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東方逆接触  作者: サンア
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捜索話

アリス「恵方巻きをね、こう……お股にあてがって彼に食べてもらうとか」


魔理沙「食べ物で遊ぶな」


アリス「あ、はい」



 伊吹萃香は機嫌が悪かった。もうすぐ節分だから、ではない。萃香はそういう行事には喜んで参加する質だ。


 そう、以前節分の鬼役を頼まれ意気揚々と会場に行ったら、豆まき自体が中止になっていて……。


 中止を伝えなかった霊夢のずぼらな性格に怒りを覚え、もう鬼役は引き受けてやらないからな! と言い切ったのだ。


 しかしそれに対する霊夢の言葉は、「だったら勇儀に頼むわ」と、謝罪の欠片もなく……。


 この時期になるとその言葉を思い出して、イライラするのだ。


「鬼らしくないなあ……」


 同時にそんな小さなことを気にする自分が嫌になった。


 よせよせ、素面でもないのに嫌なこと考えるな。飲め、飲んで酔え。


 ひょうたんをあおり、喉をゴクゴクと鳴らす。美味い……そして快感だ。


 酔っ払ってさえいれば機嫌も良くなる。さて何かつまみでも探しに行こう。


 そういえば戸棚に干し肉があったな。ピリッとした刺激が後を引く、ビーフジャーキーとかいう保存食だ。


 保存食はつまみになるような物が多い気がする。萃香にとっては良いことだ。


 立ち上がった背後に戸棚がある。萃香は居間で呑んだくれていた。


 上の段にあったはずだ。開く……無い。勘違いか? 下の段にもない。奥に入り込んでたりもしない。


「……先を越されたか」


 そもそも萃香の物ではないのだから、食べられても文句はいえない。


 他に何かないか? 煎餅……はダメだ。袋に霊夢の名前がある。これを食べたらダメだ。首を飛ばされる。


 ええと他には……萃香は改めて不機嫌になった。食べられるものといえば、豆くらいしかなかったからだ。


 まあいい。豆そのものには罪もあるまい。取り出した豆の袋を開きつつ、こたつに潜り込もうと振り替える。


「くっちゃ、くっちゃ、むぐむぐ……ごっくん……もう一つ」


「はい」


 萃香が座ろうとした席の正面で、彼の膝に乗った生首が、ビーフジャーキーで餌付けされていた。


 萃香は更に不機嫌になった。





「身体が行方不明になった」


 今泉影狼の二月はこの言葉から始まった。


 寝ぼけ眼を擦りながらノックされた扉を開けると生首が浮遊していたのだ。


 影狼の住居は迷いの竹林にある小屋だ。竹林に限らず、幻想郷にはかつて人が住んでいたであろう建物が各地にあり、村のように建物が集まっている場所も少なくない。


 そういった場所で妖怪が共存した生活を営むのも珍しくないが、影狼は一人での生活を選んだ。


 他者との繋がりは大事だとは思うが、共存に対して責任がとれるほど自分は一人前ではないと考えたからだ。


 影狼が一人でいるというのを知っていたからこそ、赤蛮奇もやって来たのだろう。


「とりあえず……入れば?」


 影狼は詳しい話を聞くことにした。


 居間に案内すると、茶の用意の為に火をおこした。赤蛮奇は掛けてあった影狼のマフラーを、口を使ったり転がったりして器用に自分に巻いていた。


 無断だが影狼は気にしない。それを知っているから無断なのだが。


「あ……」


 湯呑みに茶を注いでから気付いた。生首だけで飲めるかな? ストローなんてのもあるが、温かい通り越して熱い飲み物で使う物ではない。


 影狼の心配をよそに、赤蛮奇は湯呑みの飲み口をくわえると、身体――頭――を傾けて喉へと茶を流し込んでいった。


 猫舌の影狼――面白い字面だ――には出来ない芸当だった。


「いつから?」


「朝起きた時には無かった」


「ふぅん」


 さて、どうしたものか。影狼は湯呑みに口を付けた。


 無くした身体を見つけられるような技能、影狼の場合嗅覚だが……赤蛮奇の住居は人里だ。上手く人々に紛れて暮らしている。


 そして今の人里は甘い匂いが強い。理由はバレンタインデーが近いからだ。


 無くした身体が人里にあるのならば、匂いを元にした捜索に期待は出来ない。


「どこにあるのか……わからないのよね?」


「わかってたらそこに行く」


「だよねぇ」


 人里を出ていたとしたら、ある程度は手掛かりがないと見つけるのは難しい。匂いをとらえる距離にも限界がある。


 その上、人里の外でもチョコレートの香りをたまに感じる。なんなら今も……。


 いや待て、人里で行方不明になっていたなら、首無しの身体を見た住人がパニックになって博麗の巫女が出撃なんて……。


「捜す前に神社へ付き合ってほしい」


 とにかく故意にやったことではないと、霊夢に説明しなければいけない。


 おそらく霊夢は怒るだろう。人里のルールを護れないなら人里に住むな、と。


 とはいえ筋を通せば退治まではされないはずだ。あれで霊夢は相当に優しい。


 しかしまあ、怒られるのは誰だって嫌だ。心細い。


 せめて誰かが一緒なら、一人じゃないなら……赤蛮奇はそう思った。すると影狼の顔が思い浮かんだのだ。


 影狼だって怒られるのは嫌だったが、それ以上に頼られるのが嬉しかった。


「この間買ったお饅頭持って行こうか……」


「ごめん」


 赤蛮奇が謝るなど珍しい。影狼は微笑んで言った。


「ありがとうの方が嬉しいな」


「……ありがと」


 赤蛮奇は影狼を見ないように視線と顔をずらして小さく言った。





「お饅頭がなければ即死だった」


 頭に包帯を巻いた影狼が言った。霊夢の怒りは予想を遥かに超えていた。


 だがまあ筋は通した。後は赤蛮奇の身体を見つけるだけだが……簡単にはいかないらしい。


 霊夢を頼れば、萃香が力を貸してくれるだろうと思っていた。萃香の能力は捜索と相性がいい。


 だがなぜか萃香は不機嫌で霊夢の頼みでも聞けない。と頬を膨らませた。


 心当たりがあるらしい霊夢はすぐに納得して人里へ出掛けた。上白沢慧音辺りに、事情を説明しにいくのだろう。


「ねえ、あなたが頼んでみたら?」


 影狼は彼に耳打ちした。


「ん……萃香の気持ちも、大事だから」


 彼は膝で眠る赤蛮奇を撫でながらいう。


 彼が頼めば萃香はやるだろう。しかしそれでは萃香の気持ちに整理がつかない。


「そっかあ……」


 詳しい事情は知らないが、彼がいうならそれだけの理由があるのだ。地道に捜すしかないな。


「ところで今日のご飯はなんですか?」


 赤蛮奇の捜索を始めて数日。彼が食事を振る舞ってくれるのが何よりの楽しみになっていた。


「どうしよう」


 まだ決めてないらしい。影狼は今日は特に冷えるから鍋物なんてどうかな? と提案しようとしていた。


「太巻き食べたい」


「……っ」


 赤蛮奇が言った。萃香が何か反応した気がする。


「ばんちゃん。節分過ぎてる……」


 影狼は節分という言葉を口にして、初めて萃香が不機嫌な理由を察した。


「ばんちゃん言うな。食べたいだけ」


 この生首は気付いてないらしい。失礼なことを言い出さなければよいが。


「じゃあそうしようか」


「な、なんか買ってきます?」


 これから人里へ捜しに行く影狼が彼に尋ねた。


「大丈夫」


「わかりました! 行ってきます!」


 彼の返答を聞くや否や、影狼は飛び出して行った。鬼のとばっちりは勘弁だと、早くその場を離れたかったのだ。





 その日も赤蛮奇の身体は見つからなかった。目撃情報すらないから、人里にはいないのかもしれない。


 影狼は萃香の不機嫌を思い出して緊張した。赤蛮奇が余計なことを言ってなければよいが……。


 緊張していた影狼が神社について最初に耳に入ったのは萃香の笑い声だった。


 どういうわけか、居間で赤蛮奇と萃香が酌み交わしていた。大変陽気で、赤蛮奇と目が合うと胸へと飛び込んできた。


「うえへへへぇ~」


「楽しそうだねぇ」


 酔っ払ってるのはわかるが、萃香から不機嫌さの一切が吹き飛んでるのが気になった。


 晩御飯の太巻きを見て少なからず苛立っているかと思ったのだが……。


 酔っ払って忘れているという雰囲気でもない。何かあったのだろうか。


「ねえねえ持っててぇ」


 いつの間にか胸から離れていた赤蛮奇が、彼へ何かを頼んでいる。


「はい」


 彼が手にしたのは、座卓の皿に乗っていた切り分けていない太巻きだ。


 切り分けている物もあるし、だし巻き玉子や焼き魚、おひたしや味噌汁なんかも用意されている。


「はむっ……ん、んん……んちゅ……んむぅ……」


 赤蛮奇は彼がつき出した太巻きを頬張ると、声を漏らし、水音を立てながら食べ始めた。


 いや食べているというよりは、舐めているというか、吸い付いているというか……絶対そういう食べ方をするものじゃない。


「ぷはっ……ん、おいしっ……んん」


 一度口を離すと側面に舌を這わせた。美味しいといったが海苔の味しかしないのでは……。


 心の中でツッコミつつも、影狼は色々と理解した。あれをやって、こう……そういう……なんというか……そう、妄想が捗ったのだろう。


 それで萃香の機嫌も良くなったのだ。きっとそうだ。


 思うところはあるが、これで萃香が赤蛮奇の捜索に手を貸してくれるだろう。見つかるのも時間の問題だ。


 影狼は安心すると空腹を覚えた。霊夢がまだ帰ってきてないので気が引けるが、先に食べさせてもらおう。


「おかえり」


「ただいま。手を洗ってきます」


「ん」


 コートを脱いで壁にかけ、彼と挨拶を交わした。


「んむっ……はうっ……んん、ちゅっ……ふみゅ……はぁっ」


 同時にいい加減食べろ。と思った。





「おはよう」


「おはよう」


 数日後、赤蛮奇は神社にやって来た。


 掃除をしている彼を見かけると挨拶を交わした。


 少しそのまま彼と見つめあっていた。彼が少しずつ首を傾げる。


 赤蛮奇は両手を後ろに、爪先でとんとんと何度も地を叩いている。


「あー……あの……お、お礼にきた……」


「そう」


 緊張を感じさせる赤蛮奇の発言に、彼は軽く返したが、決して素っ気なかったり、冷たさの感じる言い方ではなかった。


 現に、赤蛮奇は彼の返答に安らぎを感じた。後ろ手に持った小さな箱を差し出す勇気が湧いてくる。


「……こ、これっ」


「おーい!」


 赤蛮奇が箱を差し出そうとした瞬間、上空から大きな声がした。


 見上げると影狼が片手を大きく振っていた。もう片手にはリボンでラッピングされた小さな箱。


「はい、バレンタインチョコ」


「ありがとう」


 影狼は着地すると彼へ箱を差し出した。彼は受け取るとお礼を言った。


「ばんちゃんも来てたんだ」


「ばんちゃん言うな」


 ぷいっと顔を背けていう。内心では、影狼のチョコレートのラッピングに感心していた。


 箱を飾るという発想が赤蛮奇にはなかったからだ。


「ほらばんちゃんも渡しちゃいなって」


「うるさい黙ればんちゃん言うな」


 影狼には気付かれていた。後ろから見られたのかもしれない。


 早く渡さないとこの後どんどん客が来るだろう。目的はみんな同じだ。


「恥ずかしいのはわかるけどさ」


「別に恥ずかしくないしお礼だし」


「じゃあほら」


「……」


 赤蛮奇はぎこちない動きで片手を前に差し出した。緊張して力を入れてしまったか、箱には少し親指のへこみがあった。


「……色々……ありがと……」


「どういたしまして」


「じゃ、じゃあこれで」


 彼に受け取ってもらうと赤蛮奇は踵を返した。


「朝ごはんは?」


 が、飛び立つ寸前に彼から質問された。影狼は待ってましたとばかりに答えた。


「食べてないです!」


 早朝七時である。答えていないが赤蛮奇も食べてない。


「食べていく?」


「はい! ほらばんちゃん行こ!」


「わ、わたしはっ」


「いいからいいから!」


「先に入ってて」


「はぁーい!」


 赤蛮奇は影狼に引っ張られながらも、ほぼ無抵抗でついていった。


 彼とすれ違う瞬間、赤蛮奇は彼の顔を見ないよう、彼に顔を見られないよう、必死に、真っ赤になった顔を背けた。



フラン「なんだこの中途半端な話は?」


私「節分とバレンタインデーを同時に片付けるという荒業です」


フラン「どっちかにしろ」


私「はい」



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