Ⅳ・無辜の灰4
※残酷な描写が含まれています。
* * *
「どけ」
下級魔族と思われる魂の塊を、鎌で荒く薙ぎ払い殲滅する。次々と這い出るそれらは原型を留めておらず、生前の面影など微塵もない。――今のところは。
三日前に深手を負わされた現場過ぎ、徐々に数が増えてきた。何処からか自分を睨む複数の視線も感じる。自分一人ならば多少のごり押しや強行突破も構わぬが、今日は後ろに駄天使がいるのだ。…この先、それなりの本気を出さねばならなくなるかもしれない。
「面倒だな…」
無意識に漏れた呟きに怪訝なリオン。自分と付かず離れずの距離を保っているのは、自分の注意を守っての事か、または邪魔者共を生々しくあしらい消す自分に恐怖を抱いての事か…。
チラリと無意識に向けた視線がバッチリと合った。リオンは複雑な表情を浮かべているが…、これは自分に対する怯えではなさそうだ。
「なぁ、タオ…。この空間の何処かに、本当に存在するのか? ――…古の大天使長が」
どのような葛藤かと思えば、そんな事か。まぁ、大天使長などという生物が瘴気に満ちた空間に在る、とは通常では考えらぬ事だろうが。
「生死は知らんがな」
「…さすがにここまで長生きとは思わないよ」
こんな軽口が叩ける分、リオンも身心共にまだまだ余裕がありそうだ。
友の様子にニヤリと笑い、形を作る直前だった何かの魂を叩き潰す。
「こいつらは何が目的で此処へ集まっていると思う?」
「…チカラを欲して?」
さすがの駄天使にも聴こえるのだろう。この空間全体に響き渡るかのような貪欲なる叫びを。
涌き出た巨大な顔の目玉を突いた勢いで放り投げ、そのまま左から迫っていた大蜘蛛を薙ぎ払う。
「かの戦乱によってすでに疲弊した状態だった大天使長は、扉を創造したその場から一歩も動けなくなった。そこへ怨み辛みを持った残党が群がったわけだ。
大天使長と魔王は同時に結界を展開したが、そこまで。賊を排するだけの余力までは残っていなかった」
「魔王も友である大天使長をかばったんだな――、ッと!」
感慨深げに呟いたリオンが、背後から迫り来たモノを射抜く。大きく開けた口に矢を受けた奇怪な蛇が、光を撒き散らしながら断末魔をあげ四散する。…破邪の矢に葬られる様は、なかなか見応えがある。
「ま、自身は守れなかったがな」
「えっ? その魔王の事か?」
「ああ。他人の心配で己を疎かにしたせいで、逆賊の一太刀に遭いやがっ――、ッ!?」
眼前を掠めて飛んだ矢が、今まさに自分を叩き潰そうとしていた黒き巨人を消し飛ばした。
リオンの弓矢の精度は信用が出来るレベルだが…、だからと万が一に破邪の矢が自分にまで当たってはたまらない。当然の抗議として睨むと、他人事じゃないだろう、と諫めが返ってきた。あの程度の存在の攻撃など、少々の痛手で済む程度だが…、リオンは強引に突き進むこのやり方が気に入らないようだ。
弓の構えを解きながら、チラリと視線を向けてくる。
「…タオ、少しは自分を大事にしろよ?」
「フン、自己犠牲は貴様らの美徳だろうが」
「最近は方向転換したんだよ」
「その言葉、目当てのご先祖様にも言ってやるんだな。自身をオトリにし、民である天使共を扉の向こう――イシュヴァへと逃がしたのだから」
「…」
「堕ちるな。付け入られるぞ」
浮いたり堕ちたり、実に忙しい駄天使だ。そんなため息に対して、リオンは深呼吸で気合いを入れ直している。
そんな隙だらけの友に代わって、その背後へ素早く接近し毒牙を見せた巨大百足の頭を刎ね飛ばした。ボトッ、と鈍い音を立てて頭が落ちる。
「うへぇ、グロいなぁ…」
体液を撒き散らしながらグネグネと蠢く無頭の胴体と無数の脚に、リオンがしかめ面で喉から嫌悪の呻きを出している。刎ねた頭も実は蠢いている事を教えてやろうか、などと意地悪な考えが思い浮かんだが…、実行する前にそれらは毒々しい煙を上げて消滅していった。
「今の百足、魔物の類いなのか? あんな感じの魔物ってバハールドートにいたっけ?」
「魔物には違いないが、生前は別の姿だっただろうよ。魂と肉体は必ずしも同じ造形とは限らん。魂が歪めば、造形も歪む」
「てか、なんでこんなにいるんだよ…」
「結界で窮地を脱したとはいえ、大天使長は虫の息だ。そのチカラを啜ろうと虎視眈々と狙う賊が結界を取り巻き、更にそれにつられた連中が集まり、また更にそれらにつられ――」
「その結果が、コレ?」
「まぁな」
大群の雑魚がイナゴの勢いで迫り来る。いちいち相手をするのが面倒なので、死者の書を開いた。封印解除の言葉を紡ぎ、そのチカラを解放する。一瞬の黒き閃光。爆風。凄まじい悲鳴を発するそれらは気流に飲まれ、本の中へと吸い込まれていった。
「…すげーな」
パタン、と平和に本を閉じていると、唖然としたようなリオンの呟きが聞こえた。自嘲混じりの生返事で適当に応えてやる。
――…この書も鎌も自分の本質に直結するモノ。正直、あまり使いたくない。
「じゃあ、お前が扉の空間で斬ったのは――…古の大天使長と魔王の結界?」
「いや。此処はいわば、絶好の狩り場だ。それを保とうとする亡霊の呪力が、あの障壁を形成している」
「狩り場?」
「バハールドートの民は他の存在のチカラを喰らいチカラを増す能力がある。ブクブク太った亡霊が涌いているわけだ」
「…お前も喰うの?」
「私を一緒にするな」
忌々しい心境で吐き捨てると、リオンは黙り込んでしまった。…無意識に強く言ってしまったようだ。
――やれやれと自嘲し、反省する。
「なぁ…」
霧が立ち込めてきた。
揺らぎ現れた人影を荒く刈り払うと、ふいリオンが疑問の声をあげた。
「相手は大天使長だろ? そのチカラを啜ったりしても、魔族は大丈夫なのか?」
「さて、貴様はどうだった? 私の手を噛み口にした血は」
「えっ? いつの――…あッ、そんな昔の事を持ち出すなよっ」
「その貴様と同じだ。毒にも薬にもならん」
「…って、矛盾してないか? 利益がないなら、群れる意味がないだろ?」
「私は、最初に群がった賊は魔族だ、などと言った覚えなどないが?」
「…じゃあ、何者? まさかウチの民じゃないよな?」
友とのくだらない会話も楽しいのだが――…、そろそろリオンをからかう余裕がなくなってきた。ユラリと現れたモノを、縦に一刀両断する。
今の人型にはぼんやりと色彩があった。――先程よりも強力な存在、という事だ。
「創世の――イシュヴァルドートには、もう一つ種族が在ただろう?」
「――混血の民!?」
「正確にはその残党だ。大半はイシュヴァルドートを発っていたが、本来属する世界に執着し残った連中が――…、ッ!?」
霧を貫いた魔弾を、とっさに張った結界で凌ぐ。――コレはなかなか手応えがある。
「…タオ?」
徐々に出現する相手が強力になっている事に、鈍感でもさすがに気付いたのだろう。不安げな声を、臆するな、と断つ。
「何が出ようと、私が絶対に排除する。貴様はただ、私の後ろにいればいい」
「けど…」
リオンが頭を振り、拳を握った。この目に宿る感情は、自らの生命に対する不安ではなく――…心配? 私を案じた目だと?
そのようなくだらぬ感情を抱く暇があれば、自身を守る事に集中しろ。
「扉のある空間は強い魔力を持つ存在しか入れないんだろ? その空間の中にこの空間が存在する、って事は…、此処には――」
――リオンの言葉の全てを聞く事は、なかった。
突如として至近距離で感じた殺気。振り向き様に鎌を防御に構え、致命傷は避けられた。だが凄まじい力に圧され、火花散らす鍔迫り合いのまま後方へ――あっという間にリオンから引き剥がされてしまった。
「――…タオ…ッ!」
「貴様はそこから一歩も動くなッ!! すぐに片付けて戻る…ッ!」
自分を呼ぶ声に怒声で返事を返したが、はたしてリオンに聞こえたかどうか――…。




