第8話 檻の中で
私達は、アルフェンド王国の王城まで辿り着いていた。
王城の中は、静けさに満ちている。何が起こったのか、まだわかっていないといった様子だ。
それはそうだろう。新たな王が就任して、その王が他国と侵攻したと思ったら失脚した。そんな風に目まぐるしい変化があれば、混乱してしまうのも無理はない。
「ラオード兄上、グルテス兄上、ただいま帰還しました」
「ルバディオ、ご苦労だったな」
「大義は果たしてくれたようだね。しかし、君が役目を全うしてくれている間に、こちらは色々と大変なことになってしまったよ」
玉座の間にて、ルバディオ様は二人の兄とそのような会話を交わしていた。
彼らからも、困惑が伝わってくる。まだアズガルト様を止められたという実感が、得られていないのかもしれない。
「ああ、兄上、こちらはクレメリアさんとその祖母のペリーナさん、それからドナテロ王国の王子であるウルギアさんです」
「これはこれは、お三方、お越しいただき、誠にありがとうございます」
「ウルギア王子、この度は誠に申し訳ありませんでした。謝罪して済むことではありませんが……」
「ラオード殿、その話はもちろん必要ではありますが、今はそちらの現状を教えていただけませんか? アルフェンド王国で、何が起こったのですか?」
ウルギア様の質問は、私やお祖母様がしたい質問でもある。
アズガルト様はラナルナ嬢に何が起こったのか、それを知ることは事件を真なる意味で解決するために必要なことだ。
「何が起こっているのかは、我々にも理解することはできません。ただ、厄介だったラナルナ嬢が奇妙な魔法を使えなくなり、兄上もそれと同時に体調を崩し始めたのです」
「体調を崩した、か。どうやら代償を払う時がきたようだね……」
「代償、ですか? ペリーナさん、でしたか? あなたは?」
「その辺りのことは、後で説明してやる。それよりも今は、ラナルナという令嬢の元に案内してもらおうか」
ラルード様とグルテス様は、お祖母様のことを知らない。王族に対して不遜な態度をする彼女を、少し警戒しているようだ。
それについては、ルバディオ様に説明を任せるとしよう。弟である彼の方が話が早い。
「兄上、この方は聖女クレメリアさんのお祖母様です。彼女よりも偉大なる魔法使いですよ。とりあえず今は、彼女の言うことに従ってください」
「なるほど、そうでしたか。それなら、すぐにラナルナ嬢の元へ案内いたしましょう」
私が思っていた通り、二人の王子はすぐに警戒を解いてくれた。
アズガルト様以外の兄弟は、信頼関係があるのだろう。今までのやり取りに、私はそんなことを思うのだった。
◇◇◇
私とお祖母様は、王城の地下牢に来ていた。
その牢屋の中には、かつて玉座にて王の隣にいた女性が力なく横たわっている。
「ラナルナ・マナドア侯爵令嬢だね?」
「……あ、あなたは」
お祖母様の呼びかけに、ラナルナ嬢は私の方に目を向けた。
彼女は、驚いたような表情で私のことを見つめている。私がここに戻って来ることは、予想していなかったようだ。
「どうして、あなたがここにっ……確か、隣国に与したはずでは?」
「色々とあって、こちらの国まで戻ってきたのです。あなたの方も、色々とあったみたいですね?」
「くっ……」
私の言葉に、ラナルナ嬢は忌々しそうな表情をしていた。
彼女は、強力な力を持っていたはずである。その力がなくなり、かつて追い払った聖女と檻を挟んで対面することに、屈辱を覚えているのだろう。
しかし彼女の屈辱など、私にとっては興味がないものだ。今はそんなことよりも、重要なことがある。
「お祖母様」
「ああ、もう大丈夫だ。そこの小娘は、全てを正直に話してくれる」
「……え?」
そこでラナルナ嬢は、虚ろな目になった。
お祖母様が、魔法を行使したのである。
それはかつて、ルバディオ様に使った魔法だろう。これで彼女から重要なことが聞けるようになった。
「さて、ラナルナ嬢、あんたは一体何を考えていたんだい?」
「私は、妖術の力を使って……この国を支配しようとしていていた。王子アズガルトに取り入って、次なる王妃となって……」
「ふむ、下らない計画だね……」
お祖母様の言う通り、ラナルナ嬢の目的は下らないものである。
何かもっと大きなことを成し遂げようとしている可能性もあったが、彼女はそのような器ではなかったらしい。
「それで、妖術はどこで覚えたんだい?」
「私の家の書庫に、文献があって……」
「ふん、侯爵家の屋敷にあるのか。ちょっと厄介だね。まあ、確実に焼き尽くすが……」
そこでお祖母様は、ずっと気にしていた妖術の出自について聞いた。
それを消し去るのが、私達の目的の一つである。そのため、侯爵家の屋敷という入るのが難しい場所にあるのは面倒だ。
ただそれでも、私達はやらなければならない。このようなことがまた起こらないように、努めておく必要があるのだ。
「さて、まあ重要なことは知れたし、そろそろいいだろう。この子娘に、現実というものを教えておかないとね」
「んっ……」
お祖母様が指を鳴らすと、ラナルナ嬢の目に生気が戻った。
どうやら、尋問はこれで終わりのようだ。後は正気に戻った彼女と話をするのだろう。
「わ、私は何を……」
魔法が解けたラナルナ嬢は、少し困惑しながら周囲を見渡していた。
訳がわからないといった様子だ。お祖母様の魔法によって、意識が飛んでいたのだろう。
「ラナルナ、あんたにいいことを教えておいてやろう。妖術というものは、人間に扱える術ではない。それを使うということにはそれなりのリスクがあるのさ」
「リスク……」
そんなラナルナ嬢の様子を特に気にすることもなく、お祖母様は説明を始めた。
それは以前、私にも教えてくれたことだ。妖術にはリスクがある。強力である分、それに見合った代償があるのだ。
しかしその代償が具体的になんであるかは、私も知らない。ただ、その代償が大きいのは確実だ。
「まあ、あんたがこうしてここにいることもそうさ。結局あんたは、妖術を使えなくなった訳だろう?」
「くっ……」
お祖母様の言葉に、ラナルナ嬢はその表情を歪めていた。
牢屋に入れられている。侯爵令嬢である彼女にとって、それはかなり屈辱的なことなのだろう。
ただ、それはリスクという訳ではない。強力な妖術が一定期間だけ使えるというなら、特に不利益はないといえるだろう。
「人間が妖術を使う際には、魔力の代わりに生命力が消費される。あんたは既に、その生命力を使い果たしているのさ」
「せ、生命力?」
「ああ、心配しなくてもいい。別にそれがなくなったとしても死んだりはしないさ。生命力というのは便宜上の呼び名だからね。妖術を使った者に起こる現象を定義するのには、そういう言い方が一番しっくりとくるのさ」
お祖母様は、少し邪悪な笑みを浮かべていた。
それはこれから語ることが残酷なことであることを表している。
「結論を言っておこう。あんたはこれから、老ける」
「ふ、老ける?」
「老化していくのさ。妖術が生命力を奪ったことによって、身体機能が一気に衰える。ただ不思議なことに、それで寿命が尽きるという訳ではないのさ。老けた後は、普通通りの寿命を迎える。まあ要するに、若さを失うのさ」
「なっ……!」
お祖母様の言葉に、ラナルナ嬢は目を丸めていた。
その表情は、絶望に歪んでいる。それはそうだろう。妖術の代償は、とても大きなものだ。
といっても、それは自業自得といえるだろう。彼女は過ぎたる力を使い過ぎたのだ。
「ふ、ふざけないで! わ、私が老けるなんて……」
「おや、もう症状は現れているようだね……」
「そ、そんな馬鹿な……違う! そんな訳が!」
お祖母様に反論するために鉄格子に近づいたことによって、私は理解した。彼女が、確かに少し老けているということを。
ただ、それはまだまだ序の口なのだろう。これから彼女は、長い時間をかけて大きな代償を支払うことになるのだ。
◇◇◇
「驚きました。まさか妖術にあのような代償があったなんて……」
「ああ、使うべきではない理由がよくわかっただろう?」
「そうですね……」
ラナルナ嬢の元から去った後、私はお祖母様に妖術についての話を振った。
妖術の代償は、かなり大きなものだった。あれを聞いて、使おうとは思えない。
「人間が妖術を使うということは、元気の前借りのようなものなのさ。未来を潰してまで使うようなものではないだろうね。強力といっても、たかが知れているし」
「そうなのですか?」
「ああ、ラナルナが得た力は、今のあんたよりも少し強いくらいのものだろうさ。そうだね。あんたの場合なら、後三年か四年くらいすれば、妖術よりも強力な力を得られるだろう。努力さえすれば、魔法使いは妖術使いよりも強くなれる」
お祖母様は、少し誇らしげにそんなことを言ってきた。
魔法使いとしてのプライドを、お祖母様からひしひしと感じられる。それが私は、同じ魔法使いとしてとても嬉しかった。
「簡単に得られる力に頼ってはならないということですね……」
「そんな所さ。まあ、あんたに関してそういう心配をしたことはないけどね」
妖術などという力に頼ってはならない。私はそれを改めて胸に刻みつけた。
同時に、これから鍛錬を欠かしてはならないと思った。これからも私は、自らを高めていかなければならないのだ。
「さて、次はアズガルトの所に行くとしようかね」
「アズガルト様の元へ? しかし彼は、妖術に関係ないのでは?」
「いや、そういう訳ではないさ。ラナルナが力を失った後、アズガルトも体調を崩したと言っていただろう? あいつも影響を受けているのさ」
「そうなのですか……」
「それに積もる話もある。あいつには色々と言いたいことがあるのさ」
お祖母様は、少し怒っている様子だった。ラナルナ嬢にもそれなりに怒っていたような気がするが、それ以上だ。
それは恐らく、亡き先代の王であるエルベルト様が関係しているのだろう。彼の意思を無下にしたアズガルト様が、お祖母様は許せないのかもしれない。
「あんただって、そうじゃないかい? あいつにはひどい仕打ちをされただろう」
「まあ、そうですね……エルベルト様にお世話になっていましたし、彼がやったことには色々と思う所があります」
「ふん、あんたも義理堅いね。あの男もあの世で喜んでいるだろうさ」
お祖母様は、少し嬉しそうに笑みを浮かべていた。
やはりお祖母様にとって、エルベルト様は良き友達であったのだろう。その笑顔に、私はそんなことを思うのだった。
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