赤い悪魔の愉快な話
レミリア・スカーレットは黄昏れる。
博麗霊夢が死んだ。人間らしく年老いて、家族に囲まれて畳の上で死んでいった。
好敵手の死に、レミリアは涙を流した。
十六夜咲夜が死んだ。淑女の嗜みだと老いを楽しみ、レミリア達に感謝を述べて死んでいった。
従者の死に、レミリアはやはり涙を流した。
霧雨魔理沙は魔女となった。もう数十年前のことだ。
「お前は死んでくれるなよ」
霊夢の葬式でレミリアは魔理沙に弱々しく囁いた。
「簡単には死なないよ。安心しな」
すっかり大人になった彼女は、涙するレミリアを抱き締めて答えた。
レミリア・スカーレットは天を見上げた。両手を広げ、真っ赤な瞳で太陽を睨み付けた。
チリチリと己の身体が焦げ付く。気分も悪い。だが、それだけだ。
この数十年で、レミリアは太陽を克服していた。
この程度では死ねなくなっていた。
彼が死んだ。彼は老いなかった。恐らく、彼に与えられた想いの影響だろう。
彼は老いず、いつまでも普段通りに働き、何の予兆もなくポックリと死んだ。
レミリアは涙を流し後悔した。
「私の眷属にならないか?」
ついぞ、言えぬ言葉であった。
「お嬢様」
「どうした?」
背後の声に振り返る。メイド服を着た少女が立っていた。彼女は現在のレミリアの従者だ。
咲夜に、よく似ている。咲夜の血を受け継いでいるのだから当然か。
「お祖母様が呼んでいます」
ピシリ、レミリアにヒビが入った。若干涙目にもなっている。
「ああ……断り、ますか?」
従者は全てを察した様子で提案した。レミリアは首を横に振る。
「いいえ、約束は……守るわ……」
太陽よ、殺してくれとは言わない。せめて一日……いや数時間でいい……私を灰にしてくれ……。
出来ない、とでも答えるかのように、太陽は雲に隠れて影を作った。
レミリアのほんのほんのほんの少しの小さな小さな火傷が超速で消えてなくなった。
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「はい次はこちらに着替えて下さいませっ」
その女は輝く笑顔で、レミリアにアイドル風のひらひらした服を見せ付けた。
「着替える……着替えるが……もう少し、猶予というか、休憩というか……」
ゴスロリ調の黒い服を着たレミリアは涙目で懇願した。
「ダメです! お嬢様の写真集は人里で絶大な人気を誇り、現状紅魔館の収入の中で、ワイン、小麦、パンを抑えトップになっていますわ!」
物凄い勢いでまくし立てられると、レミリアは怯えて頭を抱えた。
「それに、これからは何でもしてあげると、仰ったではありませんか?」
そう、これは約束だ。あの時、もう働けそうにないと言ったあの子へ返した……レミリアの精一杯の感謝。
「でもぉ……」
「でもじゃありません! 早く着替えなさい!」
「う~……」
だけど、なんというか……その……まさか、“死んでから”も有効な約束だとは思わなかった。
「これ、スカート……短い……咲夜ぁ」
「もっと短くしましょうか?」
「ううぅ~……」
十六夜咲夜は、死後数日経つと、若き頃の姿で帰ってきた。
「ちょっと休憩しようか」
「まあ、あなた様がそう言うのでしたら」
先程のレミリアとは真逆の甘い声色になる咲夜。そりゃ彼に対しては誰だってそうなるが、随分俗っぽくなったなコイツ。
ああ、うん。彼も普通に帰ってきた。霊体で。霊夢に至っては神力まで身に付けて帰ってきた。無敵にも程がある。
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「いつまでも死ぬ人間だとは言ったが、死後のことは何も言わなかったな」
ティーカップを傾ける。温かいミルクティだ。甘さが何とも心を落ち着けてくれる。
「私は咲夜さんが帰ってきてくれて嬉しかったですよ。帰ってきた時はハチャメチャに驚きましたけど」
死人が蘇るのは、幻想郷ではそれほど珍しくはない。幽霊だってそこらにいる。
だが、この人外だらけの館で、人として生をまっとうした咲夜が、要は人外になって帰ってきたのだ。
美鈴ばかりかレミリアもパチュリーも、フランですら驚いていた。小悪魔は……普段通りだったか。
「老いを楽しむのが淑女でなくて?」
パチュリーの問いに、
「若さを求めるのが乙女ですわ」
咲夜は無邪気に答えた。
瀟酒で天然な彼女はどこへ行ったのか……タルトを口に運ぶ祖母の姿に、孫である従者は何を思うのか。
「ウフフ、お祖母様、お弁当ついてますわよ」
ニコニコ笑って咲夜の口元を指で拭っていた。超似てる。外見も内面も。
「ありがと。あ、お嬢様、次の撮影ではこあさん製作の背中がざっくり開いたクールビズ仕様の夏季限定メイド服です」
「お茶の間は忘れさせて下さいお願いします」
レミリアは両手で顔を覆って懇願した。
「いけません! 相変わらずお嬢様は無駄遣いばかりして……フラン様を見習うべきです」
フランドール・スカーレットは絵本作家として大成していた。
フランの絵本は可愛らしい絵柄にメルヘンでほのぼのしたファンタジーな内容だ。彼に褒められた一枚の絵が元で本格的に描くようになって、今ではベストセラー作家だ。
レミリアが読んでみると、基本子供向けに書かれていたが、大人が読んでも充分楽しめる内容に感心し、妹の成長を喜んだ。
閉じ込められたことを暗喩する表現があったのには恐怖に震えたが。
「でもフランのは、センスとか才能ってやつじゃない」
「じゃあお嬢様のセンスや才能は、一体何で見せていただけるのですか?」
「う~」
辛辣になったなあ……昔はあんなに優しかったのになあ……子供が出来てから随分変わったよなあ……。
「じゃあタルトも無くなりましたし、休憩は終わりにして撮影再開しましょう」
「……はい」
レミリアは了承するしかなかった。しかし次の撮影には嬉しいことがある。それは同じ衣装が二着用意されているのに関係があるのだが、うなだれるレミリアには気付く由はなかった。
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「こうか咲夜? こんな感じか? ん?」
「いいですわお嬢様! もっと腰をクイッと、つき出す感じで! 媚びる感じで!」
先程とは違いノリノリで咲夜の要求に答えるレミリア。
着ているのは咲夜の言った背中の開いたメイド服。
全面から見れば半袖ミニスカートの、まあよくあるメイド服なのだが、背後から見るとどうだろう。
当然開いている。腰までざっくり開いている。エプロンドレスの紐が肩に掛かる以外に、肌を遮る物がない。
腰を少し曲げ、尻を強調するように突き出すと、背中の真ん中を走る薄い溝が際立ち、肩甲骨から生えるコウモリに似た翼がピクンと跳ねた。
そしてカメラへと顔を向ける為に身体を捻ると、脇から腹部の側面までもが開いていた。レミリアの小さな胸の起伏も、よくわかる。
なんかもうそういうお店の制服だ。
片目をウィンクして閉じ、八重歯を剥き出しに、恥じらいつつ、しかし楽しげに……咲夜曰く媚びる感じの笑顔を作る……否、媚びる笑顔になった。
そうレミリアは間違いなく媚びている。咲夜に媚びている。主人に褒美を貰おうと甘える犬のように……。
では褒美とは何か。
「お嬢様、次は跪いて下さい。で、ワンちゃんみたいに両手を上げて、そうそう上手ですよぉ」
完全に主従が逆転している。まあ今のレミリアと同じ服を着た彼が、レミリアの前にいるのを考えれば、仕方ない。
彼は右手をレミリアに差し出した。咲夜の指示だ。右手、人差し指の先からは血が滴っている。
霊体から血が出るのか。いや彼だからか。レミリアにはどうでもいいことだ。
舌を伸ばす。浅ましく。
もう少し……もう少しで滴る血が舌に落ちる。舌に彼が、彼の血が、彼を感じれる、彼を感じたい……。
吸血鬼の誇りなど、レミリア・スカーレットの矜持など、この味の前には崩壊待ったなしだ。
これも咲夜なりの“忠誠”である。
ついでに(むしろ本命か)彼やレミリアの可愛い写真がたくさん手に入るのだからやめられない。
ポタリ、レミリアの舌に血が落ちる。
昇天。身体が痙攣して仰け反る。あーああられのない顔をまた晒して……流石にこの顔を写した写真は写真集に掲載されないのを祈りたい。
「いいですわよお嬢様……とっっっっても! いいですわよ……」
こんなノリでカメラを向ける咲夜のことだ。きっと編集作業のテンションも高い。掲載される写真も、そんなテンションに見あった物になるだろう。
「ん……あっ……ああ……ああっ」
レミリアは仰け反った身体をゆっくりと戻す。身体中を震わせる悦びで、瞳には強い光が帯びていた。
上半身を床へと倒し、手をつく。腰を上げて尻をつき出す。ミニスカートの隙間から白い下着が覗いた。
膝を前後に、太ももが、ふくらはぎが、小さな尻が引き締まる。
両手も前後に、背中の溝が深まり、悪魔の翼が天へピンと張りつめた。
四足で歩き、彼の足元へすり寄る。
甘い吐息の鳴き声で、頭を、頬を、彼の足首へ擦り付ける。
彼はその場へしゃがみ、レミリアの頭へ手を置き、撫でた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
絶叫を噛み締める。口内に残った血の余韻を吐き出さない為だったが、快楽の前には無意味で、開いた口からよだれが流れる。
興奮が加速する。レミリアは彼に飛び掛かって抱き付いた。彼は難なく受け止める。
「お嬢様っ! そっちの撮影はまでゃっ!?」
諌めた咲夜の首に手刀を落としたのは小悪魔だ。
「ごゆっくり」
小悪魔は咲夜を連れて部屋を出て行った。
彼の首筋に舌を這わせるのに夢中なレミリアが、それに気付くことはなかった。
首から頬へ、頬から口へ、レミリアの舌が移動を続ける。愛撫というよりは、主人に甘えるペットか。
そのような無邪気さ、微笑ましさが感じられた。
あくまでも見た目が、だ。レミリア本人は大真面目に欲情しているし、そういう行為が始まるのは時間の問題だった。
おあつらえ向きにベッドも用意されている。ベッドが無かったとしても始めていただろうか。
レミリアの舌が彼の口内へ移動した。同時に、表情が無邪気な犬から淫靡な女へと変わる。部屋に響く水音もまた、情欲の高まりを表すように激しくなっていった。
「……んっ……ふふ、好きよ……大好き、あなたがいてくれて、本当に良かった」
彼から口を離し、愛を告げる。膝から下りて、彼を抱き上げる。お姫様抱っこだ。
倍程体格に違いはあるが、そこは吸血鬼。彼くらいなら簡単に運べる。
彼の膝裏と背中の感触を味わいつつベッドへ。ベッドに彼を丁寧に下ろすと、自身のスカートに両手を突っ込んだ。
「今更、今更なんだけど……」
やや締め付けのある下着を腰を曲げ、にじりにじりと下ろしていく。背後からは白い尻が丸見えだ。
「意味はないかもしれないけど……」
脱いだ下着をパサリと落として彼に跨がる。
「でも、言わせて」
レミリアは彼の手を握り、グイッと顔を近付けた。目を合わせ、為すがままの彼に向かって、口を開いた。
「私の眷属にならないか?」
「いいよ」
「答えはいらなおぅっ」
あまりの即答に声が詰まる。同時に、身体の内側が爆発したかのように悦びが爆走する。
「い、いいのね?」
「いいよ」
「止まらないわよ? 霊体でも、吸血鬼になっちゃうかもしれないわよ?」
「いいよ」
「……あっ」
彼は握られた手を強く握り返し、慌てぎみのレミリアへ安らかな笑みを向けた。
「……知らないんだからっ」
レミリアはにんまりと笑うと、彼の首筋へ歯を立てた。
これからこんな感じに後日談であったり、パラレルワールド的な番外編を書いていこうと思います。
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