表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方逆接触  作者: サンア
65/66

正邪ちゃんのドキドキ新妻生活話



(新妻要素は)ないです。






 鬼人正邪にはプライドがある。誇りというよりかは、つまらない意地だ。


 しかし、そのプライドは最強の鬼といっても遜色ない星熊勇儀に認められていた。


 反骨と反逆の塊。他人をからかう為に命をかける天邪鬼という弱小妖怪の、ちっぽけなプライドを、だ。


 拳と拳ではなかったし、見様は完全に無様であったが、それでも確かに、正邪は勇儀とぶつかりあったのだ。


 勇儀はそう思っている。が、正邪にそんな意識はなかった。


 今回の件もそうだ。また大妖怪が自分を良く見せる為に私を使った、と卑屈にとらえていた。


 だからこそ、彼女の反骨と反逆は高まり続けるのだが……。


「……んあっ」


 目覚める。上半身を起こし、寝ぼけ眼を擦りながら盛大にあくびをし、グッと背筋を伸ばす。


「さむっ」


 終わると身体をブルッと震わせた。ようやく秋を感じる気温になってきたか。


「はぁ」


 溜め息を吐いてごろんと転がる。が、寝付けない。すっかり早起きが板についてきた。


 今日は博麗神社に行く日じゃない。まあ好きな日に行っても構わないが、予定はしていない。


 鬼の集会、という名の飲み会にも誘われてない。なんであの勇儀って奴はやたら私を誘うんだ……。


 姫のお茶会もなかったはずだし……。


「フフッ」


 乾いた笑いが込み上げた。天邪鬼なんて言っておいて、随分予定に縛られているのを自嘲したのだ。


 昔ならこんな時嫌気がさしたものだが、最近は悪い気分じゃない。


 それもこれも、


「ご飯出来たよ」


「あ、はい」


 彼のおかげだ。


 そうだ、彼が来てたんだ。彼の着物にエプロンを付けた喫茶店女給のような姿に、微かに残っていた眠気が吹き飛んだ。


 同時に高速で覚醒した脳が、本日の予定を読み上げていく。


『彼より先に起きてご飯を作る』


 初っぱなから失敗である。


「あ、ぅ、おあ」


 テンパって言葉がつまる。そうだ、そういえば昨夜あんな事やこんな事を致してから正邪の服装はそのままだ。


 矢印模様のパジャマの上衣を羽織っているだけの状態だ。


「待ってるね」


 彼は視線を外して言うと、とことこと居間の方へ歩いて行った。


 正邪は真っ赤に染まる顔を両手で押さえた。





 ポリポリ、ポリポリ、漬物を咀嚼する音だけが居間に流れている。


 いや、外から近所の住人の話し声が聴こえてくる。もう少し耳をすませば、繁華街の喧騒までも届いてきた。


「おかわり?」


 空になった茶碗を持ってボーッとしていると、彼が聞いてきた。思案しているように見えたらしい。


「あ、はい」


 正邪はほぼ反射で答えた。彼は正邪から茶碗を受け取り、傍らのおひつから白飯を盛り、正邪へ手渡す。


「ありがとう」


「ん」


 そしてまた漬物の咀嚼音が始まる。もちろん、他にもおかずはある。煮物や焼き物を咀嚼して周りに聴こえる程音が立つのは、行儀が悪いだけだろう。


 正邪は咀嚼を繰り返しながら思案していた。おかわりするかどうか、ではなく、この後どうするかを、だ。


 予定では、町へ買い物に行くつもりだ。


 具体的には、服とか小物を見て回って、お弁当とお酒を買って、町を一望出来る高い丘でピクニックの後に、温泉街でお風呂……といった感じだ。


 温泉の後は、勇儀の元に彼を送り届けることになっている。


 それを思うと少し苛立った。彼を二日も独占出来るとは思っていない。


 しかし、勇儀に良いように使われているというのが、気に食わない。非常に気に食わない。


 もちろん、勇儀にそんなつもりはない。むしろ、正邪を信頼しているからこそ、決して安全とはいえない地底の道中、彼を任せることが出来るのだ。そうでなければ、自分から迎えに行くと言うだろう。


「正邪、お前さん、私んとこに彼を送ってくれるかい?」


 彼との予定を決める最中、こういう会話があった。正邪は反射で答えた。


「は、はい」


 自分も彼と過ごしたいと、主張出来るほど強い妖怪ではなかった正邪は、そうやって彼との予定を手にしたのだ。


 普通なら、勇儀に感謝すべきところなのだろう。しかし正邪は天邪鬼、強者が差し伸べた手を払い除ける妖怪だ。


 正確には、差し伸べた手を取り、充分に引いてもらってから離す……悪どい生き物……のはずだった……。


「あ、あの……えっと……で、で……」


 彼は正邪の目をジッと見詰めながら言葉を待つ。これに正邪は益々焦り、詰まり、しどろもどろに赤面していくのだ。


「で、出掛けま、しょ……?」


「ん」


 それでも頑張って言い切った。彼はすぐに頷いてくれた。


 これを天邪鬼といっていいのだろうか……。





 繁華街は日夜喧騒が絶えない。辺りを見回せば、殴り合いの喧嘩くらいならすぐに見付かるだろう。


 面白いのは、血飛沫や歯の欠片が舞う喧嘩の隣では、何の問題もないと普通に店が営業されてるところだ。


 人里なら自警団、場合によっては上白沢慧音までも駆け付ける事態だというのに。


 決して、地底に秩序がない訳ではない。秩序そのものが人里と大きく異なっているのだ。


 恐らくあの殴り合いは、人里でいうところの、子供の口喧嘩、くらいの事なのだろう。


 さて、彼とのデート中である正邪はそんなものには目もくれず、目的地の服屋へ入っていた。


 洋服屋だ。意外かもしれないが、地底もファッションは多様化している。外の世界のファッションは移り変わりが早いのか、飽きて忘れてしまう者が多いのか。


「これ、暖かくていいかも」


「ああ、うん、確かに」


 二人は寒くなる季節に向けて、羽織るような上着を物色していた。


「動きやすいのも良い」


「うん、着込むと動き辛いから……」


 唐突であるが、正邪は寒くなると着込むという当たり前の思考にショックを受けた。


 それはつまり彼が、彼の肌を目にする機会が……こう考えてしまったのだ。


 いやまあ彼の魅力はそれだけではないし、着込む服にもまた魅力は存在するが、肌の露出は本能的にわかりやすい。


 その分、暖かい季節を楽しめばいいじゃないか。と自己解決し、物色を続ける彼へ目を向けた。


 着物、ではあるのだが、どことなく姫……少名針妙丸の着物に似ている。


 赤い和服の斜線模様は針をイメージしているのか、黒い帯は彼女が被る黒い椀を思わせる。


 彼が針妙丸の着物を着ているのに不思議は感じない。着こなしているからだ。


「正邪」


「なに?」


 そんな彼に見惚れていた正邪は、またしても反射で返事をした。


「次は、どこに連れていってくれるの?」


「あ、ぅ……お、お弁当、買いに……行こっか?」


「ん。正邪は服、なにか買う?」


「大丈夫! 大丈夫、行こう!」


 楽しんでくれているということなのか。彼は微笑んで正邪に語りかけた。


 とても、とっても美しい笑顔だった。油断していると、彼はこういう不意打ちでこちらを幸せにしてくる。


 ちくしょう大好き。





 地底というとゴツゴツした岩肌をイメージするが、草原のようなものもある。


 芝生の方が近いか。買った弁当と酒の入った紙袋をドサッとその芝生に置く。


「あっと……気をつけなきゃ」


 少し乱暴にして、弁当が崩れたか心配になったらしい。


「大丈夫、味は変わらない」


 彼は繊細なようで豪快なところがある。


 そんな彼の言葉に正邪は安心感を覚えた。


「地上ほどじゃないかもしれないけど、悪い景色じゃないと思うよ」


 正邪は町の方を紹介するように手を差し出した。


 緩やかな丘を下っていく。最初に見えるのは長屋だ。連なった家屋からは炊事の煙が上っている。


 進んでいくと次は平屋による住宅街。長屋のように平な屋根ばかりではなく、三角形のものや、平でも高さが違い、その凹凸が荒波を思わせた。


 更に進むと、次は屋敷と呼ぶに相応しい豪華な建築に変わっていく。屋根瓦も立派で、囲いの壁に龍の絵を描いたりと細かく装飾したものまであった。


 その先は堀を挟んで商店街、繁華街へと続いている。


 もっとジッと目を凝らせば、長屋の周りで走り回る子供や、平屋の合間で井戸端会議をする主婦、屋敷の庭で植木の手入れをしている職人、と妖怪達の姿が見えた。


 豊かな自然などはない。しかし、営みが感じられる良い光景だと思った。


 かつての正邪は、この光景に何かを感じたりはしなかった。ただ情報を集める為に、見晴らしの良い場所を探して、見つけたのがここだった。


 ここで耳をすませ、目を凝らし、妖怪達の弱点を、脅しの材料を……この世界に下克上を叩き付ける手段を……いつも身体を満たしていた反骨と反逆を発揮する場所を……探し続けていた。


 そうして見付けたのが霊烏路空や針妙丸だった。そして着々と準備を進めていった。


 弾幕ごっこ、異変、人間による解決。このシステムに喧嘩を売り、覆す。


 何もかもを決心した。自分が起こす異変で、幻想郷が崩壊すると考えたら、笑いが止まらなかった。


 だが正邪は彼に出会った。彼に触れた。彼を想った。彼が大好きになった。


 すると今まで愉快だった計画が、異常に不愉快に感じられた。当然だ、この計画は彼を困らせるものなのだから。


 自身の変化に驚き、戸惑った。そんな時に、日課のようにこの丘を訪れると、世界が変わって見えた。


「素敵だね」


「だろ」


 今度は反射じゃなかった。彼とこの光景を共感出来ると、信じていたからだ。


「へへっ」


 正邪は彼の前でグッと腰を曲げ、両手を後ろに組み、上目遣いで彼を見上げた。


「ん?」


 そのままジリジリと彼へ寄って、ピタリと額を胸に押し付けた。


「……お弁当の前に、さっ」


 そのまま顔を横にして、彼の左胸に耳を当てる。


「ちょっと……運動……しない?」


 直前まで、正邪にそんなつもりはなかった。胸にすり寄って少し甘えさせてくれたら、それで良かった。


 彼が正邪の肩を優しく包んだ。髪から漂う甘い香りに正邪の脳が蕩ける。


 そんな香りや、正邪の言葉に一々反応する鼓動で、情欲に火がついてしまって……口に出た。


「いいよ……正邪の好きにして」


 トクン。彼の鼓動が少し速度を上げた。


 こんな言葉を囁かれては、もう正邪に自制は効かない。昨夜よりもずっと激しくなるだろう。


 正邪は高い声で笑うと、顔を上げ、彼に口付けを交わしながら押し倒した。



新妻正邪はいつかリベンジします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ