雪かき話
リグルは優しい子だ。いささか優しすぎるかもしれない。その優しさに甘えられることも多い。
リグルは散歩をしていた。寒い季節は苦手だが、その日は天気が良く、心地好い陽射しに誘われ散歩へ出掛けたのだ。
「あ、リグル」
そんなリグルに声をかけたのは少女……いや幼女……にしても小さい。まるで人形のよう……。
少し癖のある金髪に、頭頂で蝶々結びにした赤いリボン。青いガラスの瞳はリグルをジッと凝視している。
フリルのついた黒いブラウスは半袖で、赤いロングスカートから露出した足下を見るに、寒さをあまり感じない種族のようだ。
天気が良いとはいえ、真冬である。リグルはミスティアから貰った黒いダッフルコートを羽織っていた。肩や腰に白く蝶や蛍の模様が刺繍されているのが気に入っていた。
今日リグルが散歩に出掛けたのも、良い天気だけではなく、お気に入りの衣服で外出したいという理由もあった。
「メディスン、お出掛け?」
小さな子――メディスン・メランコリーは大きく頷いた。
「リグルも?」
「ちょっと散歩してるだけ」
「ふーん」
実際リグルに目的はない。正確には歩いているそれだけで目的は達成している。
が、散歩の完結に、人里の喫茶店で温かいココアとハニートーストを食べるのもいいかな。などと考えていたところだ。それに友人を誘うのも悪くないじゃないか。
「良かったら「じゃ、一緒に幽香の家に行こ!」えっ」
逆に誘われてしまった。しかも風見幽香の家に……。
「何人か誘ったんだけど、みんな無理なんだって」
多分無理なんじゃない。嫌なんだ。風見幽香の一般的なイメージはドSで実際ドSだ。
まあわりと子供には優しいのだが、あまり伝わっていない。幸いリグルは幽香に世話になることが多々あって、それをよく知っていた。
誰かを誘ったということは誰かと一緒に行きたい、ということだろう。
優しいリグルがそう察してしまえば、もう断ったりは出来ない。
「そうだね。一緒に行こう」
リグルが差し出した手を、メディスンは満面の笑みで握り返した。
幽香の家は三角の赤い屋根と白い壁の洋風建築。玄関前のテラスには白い円形のテーブルと木の揺り椅子が置かれている。
幽香はこの椅子に揺られながら、周辺に咲き誇る花を眺めるのが好きだ。心地よさに眠ってしまうのも珍しくない。
しかし、この寒い季節ではそれも出来ない。
「やっぱり雪かきしてないね」
白く染まった赤い屋根を見たリグルの言葉にメディスンが頷いた。
「見つけるのが大変」
周辺の花は枯れてしまい、ポツポツと木が立っている以外は一面の銀世界だ。
テラスや板チョコ形の扉で見つけるしかない。意図的に隠している訳ではないので、そこに家があるとわかれば見付けるのは難しくないが、少し目が疲れる。
「……あれ? 足跡?」
「え? ホントだ」
その幽香の家に向かって真っ直ぐに続く足跡があった。リグルの靴と同じくらいの大きさだ。
「この時期に幽香さんの家に行くのって……」
「誰かしら? 行ってみましょう!」
「あ、待ってメディスンっ!」
好奇心のままに駆け出すメディスン。リグルはそれを止めなければいけない気がしていた。
だがもう遅かった。リグルが手を伸ばした頃にはメディスンの手はドアノブを握っていたし、次の瞬間には大声で幽香の名を呼びながら入っていった。
「ああ……素早い……お邪魔します」
続いて家に入り、奥へ奥へと進むメディスンを追っていくと、メディスンが寝室の前で立ち尽くしていた。
冬の幽香は基本的に寝室から動かない。メディスンもリグルもそれはよく知っていた。知っていたからこそ、まず寝室へ向かったのだ。
名を呼び続けるメディスンへ、返事がなかったのも寝ているからだと、メディスンは思っていた。リグルは別の可能性を感じていた。
メディスンの様子を見て、リグルは嫌な予感が当たったと確信した。メディスンは立ち止まったリグルを見てこう言った。
「幽香が裸のお兄さんを縛ってる」
リグルは優しい子だ。来なきゃ良かったと思う前に、彼の身を案じたのだから……。
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パチパチと音を立てる暖炉の前で、彼と彼の膝に座り談笑するメディスンの背後で、リグルは気まずい顔で、これまた気まずい顔でお茶の用意をする幽香を見ていた。
テーブルにはメジャーが置かれていた。
「寸法を測っていただけなのよ」
幽香は苦笑いでそうメディスンに説明した。メディスンは納得したが、彼の両手首に巻き付いたメジャーを見たリグルは別の意味で納得した。
「だから、ね? リグル?」
「大丈夫です。わかっていますから……」
幽香にとってリグルは妹のような存在なのだろう。リグルにとっても、幽香は姉のような存在だ。
精神年齢の話をしよう。
幽香は成熟した大人である。それに対しリグルは、思春期の乙女だ。だがリグルは優しく他者を気遣える子だ。
リグルなりに幽香のサディストな部分は理解している。それが特殊な性癖に及んでいるのも、なんとなくわかっている。
幽香が彼の手首を縛ったのも、その特殊性癖が目前の果実に我慢出来なかっただけのことであるというのも、よくわかっている。
幽香はリグルがわかっているというのをわかっている。だから気まずい顔しか出来ない。
これがリグルやメディスンでなく、アリスや霊夢だったらどうか。
きっと嬉々としてやったことを説明する。楽しそうに愉しそうに何度も何度も話し出す。
リグルがもう少し大人になれば、幽香もそうするだろう。
何より一番気まずいというか……情けないのは、思春期の子に気遣わせたことだ。
一番敏感な時期にこんなものを見せられたら、大人になるまで……いやなってからも引きずってしまいかねない。
なのにリグルは、寸法を測っていた、で納得してくれているのだ。本当のことはわかっているのに。
良い子だ。だけど、心配になる。面倒に巻き込まれるのも少なくないし……。
あ、今の私も面倒か。幽香は落ち込んで、テーブルへカップを並べた。
「ありがとうございます」
リグルは微笑んで礼をいった。気持ちを切り替えたのか表情から気まずさは消えている。
「あなた達もおいでなさいな」
これ以上リグルに気を遣わせるのはやめよう。幽香も先程のことは忘れ、微かに笑みを浮かべて暖炉前で睦み合っている二人を呼んだ。
「はーいっ。ねえねえ、抱っこ」
メディスンは元気よく返事をすると、彼の袖をクイッと引いて言った。
「ん」
彼はメディスンの腰を両腕で支えながら立ち上がった。メディスンは彼の肩にニコニコと頭を預けている。
リグルは素直に甘えるメディスンを羨ましく思った。
彼はリグルの隣にメディスンを座らせ、その隣に座った。
テーブルにはカップの他にクッキーやサブレなんかの洋菓子が、白く平たい皿に盛られており、メディスンは「いただきますっ」と言いつつそれに手を伸ばした。
「はいどうぞ」
幽香は両肘をテーブルに、両指を組み、その真ん中へと顎を置き、少し傾けた顔でメディスンを眺めていた。
母親のような優しさ、慈しみ、余裕を感じられる雰囲気があった。メディスンと幽香はそういう関係なのだ。リグルはよく知っている。
「あ、ねえ幽香!」
メディスンはクッキーの欠片がついた口を、何かを思い付いて開いた。
「どうしたの?」
彼がその口元を指で拭う。幽香はポーズを変えぬまま、メディスンへ返答した。
「あたしも幽香の服欲しい!」
「うぐっ!?」
メディスンの言葉に幽香が変な声を上げて反応した。
なるほど、メジャーで縛っていたのはそういう訳か。リグルは本当の意味で納得した。
本当に幽香は彼の寸法を測っていたのだ。彼に自分と同じデザインの服を贈るためだろう。
そういえば彼が幽香の服を着ているのを見たことがない。いや一度だけあった。ややぶかぶかで袖は両指を包み、丈は尻を半分隠すほどあった。
多分あれは幽香の着ていた服を着せられただけなのだろう。幽香と彼の体格を比べればそう予想出来る。
「そ、そう……じゃあ、後で測りましょう」
「うん!」
幽香の頬が微かに紅潮した。少し照れているらしい。
寸法を測るうちに、彼の素肌に触れているうちに、少しずつ少しずつ気持ちが昂り、興奮して、いつの間にか両手を縛り……となっていたところにメディスンが現れたのだ。
メディスンが来ていなければ、或いは一線を超えていたかもしれない。
メディスンの悪意の欠片もない無邪気さに、幽香は羞恥心を煽られたのだ。
タイミングが違えば大変な場面をメディスンに見せるところだった。これには自己嫌悪した。
更に、リグルが何もかも察しているのにも気付いてしまい、なんともいえない気分になって……。
取り戻した平常心がまたグングン落ち込み出すが、せめてメディスンには気付かれぬよう、リグルにはこれ以上気を遣わせないよう、外面だけは余裕たっぷりの幽香で固定した。
笑顔でサクサクとクッキーを噛むメディスンを正面に、幽香はジッと、己の心が安定するのを待った。
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お菓子をたくさん食べて元気がみなぎったのか、メディスンが屋根に積もった雪に言及した。
「雪かきしないと、お家が潰れちゃうよ!」
普段なら丈夫な家だから、誰も来ないから、と言い訳をして拒むのだが、その時の幽香にとって身体を動かす理由というのはとても重要だった。
実際、幻想的な技術で建築された家なのでわざわざ雪かきをする必要はないらしい。仕組みはわからないが、建築した者の話では隕石が直撃しても平気だとか。
「わかったわ」
幽香はメディスンの言葉に肯定すると、立ち上がり玄関へと歩いた。
普段この提案をなあなあに拒否する幽香が受け入れたのに喜んだメディスンが続き、彼とリグルがゆっくりと立ち上がる。
幽香は玄関横のハンガーに掛けていたコートを羽織り、マフラーを首に巻いた。
「いいのよ」
立ち上がった二人への言葉だ。わざわざ手伝う必要はないとのこと。
「いえ、せっかくですし」
「ん」
何が、せっかくで何が、んなのかわからないが、その反応に幽香は笑い、二人が防寒具を身に付けるのを待って扉を開けた。
冷たい空気が流れ込んでくる。天気は良いし、強い風もない。それでも気温はとても低く、晒された肌から身体中に冷気が伝わった。
「……やっぱりやめちゃダメ?」
「ダメ」
寒さに億劫になる身体をメディスンが押す。無論抵抗するのは容易いが、ここまできて本当にやめるつもりはない。
「寒い寒い寒い」
「我慢我慢我慢」
ふざけながらメディスンに押され出る幽香に続くと、テラスの階段に薄く積もった雪に小さな足跡があるのに気付いた。
メディスンとリグル、そして彼の足跡だ。ずっと遠くから続いている。
雪は降っていないし、人通りが基本的にない場所だから足跡が消えずに残っていた。
そういえば彼はいつ頃来たのだろう。昨日の昼からは雪が降っていなかったので、昨日から泊まっていたのかもしれない。
お邪魔してしまったかと思ったが、昨夜から来てたのだとすれば、もう既に……色んなことを……致しているのでは……。
「……あ、スコップ取って来ますね!」
リグルは赤面したのを自覚し、逃げ出すように家の裏にある倉庫に向かった。
リグルは妖怪だ。普通の人間よりはよっぽど力がある。しかし見た目は女の子だ。肉付きは良いが……。
彼が道具を運ぶのを手伝おうとリグルを追うのは不自然ではなかった。
リグルにとって幸いなのは、彼がゆっくり歩いて向かったことだ。雪に顔を埋めれば頬の熱もひくだろう。
幽香は雪かきを疎かにしたのを後悔することになる。彼が家の側面を移動する時に、微かに屋根の雪が揺れた。
幽香の耳がそれに反応し、目が見開いた。収縮した瞳で振り向いて走り出す。
三角の屋根はつまり斜めになっていて、その下に彼がいたのだ。天気が良く、日が出ていたのもあって雪は解け出していたのだ。
幽香は彼に覆い被さるように背後から押し倒した――刹那、屋根の雪が雪崩となって二人へと落ちた。
▼
「だっからあっ! 雪かきしなきゃいけないってっ!」
目を赤く泣き腫らしたメディスンが、全裸の身体にバスタオルを巻いた幽香の肩をぺしぺしと叩く。
「はい……ごめんなさい……本当に……はい……」
こんな幽香は滅多に見れない。心から反省してか、うなだれてメディスンの言葉一つ一つに謝っている。
幽香の隣に、全裸にバスタオル姿の彼がいた。彼は何事もなかったかのように冷静に、泣きわめくリグルを胸に抱いていた。
「し……しし……じんじゃっだがど……お、おぶっ……おぼっで……っ」
「大丈夫、ここにいるよ」
「うぶああああああああぁっ!」
彼は優しくリグルを抱きしめ、ポンポンと軽く背中を叩いていた。
幽香はメディスンを抱きながら思った。今日はやることなすこと裏目に出る。しかしこれは違う。一歩間違えば彼は大怪我……悪くすれば死んでいたかもしれない。
幽香は己の怠惰に怒りを覚えた。メディスンの言う通りに、雪かきをしていればこんなことにはならなかった。
今回は、雪がそこまで積もっておらず、つららなどもなかったし、何より幽香が庇えた。
確かに、幽香を訪ねる客は少ない。だが、それでも確かに“いる”のだ。
メディスンが、リグルが、そして彼が、幽香との他愛ない交流を求めやって来るのだ。
今回は助かった。なら次も助かるのか?
雪の塊が頭に落ちれば、意識を失ってもおかしくない。
この寒空で意識を失い倒れたら……幽香の背中に冷たいものが走った。
脳裏に倒れて動けなくなった彼が浮かんだのだ。幽香は無意識に彼の肩――二の腕の辺りをギュッと掴んだ。
「お願い」
「ん?」
「今日は……離したくないの……ずっと触れていたいの」
「ん」
幽香の手は震えていた。
数時間後、日もすっかり落ちた頃、ひたすらに泣きわめいたリグルと、泣きながら幽香に罵声を浴びせたメディスンがようやく落ち着いた。
二人は今日は帰らないと言った。普段でも好きに泊まれという幽香だ、叱責したりはしない。
勝手知ったる他人の家というか、二人は夕食と風呂を終えると、さっさと布団を取り出し、幽香の寝室に敷いていた。
幽香と彼が寝室に入った頃には二人は同じ布団ですやすやと寝息を立てていた。泣き疲れたのだろう。
二人にベッドを使わすつもりだったのだが、眠っているのをわざわざ起こす訳にもいかない。
幽香と彼はそっと歩いてベッドへ向かった。その間、幽香の手が彼を離すことはなかった。
ベッドへ寝転がってからも変わらない。ギュッと幽香は彼を背後から抱いていた。
そこに普段のような情欲はなかった。ただ、安心していたかった。彼がそこにいるのを、実感していたかった。
「どこにも行かないよ」
彼は幽香の手に触れながら言った。
幽香は目頭が熱くなるのを感じた。止められない……止まらない。
幽香は静かに、声を上げずに、涙を流した。
彼はいつまでも幽香の手を離さなかった。
たまにはシリアスな感じにしてみましたがいかがでしたでしょうか。
雪って本当に危険ですから、皆さんも気をつけて下さい。私は学生時代に頭にそこそこの質量の雪を落とされて意識を失いかけました。
フラン「お前人気投票、私に入れなかっただろ?」
私「さあて、次回は下ネタ書くぞ!」
フラン「シンプルに殺したい」




