【7】
大広間を抜けて、クレイグを先頭に魔王城の中心部に向かった。
パーティーの誰一人として、言葉を発する者はいない。足音も可能な限り殺している。おそらく、葬送の行列だろうとこれよりは賑やかだったに違いない。押し黙った四人は時折目配せしながら、自分達に気付いたものの気配がないか確認する。いちいち足を止めて、城の静寂が保たれていることに安心した。
これ以上ない恐怖と共に、パーティーは前に進む。
廃王国の支配者は竜である。
もはや、神話の領域に位置する常識外の化け物。その前に立てば、どれだけ勇猛な戦士だろうと震えあがる。鍛え上げた技も、高価で上等な剣や鎧も役には立たない。生物としての器が違う。喰うものと喰われるもの。奪うものと奪われるもの。強きものと弱きもの。何にしろ、こちらが気付く前に、あちらに気付かれた場合、待ち受けているものは確実な死である。
「待て」
パーティーの前には扉があった。
クレイグは足を止めて、手元の地図を何度か入念に確認する。
「この先だ。準備はいいか?」
「準備? 今さら、武器の手入れでもする?」
レンリエが乾いた笑いを浮かべる。
クレイグは冗談に付き合わない。
「心の準備だ。さあ、祈っておけよ」
そう云いながら、クレイグは扉をわずかに開いて先に進んだ。
「なんと――。これは、なんという……ああっ!」
薄暗い城の通路に比べて、扉の先は光が満ちていた。
パーティーの現在地は、四階か、五階か――どちらにしろ、上層階にいる。扉の先には、左右に回廊が続いていた。回廊は円形にぐるりと伸びており、円の内側には広大な中庭が存在していた。
正確には、魔王城はこの中心地点を守るための防衛砦に過ぎない。
中心たる土地の、さらに中心にあるものは浮遊塔である。
魔法の仕掛けが生きているらしく、大戦争から十五年経った現在も高度を保っていた。
「だ、旦那。どうしたんです?」
パーティー全員、ここまで音を立てないように進んで来た。
頼れるリーダーであり、いつでも冷静沈着なクレイグ。そんな彼が思わずと云った様子で、大きな感嘆の声を漏らした事に、バドンだけでなく、レンリエとシャーリーも非常に動揺したらしい。
クレイグの後を追って、三人も急いで扉の先に進む。
すると、彼らも息を呑んだ。
「なんて、すごい」
レンリエがつぶやく。
子供のような感想しか出て来ない。
見惚れる、というのはこんな感じなのだ。
「旦那! すげえ、こんなのもう、どうしたら……」
バドンは誰よりも大きな声を上げた。
幸いにして、竜は不在のようだった。
四人がそれぞれ口を押さえると、再び静寂が戻って来る。
「大丈夫、みたいですね」
シャーリーが胸を撫でおろし、それから改めて見上げていた。
この場で最初に目に入るものと云えば、天にまで届かんばかりの浮遊塔である。
「この塔も、圧巻ではあるが……さすがに、これは……」
クレイグのような男でも、まだ興奮の波が収まらないらしい。
これだけの規模の浮遊塔は他に類を見ない。しかし、今、彼らが目を奪われたものは別にあった。浮遊塔を中心とする中庭は元々、侵入者を拒むために底が抜けたように深く掘られている。この上層階からは地獄をのぞき込むようにも見えただろう。それがどうした事か、底なんてまったく見えないのだ。
辺り一面、全て、埋め尽くされていた。
太陽の光を受けて輝く様は、まるで黄金の海である。
文字通り、山のような金貨。それだけでなく、宝石や装飾品の類もたくさん埋もれている。価値がある貴金属ならば手当たり次第と云わんばかり、重厚な甲冑や宝剣も目につく。
「おとぎ話の、宝の山みたいな……」
そんな風に途中まで云いかけて、シャーリーは言葉を失くしている。
大国家の金庫をこじ開けても、こんな夢みたいな光景は広がっていないだろう。世界一の商人だろうと、これだけの金銀財宝を一度の人生で集めることはできない。人の手では無理である。こんな事ができるのは、より大きな身体を持ち、より大きな欲望を持ち、人間を焼き尽くし、何もかも奪い尽くして、それが当然と思って生きている化け物だけである。
すなわち、これらは竜の財宝である。
「……まあ、落ち着け」
まるで自分に云い聞かせるように、クレイグがつぶやく。
「金貨の一枚だろうと、絶対に拾おうとするな。わかっていたはずだ。廃王国に入る前に何度も打ち合わせはした。この場所がこんな風になっていることは……いや、さすがにここまでの景色が広がっているとは想像もできなかったが――。それでも、あの忌まわしき竜が金品をため込んでいることは承知の上だったはずだ」
レンリエが無言でうなずく。
「で、でも、旦那……」
バドンが反論した。
「これだけのお宝を前に、手を出すなってのは――」
「手を出すな。何度でも云うぞ。死にたくなければ、絶対に手を出すな」
誘惑を振り払うように一歩踏み出し、クレイグは三人を振り返る。
「計画は予定通り。手に入れるものは、たったひとつだけだ」
彼らは冒険者である。
冒険者は所詮、はぐれ者。社会の底で生きる者たちである。クレイグはそれを自覚しつつ、冒険者らしくないプライドも併せ持っていた。コソ泥になるつもりはない。そもそも、金目の物が欲しくてこんな場所まで来たわけではない。当初の目的を果たす、それこそが何よりも優先される。
クレイグはきっぱりと告げた。
「勇者の剣を回収する。俺たちの目的はそれだけだ」