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ノエル・ヴァース  作者: ひむひりか


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19/19

作戦会議

テルナ村が焼かれてから、数日が過ぎた。


 村では、再建作業が続いていた。


 ノエルは土魔法で家や壁を作り続けていた。焼け残った道具は修理されていた。


 畑も少しずつ整えられていた。


 以前と同じ村に戻るには、まだ時間がかかるだろう。それでも、村人たちは立ち止まらなかった。


 失ったものを悲しむ時間がなくなったわけではない。


 作業の手を止め、焼け跡を見つめる者もいた。家族の思い出が残る品を探している者もいた。


 それでも、誰かが困っていれば、別の誰かが手を貸した。


 テルナ村は、少しずつ形を取り戻していた。


 その一方で、ノエルは別の問題に頭を悩ませていた。


 帝国は、また来る。


 次に現れるのは、前回のような五十人の偵察部隊だけではないかもしれない。


 ヴァルセーヌの話では、帝国には死者を兵士として利用する軍勢が存在する。そして、その数は五千にも及ぶという。


 五千体。


 それだけの数を相手に、テルナ村の人々が正面から戦えるはずがない。


 だからこそ、ノエルは考えていた。


 どうすれば、みんなを守れるのか。


 どうすれば、圧倒的な数の差を覆せるのか。


 その答えを探すため、ノエルは村の集会所に仲間たちを集めた。


     


 集会所には、八人分の椅子が用意されていた。


 集まったのは、ノエル、リーゼ、オーティス、マリー、ヴァルセーヌ、バルス、ダルク、マティルダの八人だった。


 机の上には、マティルダが用意した地図と、ノエルが描いたゴーレムの設計図が広げられている。


 最初に口を開いたのは、ノエルだった。


「みんなに、相談したいことがあります」


 集まった視線を受け止めながら、彼は続けた。


「帝国の死者の軍勢についてです」


 その言葉に、リーゼの肩がわずかに揺れた。


 彼女は膝の上で両手を握った。


 死者の軍勢。


 それは、彼女がかつて命を吹き込まされた存在だった。


 思い出したくない記憶が、胸の奥から浮かび上がってくる。


 ノエルはそれに気づいたが、無理に話を続けようとはしなかった。


 少し間を置いてから、静かに言った。


「帝国の軍勢が、五千体いることは聞いています。僕たちが戦える人数は、今のところ二十人にも届きません」


「圧倒的な差だな」


 バルスが腕を組んだ。


「普通に戦えば、勝ち目はない。正面からぶつかるのは避けるべきだろう」

 

 ダルクも神妙な面持ちで言う


「はい。だから、普通の戦い方はしません」


 ノエルは、机の上に置かれた設計図を指さした。


「僕の土魔法で、ゴーレムを大量に作ります。そして、リーゼの魔法で命を吹き込みます」


 マリーが、設計図をのぞき込んだ。


 そこには、人の腰ほどの高さのものから、兵士と同じくらいの大きさのものまで、いくつかのゴーレムが描かれていた。


「これを、たくさん作るの?」


「うん。でも、いろいろな形を作る必要はないと思う」


 ノエルは、同じ形のゴーレムが並んだ図を示した。


「同じ形、同じ大きさのものなら、一気に大量に作れる。土の性質や形を一つずつ考えなくていいからね」


「なるほどな。規格を統一するわけか」


 ヴァルセーヌが興味深そうにうなずいた。


「土魔法の使い方としては合理的だ。形を固定すれば、作る手順も安定するだろう」


「うん。それに、ゴーレムなら壊れても、また作り直せる」


 ノエルは、そこで一度言葉を切った。


「でも、ゴーレムを作るだけでは意味がありません。動かすには、リーゼの魔法が必要です」


 視線がリーゼに集まった。


 彼女は少し緊張した様子で顔を上げた。


「……私の魔法で、ゴーレムに命を吹き込むんだね」


「うん」


 ノエルは、彼女の目を見て答えた。


「ただし、無理にやってほしいわけじゃない。これは、僕が考えた作戦だから。リーゼが嫌なら、別の方法を考える」


 リーゼは驚いたようにノエルを見つめた。


 自分の魔法が必要だと告げられた。


 それでも、使うことを強制されてはいない。


 選ぶ権利を、自分に委ねてくれている。


 リーゼは、ゆっくりと息を吸った。


「……ううん。私も、考えたい」


 彼女は机の上の設計図を見た。


「私の魔法が、また誰かを傷つけることになるかもしれない。それは、怖いよ」


「うん」


「でも、何もしなかったら、またみんなが傷つくかもしれない」


 リーゼは、両手を握り直した。


「だから……どうすればみんなを守れるのか、一緒に考えたい」


 ノエルは小さくうなずいた。


「ありがとう」


 それ以上、彼は何も言わなかった。


 リーゼの決意を、軽い言葉で片づけたくなかったからだ。


     


「一つ、確認させてくれ」


 ヴァルセーヌが口を開いた。


「リーゼ。お前が命を吹き込んだ死者の兵隊は、破壊されるとどうなる?」


 リーゼは、少し考えてから答えた。


「完全に壊れて、動かなくなれば、その兵隊に使われていた魔力容量は戻ります」


「一部を壊しただけでは?」


「それだけじゃ、止まらないことがあります。体が残っていて、動ける状態なら、壊れたところがあっても戦い続けると思います」


 バルスが眉を寄せた。


「つまり、敵を一体倒すには、確実に動けなくなるまで破壊する必要があるわけか」


「そういうことです」


 ノエルが答えた。


「中途半端に壊しただけでは、倒したことにならない。そこは、戦うときに気をつけなければいけません」


 オーティスが、地図に目を落とした。


「でも、敵は五千体なんだろ? 一体ずつ壊していくなら、かなり時間がかかるぞ」


「そうだね」


 ノエルは否定しなかった。


「だから、敵を一か所に集めて戦うのは避けたいんです」


 彼は地図の上に、小さな印をいくつか置いた。


「ヴァルセーヌの話では、帝国の死者の兵隊は部隊ごとに行動する。なら、五千体すべてが一度に襲ってくるとは限りません」


「部隊ごとに戦う、ということか」


 バルスが確認した。


「はい。敵の部隊が分かれているなら、こちらも状況に応じて戦う場所を選べます」


「ただし、敵の進軍経路を正確に把握する必要があるな」


 ヴァルセーヌが地図を見つめた。


「部隊がどこから来るのか、どのくらいの間隔で進むのか。それが分からなければ、こちらが動く前に包囲される危険もある」


「そこは、もっと調べる必要があるね」


 ノエルはうなずいた。


 まだ、分からないことは多い。


 敵の部隊がどれほどの規模なのか。


 どのように命令を受けているのか。


 こちらの存在に気づいたとき、どのように動くのか。


 何一つ、確実な答えは出ていなかった。


 それでも、ノエルは考えることをやめなかった。


「まずは、敵の部隊を一つずつ倒すことを目標にします。倒した分だけ、リーゼの魔力容量が戻るからです」


「戻った容量で、次のゴーレムを動かすんだね」


 マリーが言った。


「そうだね。敵を倒して容量を取り戻し、その容量をゴーレムに使う。そうやって、少しずつ戦力を増やしていくんだ」


 オーティスは、設計図と地図を交互に見た。


「最初は、こっちの人数が圧倒的に少ない。でも、敵を倒すたびに、俺たちの側に動けるゴーレムが増えていく……」


「そういうことだよ」


「うまくいけば、戦いながら戦力を増やせるんだな」


「うん。でも、簡単ではないよ」


 ノエルは、はっきりと告げた。


「ゴーレムを作るだけならできる。でも、リーゼの魔力容量が戻らなければ動かせない。最初の戦いで十分な数を動かせなかったら、そこで負ける可能性もある」


 集会所に、重い沈黙が落ちた。


 誰もが、その危険を理解していた。


 最初の部隊を倒せなければ、魔力容量は戻らない。


 魔力容量が戻らなければ、ゴーレムを増やせない。


 ゴーレムが増えなければ、次の部隊を倒すことも難しくなる。


 この作戦は、最初の一歩を踏み出せるかどうかにかかっていた。


     


「それなら、最初の戦い方を考えないとな」


 バルスが地図に手を置いた。


「少ない人数で敵の動きを止め、ゴーレムが動けるようになるまで持ちこたえる。その間、敵をこちらの望む場所へ誘導できればいい」


「地形を利用するんだね」


 マリーが顔を上げた。


「この辺りには、昔から水が流れている場所があるよ。今は焼けてしまったけど、地面の下には水の通り道が残っているはず」


 彼女は地図の一角を指した。


「土を掘り返したり、水の流れを変えたりできれば、敵が進みにくい場所を作れるかもしれない」


「いい考えだ」


 ノエルは、その場所を確かめた。


「土の状態を調べれば、できるかどうか分かると思う」


「ただ、地形を変えるのに時間をかけすぎると、再建作業が遅れるわね」


 マリーは、村の方角を気にしながら言った。


「みんなが暮らす場所も必要だし、畑も早く戻したい。戦うためだけに、村を全部作り変えるわけにはいかないよ」


「その通りだね」


 ノエルはうなずいた。


「村を守るために、村で暮らせなくなったら意味がない」


 彼は地図に印をつけた。


「必要な場所だけ、最低限の準備をします。村の再建と、戦うための準備を並行して進めましょう」


「そうしよう、私達ならできるよ」


 マリーが言った。



「ありがとう、マリー」


 続いて、マティルダが口を開いた。


「私は、帝国の死者の軍勢について、手元の記録をもう一度調べてみよう。分かっていることと、分かっていないことを整理しましょう」


 彼女は、持ってきた古い書物を開いた。


「記録には、死者を用いた軍勢についての調査が残されているね。でも、詳しい仕組みや弱点については、十分に分かっていないとこもある」


「それでも、何か手がかりがあるかもしれない」


 ノエルが言った。


「うん。過去の記録がすべて役に立つとは限らないけど、調べて損はないと思う」


「私も手伝います」


 リーゼが、小さく手を挙げた。


「帝国にいたときのこと……全部を話せるわけじゃないけど、覚えていることなら、伝えられると思う」


 マティルダは、彼女を急かさずにうなずいた。


「話せる範囲で構わんよ。思い出すのがつらいことまで、無理に話す必要ないからね」


「……ありがとうございます」


 リーゼは、少しだけ表情を和らげた。


     


「もう一つ、考えなければならないことがある」


 それまで黙っていたヴァルセーヌが、静かに言った。


「戦いの最中、リーゼの魔法が使える状態でなければ、この作戦は成り立たない」


 リーゼの顔が引き締まった。


「容量が戻っても、すぐに次のゴーレムへ命を吹き込めるとは限らない。疲労や集中力の問題もあるだろう」


「……うん」


 リーゼは、自分の手を見つめた。


 自分の魔法には限界がある。


 五千体もの死者に命を吹き込んだとき、その限界に達したことを、彼女は覚えている。


 今度は、自分の意志で魔法を使う。


 それでも、五千体という数字が持つ重さは変わらない。


「私にできることを、きちんと確かめておきたい」


 リーゼは顔を上げた。


「どのくらいの数なら、一度に命を吹き込めるのか。どれくらいの時間がかかるのか。今のうちに、試しておきたい」


「そうだね」


 ノエルはうなずいた。


「無理をして、戦いの途中で動けなくなったら危険だから」


「私も、できる限り協力します」


 リーゼは、今度は迷わずに言った。


「みなさんを守るために、私の魔法をどう使えばいいのか、知りたいから」


 ノエルは、その言葉をしっかりと受け止めた。


「じゃあ、村の再建に必要なゴーレムを作るときに、少しずつ試してみよう。戦いのためだけじゃなくて、普段の暮らしにも役立つ方法を考えたい」


「うん」


 リーゼがうなずいた。


 ゴーレムは、敵を倒すためだけの存在ではない。


 重い荷物を運ぶこともできる。


 崩れた家屋を片づけることもできる。


 村の人々の手が足りないところを補うこともできる。


 そうした作業を通じて、二人はゴーレムの形や動きを確かめていけるはずだった。


「それに、ゴーレムを使うなら、命令も簡単なものにする必要がある」


 ノエルが続けた。


「戦いになったら、リーゼが一体ずつ細かく指示するのは難しいと思う」


「……そうだね」


 リーゼは考え込んだ。


「だったら、最初に命令を決めておけばいいのかな?」


「うん。例えば、『敵を倒せ』という命令なら、複雑な指示をしなくても動けるかもしれない」


「敵を倒せ……」


 リーゼは、その言葉を小さく繰り返した。


 かつて、彼女の魔法は、他人の命令に従うために使われていた。


 自分が何を望むのかなど、聞かれることもなかった。


 けれど、今は違う。


 命令を決めるのも、魔法の使い道を選ぶのも、自分たちだ。


 リーゼは、まだ不安を感じていた。


 それでも、仲間たちと一緒に考え、納得できる答えを探したいと思った。


     


 作戦会議が始まってから、かなりの時間が経っていた。


 地図には、新しい印がいくつも書き込まれている。


 ノエルは、決まったことを一つずつ確認した。


「まず、村の再建を続けながら、同じ形のゴーレムを大量に作る準備を進めます」


 全員がうなずいた。


「リーゼは、ゴーレムに命を吹き込むときの容量や、必要な時間を確認する。ただし、無理はしない」


 リーゼがうなずいた。


「ダルクさんとマリーは、地形や水の流れについて調べる。マティルダは、帝国の死者の軍勢について、分かっていることを整理する」


 二人も了承した。


「バルスさんには、少ない人数で敵の部隊に対処する方法を考えてほしいです。オーティスにも、その訓練を手伝ってほしい」


「分かった」


 バルスが答えた。


「できることから始めよう」


「俺もやるよ」


 オーティスが続いた。


 最後に、ノエルはヴァルセーヌを見た。


「僕たちだけでは分からないことも多い。魔法について、引き続き助言をお願いね、ヴァルセーヌ」


「もちろんだ」


 ヴァルセーヌは、穏やかな表情で答えた。


「だが、忘れるな。どれほど優れた作戦でも、実際にやってみなければ分からないことがある」


「うん」


「失敗する可能性もある。だからこそ、失敗したときにどうするかも考えておくんだ」


 ノエルは、地図に目を落とした。


 最初の部隊を倒せなかったら。


 ゴーレムを十分に動かせなかったら。


 敵が予想とは違う動きをしたら。


 考えなければならないことは、まだいくらでもあった。


 それでも、何もしないまま敵を待つつもりはなかった。


 ノエルは顔を上げた。


「僕たちだけで、五千体すべてを相手にするのは無理かもしれません」


 その言葉に、オーティスが眉を上げた。


 ノエルは続けた。


「でも、最初から五千体全部を倒そうとする必要はない。まずは、目の前の一部隊を倒す。そのために何が必要なのかを考えます」


 彼は、地図に描かれた小さな印を指さした。


「一つずつ、できることを増やしていくんです」


 リーゼが、ゆっくりとうなずいた。


「……うん。一つずつなら、私にもできるかもしれない」


「一つずつ、か」


 バルスが、その言葉を繰り返した。


「悪くない考えだ。最初から勝利を約束することはできない。だが、何をすべきかを見失わず、一つずつ進めることはできる」


 オーティスも、力強くうなずいた。


「俺たちでやろう。五千体が相手でも、何も考えずに負けるつもりはない」


 マリーは、隣に座るリーゼの手にそっと触れた。


「一緒に頑張ろうね」


「……うん」


 リーゼは、小さく微笑んだ。


 マティルダは書物を閉じ、ヴァルセーヌは地図を丁寧に畳んだ。


 まだ、勝利が見えたわけではない。


 作戦の成功が保証されたわけでもない。


 それでも、八人は同じ方向を向き始めていた。


     


 会議が終わると、ノエルは一人、集会所の外に出た。


 夕方の風が、頬をなでる。


 村では、再建作業が続いていた。


 新しい家の壁を整える村人。


 木材を運ぶオーティス。


 道具を整理するマリー。


 リーゼもまた、村人たちのそばで、できることを探していた。


 ノエルは、その光景を見つめた。


 自分が守りたいものは、ここにある。


 誰かの命令に従うだけではなく、自分で考え、自分で選び、暮らしていく人々。


 その暮らしを守るためなら、考えられることはすべて試したい。


 ノエルは、地面に手を触れた。


 土の中には、まだ形になっていない可能性がある。


 どんな形を作るのか。


 何を支え、何を守るのか。


 それを決めるのは、土ではない。


 土を使う自分たちだ。


「……五千体、か」


 ノエルは、静かにつぶやいた。


 数字だけを見れば、勝ち目はない。


 けれど、数字だけでは決まらないこともある。


 土の性質を理解すること。


 リーゼの魔法の仕組みを知ること。


 仲間たちの力を組み合わせること。


 そして、失敗しても考え続けること。


 それらを積み重ねれば、何かが変わるかもしれない。


 ノエルは立ち上がった。


 明日から、また忙しくなる。


 村を作り直しながら、ゴーレムを準備し、敵に備える。


 簡単な道ではない。


 それでも、もう一人ではなかった。


 ノエルは仲間たちのいる場所へ歩き出した。


 五千体の死者の軍勢に立ち向かうための準備は、まだ始まったばかりだった。

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