7人目:魔女マキナと殺戮人形①
私が目覚めた時、最初に感じたのは電流。
突然電気が全身を駆け巡る感覚がし、動力が作動した。両目として取り付けられた真っ暗なレンズが点灯し、目の前の景色が鮮明に映し出される。そして同時に様々な匂いや音などの他の五感も得た。
薄暗い部屋であった。窓の無い部屋を少ない照明が照らしている。無数の配線と意味の分からない文字列が映し出されたコンピューター。そこからピコピコと音が鳴り、更に頭に情報が流れ込んでくる奇妙な感覚がする。腕を少し持ち上げると、自分の全身に配線が付けられていることに気付いた。
こんな不可解な状況から再び眠って現実逃避したいのに、焦げたオイルと鉄の匂いの不快感が、これは現実だと突きつけてくる。
そんな空間の中心にある台の上で、私は眠っていた。ため息が出そうになる。おおよそ良い気分になるものとは言えない。
目を閉じてやろうかと思った時、部屋の奥にある扉から誰かが入ってくる気配がした。
人形のように美しい少女だった。こつこつとゆっくり歩くドレス姿の少女は、しとやかな貴族の娘のような品がある。だが何故だろう、彼女はただの人間ではないとすぐ分かった。人間に会った記憶はないのに、人間とは違う雰囲気を感じたのだ。本能的恐怖、敵対心のような何かだ。
「初めまして。『ランスロット143号』、気分はどうだい?」
入ってきたその少女は淡々とした口調で言う。その瞳にはなんの感情も籠もっておらず、どこか機械的な雰囲気を纏う。
「初めましてお嬢様。それは私の名前かい? 随分と変な名前じゃないか」
「最強の騎士、英雄の名前から取った。お前は使命を達成すれば世界を救った英雄となる。よってその名を授けた」
「は……はあ?」
意味不明な返答に思わず眩暈を起こす。今彼女はなんと言った?
はじめましての次に言うものとは到底思えない言葉が聞こえた気がする。いや、こんな時は冷静になってちゃんと質問すれば良いのだ。
「全くもって意味が分からない。もう少し詳細を教えてくれ。私は目が覚めたばかりなのだ」
「おや、お前のメモリーにはすでに必要な情報がダウンロードされているはずだ」
私はぽりぽりと頭を掻く。なんだかうまく会話が出来ない不思議な少女だ。聞けば聞くほど混乱するとは参ったな。
ああ、実は全く無知なわけではない。
私は先程誕生したばかりの機械仕掛けの人形だ。何故それが分かると言うと、頭から伸びている配線が様々な情報を送り込んでくるからだ。
目覚める瞬間の、スイッチを入れられたように突然電流が流れてきて目覚める感覚。体内から伝わる歯車が回る振動、体温を一定に保つ為に回り続けるファンの音。
見た目も表面の皮膚も人間のように見えるのに、身体の中で動くのは魔力を込められた機械の数々だ。配線の接続口から体内が機械でできていると嫌でもよく分かる。それに私は彼女より一回り大きな身体をしているというのに、脳に送られてくるもの以外の記憶は一切ない。
私は機械仕掛けの人形。
この頭は混乱したままだがそれは分かった。
だがこの情報は私が体験したものではない。確かなものであると確認したい。説明を求めると、少女は面倒くさそうに大きなため息を吐いた。
「結局143回も説明するね。まあいいわ、これで最後だから」
「それで私は何者だ? 何故君は私を作った?」
「お前は私の可愛い殺戮人形。お前の使命は私を……この身体を殺す事。その為にお前を作り上げた」
ドクンと心臓のような器官が大きな音をたてる。脳に送り込まれた情報通りだ。言葉にされるとより強烈で、嫌な気分になる。
「私は5年後、この世界を滅ぼす凶悪な魔女だ」
「にわかに信じがたい話だ」
「しかし事実だ。今まで作り上げた142人のランスロットは、私を殺すことに失敗し、私によって破壊された。そしてランスロットを作る重要な材料は底を突いてしまった。あらゆる魔法具を掛け合わせて作った君が最後の1人……最高の殺戮人形のはずだ。
お前の脳は今までのどのランスロットよりも人の心を理解し、多様な思考を巡らせ、強い使命感を心の奥底に秘めている。お前は絶対に失敗してはならない」
じっとりと私を見つめる目が針のように全身に突き刺さる。声には逆らえぬ絶対者のような凄みがあり、まるで神の啓示を受けているかのようだと感じた。
「私の使命については分かった。まあ正直受け入れ難いというか混乱しているが、要は私は貴方を殺す為に生まれたのだろう?」
「その通りだランスロット、お利口さんだね」
「して、その方法は?」
「……分からない」
ぽそりと呟かれた言葉に頭を抱えた。
ああもう、また目眩がしそうだ。あれだけ堂々と使命がどうとか言っておきながら分からないとは何事だ。
「私は世界に滅んでほしくない。でも私という存在は、絶対に世界を滅ぼしてしまうのだ。それを回避したいのにどういうわけか自死が出来ぬ。だから外的要因で死亡するしかないが、私にとってはこの世界の生物は脆すぎる。だからお前を作り上げた」
「……なるほど?」
しかしそれだと、さっきから不可解なことがある。彼女の話が本当なら人形は……ランスロットは私が生まれる前に142体居たはずだ。彼女は自分を殺すための存在を自ら作り出しているというのに、彼女を殺す為に生まれたランスロットが彼女によって破壊されている。
「だが私の防衛本能が、おとなしく殺されることを許してくれない。明確な殺意を感知すれば、私は条件反射でそのモノを破壊してしまう。今までのランスロットたちもそうだった。誰も私の命に届かなかった」
「……貴方からは本能的に恐怖を感じる。おそらくこれは、届かぬほどの絶対的な力の差があるからだ。それでも貴方は私に殺せというのか」
「お前にしか頼めないのだ。そしてこれが最後のチャンスだ。こういうのもなんだが、正攻法ではお前は私に傷ひとつつけることも敵わず破壊されるだろう。なんとか私を殺す術を見つけて、私を殺してほしい」
「無茶をおっしゃる」
「ランスロット、お前が現実をまだ受け入れられなくても、その使命から逃れることは出来ない。その頭には様々な美しい世界の情景が、人間たちの眩しい笑顔が刷り込まれているはずだ。この世界は美しいだろう? 人々の物語を守りたいだろう?」
見透かすような瞳がじっとりと私を見る。説明を求めたとはいえ、目覚めてすぐ聞くにしては唐突すぎて重い話だ。
確かに彼女の言う通り、私は目覚めたばかりだというのに世界の美しさを知っている。優しく温かく、でもちょっぴりダークな愛すべき世界。生まれたばかりの私には、この世界が好なモノかどうかを判断できないが、そう簡単に消して良いものではないのは分かる。
この世界の未来を、この小さな魔女が握っているとは到底思えない。だがきっと、彼女は嘘をついていないのだろうと感じた。
「分かりました。私は貴方を殺します。そしてこの世界を守りましょう」
彼女の話は馬鹿げている。こんな悲劇があって良いはずがない。目覚めたばかりの人形には受け入れられる余裕もない。
それでも世界は私の都合など知らずに回り続け、世界崩壊のタイムリミットは刻一刻と近づいてくる。
その事実も、与えられた使命を変えることも私には出来ない。きっと今までのランスロットも同じことを思ったはずだ。だから私は使命を遂行することを誓おう。
完膚なきまで彼女を破壊する事、それが私が生まれた意味。




