそろ時間だから最後の質問をしよう。もしも人間が二人に分かれた場合、一体どっちが本物なんじゃ?」

 一瞬、その質問に躊躇するライトは喉に唾を流し込み答える。

「現実にいる方だろ……現実にいる方が本物さ」

「なら、お前はユメを否定すると言う事だな?」

「そういう訳じゃ――!」

 突如、出前の鉄の箱である出前箱を持ったタンクトップを着た大男が現れる。唖然とするライトをよそ目に、ドクターキョーノは伸びている麺を軽くすする。地面に出前箱を置きラーメン丼に入る熱々のラーメンを突き出す大男はニッと白く綺麗な歯を剥き出しにし、言う。

「校則戦争を始めるぞ黒主電閃」

「―-も、藻湖田教師!」

 そこには仁王立ちの大男である無限学園体育教師の藻湖田もこ太郎がいた。

(最近静かだと思ってたらコイツもインブレのヒューマンログインしてたのかよ! 不味いな……一時撤退だ!)

 目的はあくまでこのイベントのボスである京乃来托の為、ライトはクロスグレイブ管轄室から逃げた。

「逃げられないぞ黒主!」

 その背後を武者のオンリーアバターであるサムライブレイドに変身する藻湖田が追いかけた。

「! あの武者姿のサムライブレイドはランキング4位のモコータじゃねーか! 藻湖田も廃課金だったのかよ! くそっ!」

 メイタムがいた場所で追いつかれたライトは必死にモコータの斬撃をかわす。黒く汚れた床に、モコータの錆びた刀が刺さる。

「……久しぶりの戦いなんだ。楽しもうじゃないか」

「こっちはその楽しいゲームを終わらせる為に動いてんだ。お互いに現実を見て行こうぜ。それとも人間やめたいのか?」

 そんなライトの言葉など気にせず、モコータは攻撃を仕掛ける。すかさず、持っていた割り箸の一本を背後に放ち残る一本をモコータに向けて放つ。

「ちょこざいな」

 それを回避するモコータは勢いよく刀を振りかぶる。錆びた刀が、ライトの左耳をかすめ血が数滴飛んだ。後退しつつ、ズボンのポケットから黒い玉を取り出した。それと同時に背後でチン! という音が鳴り、割り箸でスイッチを押していた昇降機の柵がガラガラッと開いた。

「ちゃんとスイッチが反応して良かったぜ。じゃあなモコータ。お前は次の機会に倒すよ。今の目標はあくまで京乃来托なんでな」

 言うなり、ライトは炸裂弾を投げた。迫るモコータの眼前で爆発が起き、床に倒れる。その隙にライトは昇降機に向けて走る。一階ボタンと閉じるボタンを押そうとするライトの左手に、見覚えがある割り箸が突き刺さった。

「逃がさんよライト。ラーメンがのびた恨みじゃ」

「ドクターキョーノ……食べてすぐ動くのは身体に悪いぜ? そういや、三種の神器は無限螺旋城のどこにあんだ? 聞くの忘れてたわ」

「お前が三種の神器を手に入れれば孫は復活する。場所はモコータしか知らん場所にあるようだ。自分の全てと引き換えにワシの孫を甦らせてくれ」

「……」

 一瞬、懇願するような瞳をしたドクターキョーノのライトは唖然とした。

 すると、ライトの背後には鬼のような形相のモコータがいた。

「しぶてぇなあの野郎。サムライブレイドのアバターってステータス異常のスキルってあったっけ? 何か身体が痺れ出してるんだけど?」

 正直な話、サムライブレイドとはゲーム内でも十秒で倒していた為に能力の全てがわからなかった。ガシッ! とモコータはライトの頭部を柵に叩きつけた。

「今までのツケが溜まったな。ちなみに、その昇降機は使えんぞ。お前をおびき寄せる専用だから、普段はこんな設備は無い。こんな簡単にこの無限学園の闇が見られた不味いからな」

「どーりで。上手くハメられたぜ」

「ライト! 三種の神器は学園内よ! ここでチンタラしてる場合じゃないわ!」

「ユキ!? ここに居たのか!」

 突如手に手錠をかけられたまま現れたユキはそう叫んだ。しかし、モコータの拳を受け背後に飛ぶ。ライトは助けに行こうとするが、モコータに押さえ付けられて動けない。ドクターキョーノに捕まるユキはそれでも叫び続ける。

「この学園の中ボスはこのモコータよ。こいつが管轄する三種の神器を手に入れなければ京乃来托とのボスステージは現れない」

 そのままユキはドクターキョーノに引きずられてどこかに連れ去られた。

(ユキも来托に囚われていたか……あのおっさんは本当に自分の事しか考えてねーようだな。いや、この京乃一族全てがそうか)

「足掻くなライト。この一本道はすぐに塞がれる予定だ。ドクターキョーノによってな」

「! ……そこまで用意周到とはな。俺をインブレの主人公にしてくれて嬉しいよ」

 主人公に厄災危難が襲い掛かるのはゲームのテンプレである。それをゲームではなく現実にこうも設定してくれるのは選ばれた主人公としてはクリアのしがいがあった。

 瞳に光が広がるライトの左手の甲にはまだ割りばしが刺さっている。そして、モコータは羽交い絞めにしたまま窒息死させようとする。急に、ライトは微笑んだ。

「逃げた方がいいぜ」

「何を言ってやがる。お前は終わりだライト。三種の神器は他の誰かが使うだろう」

「そうならいいが、俺以外には無理ゲーだろ?」

 腰を振り、コロンッと床に転がった無数の炸裂弾にモコータは瞠目する。

「――てめぇ!」

 ライトニングの移動の最中に物体との摩擦によって溜まった電力の全てを開放し、デススパークを放つ。狭い昇降機の中で激しい爆発が起きた。



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