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ざまぁ劇場~悪役令嬢は転生者、自力で頑張りました~  作者: セアル


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俺が愛したお姫様

セレン目線(後編)と 最後にちょこっとクレリット目線

 次の日からお嬢様は、幻術魔法や補助魔法や生活魔法を懸命に習いだした。

 どれもこれも、今一パッとしない魔法だ。

 隠密の仕事などには必要らしいが、幻術魔法はよくできて姿を隠すのが関の山。

 補助魔法は、攻撃でも防御でもない、その名の通り補助をする魔法の総称だ。

 生活魔法に至っては、魔力が少ない庶民でも使えるように工夫された魔法で、種火を着けたり、掃除でゴミを集めるのに僅かな風を起こしたり、洗濯をする為にある程度の量の水を作り出す、等といった魔法。

 お嬢様の緻密な魔力操作なら、もっと有効な魔法を使う事もできるだろうに。

 不思議に思って尋ねてみると


「げんじゅつまほうはセレンにかけて、ひつようなときはくろかみくろめを、ほかのいろにかえるの。 わたしはセレンのいろはだいすきだけど、なにかあったらこまるから。 ほじょまほうは、アイテムボックスをつくるのにひつようっぽいし、せいかつまほうは、しょうらいぜったいにいるの」


 そう言って両手の拳を握り締めるお嬢様に、アイテムボックスって何ですか? とは聞けなかった。



 そんな話をしていたのは、一年前の事。

 そうあれから一年、お嬢様は齢七歳で先生から魔力操作完全習得のお墨付きをもらっていた。

 魔力の大きさのせいもあるが、先生でさえ全く無駄の出ない魔力還元率百パーセントは有り得ないらしい。

 それをお嬢様はやってのけた、だからパッとしないはずの魔法でも、幻術魔法は状態変化どころか、他生物にまで変身できてしまう。

 生活魔法に至っては、種火から火炎まで、微風から小ぶりな竜巻まで、桶一杯の水から噴水が溢れるほどの水量まで、もはや一端の魔術師以上だ。

 そして、その最たる物が


「セレン、やっと出来たからこれあげる」


 そう言って手渡された物は、中に液体が入った小瓶。


「これはお嬢様がお作りになられた、ポーションですか?」

「そう、流石に欠損回復は魔力不足でまだ無理だったけれど、体力完全回復の『フルポーション』よ」

「はっ!?」


 驚いて、小瓶とお嬢様を交互に何度も見る。

 時間はまだ昼前なのに、その顔色は良くない。

 今、お嬢様は何と言った? 魔力が足りなかったと言わなかったか!?

 じっ、と魔力の流れを視ると、あの温かな魔力が殆ど流れてないっ!

 お嬢様を横抱きに抱えて、大股の急ぎ足で部屋へと戻る。


「ひゃっ! セレン、何!?」

「何じゃありません、魔力枯渇までして何を作っているのですかっ! 昼からの予定は中止です、休んでください」

「えっ、昼からはセレンとお出かけなのに。 大丈夫、私程度の魔力枯渇なんて何でもないわ」


 魔力は使い切ったとしても、命に別状はない。

 多い人が枯渇してしまって酷い時には気絶したりするが、少ない人の場合はほとんど影響はない。

 平時のお嬢様なら、睡眠不足で気力を削がれたような状態だろう。

 確かに、久しぶりのお嬢様との外出が中止になるのは残念だが、睡眠不足状態のフラフラで、それが原因で怪我でもされたら目も当てられない。


 片手でドアを開け滑り込むように中に入ると、部屋の真ん中でお嬢様を下ろし両肩にがっしりと手を乗せる。

 言い訳も聞かないし、言い分も聞かないし、絆されませんからね、と眼力を込め普段より低い声が出る。


「寝間着を着るのに、侍女を呼びますか? 俺が手伝いましょうか? お嬢様が、ご自分で着替えられますか?」


 今日のお嬢様は、昼から俺と出かける予定だったから、少しいい商家の服装風でドレスでもないから、侍女を呼ぶまでもなく、俺でも脱がせられる。

 だが大公令嬢であるはずのお嬢様は、自分でできる事は、自分でなさろうとする。


「……自分で着替えるわ」

「では俺は、一度部屋から出ます。 着替えてベッドに入ったら呼んでください……くれぐれも、逃げようなんて」

「逃げません! もう、何でそんなにセレンは過保護なの」

「お嬢様が、無茶ばかりなさるからですよ」


 廊下に出てドア前に立つと、ポケットからもらったポーションを取り出す。

 見た目は普通のポーションと変わりない、これがフルポーション。

 お嬢様の命の水から削り取って作られた、モノ。

 先程は慌てていて良い感じはしなかったが、コレがお嬢様の一部であると分かると感慨深いものがある。

 そしてふと気づく、この瓶、今までに見た事のない形状なのだ。

 先端が細く首部分に括れがある、完全に密閉されたガラスの小瓶。

 通常あるはずの蓋がなく、飲み口が見当たらない。

 一体どうやって中にポーションを入れたのかと、首を捻っていると


「セレン、着替えたわ」


 と、いきなりドアが開いたので驚いた。

 当然、白い寝間着とナイトキャップのあられもない恰好のままで。

 慌てて、お嬢様を部屋の中へと押し返す。


「お嬢様、はしたない恰好で廊下に出てはいけません」

「はしたないかなぁ、一番お気に入りの寝間着なんだけど」


 背を押されベッドに向かいながらも、お嬢様はヒラリと寝間着の裾を靡かせる。

 確かにお嬢様の寝間着もナイトキャップも、そのまま外に出ても可笑しくないぐらい可愛らしい。

 何でもお嬢様自身がデザインされ、時には装飾さえご自分で施すのだという。

 しかし、それはそれ、これはこれ。

 いくら可愛らしかろうと、寝間着であることには変わりはないのだ。

 お嬢様をベッドに押し込み、シーツを肩までかける。


「ともかく、今日はお休みください」

「じゃぁ、寝るまでいてね」

「……仕方ないですね」


 椅子をベッドの側に移動させ座ると、異物感でポケットの中の物を思い出した。

 取り出して、先程の疑問を尋ねてみる。


「お嬢様、この瓶には口が無いようなのですが、どうやってポーションを中に入れたのですか?」

「その瓶も、私の魔力で作ったのよ」

「……は!?」

「セレンが誕生日の時、お花を魔法で作ってくれるでしょう。 私は結界魔法は使えないけれど、補助魔法の中に『カバー』っていうのがあって魔力で包んで中の物を守る魔法なの。 セレンのお花を参考にして、魔力を可視化して、硬質化で強化してポーションを包んで、私と完全分離してみたの。 その作り方だとポーションが一度も外気に触れないから、雑菌は繁殖しないし瓶が壊れるまで、半永久的に保存できるわ」


 そう、普通のポーション瓶のように口があって蓋で閉じると、どうしても保存期間には限界がある。

 完全密封など無理だから、揮発、劣化、品質の低下は免れない。

 だけど、この形状なら、しかし


「これは、どうやって飲むのですか? 瓶ごと食べるのでしょうか?」


 元がお嬢様の魔力なのだから、それでも一向に構わなかったが、流石にお嬢様が苦笑を浮かべていた。


「とがった先端部分を持って折れば、縊れた部分から割れるわ。 『アンプル』って言うのよ。 元が、魔力で包んだ中の物を守る魔法だから、ポーションがない部分が壊れると消えるの。 小瓶自体も、ポーションを飲んでしまったり、何らかの衝撃で割れてポーションが流れ出てしまったりしたら、消えてなくなるわ。 ゴミが出ないからエコでしょ、まぁリサイクルもできないんだけどね」


 アンプル、エコ、リサイクル、お嬢様との会話に時々混ざる知らない言葉。

 勿論、他人と話す時、お嬢様がこんな砕けた会話をすることはない。

 それが俺だけとの密事の事柄のようで、心が擽ったい。

 たしかリサイクルは、何度も使うという意味だったはずだ。

 普通のポーション瓶は回収され、洗浄後に再びポーションが入れられる。

 瓶が割れたりヒビが入ったりしない限りは、使い回される。

 瓶が使い回される度に、どうしてもポーションの劣化速度は加速していく。

 だから完全封入、一回使いきりのこのアンプルは素晴らしい。

 が、素晴らしい故に、消えてしまうのは勿体ない気がした。

 瓶だけでも取っておきたい、いやそもそもポーションを飲まなければ半永久的に取っておける?

 じっ、と瓶を見ていたら、そんな思いを読まれたのだろう、お嬢様がクスクスと笑い出した。


「怪我をしたらちゃんと飲んでよ、セレン」

「……怪我をしないように努力します」

「じゃぁ、今から普通のポーションも作るから」

「なっ、何を言ってるんですかお嬢様、死ぬ気ですかっ!」

「死ぬなんて大袈裟ね、完全に魔力枯渇したらどうなるか、ちょっと試したいの。 もしかしたら、もしかするかもしれないから」

「もしかしたら、って何ですか!」


 百パーセントの魔力還元なんて出来ない、だから完全な魔力枯渇なんてあり得ない。

 だがそれがお嬢様は出来てしまう、そしてそこから先は未知の領域だ。

 もしかしたら、本当に死んでしまうかもしれないのに。


「多分大丈夫だと思うんだけど、万が一の時はセレンの魔力を少し分けてね」

「俺の魔力ぐらいいくらでも差し上げますが、そんな危険なこと止めてください」


 魔力の譲渡、これもお嬢様の発案の一つ。

 相性や魔力の強弱の関係もあるだろうが、最も確固たる相互の絶対的な信頼がなければ成立しない術。


「いい、セレン約束よ。 『私が死にそうになった時にだけ魔力を分けて、それ以外は様子見』よ」

「うっ」


 お嬢様は俺に命令をしない、するのは2つ『約束』と『お願い』だ。

 俺にとってお嬢様との約束は、命令以上の強制力を持つ。

 だけどお嬢様が万が一にでも死んでしまったら、俺は、俺はっ!


「ちょっと試してみたいだけなんだから、そんな死にそうな顔しないで」


 お嬢様は俺の気持ちなどお構いなしに、ふわっと微笑むと右手に魔力を込める。

 体から僅かに残った魔力の流れが右手に集中し、形を成していく。


「……じゃ……セレ……ン……よろ……し……く……」

「お嬢様っ!?」


 少し持ち上がったお嬢様の右手が、ぱたりとベッドに落ち、完全に魔力の流れが途絶える。

 慌ててお嬢様の首に手を当て脈を確かめ、胸に耳を当てた。

 心臓は乱れなく鼓動し、脈は正常で呼吸は安定している。

 ただ深く眠っているだけのようだ。

 重く安堵の溜息を吐いて、ドッカと椅子に腰が崩れ落ちた。

 一応の命の安全は確認できた、でも今すぐ自分の魔力を限界まで分け与えたい気持ちが溢れている。

 それを必死の思いで押し止める。

 それが、一方的とはいえお嬢様との『約束』だから。

 右手には出来立てのアンプル、中のポーションは半分ほどの量で、そこで魔力が尽きてしまったのだろう。

 お嬢様の姿勢を正し、寝やすい恰好にする。


 もう少し、もう少しだけ様子を見て安心出来たら、部屋を出ていこう。

 もう少し、もう少しだけ……。


 翌朝、俺と出会ったお嬢様の開口一番の言葉が


「セレン、やっぱりセオリー通りだったわ。 完全に魔力枯渇して、一晩眠ると魔力値が少しだけ底上げされるの。 これで少しでも魔力を増やすことができるわ」


 何のセオリーですかお嬢様、痛む頭を押さえながらようやく声を絞り出す。


「それをする時は、絶対に俺の目の前でお願いします」


 その日以降、お嬢様は王妃教育で登城する度に王城で普通のポーションを作り、魔力をギリギリまで使って帰ってきて夕食と入浴後、早い時間にベッドに入る。

 そして最後の魔力を俺の前で使い切って、気絶するように眠りに落ちる。

 何度となくそれを目の当たりにし、いくら慣れてもあの瞬間は本当に肝が冷える。

 脈と呼吸で安否確認するまでは、生きた心地がしない。


 そんな風にお嬢様の魔力に直接触れる機会が増えたからか、時々お嬢様の気配を希薄に感じる事が出てきた。

 色々な場合があったが、多くはお嬢様がお昼寝をされている時だ。

 王家程ではないにしろ、大公家にも十分な護衛騎士と、影的存在の暗部がある。

 どちらに確認しても、お嬢様が屋敷を出た様子はない。

 一度どうしても納得できなくて、お嬢様の部屋に行って確認したが、確かにベッドでお休みになられていた。

 王都から大公領に帰った時も、そんな日がある。

 帰る度に必ず行う、孤児院の慰問。

 俺が一緒にいられなかったりすると、時々そんな気配がした。



 ただ不安と不満はそれ位で日々は流れ、ついにお嬢様も十四歳となられデビュタントされる時が来た。

 この日を境に、お嬢様は社交界デビューを果たされ、第一王子の婚約者としてもその名を知らしめることになる。

 そして俺も、成人一歳前ではあったが、正式にお嬢様の従者になれた。

 執事さんからお墨付きを貰い、剣術の先生からは騎士団に入らないかとの誘いを断り、魔法の先生からは「もう教える事などないわぃ、本気でやったら儂、死ぬなー」と、何よりも有難いお言葉も頂いた。

 今より、常にお嬢様の側にいられる事を許される。

 今迄のように馬車で待たなくてもいい、留守番と言われなくてもいい、王城にだってお嬢様と一緒に入れるのだ。


 今宵、大公家から九年ぶりに『外』の世界へと一歩踏み出す。


 玄関ホールに向かう階段前で、デビュタント用の純白のドレスで美しく着飾ったお嬢様がじっと俺を見て話しかけてきた。


「セレン、魔法かけて髪と瞳の色を変える?」


 それは俺が見苦しくない程度に、髪を短く切ってきたからだろう。

 気にしている、と思われたか。

 確かに余計な醜聞を招くのを気にはしている、がそれは俺の事ではなくお嬢様に対しての醜聞だ。

 これから第一王子の婚約者、ひいては王妃となられるお嬢様に要らぬ傷などつけたくない。

 だから魔法をかけるなり、色素で髪を染めるなりできればいいが、生憎とこの黒は魔力が強すぎて、魔法をかける事も色を染める事もできない。

 この髪の色を変えられるのは、魔力操作の上手いお嬢様ぐらいだ。

 だが常に、魔法をかけ続けてもらう訳にはいかない。

 だから自分で、ある程度は何とかした。

 結界魔法を工夫して、気配を消すことに磨きをかけた。

 そして執事さん直伝の、外面の良さも伝授してもらった。


「お嬢様はこの黒、お嫌いですか」

「ううん、大好き」

「では、このままで」

「……そう、分かった。 セレンが頑張るなら、私も頑張る。 これ、就職祝いにあげるわ」


 お嬢様が差し出されたのは、鞘に入ったシンプルな短剣。

 抜いてみると、刀身から柄まで一体の金属で作り上げられた、流線形が見事な片刃の業物。

 特別目立つような装飾はないが、刃先には美しい波紋が浮かび、柄頭には黒い宝石が埋め込まれている。


「有難うございます、美しい短剣ですね」

「『カバー』の魔法を極限まで硬質化したの、中の石はセレンディバイトよ。 まぁ、本物が見つけられなかったから、これも私が作った石だけど」

「これが」


 自分の名前の元になった宝石をじっと見れば、それはプラチナブロンドの金属にささえられ、その部分だけ透明の硬い膜に包まれている。

 そう、今はまだ、お嬢様に守られているようなものだ。

 だけど、いつかは……。

 鞘には固定具が付いていて、そのまま腰ベルトに取り付けた。


「この剣に誓って、お嬢様の従者として務めを果たします」

「程々でいいの、剣に誓うなら自分の身も守ってね。 従者に死なれるとか、ホント嫌だからね」


 エスコートの為に差し出した左手に、お嬢様が右手を乗せる。

 そのまま旦那様が待つ玄関ホールへと、階段を下りていく。


 お嬢様のデビュタントは素晴らしかった。

 プラチナブロンドの御髪と、レースやフリルではなく、淡い光沢を放つ布タックで寄せられたスッキリとしたデザインの純白なドレスが相まって、旦那様にエスコートされるお嬢様は月の女神のようで、他の令嬢とは一線を画していた。

 陛下からの祝辞のお言葉も授かり、第一王子とのファーストダンスも踊った。

 他の令息達とも踊り、旦那様と共に貴族の挨拶を受ける。

 控えていた俺に気付いた者もいたが、大公家の威光もあって幸い難癖をつけてくるような者はいなかった。

 その後、少し早めの刻限にお嬢様と俺だけで先に屋敷へと帰る。


 湯浴みと身支度を終えるだけの時間をおいて、お嬢様の部屋のドアをノックする。


「はい」

「お嬢様、少しお時間を宜しいでしょうか」

「セレン、来ると思っていたわ、どうぞ」

「失礼します」


 お嬢様の許可を頂き、部屋に入る。

 「来ると思っていた」その言葉に間違いはないようで、お嬢様は寝間着にガウンを羽織りソファーに腰かけていた、

 目の前のテーブルには、いつものシードルにグラスが二つ。


「座って」


 向かいのソファーを示されるが、今はそれに応えられる余裕がない。

 お嬢様の側まで歩み寄り、奥歯を噛み締めるように言葉を吐く。


「不敬と失礼を承知で、申し上げてもよろしいでしょうか」

「えぇ、どうぞ」

「あの男は、何なのですかっ!」

「私の婚約者、第一王子のアーサー・エルドラドン殿下よ。 残念ながらね」


 嫌そうに溜息を吐くお嬢様に、俺は愕然とする。

 お嬢様は今まで王城での話はしなかったし、王族の事も一切口にしなかった。

 デビュー前でもあり秘密もあるのだろうと、俺もあえて聞かなかった。

 いつも大公家の中にいた、外に出る時はお嬢様と一緒だった。

 そんな俺の耳に、お嬢様の不利になるような噂など届くはずがなかったのだ。


 お嬢様が、第一王子に蔑ろにされているなどと。


 第一王子とのファーストダンスは酷いものだった。

 王子はお嬢様をリードする気など全くない様子で、勝手なステップを踏む。

 お嬢様のダンスの腕前がいいから、何とか見られる形にはなっていたが、あれで転倒や王子の足を踏みでもしていたら、どうなっていたことか。

 一瞬、お嬢様のダンスの腕前を疑ったような雰囲気もあったが、他の令息達とはそれは優雅に踊られていて、感嘆の吐息が零れたほどだ。

 王子も王子で、他のデビュタントの令嬢達とは、それなりに踊れていたのだからあれはワザとだった、と言い触らしているようなものだ。

 その後の王子はエスコートもない、会話もないどころか、側にも寄ってこないし目線すら合わせない。

 なのに、他の令嬢に囲まれにこやかに会話していた。

 基本、身分上の者から話しかけられない限り、下の者は答えることができない。

 しかしお嬢様は婚約者なのだから、その中に入っていけばいいようなものだが、あれだけ露骨に無視されてしまえば、それもできない。


 結果、お嬢様はある意味さらし者のような状態になってしまっていた。


「まぁ、こうなるのは予想出来ていたから。 ねっセレン、私頑張ったでしょう」


 ハッと階段上での会話を思い出す。

 「セレンが頑張るなら、私も頑張る」

 俺を励ますためだと思っていたが、お嬢様にとっても後押しの言葉だった。


「お嬢様は、第一王子がお好きなのですか」

「いいえ、貴族の維持と義務と責務だけの政略婚よ」

「未来の王妃になられたいですか」

「正直に言ってしまえば、面倒事はごめんだわ」


 自分の間抜けさが、ほとほと嫌になる。

 俺が大公家の中でヌクヌクと恩恵を受けている間に、お嬢様はあんな男の為に王妃教育を頑張って、礼法も舞踊も座学も、身を削ってポーションも作って……。

 爪が掌に刺さるほど強く拳を握り締める。


「……お嬢様、お嬢様がお幸せになられるには、どうしたらいいですか。 王子がいなくなれば、お嬢様はお幸せになられますか」


 不敬など知った事かと口にすれば、それはいい案のように思えた。

 俺は今夜、顔見せしただけで正式な紹介などは誰にもされていない。

 大公家から消えて、二、三年も地下に潜ればそれなりに使えるようになるだろう。

 その頃王子は学園に入る、王城よりもよっぽど狙い易いはずだ。

 お嬢様のお側にいられないのは身が千々に切れるほど苦しいが、お嬢様の幸せの笑顔のためなら、それが俺の全てなのだから。


「セレン」

「はい」


 お嬢様が俺の拳を開き掌の爪傷に、指先から作り出したポーションをポタポタと垂らすと、あっという間に傷は塞がり完治する。

 が、お嬢様は手を放さず、じっと俺の黒目を紫目が射貫く。


「私に関する事で行動を起こす時は、必ず私に相談する事。 絶対一人で考えて、勝手に行動しない。 いいわね、これは私の従者への『命令』です」

「……お嬢様、あの男を消してもいいですか」

「駄目」


 間髪を容れない返答に、嗚呼やはりと目の前が暗くなりかけたが、お嬢様は呆れたような声を出す。


「今消されたら、先が読めなくなるもの」

「は?」

「アレでも、今の所は必要なのよ。 行動の把握には、好きに泳がせてる位が丁度いいの。 だからセレン、もう少しだけ我慢してくれる?」

「えと、我慢するのは俺じゃなくて」

「情報を制する者が世界を制する。 私は『私の望み』の為に全力を尽くすわ」

「……お嬢様の望みとは」


 すっかり毒気が抜かれてしまった俺に対して、お嬢様の口角は緩やかに弧を描く。


「今はまだ、内緒」





「クレリット・エルランス、貴様との婚約破棄を言い渡す!」


 ふざけるな、貴様が言うなと声を大にして叫びたい。

 第一王子、宰相令息、騎士団長令息、魔術師団長令息、神官長、そして原因たる男爵令嬢。

 お嬢様、どうかお命じ下さい、一言「消して」と。

 そうしたら今すぐに、不遜な輩を物言わぬ躯に変えてみせます。

 いえ言葉にしなくても、目線だけでも命令して下さればっ。

 そう思ってお嬢様の表情を窺うも、唯々残念そうな諦めの眼差ししかなくて、ただ少しだけ外行き用のお嬢様ではなく、生来の口調が垣間見えていて、何か覚悟を決めているのだと分かった。

 お嬢様が目配せして、俺に手を差し出す。

 パーティー前に言われていたこと。

「私が手を出したら、一回目は日記帳、二回目はその短剣を渡してね」

 恭しく、日記帳を手渡した。


 その後、お嬢様の弁明は何ひとつ文句のつけようがなかった。

 どんな難癖をつけられようとも、返す刀で一刀両断。

 しかも無実を証明した上で、誰が犯人かと決めるのではなく問い掛け流す。

 どうしてそうなったか自分で考えろ、と言っているようだ。

 だが考えることを放棄した男が、さらなる権力の暴挙に出る。


「……うっ、うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ! 未来の王とその王妃、更には高位令息達に対する暴言と侮辱の数々、不敬罪だ! もはや婚約破棄のみでは生温いっ、家名剥奪の上、国外追放を命じるっ!」


 瞬間、抑えきれない魔力が暴走しそうになった。

 これ以上お嬢様を侮辱するなら、ここら一帯を焦土に変えてくれよう、と。

 しかし目線を上げてお嬢様の横顔を見て、内に渦巻く暴力的な魔力が霧散する。

 扇で隠したお嬢様の唇が、緩やかに弧を描いていたのだ。

 望みを『内緒』と、語った時と同じ微笑み。


 望み、お嬢様の望む事。


 それからの展開は、俺にとっても寝耳に水の話で。

 第一王子と結婚したくない、王妃になりたくない、のは知っていたけれど、まさか家名剥奪と国外追放をあっさり承諾するとは思わなかった。

 家名剥奪……お嬢様が大公令嬢でなくなる? 俺の主でなくなってしまう。

 国外追放……お嬢様がここからいなくなる? 俺は捨てられてしまうのか。

 そんな時、俺の目の前に差し出された、二回目のお嬢様の手。

 以前のお嬢様との会話が、走馬灯のように頭に過ぎる。


「大体この縦ロールが『悪役令嬢』っぽくて嫌なの」

「そうですか? 俺は貴族令嬢らしくていいと思いますが」

「ゆるふわカール、ぐらいでいいのに」

「あぁ、そんな髪型も可愛らしいとは思いますが、大公令嬢としては相応しくないのでしょうね」

「うぅ、その時が来たらバッサリ切ってやるわ」

「その時って、いつですか」


 『その時』が来てしまったのか。

 躊躇いながらも、お嬢様との約束には逆らえない、そっと短剣を鞘ごと手渡す。

 お嬢様は何の躊躇いもなく鞘から引き抜くと、夜会用に結い上げている自分の縦ロールの髪を掴み、躊躇なくバッサリと切り落とした。


「大公令嬢、クレリット・エルランスは、たった今死にましたわ」


 嗚呼、お嬢様、俺の主たるお嬢様が。

 半ば壊れ始めている俺の手に短剣が戻され、そのままじっと紫目に魅入られる。

 十二年間一度も見た事がない、期待と不安が入り混じったような熱い視線で。


「セレン、これでやっと貴方に言える。 わたくし……いいえ、私は貴方が好きです。 ずっと、ずっと……ずっと昔から」


 お嬢様の望みは、平民になる事……平民になって、俺と一緒に生きる事。


 その望みを認識し、それが夢でも幻でもなく現実なのだと呑み込んだ瞬間、全身の血が一気に沸騰した。


「……っぁ!?」


 従者として側に仕えること以上の果報、そんなモノがこの世に存在するのかと疑ってかき抱いてみたら、確かにそこに俺の女神はいて。


「クレリット? クレリット?! クレリット! 嗚呼、まさか、また貴女の名を呼べる日が来るなんて」

「うん、じゃぁ約束、果たしてくれる? 『私と一緒に生きて』」


 嗚呼、この笑顔を他の誰でもない、俺が守ることが許される。


「勿論です、クレリットが望む限り。 ……いいえ最早、貴女が嫌がっても」

「大丈夫よセレン、貴方を飢えさせたりなんかしないわ。 養う手立ては、ちゃんと考えて用意してあるもの」

「漢前で大変ご立派なのですが、そう言う台詞は俺に言わせてください。 ただ今迄のように、身を飾ることも優雅な暮らし振りも出来ないのが心苦しく」


 そう、すぐには無理だろう。

 だけど何でもしよう、他国で冒険者でもいい、何なら傭兵になっても構わない。

 今から、俺が、俺だけが、この人を守るのだから。


「あら、身を飾れて優雅な暮らしが出来ても、心が空っぽなら虚しいだけだわ。 私は、真実の愛(セレン)を手に入れたのよ」


 クレリットは王や王妃、父親である大公など、ゆっくりと周囲を見渡すと、嫣然と微笑んで淑女の礼をする。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 高笑いしながら俺の手をとって、ホールの出口へと駆け抜けた。

 出口から伸びる廊下にいくつかのアルコーブがあり、その一つに飛び込むと、サッとカーテンを引いて、クレリットは俺に抱き付いた。


「セレン、目を閉じて」


 言われるまま目を閉じると、瞬間、大きな魔力に包まれた気がした。


「もう、開けていいわよ」


 目の前の光景に言葉を失った。

 そこは学園のアルコーブではなく、見慣れた自分の部屋だったからだ。


「はっ! えっ!? 何で……ですか?」

「うん、家出するんだから、必要な品物を取りに来なきゃ。 ほら、セレン、要る物どんどんこの中に入れちゃって」 


 クレリットの横には不思議に浮かび上がる白い空間。

 クローゼットから俺の服を次々と取り出して、その空間に片っ端から触れさせると、服はスルスルと空間に呑み込まれていく。


「……お嬢様、それは一体?」

「もぅ、お嬢様呼びに戻ってる。 これは私の開発魔法『アイテムボックス』で、さっきのは『転移』よ」


 そう、幼いころ聞いていた『アイテムボックス』の正体がこれ。


「この日のために色々と用意したの、やっとセレンにお披露目できるわ」


 と、本当に嬉しそうに、子供みたいに屈託なく笑った。

 俺の荷物をアイテムボックスに収納し終えると、王都中央の商店街に転移した。

 クレリットは幻術魔法で髪を元通りに偽装して、懇意にしている服飾店に先程まで着ていたドレスを売り払い、その足で周辺の菓子店に顔を出しいくつか菓子を買っていく。

 第一王子はともかく、先程の王や旦那様の様子から見て、追手がかかりそうで逃げなければならないのに、何をしているのだろうと思うのだが。


「クレリット、こんな事をしていても大丈夫なのですか?」

「ちょっとは、足跡を残さないとね」


 そう言いながら、俺の手を引き細い路地に入り込んだ。


「セレン、目」


 もうそれだけで、転移するのだと分かる。

 再び目を開けた時、そこは見知らぬ部屋の中だった。

 奥には少し大きめのベッド、壁沿いにはクローゼットと棚があり、小さなテーブルと二つの椅子、床は絨毯を敷かず木材のままで、小ぶりの二つの窓のカーテンを引くと外からは、柔らかな夕焼け色が差し込んでくる。

 そこは良さげな庶民の家、といった感じだった。


「私の隠れ家にようこそ、セレン」

「ここは一体、何処なのですか?」

「大公領から見えてたでしょう、あの小島よ」

「あぁ、あの、クレリットが幼い頃は、よく眺めてましたね。 というか王都からそこまで『転移』とは、できるものなのですか!? 魔力は大丈夫でしょうね」

「大丈夫、まだ多少は残ってるから」

「そうですか、しかし丁度よくこんな家があったりしましたね」

「全部、私が用意したの」

「……はぃぃぃぃ!?」


 思いもかけない言葉を聞いて素っ頓狂な声を上げる俺に対して、クレリットはそれはそれは上機嫌で笑った。

 それからは堰を切ったかのように、今までの事を話し出した。

 第一王子とは初見の頃から相性が悪く、いずれ婚約破棄されると踏んでいた事。

 完璧な魔力操作で空間魔法を開発し『アイテムボックス』と『転移』を駆使して王都では、度々屋敷を抜け出していた事。

 あのお昼寝していたお嬢様が、作り出された人形だったと聞いて、見抜けなかった自分に、ちょっと凹んだ。

 幼い頃から島に目星をつけ、領地に戻る度にひっそりと一人で開拓していた事。

 今迄の自分の不安と不満の疑念が解消されたのは良かったが、少し恨めしい気持ちにもなる。


「教えて頂ければ、何でも手伝いましたものを」

「だって、どうなるか分からないじゃない。 婚約破棄も、こうも上手い具合に行くとは限らなかったし。 もしかしたら、セレンにいい人が出来て、結婚しちゃうかもしれないし。 私が、愛想つかされちゃうかもしれないし」

「最後の二つはあり得ませんから、考えるだけ無駄です」

「うん、ありがとう。 もう遅いから、外は明日案内するね」


 そう言って案内されたのは家の中。

 寝室を出ると、食堂と続きの台所、手前に玄関で奥に倉庫、屋根裏部屋もあり裏手の方にトイレがあって、裏口から外に出ると。


「外に風呂、ですか」

「天然の露天風呂なのよ」

「いえ、しかし、危険では」

「そう? 今まで何回も入ってるけど、危険なんてなかったわ」

「っ!」


 衝撃の告白を聞いて言葉が詰まる。

 普通の貴族令嬢の入浴は、何人かの侍女が付いてその手伝いをするものだが、クレリットは一人での入浴を好む、その上で野外で無防備で平気で入るとか。


「……小屋を建てて、部屋から行けるようにしますから」

「セレン、小屋なんて作れるの?」

「手伝いで庭師と一緒に何棟か建てました」

「庭にあったわね、山小屋風で可愛いの。 凄いわセレン、何でもできるのね」


 不可能を可能にしている、貴女に言われると面映ゆいです。

 それが冗談でも嫌味でもなく、本気でそう思われているのが分かるから、もう。


 夕食はクレリットと一緒に作った。

 包丁で指を切らないか、竈の火で火傷しないか、とハラハラしながら見ていたが意外としっかりした手つきで驚いた。

 夕食後クレリットが入浴するのを裏口内側で、護衛代わりに立って待つ。

 交代で、生まれて初めて露天風呂なるものに浸かってみた。

 満天の星空の下で湯船に浸るのも、開放感があって悪くないと思えて、小屋はそれも考えて設計しよう、と思えるほどの爽快感があった。


 お陰で、煩悩が紛れた気がする。


 寝間着に着替え、寝室のドアをノックする。


「……はい」


 返事を確認してドアを開ける。

 クレリットもあの可愛らしい寝間着を着て、ベッドの上に腰かけて俯いていた。

 視線が合わなかったのは、少しだけ有り難い。


「クレリット、お休みなさい、良い夢を」


 そう言ってドアを閉めようとしたのだが、クレリットは弾けたように顔を上げ何度か瞬きをしてこちらを見ている。


「えっ、あっ、ちょっと待って、セレンどこで寝るつもりなの」

「毛布がありますので、食堂の隅で休むつもりですが」

「……えと、至急確認しなければならない事ができました。 ちょっと、こっちに来てくれますか」

「はい」


 なぜ敬語ですか、と問うだけの余裕はない。

 正直、今の状態でクレリットの近くに行くのは厳しい。

 昔は可愛いと素直に思えた寝間着も、ドレスよりも露出していないというのに本能が激しく揺さぶられる。

 短く揃えられた髪のせいで普段はあまり見えなかった首筋に、湯上りのほのかな色気が立ち上って、喉が渇く。

 でも、お願いされたのだから従う他はない。

 それでも、手が届かないギリギリの範囲で立ち止まる。


「何でしょうか」

「セレンにとって、私はまた従う主なのかな。 主を一人にする訳にはいかないから、責任感で従者としてついてきたのかな」


 下から窺うような上目遣いで問いかけられ、脳がグラリと揺れる。


「主ではなくクレリット個人として、お慕いしています」

「それは、兄が妹を思う様に? 幼馴染を心配するように?」

「いえ、一人の女性としてです」


 今まで決して口に出せなかった、思う事はおろか考える事も許されなかった。

 だがそれを口にすれば、ストンと胸に収まる。

 そしてそんな台詞を初めて聞いたクレリットは、へにゃんと眉を下げ顔を真っ赤にしてはにかんだ。


「うぅ、良かった、私はセレンのお嫁さんになるつもりでいるのに、セレンは他の部屋で寝るとか言うし……っ!」


 瞬間、理性が蒸発した。

 手が届かない距離など関係ない。

 クレリットをベッドに押し倒し、強く唇を押し付けていた。


「んっ、ふぅん」


 何か言おうとしたのか口が僅かに開いた瞬間を見逃さず、舌を捻じ込んだ。

 割れた歯列の間に舌を差し入れ、口内を縦横無尽に蹂躙する。

 歯列の裏をなぞり、上顎を突付き、苦しくて逃げる舌を追い掛け、自分の口内に吸い込むように絡め取って離さない。

 思うさまに咥内を犯していた俺に理性が戻ったのは、クレリットの僅かばかりの抵抗さえもなくなった時だ。

 ハッ! とし唇を離し組み敷いているクレリットを見下ろす。

 深く目を閉じ眉間に皴が寄り、苦しそうに荒い呼吸を繰り返す様子を見ながら背筋が冷えていく。


 第一王子はともかく、第二王子の態度はどちらかと言えば崇拝じみた恋慕で身分の高い貴族令嬢、周囲の男は誰も彼も紳士的な態度でしかなく、男の欲望をぶつけられたことなどないはずだ。

 男慣れしていないのは分かりきっている、だからゆっくりと真綿に包むように距離を詰めていこうと思っていたのに。

 彼女の目が開いて、見られるのが怖い。

 その視線に、侮り、恐怖、憎悪、不快、そんな色が滲んでいたら……。


 クレリットの呼吸が収まり、ゆっくりと目が開けられる。

 熱を持ち蕩けきった紫目が俺を見付けると、ふわりと表情を緩めた。


「どんと来い、よ」


 十二年にわたって絞められていた、理性の箍があっさりと弾け飛んだ。



 ──アア、ヤットテニイレタ──





「すみません、あの大丈夫ですか、体は辛くないですか」


 正直に言ってしまえば、体は辛いし下腹部は痛いし関節は悲鳴を上げてるし、指一本動かせない。


「あっ喉乾いてませんか、何か飲み物でも」


 飲み物……どうせ飲むなら。


「セ……レン」


 うわーん、声が掠れちゃって出ないとかってマジか。


「はい、何ですか」

「棚……ポー……ションが……ある……か……ら」

「ポーションですね」


 セレンはアンプルを折ってポーションを口に含むと、私に口移しで飲ませた。

 くっ、口移しってぇぇぇぇ!


「ん……ふぅ」

「あの……ホント、すみません」


 ポーションを飲んで人心地ついた私に、セレンが地中深くまでめり込みそうな雰囲気で謝っている。

 うん、まぁ、初夜なのに数回戦とか、朝まで寝かせないとか、抱き潰されるとか、都市伝説フルコースの体験を有難うございました、って感じで。

 未だに私がすっぽんぽんとか、セレンも寝間着のラフなズボンだけで、割れた腹筋ご馳走様です状態とか。

 色々言いたい事はあるけれど、落ち込んでいるセレンに幻の犬耳がショボーンと垂れて見えるのが、可哀そ可愛いので……とりあえず。


「セレン」

「はっ、はい」

「折角だから、何か飲み物を貰える?」

「はい、今すぐ」


 飛び上がって駆けていくセレンの後ろ姿に、これまた幻の犬の尻尾が高速で振られているのが見えて、思わず笑みが零れる。


 そして、思う。


「うん、ポーションはもう少し作っておこう」


 情けは人の為ならず……てことか。

無事、完結しました。

お読み頂き、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして 「ざまぁ」で検索して、シリーズみたいだったので、一番古いと思われる本作品を読ませていただきました 大変面白かったです ある意味最も残酷な ざまぁ だったと思います 要するに「…
[良い点] 面白かった 物語の余韻が書かれていたのが特に良い もっと続きが読みたくなった
2019/12/01 15:33 退会済み
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