14
風花は、久々に兄に呼ばれていた。
「ちょうどいいから朝凪を兄上に紹介する」
と言って、朝凪を伴い同じ館内の兄の部屋へ赴く。
部屋の前で警護する騎士が風花の姿を捉え、部屋の中へ声をかける。
風花が声をかける前に、丁寧に部屋の扉が開かれ、中へ通される。
朝凪は、共に入っていいものなのかと、躊躇うが、それを察した風花が
「一緒に来なさい」
と、声をかける。
風花は、いつもこんな調子で他人の思考を読んでいるかのように行動する。
「兄上、ご無沙汰しております」
部屋に入ると、風花は優雅に挨拶をする。
「いらっしゃい」
風花を見つめ、笑みを浮かべる人物。
腰まで伸ばされた、風花と同じ純白の髪。柔らかな笑みをたたえる瞳は深紅。成長途中の体はすらりとしていて、中性的な顔立ちと相まって神聖さを感じさせる少年。
連花王国王太子、氷刃である。
朝凪は、片膝をついて、氷刃に向って頭を下げる。それを見た風花が口を開く。
「兄上、聞き及んでおいでとは思いますが、この者が朝凪です」
氷刃が朝凪をみつめる。一瞬鋭い視線を向けるが、すぐに元の微笑みが戻る。
「君が、風花の選んだ騎士か。うん。よろしくね」
朝凪は言葉を返すことなく、ただ、再び頭を下げる。
「それで、兄上、本日は何かご用でもありましたか?」
風花は氷刃に向って問いかける。
「かわいい妹と久々に話がしたいと思っただけだよ。私は最近おじい様についている事が多くて、風花と過ごす時間がなかったから」
「気にかけていただけて光栄です、王太子殿下」
風花はからかいを含んだ笑みを浮かべる。
「それ、いやだなあ」
氷刃もくつろいだ様子で屈託なく笑う。
二人の会話が始まったところで、朝凪は壁際で控える氷刃の護衛騎士と並んで控える。彼は秋翅という。弧星がたまに朝凪に付けてくれている教育係の一人だ。
教養が深いらしく、歴史の講義などもしてくれている。
秋翅は癖のある金髪に空色の瞳の青年だ。背は、朝凪より頭二つ分ほど高い。奥宮に入ってしばらく経つが、騎士の中でも群を抜いて背の高い騎士である。
教養もさることながら、長剣の扱いにも長けていると言っていたのは、十束だ。
『普通より長い剣使うから間合いが取りづらい』
と、嫌そうな顔で教えてくれた。朝凪にとっては、一人の人間としてきちんと向き合ってくれる秋翅は好感の持てる人物である。
知った顔がいた事に内心安堵し、少し、力を抜く。
そして、兄妹が笑い合っているのを見て、うかがうように秋翅を見上げる。
それに気づいた秋翅は、朝凪の疑問を察して、小さな声で答えてくれる。
「お二人は仲の良いご兄妹だよ」
「姫様はあまり王太子殿下の事を口にされないので・・・・・・」
関係はあまり良くないのかと思っていた、と口には出さなかったが、彼は朝凪の意図を汲んでくれる。
「確かに、一緒におられる時間は少ないけど、頻繁にお手紙のやり取りをされておられる」
そう言えば、蝙蝠壊滅の件でも何か協力をしてもらったと言っていた。
「お兄さま、蝙蝠の件では、お屋敷を貸していただいてありがとうございました」
すこし砕けて、氷刃をお兄さま、と呼び、風花は改めて頭をさげる。
「構わないよ。おじい様も気になさっていた件だったし、屋敷は元々母上のご実家の物だからね。それより、ほら。色々用意させたから、遠慮せずにお食べ」
真っ先に用意されたのは、砂糖の入ったミルクティーだ。いつも背伸びをして、人前では大人びた物しか口にしない妹への心遣いなのだろう。
「いただきます」
風花はそっと口をつける。渋みが薄れ、上品な甘さが舌の上に広がる。
「それで、朝凪を見た感想は何かありますか?」
氷刃が風花を呼んだ理由の一つに当たりをつけて問いかける。
「いいんじゃない? きっととても賢い子なのだろうね」
「それに関しては、十束が驚いていました」
「これから教養も礼儀作法も身に着けていけば、立派に騎士としてやっていけるよ。私も後押しをしてあげる」
「ありがとうございます。お兄さま」
貴族ではない朝凪を騎士にするために、どうしても氷刃の賛同を取りつけておきたかった風花の目的はひとまず達せられた。
「そうだ、最近南が騒がしいのだけど、風花は何か聞いてる?」
「南、ですか? あちらは最近独立の機運が持ち上がっているということぐらいは」
「ふふふ、風花は相変わらず耳が早いなあ」
氷刃は感心したように言う。
「このところ忙しくしていらっしゃったのと関係が?」
「うん。兵を派遣するかどうかね」
その言葉に風花は首を傾げる。
「そこまでするほどではありませんよね?」
「まあ、私もそう思うのだけど、おじい様は最近少し焦っておられるのかもね」
何せ世継ぎはまだ子供だし、と氷刃は他人事のように言う。
王太子であった父は四年前、母と共に亡くなった。王位の交代も間近と言われていた中の突然の死だった。
その辺りからだろうか。凍雲が武力による統治を更に強め始めたのは。
新たに王太子になった氷刃は、当時まだ十二歳。凍雲は六十歳で、寿命が見え始めた頃であった。元々武力を頼りにした統治を進めていた凍雲ではあったが、安定した国を孫に渡すためなのだろうか、この所、強引な手が多いように見える。
連花王国の南、炎祥は、凍雲が即位直後に併合した土地である。
雨が少なく、植物の恵みは少ない。その代わり、鉱物資源が豊富であった。
一帯に住み、鉱山を開発していたのは、フェルム族と呼ばれる人々である。彼らは豊富な鉱山知識を有し、独自に開発を行っていた。
しかし、それぞれの鉱山ごとに小規模な集団をつくり、縄張り意識の強い民だった。連花王国に攻められていても、そこは変わらなかった。そこを、凍雲に突かれ、あっさり併合されてしまったのだ。
「何者かが、一族をまとめ、扇動しているようですよ?」
「プレコルニス家の失態だね」
一族意識の低かったフェルム族をまとめるのは容易ではなかったはずだ。併合から三十年近くたたなければ、独立の機運が持ち上がらなかったほどなのだから。
「風花が、絶対に集団同士を近づけてはいけないと、忠告をしていたのにね」
「それについては、お兄さまを通すべきでした。お兄さまからの忠告なら素直に受け取ったでしょうから」
「どうかな。一級貴族の矜持があるから、王族というだけの子供の言う事なんて真剣に取り合わないと思うよ」
氷刃は、笑みを浮かべたままだが、言葉の中に自虐が滲む。この所、祖父について公務に参加する中で、思う事があるようだ。
自分たちはまだ子供。
今、王であり、祖父である凍雲に何かあった時、自身の身を守ることも危ういかもしれない。自分たちの最大にして最強の後ろ盾は国王なのだ。
炎祥への派兵に反対して、国王の機嫌を損ねるのは得策ではない。けれど、武力で炎祥の独立運動へ介入すれば泥沼になる可能性が高い。
「派兵を止められないなら、どうにか剣を抜かせないようにしないといけないね。風花なら、どうする?」
「見せかけだけでも、独立運動の機運を下げておけばおじい様も強硬策は取りづらいのではないですか?」
考え込む様子は見せず、風花は氷刃の問いに答える。
「うまくいくかなあ」
「伯千なら上手に指揮すると思いますよ」
自分の護衛騎士の名前を出す。
「ねえ、風花。そうやって護衛騎士を自分の側から離しちゃうのやめてよ。護衛騎士の意味がないでしょ。それか数を増やして。私が信頼できそうな騎士を探すから」
氷刃は本気で心配そうな顔をする。
「足りてます」
兄の心配をよそに、風花は興味なさげに、テーブルの上の菓子に手を伸ばす。
風花は自分の周辺に人を置くことを頑なに拒んでいる。理由もなんとなくわかってはいるが、そんなことより妹の身の安全の方が氷刃にとっては優先されることなのだ。
「弧星がかわいそうでしょ」
氷刃は攻め口を変えてみる。
「・・・・・・」
風花は、弧星の名前を出されて黙り込む。
風花は他人の心の機微に敏感だ。それは、人の上に立つ者には必要な能力であるが、身分があると簡単に忘れてしまう事でもある。
氷刃も、風花がいなければとうに忘れていたかもしれない。
「まあ、あと一人くらいなら」
と、風花は言うが、
「あと五人は必要だと思うけど?」
と、氷刃は返す。
「朝凪を自分の騎士にしたって、ずっと拘束しておくわけにはいかないでしょ? 朝凪にだって休息は必要なんだよ?」
「それは、わかってます」
「十束じゃだめなの?」
風花に心酔している護衛騎士の名前を出してみる。
「十束は、そんなの興味ないですよ」
氷刃は意外そうな顔をする。端から見ている分には、十束は喜んで風花の騎士になると思うのだが。
「お兄さまが心配してくださっているのは十分理解しています。ありがとうございます」
風花は礼を言うが、やはり護衛騎士を増やす気はあまりないように見える。
「それより、炎祥の件。どうなさいますか?」
「まあ、風花の案は魅力的だね。けど任せる人間は他にもいるから、伯千にはちゃんと護衛騎士の仕事をさせてあげなさい」
氷刃は兄らしく風花を諭す。
話が反れていたように見えて、氷刃は本題の会話を忘れてはいなかったらしい。風花に騎士についての話をしている間に、炎祥の件を任せる人材に思い当たったようだ。
「お兄さまの良いように」
風花はそれ以上何も言わずに、炎祥の件についての話を終わらせた。
「そういえば、暗殺の件はどうするの? 決定的な証拠は見つからないんでしょ?」
氷刃がふと思い出したように件の暗殺の件を持ち出す。
「しばらく放っておくことにしました。焦った方がしっぽを掴みやすいので」
風花は何でもないように言う。
「それ、朝凪が危ないんじゃないの?」
「危なくないようにきれいにしたんです」
風花は懐に入れた人間にはとてつもなく甘い。そして、それ以外の人間に対しては非情になれる。
政治的な判断は的確で、争いが大きくなることは望まない。
一方、風花自身や、氷刃に向けられる害意に対してはとてつもなく冷酷な判断を下す。
幼くして両親が亡くなったことが一因なのかもしれない。
氷刃は、せめて自分の前では子供でいられるよう、風花の頼れる兄でありたいと思うものの、頭脳の切れは残念ながら妹の方が上で、ついつい意見を聞いてしまう。一緒にいても会話の内容はいつだって殺伐としていて、とても十六歳と十二歳のおしゃべりとは思えないものになってしまう。
氷刃は手を伸ばして、風花の小さな頭を優しくなでる。
そうすると、風花は、年相応の笑みを浮かべてくれる。
それを見ると、氷刃はまだ自分が兄であると、思う事ができるのだ。
明日も19時に更新します。




