199話 再会
よろしくお願い致します。
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まるで俺達デュオの事を嘲笑うかのように、数え切れない程の蔦の化け物が妖しく蠢く。
そんな光景に俺の──デュオの口元が少しだけ歪にゆがんだ。
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………。
……そうかよ?
……そういう事かよ?
……あくまでそう簡単には行かせてくれないって訳かよ。
……は……ははっ……。
……はははっ……。
「──あっはっはははははははああぁぁっ!」
『……ア、アル……?』
訝しがるノエルの声。
こんな状況下、最早笑うしかない。
だが、別に無限に涌き出る敵の姿に、呆れておかしく感じ、笑ったっていう訳じゃない。
これが“正“、あるいは“負”となる“どちらの感情”なのか?
正直俺には分からない。
だけど、込み上げてくるような高ぶる、この──“感情”。
“俺自身である漆黒の魔剣”の力。
それを思いっきり振るう事ができる興奮に──
俺は笑っていたのだ。
───
「……ああ、沸き立つ──」
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──
やがて俺の頭の中に突如として現れる、朧気な例の“黒髪の女性”の幻影。
ジジッ……ジッジジ……
──ヴゥオンッ
───
──That is the uplifting emotion
(──それが高揚となる感情です)
……そう、なのか?
── Do you feel satisfied now? Master
(──貴方は今、満たされていると感じていますか? マスター)
“満たされる”?
……ああ、そうなのかもな。
──It's a very favorable condition
(──それは非常に好ましい常態です)
──I hope for further training
(──更なる鍛練を望みます)
───
そして“黒髪の女性”の姿は掻き消えた。
ヴウゥンッ──
── Dear My Master──
……ああ、分かってるよ──
───
『──アル!!』
現実に呼び覚ますかのようなノエルの声に、俺は二本の漆黒の剣を振りかざしながら、化け物どもの真っ只中に突っ込んで行った。
両の“魔剣”を巧みに操り、敵となる蔦の化け物をズタズタに切り裂き、殲滅する。
『大丈夫、ノエル。魔剣は至って平常だよ』
『……アル?』
『今の俺は魔剣の本来すべき事を実践してるだけさ。別に負の感情に陥ってる訳じゃない。だから、心配する必要なんてないよ。だって、“それ”に“正”や“負”なんてものは一切関係ないから──』
『──アル……?』
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さて、お次はどうしてやろうかな?
こいつらは化け物といっても所詮は木々となる者。だったら反する属性には弱い筈だ。
そうだな。“アレ”を試してみるか?
さぞかしよく燃えるだろうよ。
あの火竜エクスハティオと化した、クリスの心臓を突き刺した時に得たこの力を──
───
俺は斬り裂く剣をそのままに、ただ静かに口だけを動かした。
「──終焉の業火──」
瞬間、一際大きな魔法陣が頭上に浮かび上がった。
次に剣を振るう俺の目の前に、周囲から魔力を掻き集めるようにして渦巻く光源が出現する。
──ウオオオォォォォンッ──
轟く獣の咆哮のような異音。
そして目前の激しい光から鮮烈な閃光を伴い、現れる青い炎。
それが、まるで生きている大蛇のように、俺の身体を中心として、のたうつように駆け巡る──
それにより、辺りに蠢いていた蔦の化け物の大群が、音を発する間も与られず次々に消し炭となって崩れ落ちていく。
その名の通り、世界の終焉を連想させる灼熱となる青い炎。
──オオオオオォォーーンッ──
やがて周囲は蠢く化け物の姿はおろか、草木一本さえ残らない焼け野原となっていた。
感じるのは、シュウシュウと炎が燻る音と視界を微かに遮る白煙のみ。
目の前に広がるのは、まさに“滅び”となるそんな光景──
───
「ははっ、よく燃えたな! この力、さすがにすげーってとこかな──」
『……今のアル、何だか怖いよ……』
ノエルの少し怯えた声。
……ああ、やっぱり怖がらせちまったか。
『悪い。ノエル、怯えさせちまって』
『……う、うん……』
『だけど、さっきも言ったけどさ。俺は別に負の感情に取り込まれたっていう訳じゃないから。今の俺は、魔剣を信じて行動している。だからノエルも魔剣を信じてくれ!』
俺の言葉に、彼女は戸惑いながらも元気な声で応じてくれた。
『う、うんっ! 分かった。信じてるっ──!!』
───
──ウオオオオォォォォンッ──
青い炎が放つ咆哮は鳴り止まず、その音を耳にしたまま、俺は二本の剣を構え奥へと進んで行った。
──ギャピッ!
──ギュチッ!
煙る視界の外から何体か蔦の化け物が現れ、それを斬り払い、更に奥へと進んで行く。
やがて──
───
『アル、ちょっと待って……何か聞こえない?』
ノエルが俺を呼び止めるように、静かな念話の声を頭の中に響かせた。
『──え?……って……そうだな。確かに何か聞こえるな……』
そう。それは彼女の言う通り微かに聞こえてくる何かの音──
いや、これは人の……嗚咽の声??
───
そして俺達は、その声を発する元へと向かって行った。
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「びえええええぇぇぇーーんっ!!」
明確になる幼い女の子の号泣の声。
そこには焼け野原となった地面に、内股となってへたり込み泣いている少女の姿だった。
───
「あの姿はまさか──!」
『──テラちゃん!?』
泣いている少女の姿は、翡翠色のツインテールの頭に、白いワンピースと編み込みのサンダル。
格好は違うが、まさに昨日会ったテラマテルに違いなかった。
そんな女の子が、地面に座り込み、上を見上げながら一心不乱にただ泣きじゃくっている。
だが、テラって子は、あんな風に泣いたりするような子だったか?
そう疑問に感じたが、とにかく。
「テラ!!」
『テラちゃん!!』
俺達は急いで彼女の所へと駆け出した。そんな時──
──ビッターーンッッ!!!
俺の顔面に、何かがぶち当たってきた。
「……ぐっ、ぐえ……」
突然の衝撃に、思わず声が漏れる。
何も考えず急ぎ過ぎて、全くの不意打ちだった。
ふ、不覚なり……ぐふっ──
『……ア、アル??』
───
「グウゥアッ!!……グルルルルウゥ──」
……ん? 何だ。この鳴き声は??
衝撃の痛みで顔を手で押さえ付け、うずくまっていた俺の耳に、不意に何かの獣のような声が聞こえてきた。
俺はそれを確かめる為、顔を上に上げる
「……グルルルルウゥゥ」
『「……??」』
そこにはへたり込んで泣いているテラの前で、威嚇するように、地面に低く身構えた一匹の黄色いトカゲのような生き物の姿だった。
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『何? この生き物……太っちょいトカゲなのかな? だけど、この子。ちょっとかわいいかも……』
『た、確かに……でも太ってるトカゲっていうよりは、大トカゲの子供みたいな感じだな』
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「グルルルルゥ……グアゥッ!」
大トカゲの子供みたいなのは、まるでテラの事を守るみたいに、俺達の事を威嚇し吠え続けている。
……でも待てよ。こいつ、二本の角に、背中に翼も生えてないか?
よく見ると鱗に覆われた身体は黄色ってよりも金色に見える気がする。
それに、何より金色の瞳──
姿は全然違うけど、こういう雰囲気の生き物と前に会った気がするな……?
確か、最果ての孤島。そこで戦った“竜”と何となく雰囲気が似ている気がする……。
──って事はだ。
───
「グルルルルルウウゥゥ……」
目の前のこいつは──
──“竜”の子供??
「グルルルゥゥ……グァウッ! グァウッ! グルルルル……」
目の前にいる丸々とした身体の小さなトカゲらしき生き物の姿に目をやりながら、俺はノエルに念話で話し掛けた。
『こいつってさ。トカゲじゃくって、もしかしたら竜の子供か何かじゃないのかな?』
『竜の子供……?』
『ああ、多分だけどな。前に言っただろ? この大陸に来る前に竜と戦った事があるってさ。何となくだけど、こいつと雰囲気が似てるんだよ』
『……へぇ~、そそ、そうなんだ? ド……竜ね……』
俺のその言葉に、彼女は急におどおどとした口調になる。
ふふっ、竜と聞いてかなり怯えたみたいだな。
まあ、無理もないか。
だって最近、あの古代竜でもあり、凶悪で強大な火竜エクスハティオの幻影と遭遇したばかりだったもんな。
まあ、でもこいつはこんなに小っこいし、竜とはいってもおそらくは幼体だから、そんなに恐れる必要もないだろ?
実際、丸々としてて結構可愛いしさ。
「グルルル……」
そう考えながら、俺は地面に伏せ身構える小さな竜の幻体に少しずつ近付いて行った。
『ちょっとちょっとちょっと! アルっ、一体どうするつもり! いくら子供っていってもあの竜なんだよっ!!』
大げさに怯えるノエルの声に、俺は少し笑いながら更に竜の幼体に近付き、しゃがみ込んだ。
『そんなに怯えなくても大丈夫だよ。ほら、竜つったってこんなに可愛いじゃんか。子犬をあやすみたいにしてやったらいいんだよ』
そう答えながら、俺は威嚇し続ける竜の幼体に手を差し延べる。
『……とはいったって……』
「平気だって、ほ~ら、よ~しよしいい子だ。さあ、こっちにおいで──」
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「えぇ~~んっえぇ~~んっ! すんすん……」
「……グルルルルウウゥゥッ……」
テラらしき少女はまだ泣いている。
そんな彼女の元に行かせまいと、可愛らしい顔を無理に厳つく取り繕っている小さな竜は、手を差し延べ、ニコッと微笑む俺の姿を見て次第にしおらしくなっていった。
「グルルル……」
「ほ~ら、大丈夫だから」
「グル……──キュ……キュイ!!」
低く発していた唸り声が、急に高く可愛らしい鳴き声となる。
見ると、すっかりと緊張を解かせた小っちゃな竜が金色の瞳を輝かせながら、まるで主人と慕う飼い犬のように、こちらへと駆け出して来る様子が目に飛び込んできた。
『え、嘘! アルって凄いっ!!』
ノエルの驚きの声に、俺は少し得意気になりながら、こっちへと無邪気に向かって来る竜の幼体を迎い入れるべく、しゃがみ込んだまま両手を広げた。
「さあ、おいで──」
「キュイイィ~~ッ!」
そして……。
──バチコオオォーーーンッッ!!!
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「──ぐ、ぐふ!!」
「ガアルッ!! ガグルルルウウゥゥ……!!!」
『あ~あ……だから言ったじゃない。アル……』
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そこには小さな竜の不意打ちとなる体当たりを再び顔面に受け、苦痛にうずくまっている俺の姿があったのだった。
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……い、痛ててっ! くっそーーっ! このクソチビ竜の奴め!
猫かぶってた訳かよ。すっかり騙されてしまってたわ!
バチコーーーンだって?
─ったく、あり得ねー擬音を出しよってからに!
痛っ、ててて。くそっ……こんちくしょう!!
「グルガアアアアァァーーッ!!」
『──あ! アルっ、危ないっ!!』
痛みに顔を手で覆い隠していた俺の耳に、竜の雄叫びと、ノエルの訴え掛けとなる叫び声が同時に木霊する。
──はっ!!
俺は咄嗟に身構えながら前方を見た。
そこには再び小さな身体の竜が、自身の精一杯となる咆哮と共に、飛翔し、突っ込んで来る姿が確認できた。
「──グガァルルルッッ!!」
しかし、それは既に顔の直ぐ間近にまで接近していて……。
まあ、極端にいうともう一度顔面に強烈な体当たりを食らうハメになりそうだという事だ……。
あ~あ──
「──こんちくしょうめっ!!」
もう一度痛い目に合う覚悟を決めたその時──
「ウィル、緊急停止──!」
急に女の子の声が響き、それに応じるように、今まさに俺の顔に触れようとする竜の身体が、まるで冗談のようにピタッと空中で停止するのだった。
「キュイ~~ッ……」
竜の幼体がしおらしい鳴き声と共に、宙をパタッパタッと飛びながら、後ろへと振り返る。
「ダメ、ウィル。攻撃中断。それを迅速かつ即急に要求する」
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それは今まで地面に伏せて、幼い子供のように、ずっと泣き続けていたテラらしき少女が、今まで泣いていたとは到底思えない無表情な顔でこちらへとスタスタ歩いてくる様が伺えるのだった。
俺達は思わず彼女に向かって声を上げる。
「──テラっ!!」
『──テラちゃん!!』
そんな俺達の声に、彼女は無表情のまま口を動かした。
「でお──」