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東方逆接触  作者: サンア
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春眠話

美鈴「眠れない」


レミリア「うわあああああああああああああああーっ!?」


パチュリー「天変地異の前触れね」


咲夜「避難の準備を進めましょう」


美鈴「ひどくない?」



 縁側で寝転がる彼を眺める者がいた。


 眺めているというよりは、視線がぶれないというべきか。手を伸ばせば届く距離まで彼に近付くと、しゃがみこんだ。


 顔を覗き込みたいと思ったからだ。彼をちょっとだけ見上げる形になっている。


 枕を敷いた頭の上には二冊の本があった。昼寝目的の読書なのか、読書の結果昼寝なのかは不明だが、とにかく休んでいたというのはよくわかる。


 もっとも、彼の長いまつ毛を一本一本数えている彼女には枕や本など視界にも入っていないのだが。


 気配を察したのか彼の目がパチリと開いた。少しの静寂の後に、まつ毛を数えるのを止めてニコリと笑って挨拶をする。


「おはようございます」


「おはよう、美鈴」


 紅美鈴は休暇を満喫するためにここに来たのだ。


 彼は半身を起こすと、両手を上げてグッと伸ばした。全身からパキポキと骨の鳴る音がする。


 いつもと違い、どこか気だるげな雰囲気を醸している。小さなあくびの後に、目尻に浮かんだ涙を拭いもせずそのままボーッとしている。


「暖かいですもんねぇ」


「ん」


 美鈴は人差し指で流れかけた涙を拭い、彼の気だるげな理由を言い当てた。


 昼寝が趣味のような彼女には、眠っている者の気持ちがよくわかるのかもしれない。


 本来なら寝起きのしっかりしている彼も、心地好い気温には敵わないのだろう。


 普段と違う彼の姿に失望はない。むしろ新たな一面を知れたと美鈴の胸が弾んだ(立ち上がった勢いで物理的にも)。


 縁側に腰掛けてもやはり彼からは目を離さない。彼はトロンとした目で小首を傾げていた。


 昨夜遅かったのだろうか、よほど眠いらしい。いつもならそろそろ夕飯の支度を始める頃なのに、動く気配はない。


 そういえば霊夢と萃香の気が感じられない。外出……外泊だったとしたら、彼が何の用意もしてないのも頷ける。


「お茶……」


「はい?」


「……する?」


「ああ、はい!」


「ん」


 いや覚醒が遅れていただけか。彼は立ち上がるとゆるりと部屋へ入って行った。


 その間も美鈴の視線は彼からは離れなかった。しかし顔からはズレていた。


 尻だ。歩みの度に左右に揺れるそれへ、美鈴は自然に魅了されていた。


 またその歩行自体が美しいのだ。自然体故の滑らかな動きだ。身体に異常が無い証拠でもある。


 もっとも美鈴が注目しているのは尻そのもので、他の動きには大して注意を払っていない。


 戸棚から茶葉の入った筒の容器を取り出した彼であったが、振ってみると音がない。空のようだ。


 そういえば買うのを忘れていた気がする。一応戸棚を探してみるが、備蓄がないということは、財布を握っている彼が一番よくわかっていた。


「お茶しに行こうか」


「ふぇ?」


 尻に集中していた美鈴は間抜けな声を上げてしまった。


「お茶っ葉なかったから」


「ああそうですか。じゃあ行きましょうか」


 慌てて取り繕うような性格ではない。それよりも突然のデートに胸の高鳴りが抑えられるかどうかが心配だ。


 昼寝というか、眠ってばかりいる印象のある美鈴だが、なぜかこの彼さえもやや気だるげになる心地好い陽気には強かった。


 というより、あまり眠くならなかった。夜は通常通り眠れるから不眠症ということはない。また例年なら当たり前のように眠っている。


 昼寝していないことを咲夜に驚かれたくらいだ。逆に体調が悪いのではと医者にもかかったが正常どころか絶好調。


 諸事情で子供が増えた紅魔館で、門番以外の仕事をするのも増えてきて、普段以上に労働しているのにこれだ。


 サボらないのは良いのだが、紅魔館の者達にはとてつもない違和感を与えてしまうらしく、また変な心配もされて、とうとう休暇まで頂いてしまい……。


 基本に楽観的な美鈴はこれ幸いと彼に会いに来たのだ。そして今眠れない理由を何となく察している。


「(襲い掛かってしまうかも……)」


 どうやら自分は欲求不満なようだ。彼とデートすることになって異様に興奮しているのに気付いた。鼻息が荒くなったりしてないだろうか。


「行こ」


 身支度を済ませた彼が、美鈴の前で手を差し出していた。


「はい!」


 美鈴はその手を握って立ち上がり、彼の歩みに合わせて歩き出した。


「(ま、その時はその時だ)」


 美鈴は楽観していた。その時が来た場合の自分を欠片も想像しなかった。


 美鈴は思ってもいなかった。


 本当に、思ってもいなかったのだ。





「毎日、ほんと……ほんっとおーに大変なんですよ」


「うん」


 馴染みの茶屋でのおしゃべりに、美鈴は興奮していたのをすっかり忘れてしまった。


 彼は基本的に相槌しかうたないが、それで充分なのだ。女性とは話を聞いてもらいたい生物なのである。


「まあ、お嬢様達が小さい頃……一通りのお世話は任されていたので、皮肉にも慣れていまして。それが為に色々と教えることに……だから大変なんです」


「えらいね」


「えへへぇ、そんなことないですよぅ」


 褒められて照れながらみたらし団子の串を取った。濃厚な甘いたれに絡んだもっちりした食感が堪らない。


 ともすればしつこい甘さだが、傍らの緑茶の苦味が良い塩梅に口内をさっぱりさせてくれる。


 まあ当の美鈴は美味しいコレ! くらいの感想しか持っていないが、それでいいのだろう。小難しいことを考えず食べた方が楽しいに決まっている。


 彼が口にしたこし餡の団子もそうだ。みたらしの団子とはやや食感が異なり、徹頭徹尾あんこへの相性へこだわり抜いた熟練の職人技である。


 滑らかな餡は口当たりが良く、さらりと溶けていく感触は快感といってもいい。


 彼の表情にも至福が見える。彼と一緒に何かを食べるのはこれだから良いのだ。


「美鈴」


「何でしょう?」


「ついてる」


 彼が膝立ちになって身を乗り出し、対面の美鈴の口元を親指で拭う。


 褐色のたれがついた親指を舐めながら、元の体勢へ戻っていく。


「あ、あは、き、気を付けます」


「ん」


 美鈴の興奮が振り返して来たのはいうまでもない。


「す、すいませーん! お団子追加でっ!」


 照れ隠しに大声で注文をしてそのまま熱くなった顔を背けた。横目でチラリと彼を見ると、マイペースに湯呑みを傾けていた。


 茶屋を出ると腹ごなしに公園を散歩することに。


 所々にある花畑には季節の花が咲き、木々の緑は清々しいものだった。


 彼に対しての照れがなくなった訳ではないが、こういう自然を感じ取れる余裕がある美鈴はやはり楽観的な性格をしている。


「ちょっと、汗ばんできちゃいましたね」


 美鈴は帽子を脱ぐと額を手首で拭った。じっとしていれば心地好い気温も、陽射しの中を少し歩くとうっすらではあるが汗が浮く。


「ん」


「どうも」


 彼がハンカチを差し出してきた。美鈴がそれを受け取ろうと出した手を、彼はヒョイと避けて直接美鈴の額にあてがう。


 汗を染み込ませるようにギュッと強すぎない力で押し当て、少ししてからポンポンと優しく叩いた。


 ハンカチ越しに伝わる彼の指の動きに、美鈴の体温が上がった。するとまた汗が浮いてくる訳で……。


「こっち」


「えっ」


 ハンカチが額から離れると彼は、ハンカチを受け取ろうとしたまま固まっていた美鈴の手を握り、先導して歩き始めた。


 美鈴は照れるやら恥ずかしいやらでまともな思考に及べず、戸惑いながらついて行くしかなかった。


 公園の湖の方へ行くと涼しげな風が吹いてきた。普通ならやや寒いかもしれないが、今の美鈴には心地好い風だ。


 美鈴の体温が上がっているのを気にして連れて来てくれたのか。と思いきや彼の足は止まらない。


 湖の先にはいつぞや運動会が開催された芝生のグラウンドがあり、階段状になった観客席に囲まれているから中の様子はわからないが、人の気配はする。掛け声や応援も聴こえるが、そこまで大人数ではないから、何かしら練習をしているのではないか。


 そして彼の足はグラウンドを越えても止まらない。どこまで連れて行ってくれるのか、戸惑いは楽しみに変わっていた。


 とはいえ、グラウンドからは近かった。公園の外周を森が囲んでいるようになっている。


 その森へ入って行くのだから公園を出るのだろうかと美鈴は考えたが違った。黒い屋根が見えて来た。


「ここ、落ち着くよ」


 建物というには粗末だ。まず壁がない。背もたれのある木のベンチに屋根の角に合わせた細い柱が四本。


 東屋というのだろうか。公園にはよくあるが、こんな場所に隠れるように建てられているのは何故だ。


 が、彼のいうように落ち着くのは確かだ。


 木々の隙間から吹く風に揺れる葉の音と共に澄み切った空気が体内へ染み込む。


「良いですねぇ、ここ。好きです」


「良かった」


「……もっと寄って下さい」


「ん」


 ギュッとお互いが身体を寄せた。肩と肩、腕と腕、太ももと太もも。


 半身の熱に美鈴は高揚した。彼の耳に口を近付けてフッと息を吐く。


「あっ」


 甘い声が漏れた。高鳴る心臓。美鈴は彼の太ももに片手を移動させるとキュッキュッと指先を動かした。


「んっ……やっ」


 ゆるりゆるりと手を移動させる。悟られないように耳へ舌を這わせる。


「きゃっ」


 ビクッと彼の身体が痙攣した。耳が弱いのだろうか、突然舐められたから驚いたのだろうか、何にせよ愛らしい声に美鈴の情欲は加速する。


「キス……ちゅーしたいです。しましょう」


「ん」


 美鈴のお願いを彼が断るはずもない。顔を美鈴へ向けると間髪入れずに美鈴の唇が飛び込んできた。


「んむっ……ん……ちゅむ……むぅ……」


 唇と唇、舌と舌、唾液と唾液。お互いが入り交じる快楽が下腹部へ火を灯す。


 ゆるりゆるりと這っていた美鈴の指が彼の腰へ到達していた。


 指の腹を震わせつつ腹部へとジリジリ移動し、へその下まで来るとジーンズの内側へと滑らせた。


「んん」


 彼の手がジーンズへと侵入した美鈴の手首を掴む。美鈴の力ならばその程度障害にもならないが、拒まれてまで続ける気はなかった。


「……んむ……ぷはっ」


 美鈴は彼の舌を引っ張り出すように絡めて唇を離し、お互いの舌先から繋がる糸をペロリと舐めとってゴクリと喉を鳴らした。


「嫌ですか?」


 熱のこもった視線が彼を貫く。


「……んん」


 彼は首を横に振った。嫌ではないらしい。


「ごめんなさい……さっきからずっとなんです……どうしても、ダメなんです」


 美鈴の力が強まる。拒まれている訳じゃないなら、少しくらいは強引にと、考えた訳ではない。


 彼がやめろといえばやめるかもしれない。いやしかしもう遅いかもしれない。


「さっき話してから……いや多分最初の子が産まれてから……ずっとなんです」


 美鈴は眠れない理由がわかった気がしていた。不安だったのだ。その不安は焦りから生じていた。


「お願いします……あなたを……下さい……」


 美鈴は思ってもいなかった。本当に欠片も、この時になるまで本当に思っていなかった。


 メイド妖精が子を生した理由はわからないが、どうでもいい。重要なのは、美鈴がそれに嫉妬していたことだ。


 自分は子を生すことが出来るのか。漠然とした考えに不安が煽られた。昼寝が出来なくなったのはそれが原因だ。


 夜はしっかり眠れるのも悲しみを煽った。いっそ寝不足になってくれた方が、わかりやすく悩めた方が、楽観的でなかった方が……。


 気付いてしまった。彼は誰かの……誰か一人の“モノ”になるはずだ。


 だったらその誰か一人にならなければいけない。好きなら好きと想いを伝えなければならない。


 いつか向こうから気付いてくれるなどと、楽観していてはいけないのだ。


 だから美鈴は伝えた。ハッキリと自分の言葉で。


 そして彼がゆっくりと口を開いた。


「いいよ」





「んがっ」


「おはよう」


「……あう?」


「あう? じゃないわよ」


「……ああ咲夜さん。おはようございます」


「夕方だけどね」


 咲夜は片手のバスケットを美鈴へと差し出した。


「あ、どうも」


 美鈴はバスケットを受け取ると、丸めて立て掛けていたござを敷き、そこに座ってバスケットを開いた。


「今日のご飯はなぁにっかな」


「鶏のそぼろよ」


「あ、ホントだ! 好きなんですよねぇコレ」


 バスケットの中には弁当箱とお茶のポットがあり、弁当箱を開くと咲夜のいうようにそぼろご飯が半分ほど詰められていた。


 もう半分は玉子焼きや煮物といった和風の家庭料理だ。紅魔館は見た目こそ洋館だが、献立は和風なことが多い。


「いただきまーす」


「はいどうぞ」


 咲夜は美鈴の隣に座って、ポットのお茶をカップに注ぐ。そして美鈴に差し出すかと思われたが、自分で飲み始めた。カップが二つあるのはこういうことか。


「毎日毎日よく眠れるわね」


「いやあ、春眠暁をなんとやらとかいうじゃないですか」


「真冬でも寝てるじゃない」


「寝る子は育つというじゃないですか」


「育ち過ぎよ」


 咲夜は美鈴の胸を見ていった。


「あなた悪夢なんてみないんでしょうね」


「悪夢……あれ……そういえば……」


「どしたの?」


 咲夜は足を投げ出してリラックスしていた。普段の瀟洒な立ち振舞いや言葉遣いは消えている。咲夜にとって美鈴とはそういう存在だ。


「悪夢じゃないけど、なんか緊張してたような……」


「夢で?」


「夢で」


 咲夜はやれやれと首を横に振ると口を開いた。


「あんな幸せそうな顔で寝ていてよく言えたものね」


「ホントですよぉ」


「はいはい」


 幸か不幸か、美鈴は夢の内容はほとんど忘れてしまっていた。


 いや違う。忘れさせられたのだ。





「優しい人」


 彼が答えた瞬間、美鈴がいるはずの場所から美鈴ではない者の声がした。


 先程まで美鈴がいた場所には、サンタクロースのような帽子を被った青髪の女がいた。


 ポーズはそのままだ。彼と寄り添って、彼のジーンズに手を突っ込み、彼に手首を掴まれ、そして彼の唾液が唇を濡らしていた。


「ドレミー」


「……あなたは本当に凄い人ね」


 彼は慌てない。その慌てない彼にほんの少し驚いた彼女はドレミー・スイート。


 玉飾りのついた白黒のワンピースを着て、腰からは牛のような尻尾が伸びている。種族は獏。夢を食べる生き物だ。


 また夢を操ることも出来る。美鈴が……いや美鈴だけではない。夢の内容を思い出せないのは彼女がそうしているからだ。


 よくわからないが、夢の世界に影響を受け過ぎるのはよくないらしい。


 だけど彼はドレミーの名前を覚えていた。初めて会った時からずっとずっと……ドレミーの意図的にそうしているのか、それとも彼だからこそか……。


「ハァ、夢だってわかったからいいよって言ったんでしょ? 優しくて残酷ね」


「そう?」


「フフ、嘘。知ってます。あなたは本当に彼女を受け入れちゃうってことは、ね」


 ドレミーは彼のジーンズから引き抜いた手を口元に当てクスクス笑った。


「誰かに決めないといけない……そんなことありません。あなたはあなたらしく、自由に生きて下さい」


 優しげな瞳のドレミーに、彼はコクリと頷いた。


「で……あの人もいいなら私もいいですよね」


 ドレミーは彼の胸元に片手を当て、グイッと顔を近付けた。


「いいよ」


「……じゃあちょっとだけ」


 即答に少し面食らったドレミーは、頬を少し赤らめて口付けを交わした。



ドレ顔も書きたかった。

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