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東方逆接触  作者: サンア
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初詣話

霊夢「明けましておめでとうございます。今年もお年玉寄越せ」


紫「最後まで言ってほしかったな」



 元旦、午前零時。


 本来、神社では目の回るような忙しさで、絶対にこたつで暖まりながらお茶を啜るなんて時間はないはずだ。


 だから、博麗神社はきっと神社じゃないのだろう。


「霊夢」


 寝転がって古い雑誌をめくる萃香に呼ばれ、少しうとうととしていた霊夢がハッとした。


「なにっ?」


 返答をして目の前の湯呑みを持った。ぬるい。まあ冷たいよりいいか。


「破魔矢作った?」


 啜る。思ったより冷めていた。黒猫を膝に乗せ、その背中を撫でていた彼を見る。


「ええ、たくさん」


 彼は黒猫を抱き上げ横に下ろし、卓の急須を手に立ち上がった。黒猫が寄り添いながらついていく。


「お札は?」


 火をおこし、やかんを乗せる。茶葉の用意はしない。出がらしで良いということまで、視線のみで読み取れるのは彼くらいだ。霊夢限定ではあるが。


「それもたくさん。お守りだってたーっくさん用意したわ」


 ふと見ると黒猫は姿を消していた。代わりに赤髪を三つ編みにした少女が、火鉢に網を乗せ、餅を焼いていた。


「おみくじも……なくならないようにって、たっくさん作ってたね」


 雑誌を放り投げて起き上がる。すれ違えば常に酒が香る萃香だが、この日は頬が白く、酒の匂いどころか、甘い香りが漂っていた。


 匂いは髪から漂っている。普段は先端の方だけで纏めている薄茶色の髪を、首の辺りでも結っていた。


「そうよ。大変だったわ」


 そして服装もいつものノースリーブではなかった。両手や腰の分銅飾りも見当たらない。


 服装に関してなら、餅を焼いているお燐だって普段とは違う。彼の服装は色々だが、今日ばかりは意味のある服装だ。いや、で、あった。というべきか。


 普段と同じ服装なのは霊夢だけだ。流石に半纏を羽織ってはいるが、それも寒い時期なら珍しくもない。外出時にはマフラーも巻くだろう。


「……なんでお客さんが来ると思ったの?」


 半纏の下には相変わらずの脇を露出した紅白の巫女服……仕立てたばかりといわんばかりに整っていて、シワなど一つも見当たらない。


「……巫女がたくさんいれば釣れるかなあ、って……思っちゃった」


 と霊夢的にはしっかり茶目っ気を込め、拳を自身の頭にコツンと当てた。表情はいつもと変わらない。


「……本当に妖怪神社になっちゃうよ。お姉さん」


 お燐が卓に置いた皿には、ぷくっと膨れ、香ばしい焦げをつけた餅が複数個乗っていた。醤油や海苔、大根おろしにきな粉なども続けて置く。


「今更、気にしないわ」


 餅を取り、海苔を巻いて小皿に垂らした醤油をつけてかじる。粘っつく弾力と海苔のパリパリ感。少し炙ってあるのか風味も増していて、それが醤油と混ざるとなんともいえない。


「まあ……あたいはお兄さんとお揃いで嬉しいけどさ」


 小声でボソッというのをしっかりと聞き取った萃香が頷いた。


「来ないねぇ」


 彼はそう言いながら霊夢の隣に座り、急須の茶を湯呑みに注ぐ。


「毎年来ないもの」


 注ぎ終わったお茶を早速口につける。やや薄いが、それが霊夢の好みだ。熱さもちょうどよい。


「じゃあ今年も来ないかな?」


「いつもの連中は来るでしょうよ」


 霊夢は即答した。彼の服装は霊夢と同じ巫女服だ。もちろん、お揃いであるお燐と萃香も。


「仮に来たとしてもさ。私やお燐を見たら泡食って逃げ出すだろうよ」


「見た目で妖怪ってわかるしね」


 萃香の頭には角。お燐の頭には獣耳、腰からは二又尻尾。


 確かに見れば妖怪とわかる。


「そこは……ほら、コスプレってことで」


「神社がやっちゃダメなんじゃない? いかがわしい店みたいなイメージあるし」


 もう霊夢は喋らなかった。


 喋らないままでいると眠気がぶり返してきた。元旦だからと律儀に起きていたが、いつもなら熟睡している時間だ。


 数分もすると霊夢は寝息を立てていた。





 霊夢は喧騒の中で目を覚ました。障子から射し込む白い光に眩みつつ、グーっと背筋を伸ばしてからよだれを袖で拭う。


 卓に垂れていたのを置いてあった布巾で拭いていると、背中にかかっていた毛布がするりと落ちた。彼がかけてくれたようだ。


 布巾を洗濯かごに投げ、大口を開けてあくびをしつつ立ち上がる。


「なんでこの寒い季節に外で騒ぐのかしら……」


 天気が良くても外気は冷たいし、積もった雪が足の裏から体温を奪っていく。例年より雪は少なかったが、それでも雪かきは辛かった。


 ああ、しっかり雪かきしたもんだから、境内に騒ぐスペースが出来たのか……。


 そう一人で納得して、障子を開いた。


 霊夢は驚いた。唖然としていた。まだ夢の中にいるのではないかとも思った。


 それも仕方ないことだ。博麗神社の境内が“人”で埋め尽くされていたのだから。


「はっ?」


 ようやく出た声もまだ現実を理解しきれていない。


 新年会という名目の飲み会目当てに騒ぎに来たはずのいつもの連中が、混雑しないようにと参拝客を誘導していたり、机に商品――罰当たりな――を並べただけの簡素な売り場で接客を手伝っていたり、ああ……屋台まで出店している。


「霊夢、忙しいんだから手伝えよ」


 パタパタと駆け寄ってきたのは魔理沙だ。黒い三角帽子を外し、代わりにリボンを結って、巫女服を着ていた。というか手伝ってる連中はみんな巫女服を着ている。


「ええ、すぐ行く」


 極めて冷静な魔理沙の要請に極めて冷静に返答する。


 障子を閉め、急いで洗面所へ向かった。髪は寝癖で変に曲がっているし、頬にはよだれの痕があり、こたつで寝たもんだから衣服が汗で滲んでいた。


 流石の霊夢も、あれだけの人数を相手にすれば羞恥心の一つも覚えるらしい。


 結局身支度に十五分ほど使い、改めて綺麗に整えた身なりで境内に立った。立ったが……。


 どうすればいいのか全くわからなかった。慣れてないからだ。


 彼女は妖怪退治のスペシャリストではあるが、巫女としては未熟であった。いや、社会人として……というべきか。


 焦りはない。むしろ落ち着いている。嬉しさもあった。


 不真面目で怠け者な霊夢でも、神社への信仰は単純に喜べた。


 もちろん、賽銭への期待もあったが、それを第一に思うほど浅ましい女ではない。


 手伝ってくれた連中への慰労にでも使うか。と、ボーッと考えながら立ち尽くす。


 で、何すればいいんだろう。


 屋台からショバ代でも巻き上げるか?


 しかし、そんなことを不特定多数の人々がいる中でやれば評判を落とす。各々の顔を覚えて後でせしめよう。


 で、何すればいいんだろう。


 誰かに聞いて仕事を得るという発想がないのだ。ひたすら自分だけで考えて、それなのに無理に答えを出そうとはしない。


 一度仕事を与えられたら真面目に完璧にこなす能力があるのだから、始末におえない。


 このままではいけない。とも思っていない。社会の歯車からは完全に外れている。


 ただこれは霊夢だから、ではない。博麗の巫女だから、だろう。


 彼女は普通そのものと、一定の距離をおく必要があるのだ。


 平等に、差別することなく、真っ直ぐに、物事を解決する為に。


 それでいて信仰を欲するのは……やはり、他者との繋がりを求めているからなのかも……。


 まあ、いくらそれらしい理由をつけようと、霊夢が怠け者であるのは変わらないし、結局今やるべきことは見つかっていない。


「御神酒、配って」


「私が飲んじゃダメ?」


「ダメ」


 紙コップが数個乗ったお盆を彼から手渡された。これで仕事が出来た訳だ。


 彼が指差した方向を見ると、仕事を手伝っていないいつもの連中がいた。


 なるほど酔っぱらいの世話か。面倒だとは思ったが、今日ばかりは仕方ない。


 近付いていくと、「ヒャッハー! 酒だ!」という叫びの後にお盆から紙コップが消えた。出来上がっているな。


「新年早々、珍しいものが拝めたよ」


 紙コップと屋台で買ったであろうヤツメウナギの串焼きを持った女が、機嫌の良い笑みを浮かべて話し掛けてきた。


「なんのことよ?」


 この女の言いたいことは、聞き返さなくてもわかっていた。ただなんとなく苛ついたので冷たく返したのだ。


「そりゃあ、これだけ人間が集まった博麗神社のことさ」


 女はその反応すらも楽しんでカラカラ笑っていた。その日は、いつもの着物だかロングスカートだかよくわからない服ではなく、鮮やかな紺色に赤い花の柄が入った着物を着ていた。


 他も大体着物姿だ。手伝っている連中も巫女服に着替える前は着物だったんだろう。


「死神も初詣するのね」


 女の名前は小野塚小町。朱に染まった頬は、同時に酒量を表していた。


「サボってるだけさね」


 串焼きを口にし、次いでグイッと紙コップを傾けた。ゴクリと喉を鳴らすとたまらないと息を漏らす。


 居酒屋じゃないのよ……とでも言いたいが、本来は宴会の予定だったのだから仕方あるまい。酒くらい運んでやるか。


「しかしあんた、彼に頭上がんないね」


「わかってるわよそんなこと。なによ急に?」


 やっぱり知らなかったのか。小町は鳥居の方を指差した。藤原妹紅が立っていた。


「護衛役」


「でしょうね」


「彼が、色々手配してくれたんだよ」


「……でしょうね」


 知らなかった。知らなかったが、察していた。


 例年客の来ない神社だというのは周知であるし、居候の彼がそれを知らないはずもない。


 過去の異変や騒動、たまにやる霊夢の思い付き、普段の言動。霊夢が信仰を求めているのは知っていた。


「普段からお世話になってるから、何かしてあげたいって……ま、こんなに人が集まるとは思ってなかったみたいだけど」


 妹紅の元に彼が御神酒を運んでいた。その周りの人達にも配っている。


 少しすると上白沢慧音が十数名の人を引き連れて現れた。同時に妹紅が周りの人達を連れて神社を出ていく。周りの人達は彼に手を振って、彼もそれに応えた。


「あんた、本当に幸せ者だよ」


 この言葉は刺さった。霊夢が彼にしたお世話なんて、住むところを提供してるくらいで……家事は全般やってくれているし、時には仕事のサポートも。


 食卓が豊かになったのは彼の人徳による貰い物のおかげだし、かろうじてお金は使わせてないとは思うけど……断言出来ない……。


「……そんな顔出来るんだね」


 説教が得意なのはお前の上司だろう。普段ならそう返すが……今日ばかりは無理だ。


「悪いけど、お酒は自分で取りに行ってくれる?」


 小町は笑って頷き、神社内へ入っていく霊夢を見送った。





「暗いうちから人里出る訳にはいかなくてね」


「それで朝方に来たのかい」


「そう、日が暮れるまで。みんな喜んでたよ」


 夜が更けると宴会が始まった。客は帰っていったし、目立ったゴミもなく、片付けに手間取ることもなかった。


 朝から飲んでた連中も手伝ってた連中も、思い思いに酒を飲み、つまみを口にして、なんてことないいつもの光景の一部になっている。


 妹紅は参拝客のことや彼の手配についての話を萃香に聞かせていた。聞かせていたから、いつもの光景と解離した部分に納得がいった。


「手伝う?」


「ダメ。今日は私がする」


「ん」


 彼は座っていた。相変わらず前後左右から接触を受けているが、宴会中に彼が座っているのは珍しい。終わり際なら話は別だが、まだ騒ぎ始めたばかりだ。


 その霊夢を手伝っているのは咲夜だ。何やら借りがあるらしい。


 彼は彼で素直にくつろいでいる。接触を受けながらではあるが、普段よりかは楽だろう。普段を苦に思っているかは知らないが。


「宴会で酔っぱらってない霊夢は久しぶりに見るぜ」


 巫女服の魔理沙がいうと、隣で紫が頷いた。


 みんな察している。閑古鳥の鳴く神社に大勢の客がいた理由も、彼が座っている理由も、霊夢が働いている理由も、全て何もかも察している。


 だからぐうたら巫女が云々とか、天変地異の前触れだとか、とうとう彼の愛想が尽きたのかとか言わない。言ってはいけない。


 言ってしまえば地面に頭を突き刺すこととなる。フルコンボで言ってしまった比那名居天子のように……。


 その従者――お目付け役か?――である永江衣玖は、「良い薬です」とそれを放置。今は彼に接触する一人となっている。


「結局お兄さんが休まる暇はないね」


 と言いながらお燐は接触の機会を待っていた。お燐だけじゃない。みんな狙っている。


 これだけの人妖が彼の為に動くのだ。そりゃ、人も集まるだろう。小町は彼の背後でそう思った。


 更に夜が更け、あらかた寝静まると、霊夢は縁側に出ていた。こんなに働いたのは久しぶりだ。


「はい」


「ありがと……あ」


 彼からコップを受け取ると、少ししてやってしまったと声が出た。


「もう……今日はダメって言ったのに」


「ごめんね」


「いいの……怒ってないわ。いつも……ありがとう」


 もう少し緊張するかと思ったが、流れるようにお礼が言えた。


「ん」


 彼はいつも通りに返すと霊夢の隣に座った。


「風邪ひくわよ」


「霊夢も」


「動きっぱなしで火照ったの。すぐ入るわ」


「じゃあそれまで」


「もう」


 コップを傾けると、彼が空を指差した。


「月が綺麗だね」


 ガタッガタッガタッ!


「え? なになになに? パチェ……アリスも……どうしたの急に?」


「黙っていろ吸血鬼」


「本当にどうしたのパチェ……」


「レミリアは知らないみたいね」


「ど……読書家でもないと知らないんじゃ……」


「魔理沙も知ってるの? なにどういうこと?」


「えっと……それはその……なんというか……あの……」


「魔理沙……赤くなってるけどどうしたの?」


「咲夜お前……あ、その表情はわざとじゃないな天然だな」


 背後の室内が騒がしくなってきた。それに気を取られた霊夢の台詞は、


「なにか言った?」


 まるでハーレム系ライトノベルの主人公のようであった。


「月が綺麗だねって」


 しかし彼はそれで赤くなって何でもないっ! と叫ぶようなヒロインではない。改めて言ったのだ。先ほどよりハッキリと。


「ええ、そうね」


 霊夢は普通に返した。背後でまたガタガタガタと音がした。


「そろそろ入りましょ」


「うん」


 別に慌てる必要もないのだが、起きてた数人が寝たふりをしたり、霊夢らから顔を背けて飲んでいたりしていた。


 二人の様子にパッと見てわかる変化はない。


 霊夢があの言葉をそのままに受け取ったのはわかるが、彼はどうだ? それなりに読書家だと思うのだが。


 パチュリーは、その言葉が出てくる小説を知っているか。彼に聞こうかとも思ったが、その場の雰囲気と自身の心の平穏を読み取り、黙っておくことにした。



聞かなければシュレディンガーの猫。


まあ今回はシンプルに今年もよろしくお願いいたします。それでは。



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