水遊び話
ナズーリンはゆっくり、極めてゆっくりと彼を平らな岩場へ座らせた。
地面へ押し倒しては、彼の柔肌に傷を入れることになるからだ。
現状のナズーリンが欲望の赴くままに行動する餓えた獣であっても、彼に乱暴を働くなんてことは有り得ない。
だが、理性らしきものは失せているだろう。川の水に濡れて光る肢体に、ナズーリンはゆるりと股がる。
片手を彼の後ろ首へ、もう片手は肌に張り付いた彼のスパッツに。
腰からスパッツへ指を滑らせる。心臓が跳ねる。彼のもっとも熱いところに触れたからだ。
「君の泣き声が聴きたい……そんな気分だ」
スパッツはゆっくりと下ろす。彼は抵抗しない。ナズーリンがそうしやすいように腰を動かすくらいだ。
「ありがとう……じゃあ、しようか」
茹だるような熱気に、灼熱を浴びせる太陽に、二人は汗を流していた。水に入ったばかりだというのに、もう体温が上がっている。
「うん……ん」
返事を聞いてナズーリンは口付けを交わした。お互いの鼓動が聴こえる。
紅潮した頬に、額から流れる汗、そして川のせせらぎに混じるお互いの鼓動。
彼も、ナズーリンと同じくらいには、ドキドキしているらしい。
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暦の上ではもう秋だというのに、残暑はまだまだ厳しいもので、命蓮寺の縁側に寝転がるナズーリンも暑さに参っていた。
「……氷……かき氷が食べたい……」
「ああ……いいですねぇ……私も食べたい……」
ナズーリンの隣では肌着姿の寅丸星が、ぐでんと寝転がっていた。
「……ご主人、買ってきてくれ」
「……いやあ、ここはナズに任せます」
はしたない姿、などと叱ることもせず、それどころかおつかいの押し付けあいが始まる。
「……買ってきたとしても、道中で溶けてしまうな」
「……それは、盲点でした……」
「まったくだ」
ナズーリンは起き上がると額に浮かぶ汗を拭い、大きく息を吐いて立ち上がった。
「ので、私は食べに行くとする。その後は川で涼もうかな」
「ああっ行きます! 私も行きます!」
「その格好でかい? さっさと着替えるんだね」
すたすたと歩いていくナズーリンを見て、慌てて部屋に走り着替える星。
ナズーリンはフフっと笑いつつ、自身も部屋に向かった。泳ぐつもりはないが、念の為、水着を持って行こう。
「ナズーリン! 大変です! 財布を無くしてしまいました!」
下着姿の星が飛び出してきた。滑り込むようにナズーリンの前に膝をつき、懇願するように手を取る。
「じゃあ私は先に行っているね」
「あわわわわ待って! 待ってて下さい!?」
主人の相変わらずのうっかりと、ぶるんぶるんと弾む肉体が、ナズーリンの眉間へシワを寄せた。
「ご主人、君ももう母親なのだから、そろそろ自重してくれると助かるのだがね」
「はい……ところで水着もいりますよね?」
「ご主人?」
「はい」
うっかりで天然な星には、ナズーリンの小言はあまり効かない。
だから何度も無くすのだろう。従者が優秀だと、どうも油断してしまう。
「教える立場の者が相手の話を聞かないでどうする? もう……今回は私が出してあげるから、とりあえず着替えなさい」
「はぁ~い」
とぼとぼと部屋に戻って行った星を見送り、懐の財布へ手を伸ばす。
「軽いなあ……軽いなあ~……」
さてあの大食いはどれだけ甘味を貪るだろうか。ナズーリンは溜め息を吐くと、自室へ向かった。
「へそくりを持っていこう」
悲し気な呟きだ。
里の甘味処にて。ハングリータイガーの食欲は止まることを知らず。
「すいませーん! みつ豆下さーい! あと白玉ぜんざいも追加で!」
奢ってもらっている自覚はあるのだろうか。バクバクムシャムシャと、美味しそうに舌鼓を打って。
「あきれた食欲だな」
「私なんか夏バテだっていうのに……」
里で偶然合流した村紗と一輪が、苦笑いを浮かべて星を眺めていた。
二人とナズーリンの前には、半分ほど減ったかき氷が置かれている。ガラスの器が涼しげだ。
「しかし、暑いな」
「うん」
「冷たい物が美味しくて良いじゃないか」
「すいませんこの煮込み雑炊っていうのは? あ、正月だけ……」
村紗は帽子を、一輪は頭巾を取っていた。夏は特に蒸れる。髪を後ろで結っているのも、少しでも首筋に風が当たればと思ってだ。
「四人全員がポニーテールってのも面白いな」
「ジャージってのも面白いわ」
「たまの休みだ。気楽に過ごそう」
「じゃこの煮込み雑煮は? これも正月だけ……」
それぞれの服装はジャージ。色は各々髪色に合わせている。
村紗と星は上着を脱いで腰に巻いていた。半袖のTシャツが汗で張り付いて、身体のラインが浮いている。
Tシャツ姿じゃない一輪も充分にラインは浮かんでいる。
「くそが」
「どうしたナズーリン?」
「何でもない」
「じゃあどうして睨むのよ?」
「自分の胸に聞いてみろ」
「はむっ! はふっ! はふっ! はふぅっ!」
村紗が吹き出した。
「上手いこと言うな」
「うるさい黙れ」
「なんなのよ……もう」
「げっぷ、ふぅ」
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星が満足すると、ナズーリンはほとんど空になった財布を懐に川へと向かった。
予定のなかった村紗と一輪もついていくことに。
「せっかく冷えた身体も、この暑さじゃなあ」
「早く川に行きましょ……」
流れる汗と上昇する体温に早足になる一行。
目的地は滝行への道の途中にある川だ。慣れた道のりである。
十数分歩いて、川が視界に入ると村紗が走り出した。飛び込むつもりである。
服が濡れようが知ったことか。今はただこの暑さから解放されたい。
「ちょ!?」
一輪が制止の声を上げようとした瞬間、盛大な水音と共に水飛沫が舞った。
「びしょびしょ」
小さな声をナズーリンは聞き逃さなかった。ナズーリンだけではない。
村紗に続いて走り出そうとした星も、やれやれと呆れの表情を浮かべた一輪も、心地好い冷たさに身を委ねようとしていた村紗も、確かにその声を聞いた。
ナズーリン達からはまだ視界に入らない。だが村紗にはしっかり見えていた。
村紗が上げた水飛沫に服を濡らした彼の姿が……。
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土手になっていて見えなかった。村紗は彼を飛び越して川に飛び込んだ訳だ。
「にしても軽率だ。一歩間違えば彼が怪我をしていたぞ」
「サーセン」
「こいつ……」
ナズーリンの叱責に適当に返す村紗。反省していない、のではない。ナズーリンの尻尾が彼の手首へ絡み付いているのを見ると、真面目に謝るのがバカらしくなったのだ。
「まあまあナズーリン。村紗もわざとやった訳ではありませんし、怪我もなかったのですから」
「しかしなご主人……その水着いつ買ったんだ?」
「信者の方にいただきました!」
星は、虎柄のビキニを着ていた。かなりきわどい。上乳も下乳も横乳もあり、尻の露出面積も広い。
「似合いますか?」
「まあ、似合うけども……」
煩悩全開なプレゼントだな。仏門の信者がそれで良いのだろうか。いや、本当に善意からの贈り物かもしれない。無闇に疑うのは良くないな。
「あ、着ている姿を写真に撮ってくれと頼まれてました。天狗さん以外でカメラ持ってる方は――」
「ご主人、その信者の名前を教えてくれ。私からもお礼を言っておこう」
「はい?」
ナズーリンは煩悩全開なプレゼントだと確信した。
「それはそうと、ナズーリンの水着は可愛いですねぇ」
「……きゅ、急になんだい……」
ナズーリンが着ているのは灰色の、ネズミ色のワンピースだ。
腰はスカート状にヒラヒラとしていて、水着というのはわかっているのだが、チラチラとする逆三角形にどうしても目線を向けてしまう。
正面からは単純に可愛らしいデザインだが、背面からはガラッと印象が変わる。
ざっくりと腰まで開いた背中。布を支えるのは×字に重ねた細い紐のみだ。
ナズーリンは起伏のない……というか幼児に近い身体をしているが、首筋にふわりとかかった後ろ髪と開いた背中を合わせると、とても子供には見えない。
内面の成熟さが浮き出ているようだ。
「ねえ、そう思いますよね?」
「うん、可愛いよ」
「……そ、そうかな……」
ナズーリンは頬を赤らめた。同時に彼に巻き付く尻尾の締め付けが強まる。
「私も可愛いと思うわおっ!?」
水に足をつけていた一輪が引きずり込まれた。無論犯人は村紗だ。
「ハッハッハ! 帰ったら一緒に洗濯しようね!」
「こんの野郎……」
「野郎じゃないでうぼあ!?」
手のひらに溜めた水を、スナップを効かせた投擲にて放ち、相手の顔面へぶつける。
聖から教わった技術、水弾である。
「水も武器になると、知れぇ!」
「待てっ! ちょ、痛い! マジで痛い!」
「一輪! やり過ぎです! 村紗に穴が空きます!」
「そんなヤバい技なのこれ!?」
野球投手のような投擲を繰り返す一輪を止めようと星が泳ぐ。
「うああっ! ナズゥ足つったぁ!?」
が、すぐに溺れた。
「準備運動をしないからだ」
ナズーリンは冷静に言うと彼を一瞥した。
「星は任せて」
「察しが良くて助かるよ」
彼は上着を脱いで水へ入った。腰ほどの高さである。落ち着けば、足がつっていたとしても、溺れないと思うのだが……。
「あれを止めるのは骨だな……」
ナズーリンは溜め息を吐くと身体を浮かび上がらせた。泳ぐより、飛んだ方が早いからだ。
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上着を敷いた地にごろんと寝転がる下着姿の村紗。少し離れたところでは下着姿の一輪が、眉間にシワを集めながら着ていた服をギュッと絞っていた。
二人の真ん中では、星が一輪を宥めたり、村紗を心配したりと右往左往している。
太陽に晒されて熱をもった岩に、衣服が張り付けられていた。薄手のトレーナーと、ジーンズ。
もしかしなくても、彼の衣服だ。
彼は三人から充分離れたところで、星のジャージを羽織っていた。
「……この暑さだ。すぐに乾くよ」
「うん」
ナズーリンは彼を見ないようにしていた。見てしまえば、多分我慢出来ない。
彼は、ジャージを羽織っているが、着てはいない。
チラリと覗く濡れた胸元は官能的だ。だがそれ以上に、見てはいけないのが下半身だ。
彼は三角座りをしている。が、ナズーリンは隣にいるので見えるのだ。
太ももから繋がる尻へのラインが……濡れて縮んだスパッツでキュッと強調された尻が……。
「そうだ。何か、予定があったんじゃ?」
「ぬえに呼ばれて」
「ぬえに?」
このままではマズイ。ナズーリンは疑問を投げ掛けて気を紛らわせた。
すると、予想以上に気になる答えが返ってきた。
「聖が、子供達と滝行するから来たらって」
「なんだ聖についていったのか」
御多分に漏れず、命蓮寺の面々も彼との子宝に恵まれていた。宗教的な云々は気にするな。
寺子屋に通っている年齢だが、今は夏休みである。
「毎日騒がしくてね」
ナズーリンは笑みを浮かべた。
「うちはこうやって、たまに誰かが面倒を見てくれるから、世間一般に比べれば楽なのかな」
集団生活の良いところでもあるのだろうか。今日は休日気分でゴロゴロしていたらしい。
「さて、呼ばれているなら早く……といっても乾かすのに早くといったら……火か、風、だな」
「慌てなくてもいいよ」
「いやそういう訳にも……っ!?」
鼻が熱い。血が流れている。原因はなんだ。つい、彼の方へ顔を向けてしまったからだ。
そして、見てしまったのだ。
食い込みを正そうと、スパッツと尻の間に指を挿入する彼を……。
ドバドバと溢れる血は、ネズミ色の水着を紅へ染めていく。
「……鼻つまんで、上向いちゃダメだよ」
「ひゃい」
そんなナズーリンを見て、彼が冷静に鼻血の対処法を伝えるが、逆効果だ。
血を流すことで興奮を排出していたのだ。その血が止まれば、興奮した脳はきっと彼に襲い掛かる。
既に、ナズーリンの脳内では彼の胸元に舌を這わせる自身の姿があった。
三人からは離れている。大声でも出さねば気付かないだろう。そして彼は、大声を出したりはしないだろう。
「ティッシュとかがあれば良かったんだけど」
「必要ないよ」
子供のことを語っていた穏やかな母親の目は、餓えた獣のそれに変わっていた。
鼻血が止まったナズーリンは、ギュッと彼の肩を掴んだ。
「少し、楽しませてもらうよ」
獣の笑みに、彼はやっぱり頷いた。
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「はぁーい! じゃあ始めますよー!」
聖は十メートルはあろうかという滝に打たれていた。ザーザーと流れ、岩肌を叩き付ける音に負けぬ声で、数メートル先に並ぶ子供達に告げる。
「覇ッ!」
天へと拳を突き上げる。
刹那、滝が、巨大な滝が、真ん中から真っ二つに割かれた。
充分に余韻を残すと、滝は元の形へと戻っていく。空にある雲の形が変わっているのは、気のせいだろうか。
「こんな風に、ギュッと力を溜めてドーンッ! と放つんですよ! さあ、みんなでやってみましょう!」
キャッキャッと騒ぎ始める子供達。それぞれ聖の真似をして拳を突き上げる。
「……お願い……早く……早く、来て……」
一連を眺めていたぬえは、死んだ魚のような目で小さく呟いた。
この後結局見つかってみんなで致しましたとさ。
超めでたしめでたし。




