応援話
タイトルで誰を思い浮かべましたか?
不快だった。不快でとてもとてもイライラする。額から頬から首から、次々と流れ出す玉の汗で濡れた肌着がべたっと張り付いて通気性が悪くなり蒸せる。それが原因で更に汗が流れ始める。
その上、しばらく動き続けていなければならない。この動きが曲者であった。
動き自体は単調だ。黄色い玉房を持った両手を振ったり、片足を頭ほどの高さまで勢い良く振り上げたり、振り下ろしたり――基本はそんな動きをリズミカルに繰り返している。
この動きで張り付いた肌着が擦れていくのが気持ち悪い。下着は太もも半分ほどのミニスカートに配慮してスパッツになっている。ただでさえ肌に密着する素材が動きと汗でどんどん食い込んで……とても不快だ。
上着は腹部を露出したタンクトップで、ミニスカートと両手の玉房を合わせると実に華やかな明るい色合いになった。
黄色い玉房の名前は“ポンポン”というそうで、外の世界ではこれを“応援”に使うのが一般的らしい。
ポンポン……口にするには少し恥ずかしい単語に思える。何がと問われれば困る。発音が可愛らしいというか、幼稚っぽいというか……感覚的な話だ。
名称は彼が教えてくれた。自分で口にすると恥ずかしかった。霊夢が「なにその玉房?」と言ったので玉房という言葉を使っている。
いずれにせよ、今の不快感の前にはそんな恥ずかしさは吹き飛んでしまっているし、わざわざ口に出すこともそうあるまい。
こう考え事をしていれば不快感が和らぐかと思ったが、そうでもなかった。考え事に集中出来ないという方が正しいが。
青い空、白い雲、燦々と地上を照らす太陽。文字にすれば爽やかなのに、体感するとこんなにも不快になる。
こんな日は、よーく冷えた飲み物を傍らに日陰の中でのんびり過ごしたいものだ。
いや、まあ……この状況を楽しんではいる。嫌だったらこんな笑顔にはならない。汗と暑さが不快なだけで、この行動自体はむしろ積極的に行っている。
頑張っている人達――妖怪などの人外も含まれるが――を応援するのはやぶさかではない。
何を頑張っているのかというと、運動である。人里の広大な公園で運動会が開催されているのだ。
この真夏の炎天下の中。
この真夏の炎天下の中。
熱中症で倒れている人がいないのが不思議なくらいだ。なぜこんな季節に開催したのか、秋に入ってからでは駄目だったのか。
一部の参加者にはこの暑さはなんでもない……立ちはだかる障害にすらならない。それはきっと賞品目当てだからだ。
この運動会の優勝賞品は、一年分の食料。現在最高得点をキープしているのは紅美鈴であった。しかし二位の博麗霊夢、三位の魂魄妖夢との差はほんの少しで、後半に差し掛かっても誰が優勝するのか予想出来なかった。
妖怪が参加している時点で一般の参加者は優勝を諦めていた、というかそもそも優勝を狙っていた参加者は一部でしかない。
ほとんどの参加者は観戦ついでに博麗の巫女や紅魔館の妖怪の凄さを生身で体感してみようと、軽い気持ちで参加していた。
そしてそれを後悔している。霊夢達の勢いは想像を遥かに超えていた。肌で感じるどころか、直接的な打撃を受けた訳ではないのに骨が軋む。
まあしかしそれでも楽しめてはいるはずだ。途中で棄権する者はいないし、何より運動会の内容以上に目を引く上白沢慧音を中心にした応援団の存在があった。
運動会が始まってから……いや始まる前からずっと暑さと汗に不快感を抱いていたリグル・ナイトバグもその一員だ。
観客や参加者……男性の視線はほとんどが応援団へと向けられている。中でも慧音とリグルが特に注目されていた。正確には慧音とリグルの胸に、だ。
二人の胸は一般的な女性と比べてかなり大きい方に分類される。その二人が腹部を露出したタンクトップを着ている。
丈の短さを補い、動きの激しさを強調する為にややゆったりとした仕立てになっているが、二人の胸には充分にキツく、突っ張ったタンクトップは生地を引っ張り胸の下側を覗かせていた。
激しい動きに備えてさらしを巻いて乳房を保護していたが、視線までは防御出来なかったらしい。
慧音はこういう視線をあまり気にしない。男なら当然だろうと理解しているし、性格なのか恥ずかしいとも思わない。
リグルも男がそういう生き物なのはわかっている。だけど恥ずかしい、スッゴく恥ずかしい。でも競技に励んでる人達への応援に手を抜きたくはない。
だから全力で動く。その動きで上半身が仰け反ると、また更に視線が集まる。恥ずかしい、恥ずかしいけど応援しなきゃ……。
胸が小さければ良かったのに。リグルは自分の胸にコンプレックスを抱いていた。
午前の部が終わると食事の為の休憩となった。出店の屋台に観客らが集まっていく。弁当を持参した家族連れなども見受けられる。
「ふう……」
リグルは溜め息を吐いて額の汗を拭った。べったりと濡れた手を見ていると喉の渇きを覚えた。
関係者設営テントに飲み物があるはずだ。取りに行こう。
運動会は新しく増設された芝生のグラウンドで行われていた。周囲に観客席があり、中心の芝生を囲って砂地のトラック(競争路)があった。
観客席の一部、グラウンドに対して真ん中の位置がステージになっており、リグル達はそこで応援をしていた。観客席より高い位置にあるのも、視線を集める要因になっていた。
ステージ裏側の林に関係者と参加者のテントがあった。参加者は三十名ほどでほとんどが男だ。
息を切らしてベンチに寝転がったり、濡れタオルを頭に巻いて水を飲んでいたりと、大概が暑さの中での運動に参っていた。しかし次の競技に向けてウォーミングアップしている者もいた。きっと運動が好きなんだろう、表情も明るい。
チルノとルーミアを筆頭に子供の参加者はまだまだ元気いっぱいだ。そんな体力がどこに残っているのか辺りを駆け回っている。赤いハチマキに白いTシャツ、青い短パン、子供の参加者はみんなこの格好だ。
美鈴は観客として来ていた咲夜と談笑しながら食事をとっていた。妖夢はあれだけ動いた後だというのに、汗の一滴も流さず主人の世話を焼いている。霊夢は……日本酒片手に良い気分だ。
隣には萃香、更に隣では先程一緒に応援していたミスティア・ローレライが二人に酌をしている。
アルコールを含んでの激しい運動は危険な行為だが、霊夢はまあ常人とは別なのだろう。優勝する気がある以上、わざわざ勝率を下げたりはしない。
ミスティアは巻き込まれたというよりはむしろ喜んで酌をしているようだった。酔っぱらいの相手に慣れているというか、好きなんだろう。
「はい」
「あ、ありがとうございます」
そんな様子を眺めていると、彼が紙コップの飲み物とタオルを差し出してきた。彼もリグルと同じ服装だ。
彼は疲れ知らずに働いていた。いつものことだが感心する。あんな働き者はそうはいない。霊夢の世話をしているだけでも尊敬に値するのに、こういう行事には率先して参加し誰よりも働く。
外見が綺麗だから印象は良い。でもその印象を崩さない性格をしている。彼を好きだという気持ちは当たり前に理解出来たし、リグルもそんな彼が好きだった。
何より、最初に胸を見ない男性は初めてだった。精神年齢になるが、同年代でも大人でも場合によっては女性でもリグルに相対するとまず胸を見た。
リグルには常識があったしそれなりに大人びていたから、それが仕方ないというのは理解していた。でも恥ずかしいし、なんだか変な気持ちになる。
いつぞや、たまたま耳にした会話がある。寺子屋の生徒とその親の会話だ。子供がリグルのことを話すと、親が「あああの胸の大きな」などと返したのだ。
そんな会話を聞いたリグルが男性に対して一線を引くのは仕方がなかった。生来の優しさがそれを表に出すことはなかったが、それゆえに更にストレスにもなる。
彼の話を聞いた時も所詮は男だとどこかで思っていた。実際に会うとそれが罪悪感となった。彼はまずリグルの目を見た。ジッと真っ直ぐに。
心が満たされていく想いだった。ストレスが洗い流されて行ったし、相変わらず恥ずかしいが昔ほど嫌ではなくなった。
だからこそ汗の不快感がにじみ出ているのだが。
「お弁当食べる?」
「はい、いただきます!」
参加者には彼の手作り弁当が振る舞われた。これだけで参加する価値があったなと参加者達は笑っていた。事前に伝えられてなかったのは、参加者が増えすぎるのを防ぐ為だ。
それくらい彼には人気があった。
ござを敷いた地に座り、弁当箱を開いた。黄色いだし巻き卵が目を引く彩りの良い幕の内弁当だ。
「あ、お兄さんあたいも食べる!」
「私も~」
そんなリグルの元にチルノとルーミアが集まり、弁当を見て彼へねだった。
彼はわかっていたかのように二人に弁当を差し出すと、二人は喜んでリグルの近くに座って食べ始めた。
「お兄さんも一緒に食べよ!」
こういう時チルノの無邪気さに救われる。彼は慧音の方を見た。慧音は優しげに微笑んで頷いた。
「いいよ」
許可が出たということなんだろう。彼の了承に二人は見るからに喜び、リグルも心中でガッツポーズを決めた。
午後の部に入る前にリグルはさらしを変えておこうと思った。どうせまた汗に濡れるのだが、一時的にでも不快感を拭っておきたい。
予備のさらしはある。汗を拭くタオルもさっき貰った。あとはさらしを交換する場所だが、ここでやる訳にはいかない。
いや別にやったっていいんだが、単純に恥ずかしい。
更衣室でいいか。
「リグル、どこ行くの?」
立ち上がったリグルに寝転がっていたチルノが声をかけた。
「さらし変えようと思って――」
「ここでやればいいじゃない」
チルノは立ち上がるとリグルのシャツの裾を掴んでめぐり上げた。
「っ…………!?」
声は出なかった、というか出さなかった。声を出したら視線が集まると瞬時に判断したからだ。
しっかり丁寧に巻かれていたさらしが汗に濡れてうっすらと透け、更に激しい運動で緩み、その隙間から淡いピンク色の――
声を出さなかったとはいえ周囲に大勢人がいては、完全に視線を遮ることは出来ない。
「おおリグルのデッカいなあーっ!」
恥じらいというものを知らないチルノが、見たままの感想を述べた。結構な大声で。
「あ……うぅ……」
周囲の視線が大声に反応して集まる。それだけならまだ恥ずかしいだけで済んだのかもしれない。
最初に反応したのは彼だった。膝にルーミアを乗せている。そして彼はリグルの横にいた。正面だったらチルノが壁になったが……彼との間に障害物はなく……彼はリグルを見るとすぐに顔を伏せた。紳士的だ
だけどそれがむしろリグルの羞恥心をくすぐった。
「うあっ」
リグルは真っ赤な顔で目尻に涙を浮かべてチルノを突き飛ばし、両腕で胸を隠しながら走り去っていった。
チルノは尻餅をついてキョトンと首を傾げた。周囲では何があったのかとざわついている。
彼は少し考えてからルーミアを膝から降ろし、リグルを追い掛けて走り出した。
続きます
フラン「え、それだけ?」
私「早くスパロボしたい」
フラン「ああ更新遅れるわ」




