200話 もうひとりのテラ
よろしくお願い致します。
───
──“でお”──
───
俺達の呼び掛けに、彼女は確かにそう答えた。
だったら──
「テラ! やっぱりテラなんだな!」
『うんうんっ! 泣いているからどうしちゃたんだろうって、心配したんだよ』
……って、確かにそうなんだが……ノエルさん。
君が言っても念話なんだから多分、彼女には通じてないと思うよ……。
そう俺が考えている内に、テラと思われる少女は、宙に浮いている竜の幼体を長いツインテールのひとつを巧みに操り、その小さな身体をがんじがらめとしてひっ掴んだ。
そして嫌がるそれを無理矢理自分の腕の中へと手繰り寄せる。
彼女の腕の中でギャアギャアと鳴き声を上げる小さな竜。
テラと思われる少女は、無言で俺達デュオの事をいつもの虚と感じる表情で、じっと見つめていた。
俺はさっきノエルが言った事を踏まえて、もう一度彼女に話し掛ける。
「テラ。テラなんだろ? 間違いないよな。さっきまで地面にへたり込んで泣いていたけど、一体どうしたんだよ」
「でお──」
再び漏れる同じ名詞──
……もう間違いない。
テラ。
彼女は先程から全く表情を変えず、俺の名前だけを口に言葉として呟いた。
その顔は変わらずの無表情となるものだったが、暴れる小さな竜を両手で抱えながら、ただ呆然と佇んでいる様は、俺には何故だかまるで行き場をなくし、怯えている少女のようにも感じるのだった。
───
「でお、テラはこれからどうすればいい? もう、するべき事が分からない。だって地の大精霊はもういない──」
──え! ……そ、それはどういう事なんだ!?
俺はテラの元に近付き、彼女の両肩にそっと手を添えた。
「取りあえずは落ち着いて」
彼女はコクリと小さく頷く。
「うん。でお」
「それじゃ、テラ。今までの事、私に教えてくれる?」
「うん、テラ肯定。分かった」
そして俺達は隣合わせとなり、その場に座り込んだ。
───
「でお。まず、考察するに火の属性となる特殊上位魔法。先程あの事態に於いての、ソレのほぼ乱使用行為は過剰と断定。少々現状把握に乏しき判断と、テラは苦言となるものをでおに進言する」
予想とは反し、突然となるテラのダメ押しに、俺は思わず顔が綻んだ。
「はははっ、ごめんごめん! さっきのはさすがに調子にのり過ぎてた。全くテラの仰る通り。以後は気を付けるよ」
「是非そうして欲しい。今回はテラの身体に施された防御領域システム及び、それにウィルの強力な魔力が加わった事で難を逃れ、事なきを得た。もしも他の存在であれば、限りなく近い可能性で今のこの状況と同じ灰塵と化した事が予測される。今後は的確かつ精到な対応を切に願う」
「ホント、ごめんって! もう許してくれよ~~っ!」
いつもの口調で一気に捲し立てるテラに思わず苦笑いになった。
だけど──
いつまでもこうしている訳にはいかない。
「じゃあ、話してくれ──」
「──肯定」
─────
そしてテラ。彼女は自身という存在が認識できるようになってから今に至るまで──自らが知り得る全ての事を、まるで情報を報告するかのように、俺に話してくれた。
自分の存在が人間でなく、地の大精霊によって彼女を『守護する者』として創り出された機械仕掛けの人形である事。
このアースティアに於いて唯一現存する古代竜。地の『守護竜』ウィル・ダモスと知り合い、やがて互いに大切と感じる存在となり、彼に新たな愛称をつけて貰った事。
そして地の大精霊の事を自分を生んでくれた“ママ”と慕い、彼女の命令となる指示を仰いで、今まで忠実無比に世界を均衡に保つ為の、感情を関さない公平なる“罪の断行”をずっと執り行い続けた事。
やがて一人の少女、イオ・ジョーヌと出逢い、彼女に“友達”と呼ばれる存在になった事に、今まで感じた事がなかった温かなものが胸の中で感じ取れた事。
次に彼女との別れ──
胸の中に確かに生じた“それ”は、以降ほとんど感じられなくなり、少し戸惑いとなるものを持ちながらも、以前と変わりなく、地の大精霊の命令に従事し続けていった事。
そんな時、俺達デュオと出逢い、先日の事があった事。
そしてその時に、地の大精霊から緊急の呼び出しが掛かり、首都インテラルラにて、黒の精霊が生み出した『黒き者』の発生を探知し、『守護する者』として罪の断行を執行する為に、テラを向かわせた事。
その争乱に於いて、テラが“リーザ・ラチェット”という少女を、罪を犯した一個の“存在”として処刑した事。
最後に、その母親となるアンナ・ラチェットによって処刑される事になったテラは、やがて予備身体に意識を憑依させ、今一度再び地の大精霊を『守護する者』。テラマテルとなって再起動した事。
新しい身体となって復活した──そんな時の彼女には既に、地の大精霊の気配が全く感じ取れなくなっていた事。
──地の大精霊が、いなくなってしまった事。
やがて同居人、オーサから説明を受けた事実。
自分がいない時に、桃源郷を囲っていた迷いの森に『黒の使者』と呼ばれる者が現れ、その者が地の大精霊をアースティアから無き者とした事。
─────
そこまでの事は、レオンやフォリーからの説明を受け、大体は分かってはいた事だ。
だが、俺……“俺達”には、どうしても彼女──テラマテル本人の口から直接聞いて確認しないと気が済まない事があったのだ。
『アル……?』
『……ああ、分かってるよ。ノエル』
───
俺は彼女、テラの虚だが、澄んだ光を湛えた黄緑色の瞳の顔に向けて、そっと問い掛けた。
「テラってさ。ロッズ・デイクの首都だっけ? そこでリーザっていう女の子の首を刎ねたんだよな……つまりは命を奪ったって訳だ。彼女はただ、黒い奴に操られて自分の父親を殺したっていうじゃないか? リーザって娘に罪はなかった筈……何故そこまでしたんだ? それが未だに、私には信じられないんだよ……」
『──アル……』
頭の中で静かに響くノエルの悲し気な声。
「でお。それを疑問と感じる? だけど──」
彼女のツインテールの髪が後ろにサアッとなびく。
「それがテラのすべき事だから──」
───
テラ──彼女はそう言うと、俺から顔を背け正面を向く。
「キュイ……?」
彼女の両手で抱えられた小さな竜が、テラの事を見上げ小さく鳴いている。
そんな彼女に目を向けると、俺の目に入ってくるのはテラが虚な目で地面をじっと見つめている姿だった。
そしてその黄緑色の瞳は微かだが、涙のようなもので滲んでいるようにも見えた。
……テラ……やっぱり彼女は──
だったら……それだったら!
「テラ。君がそのリーザって娘の命を奪った時、何を感じた? いや、絶対に何か感じた筈だっ!」
「分からない──」
躊躇なくそう呟く彼女。
「テラ……」
『テラちゃん……』
テラは顔を上げ、再び俺の方へと振り向いた。
その無表情の顔には、明らかに涙に滲む瞳の姿が──
「分からない。だけど、その後。何故かテラの目からは涙が出ていた──」
「………」
『………』
……ああ、やっぱり彼女には──
『「“心”があるんだ……」』
────
やがて彼女は話の続きを語り始める。
───
復活を遂げたテラに、同居人オーサが告げた地の大精霊からのテラへの言伝て──
地の『守護竜』ウィル・ダモスが何者かの手によって姿、形を変えられ、テラの元へと送り届けられるように至った事。
そして地の大精霊。その存在はアースティアからはいなくなるが、この世界に於いて、我が子テラマテルと常に共にあり、いつでも見守っているとテラに伝えて欲しいと言った事──
───
……ん? 待てよ──っていう事はだ!
今のテラの腕の中にいる小っちゃい竜ってのはつまり……。
「テラ! もしかして君が今、抱いているのが──」
「キュイ??」
テラの腕の中の小さな竜が可愛らしく一声吠える。
「でおの想定を認識。テラ肯定──そう、これが地の『守護竜』。ウィル・ダモス──」
──えっ! マ、マジでっ!!
『えええぇぇ~~~っ!! ぐふっ──』
……って、それっていつもの俺のやつじゃん!
それに今、ふざけるのは止めてくれ。ノエルさんっ!!
───
「テラはその事実をオーサから知った。そんな時、不意に“あいつ”が現れた──」
俺とノエルがバカなやり取りをしている間に、テラが再び話し始めた。
「え? 不意にって……一体“あいつ”って誰の事なんだ!?」
………!!
……まさか、アノニムかっ!!
「“あいつ”は──」
俺のその問いに、テラはそう言い掛けると急に不自然と感じる様相で顔を下へとうつ向かせた。
「……キュイ?」
竜からは不安を漂わせる小さな声。
「地の大精霊がいない……ママがいない……まま……やだ、いなくなっちゃやだよう! まま、ままま、まま、まま、まま、まま、ままああああぁぁぁーーーっ!!」
───
──!!
こ、これは一体どうしたってんだ……。
『テ、テラ……ちゃん??』
ノエルが驚くのも無理はない。
そこには急に声色さえもまるで別人の幼子のような声となり、腕の中にあるおそらくは地の『守護竜』。その小さな身体を抱き締めながら、ひたすらに身体をワナワナと震わせ、大声で泣き叫ぶテラの姿があったのだったから──
「びえええええぇぇぇーーーんっっ!!」
───
一体何なんだ……これは……!?
「びえええぇぇーーんっ!……ひっくひっく……ええぇぇぇーーん!!」
───
地の大精霊を『守護する者』。おそらくはテラマテルは、ただひたすらに泣き続ける。
「キュイ!……ガウッ、ガウッ、ガウルルウゥゥ……?」
腕の中にいる小さな竜の問い掛けとも感じる鳴き声。
「!!──再度緊急事態発生。でお、今のテラには“もうひとつの意識が存在”している。おそらくは年齢五歳と思われる幼女。それがテラの身体に出現する事態に陥っている。でお、気を付けて──」
今まで号泣していたツインテールの少女、テラマテルが突然としていつもの彼女に戻り、淡々とした口調で俺に注意を促すような内容の言葉を話し出した。
その変化に大いに戸惑いながらも、俺は彼女に問い返す。
「え? 緊急事態って何なんだ? テラの身体にいる幼女ってどういう事なんだよ!?」
「でお!──ダメ。また──」
「キュイ?」
「……まま、まま、まま、まま、ままあああ……び、びえええぇぇーーんっ!!」
そしてまた幼い子供の声となって泣き叫ぶテラ……。
「びええぇぇーーんっ、! ひっく、ひっく、えええぇぇぇーーんっ!!」
「テラ。一体どうしちまったんだ……?」
『テラちゃん……何が……?』
「キュイ~ッ! キュイ? グアル? グアガガ?──」
「びええぇぇーーんっ! まま、まま、まま、まま、まま、ままああああああっ!!」
今度は小さな竜の訴え掛けも、もう届かない。
ずっと、“まま”と繰り返し、幼子の声となって悲し気に泣き叫ぶツインテールの少女。
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正直、今。彼女の身に何が起こっているのか? それさえ全然分からない。更に、それを止める方法も全く検討も付かない。
だけど泣いているのなら──
俺は泣き叫ぶテラの身体を、彼女の腕の中にいる竜ごと、そっと背中に手を回し、抱き締めた。
「テラ……分かった。悲しいのは分かったよ。確かに君の“まま”はいなくなってしまったかも知れない。だけど、君にはまだ俺がいる──」
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「……ひっく、ひっく……あたしには、まだ、誰かいるの……? 本当!?」
泣き止もうとする幼い声に──
「ああ、君には俺が……“俺達“がいる!」
『うんっ! そうだよ。だから、もう泣かないで……』
俺とノエルの言葉に、テラの姿をした幼子が、涙でぐちゃぐちゃになった顔を、にぱーっと笑わせた。
「……ぐ、ぐすっ……うん。もう泣かないよ……ギュッとしてくれてありがと。あなたのお名前はなんていうの?」
俺の腕の中で、満面の笑顔となって見上げるテラの姿をした幼女。
「俺……い、いや私の名前はデュオ。デュオ・エタニティ。デュオって呼んでよ」
「でゅお?……“でゅお”。なんかいいお名前だね? よろしくね。でゅお姉ちゃん!」
目を爛々と輝かせ、そう答える彼女に俺は問い掛けた。
「うん、よろしく。それで君のお名前は何ていうのかな?」
その俺の声に、テラの顔がふふっと笑う。
同時に脳裏に浮かぶアッシュブロンドの髪。不思議な輝きを放つ瞳の、幼い女の子の微笑む顔が──
───
「あたしのお名前は、レイ。“レイ”っていうんだよ──」