作戦会議
テルナ村が焼かれてから、数日が過ぎた。
村では、再建作業が続いていた。
ノエルは土魔法で家や壁を作り続けていた。焼け残った道具は修理されていた。
畑も少しずつ整えられていた。
以前と同じ村に戻るには、まだ時間がかかるだろう。それでも、村人たちは立ち止まらなかった。
失ったものを悲しむ時間がなくなったわけではない。
作業の手を止め、焼け跡を見つめる者もいた。家族の思い出が残る品を探している者もいた。
それでも、誰かが困っていれば、別の誰かが手を貸した。
テルナ村は、少しずつ形を取り戻していた。
その一方で、ノエルは別の問題に頭を悩ませていた。
帝国は、また来る。
次に現れるのは、前回のような五十人の偵察部隊だけではないかもしれない。
ヴァルセーヌの話では、帝国には死者を兵士として利用する軍勢が存在する。そして、その数は五千にも及ぶという。
五千体。
それだけの数を相手に、テルナ村の人々が正面から戦えるはずがない。
だからこそ、ノエルは考えていた。
どうすれば、みんなを守れるのか。
どうすれば、圧倒的な数の差を覆せるのか。
その答えを探すため、ノエルは村の集会所に仲間たちを集めた。
集会所には、八人分の椅子が用意されていた。
集まったのは、ノエル、リーゼ、オーティス、マリー、ヴァルセーヌ、バルス、ダルク、マティルダの八人だった。
机の上には、マティルダが用意した地図と、ノエルが描いたゴーレムの設計図が広げられている。
最初に口を開いたのは、ノエルだった。
「みんなに、相談したいことがあります」
集まった視線を受け止めながら、彼は続けた。
「帝国の死者の軍勢についてです」
その言葉に、リーゼの肩がわずかに揺れた。
彼女は膝の上で両手を握った。
死者の軍勢。
それは、彼女がかつて命を吹き込まされた存在だった。
思い出したくない記憶が、胸の奥から浮かび上がってくる。
ノエルはそれに気づいたが、無理に話を続けようとはしなかった。
少し間を置いてから、静かに言った。
「帝国の軍勢が、五千体いることは聞いています。僕たちが戦える人数は、今のところ二十人にも届きません」
「圧倒的な差だな」
バルスが腕を組んだ。
「普通に戦えば、勝ち目はない。正面からぶつかるのは避けるべきだろう」
ダルクも神妙な面持ちで言う
「はい。だから、普通の戦い方はしません」
ノエルは、机の上に置かれた設計図を指さした。
「僕の土魔法で、ゴーレムを大量に作ります。そして、リーゼの魔法で命を吹き込みます」
マリーが、設計図をのぞき込んだ。
そこには、人の腰ほどの高さのものから、兵士と同じくらいの大きさのものまで、いくつかのゴーレムが描かれていた。
「これを、たくさん作るの?」
「うん。でも、いろいろな形を作る必要はないと思う」
ノエルは、同じ形のゴーレムが並んだ図を示した。
「同じ形、同じ大きさのものなら、一気に大量に作れる。土の性質や形を一つずつ考えなくていいからね」
「なるほどな。規格を統一するわけか」
ヴァルセーヌが興味深そうにうなずいた。
「土魔法の使い方としては合理的だ。形を固定すれば、作る手順も安定するだろう」
「うん。それに、ゴーレムなら壊れても、また作り直せる」
ノエルは、そこで一度言葉を切った。
「でも、ゴーレムを作るだけでは意味がありません。動かすには、リーゼの魔法が必要です」
視線がリーゼに集まった。
彼女は少し緊張した様子で顔を上げた。
「……私の魔法で、ゴーレムに命を吹き込むんだね」
「うん」
ノエルは、彼女の目を見て答えた。
「ただし、無理にやってほしいわけじゃない。これは、僕が考えた作戦だから。リーゼが嫌なら、別の方法を考える」
リーゼは驚いたようにノエルを見つめた。
自分の魔法が必要だと告げられた。
それでも、使うことを強制されてはいない。
選ぶ権利を、自分に委ねてくれている。
リーゼは、ゆっくりと息を吸った。
「……ううん。私も、考えたい」
彼女は机の上の設計図を見た。
「私の魔法が、また誰かを傷つけることになるかもしれない。それは、怖いよ」
「うん」
「でも、何もしなかったら、またみんなが傷つくかもしれない」
リーゼは、両手を握り直した。
「だから……どうすればみんなを守れるのか、一緒に考えたい」
ノエルは小さくうなずいた。
「ありがとう」
それ以上、彼は何も言わなかった。
リーゼの決意を、軽い言葉で片づけたくなかったからだ。
「一つ、確認させてくれ」
ヴァルセーヌが口を開いた。
「リーゼ。お前が命を吹き込んだ死者の兵隊は、破壊されるとどうなる?」
リーゼは、少し考えてから答えた。
「完全に壊れて、動かなくなれば、その兵隊に使われていた魔力容量は戻ります」
「一部を壊しただけでは?」
「それだけじゃ、止まらないことがあります。体が残っていて、動ける状態なら、壊れたところがあっても戦い続けると思います」
バルスが眉を寄せた。
「つまり、敵を一体倒すには、確実に動けなくなるまで破壊する必要があるわけか」
「そういうことです」
ノエルが答えた。
「中途半端に壊しただけでは、倒したことにならない。そこは、戦うときに気をつけなければいけません」
オーティスが、地図に目を落とした。
「でも、敵は五千体なんだろ? 一体ずつ壊していくなら、かなり時間がかかるぞ」
「そうだね」
ノエルは否定しなかった。
「だから、敵を一か所に集めて戦うのは避けたいんです」
彼は地図の上に、小さな印をいくつか置いた。
「ヴァルセーヌの話では、帝国の死者の兵隊は部隊ごとに行動する。なら、五千体すべてが一度に襲ってくるとは限りません」
「部隊ごとに戦う、ということか」
バルスが確認した。
「はい。敵の部隊が分かれているなら、こちらも状況に応じて戦う場所を選べます」
「ただし、敵の進軍経路を正確に把握する必要があるな」
ヴァルセーヌが地図を見つめた。
「部隊がどこから来るのか、どのくらいの間隔で進むのか。それが分からなければ、こちらが動く前に包囲される危険もある」
「そこは、もっと調べる必要があるね」
ノエルはうなずいた。
まだ、分からないことは多い。
敵の部隊がどれほどの規模なのか。
どのように命令を受けているのか。
こちらの存在に気づいたとき、どのように動くのか。
何一つ、確実な答えは出ていなかった。
それでも、ノエルは考えることをやめなかった。
「まずは、敵の部隊を一つずつ倒すことを目標にします。倒した分だけ、リーゼの魔力容量が戻るからです」
「戻った容量で、次のゴーレムを動かすんだね」
マリーが言った。
「そうだね。敵を倒して容量を取り戻し、その容量をゴーレムに使う。そうやって、少しずつ戦力を増やしていくんだ」
オーティスは、設計図と地図を交互に見た。
「最初は、こっちの人数が圧倒的に少ない。でも、敵を倒すたびに、俺たちの側に動けるゴーレムが増えていく……」
「そういうことだよ」
「うまくいけば、戦いながら戦力を増やせるんだな」
「うん。でも、簡単ではないよ」
ノエルは、はっきりと告げた。
「ゴーレムを作るだけならできる。でも、リーゼの魔力容量が戻らなければ動かせない。最初の戦いで十分な数を動かせなかったら、そこで負ける可能性もある」
集会所に、重い沈黙が落ちた。
誰もが、その危険を理解していた。
最初の部隊を倒せなければ、魔力容量は戻らない。
魔力容量が戻らなければ、ゴーレムを増やせない。
ゴーレムが増えなければ、次の部隊を倒すことも難しくなる。
この作戦は、最初の一歩を踏み出せるかどうかにかかっていた。
「それなら、最初の戦い方を考えないとな」
バルスが地図に手を置いた。
「少ない人数で敵の動きを止め、ゴーレムが動けるようになるまで持ちこたえる。その間、敵をこちらの望む場所へ誘導できればいい」
「地形を利用するんだね」
マリーが顔を上げた。
「この辺りには、昔から水が流れている場所があるよ。今は焼けてしまったけど、地面の下には水の通り道が残っているはず」
彼女は地図の一角を指した。
「土を掘り返したり、水の流れを変えたりできれば、敵が進みにくい場所を作れるかもしれない」
「いい考えだ」
ノエルは、その場所を確かめた。
「土の状態を調べれば、できるかどうか分かると思う」
「ただ、地形を変えるのに時間をかけすぎると、再建作業が遅れるわね」
マリーは、村の方角を気にしながら言った。
「みんなが暮らす場所も必要だし、畑も早く戻したい。戦うためだけに、村を全部作り変えるわけにはいかないよ」
「その通りだね」
ノエルはうなずいた。
「村を守るために、村で暮らせなくなったら意味がない」
彼は地図に印をつけた。
「必要な場所だけ、最低限の準備をします。村の再建と、戦うための準備を並行して進めましょう」
「そうしよう、私達ならできるよ」
マリーが言った。
「ありがとう、マリー」
続いて、マティルダが口を開いた。
「私は、帝国の死者の軍勢について、手元の記録をもう一度調べてみよう。分かっていることと、分かっていないことを整理しましょう」
彼女は、持ってきた古い書物を開いた。
「記録には、死者を用いた軍勢についての調査が残されているね。でも、詳しい仕組みや弱点については、十分に分かっていないとこもある」
「それでも、何か手がかりがあるかもしれない」
ノエルが言った。
「うん。過去の記録がすべて役に立つとは限らないけど、調べて損はないと思う」
「私も手伝います」
リーゼが、小さく手を挙げた。
「帝国にいたときのこと……全部を話せるわけじゃないけど、覚えていることなら、伝えられると思う」
マティルダは、彼女を急かさずにうなずいた。
「話せる範囲で構わんよ。思い出すのがつらいことまで、無理に話す必要ないからね」
「……ありがとうございます」
リーゼは、少しだけ表情を和らげた。
「もう一つ、考えなければならないことがある」
それまで黙っていたヴァルセーヌが、静かに言った。
「戦いの最中、リーゼの魔法が使える状態でなければ、この作戦は成り立たない」
リーゼの顔が引き締まった。
「容量が戻っても、すぐに次のゴーレムへ命を吹き込めるとは限らない。疲労や集中力の問題もあるだろう」
「……うん」
リーゼは、自分の手を見つめた。
自分の魔法には限界がある。
五千体もの死者に命を吹き込んだとき、その限界に達したことを、彼女は覚えている。
今度は、自分の意志で魔法を使う。
それでも、五千体という数字が持つ重さは変わらない。
「私にできることを、きちんと確かめておきたい」
リーゼは顔を上げた。
「どのくらいの数なら、一度に命を吹き込めるのか。どれくらいの時間がかかるのか。今のうちに、試しておきたい」
「そうだね」
ノエルはうなずいた。
「無理をして、戦いの途中で動けなくなったら危険だから」
「私も、できる限り協力します」
リーゼは、今度は迷わずに言った。
「みなさんを守るために、私の魔法をどう使えばいいのか、知りたいから」
ノエルは、その言葉をしっかりと受け止めた。
「じゃあ、村の再建に必要なゴーレムを作るときに、少しずつ試してみよう。戦いのためだけじゃなくて、普段の暮らしにも役立つ方法を考えたい」
「うん」
リーゼがうなずいた。
ゴーレムは、敵を倒すためだけの存在ではない。
重い荷物を運ぶこともできる。
崩れた家屋を片づけることもできる。
村の人々の手が足りないところを補うこともできる。
そうした作業を通じて、二人はゴーレムの形や動きを確かめていけるはずだった。
「それに、ゴーレムを使うなら、命令も簡単なものにする必要がある」
ノエルが続けた。
「戦いになったら、リーゼが一体ずつ細かく指示するのは難しいと思う」
「……そうだね」
リーゼは考え込んだ。
「だったら、最初に命令を決めておけばいいのかな?」
「うん。例えば、『敵を倒せ』という命令なら、複雑な指示をしなくても動けるかもしれない」
「敵を倒せ……」
リーゼは、その言葉を小さく繰り返した。
かつて、彼女の魔法は、他人の命令に従うために使われていた。
自分が何を望むのかなど、聞かれることもなかった。
けれど、今は違う。
命令を決めるのも、魔法の使い道を選ぶのも、自分たちだ。
リーゼは、まだ不安を感じていた。
それでも、仲間たちと一緒に考え、納得できる答えを探したいと思った。
作戦会議が始まってから、かなりの時間が経っていた。
地図には、新しい印がいくつも書き込まれている。
ノエルは、決まったことを一つずつ確認した。
「まず、村の再建を続けながら、同じ形のゴーレムを大量に作る準備を進めます」
全員がうなずいた。
「リーゼは、ゴーレムに命を吹き込むときの容量や、必要な時間を確認する。ただし、無理はしない」
リーゼがうなずいた。
「ダルクさんとマリーは、地形や水の流れについて調べる。マティルダは、帝国の死者の軍勢について、分かっていることを整理する」
二人も了承した。
「バルスさんには、少ない人数で敵の部隊に対処する方法を考えてほしいです。オーティスにも、その訓練を手伝ってほしい」
「分かった」
バルスが答えた。
「できることから始めよう」
「俺もやるよ」
オーティスが続いた。
最後に、ノエルはヴァルセーヌを見た。
「僕たちだけでは分からないことも多い。魔法について、引き続き助言をお願いね、ヴァルセーヌ」
「もちろんだ」
ヴァルセーヌは、穏やかな表情で答えた。
「だが、忘れるな。どれほど優れた作戦でも、実際にやってみなければ分からないことがある」
「うん」
「失敗する可能性もある。だからこそ、失敗したときにどうするかも考えておくんだ」
ノエルは、地図に目を落とした。
最初の部隊を倒せなかったら。
ゴーレムを十分に動かせなかったら。
敵が予想とは違う動きをしたら。
考えなければならないことは、まだいくらでもあった。
それでも、何もしないまま敵を待つつもりはなかった。
ノエルは顔を上げた。
「僕たちだけで、五千体すべてを相手にするのは無理かもしれません」
その言葉に、オーティスが眉を上げた。
ノエルは続けた。
「でも、最初から五千体全部を倒そうとする必要はない。まずは、目の前の一部隊を倒す。そのために何が必要なのかを考えます」
彼は、地図に描かれた小さな印を指さした。
「一つずつ、できることを増やしていくんです」
リーゼが、ゆっくりとうなずいた。
「……うん。一つずつなら、私にもできるかもしれない」
「一つずつ、か」
バルスが、その言葉を繰り返した。
「悪くない考えだ。最初から勝利を約束することはできない。だが、何をすべきかを見失わず、一つずつ進めることはできる」
オーティスも、力強くうなずいた。
「俺たちでやろう。五千体が相手でも、何も考えずに負けるつもりはない」
マリーは、隣に座るリーゼの手にそっと触れた。
「一緒に頑張ろうね」
「……うん」
リーゼは、小さく微笑んだ。
マティルダは書物を閉じ、ヴァルセーヌは地図を丁寧に畳んだ。
まだ、勝利が見えたわけではない。
作戦の成功が保証されたわけでもない。
それでも、八人は同じ方向を向き始めていた。
会議が終わると、ノエルは一人、集会所の外に出た。
夕方の風が、頬をなでる。
村では、再建作業が続いていた。
新しい家の壁を整える村人。
木材を運ぶオーティス。
道具を整理するマリー。
リーゼもまた、村人たちのそばで、できることを探していた。
ノエルは、その光景を見つめた。
自分が守りたいものは、ここにある。
誰かの命令に従うだけではなく、自分で考え、自分で選び、暮らしていく人々。
その暮らしを守るためなら、考えられることはすべて試したい。
ノエルは、地面に手を触れた。
土の中には、まだ形になっていない可能性がある。
どんな形を作るのか。
何を支え、何を守るのか。
それを決めるのは、土ではない。
土を使う自分たちだ。
「……五千体、か」
ノエルは、静かにつぶやいた。
数字だけを見れば、勝ち目はない。
けれど、数字だけでは決まらないこともある。
土の性質を理解すること。
リーゼの魔法の仕組みを知ること。
仲間たちの力を組み合わせること。
そして、失敗しても考え続けること。
それらを積み重ねれば、何かが変わるかもしれない。
ノエルは立ち上がった。
明日から、また忙しくなる。
村を作り直しながら、ゴーレムを準備し、敵に備える。
簡単な道ではない。
それでも、もう一人ではなかった。
ノエルは仲間たちのいる場所へ歩き出した。
五千体の死者の軍勢に立ち向かうための準備は、まだ始まったばかりだった。




