第7話 王都に向かって
私とお祖母様、そしてウルギア様の三人は、ルバディオ様とともにアルフェンド王国の王都へと向かっていた。
この戦いの元凶であるアズガルト様とラナルナ嬢、その二人を叩きに行くのだ。
二人を止められたら、二国は争わなくて済む。それは私達全員の悲願だ。血が流れないのなら、それにこしたことはない。
「しかしウルギア様、私達はともかくとして、あなたがこちらの国の王都まで出向く必要があるのですか? 色々と危険があると思うんですけど……」
「ご心配いただき、ありがとうございます。しかし僕は、今回の顛末をこの目で確かめておきたいと思っているのです。ことが片付いた後、和平の話もしやすいですしね……」
ウルギア様の同行に、私は少し懐疑的だった。ドナテロ王国の要人である彼が、危険とわかっているアズガルト様の元へ赴くのは良いこととは言い難い。
ただ、ウルギア様はあくまでも突き進むつもりであるようだ。それは今回の件を任された責任から、ということだろうか。
「まあ、そんなに心配する必要はないだろう。少なくともルバディオの小僧は嘘を言っていない。ということは、ある程度こちらの味方もいるということさ」
「それは、そうかもしれませんが……」
「いざとなったら、あんたとアタシが守ってやればいい。それに言っただろう。アズガルトとラナルナの天下はそう続くものではないと」
「その詳細を教えていただけないので、不安なのですが……」
馬車に同乗しているお祖母様は、とても余裕そうだった。妖術とやらに詳しい彼女は、既に勝利を確信しているのかもしれない。
しかし、何も知らない私は心配が尽きない。本当に大丈夫なのか。ずっとそれを考えてしまっているのだ。
そもそもの話、私がこんなに悩んでいるのはお祖母様のせいでもある。いくら聞いても、彼女は妖術について教えてくれないのだ。
「妖術のことは、あまり話したくはないからね。あんたに教える分には構わないが、こっちの二人に教えたくはない」
「そういうものなのですか?」
「そういうものなのさ」
お祖母様は、対面に座っている二人に対して少し忌々しそうな視線を向けていた。
それはつまり、王子二人のことを完全に信頼していないということなのだろう。いやというよりも、妖術を有力者に伝えることが得策ではないということなのかもしれない。
それ程までに、妖術は強力なのだろうか。ただそうなると、勝利を確信しているお祖母様の態度が謎であるし、色々とわからなくなってくる。
「……それにしても、少し驚きましたよ」
「え?」
「クレメリアさんが、ドナテロ王国に移っていたということがです。ご実家を訪ねてもいなかったので、どこに行かれたのかずっとわからなくて……」
同乗しているルバディオ様は、少し緊張した面持ちでそのようなことを言ってきた。
彼にとっては、この場にいる他の者達はドナテロ王国の人間である。故に、あまり落ち着けていないのだろう。
しかしそれでも、彼は私に話を振ってきた。それはつまり、私に何があったのかを詳しく知りたいと思っているからだろう。
「アズガルト様から突如クビを言い渡された私は、すぐに実家に帰りました。その後、こちらのお祖母様が国境近くの町に兵士達が出張っているのに気付いて、アズガルト様が何をしようとしているかを悟って、ドナテロ王国に移ったのです」
「なるほど、そういうことでしたか……しかし、少し変ですね。あなた方が出国したという情報は入ってきていないのですが」
私の言葉に、ルバディオ様は首を傾げていた。
ラナルナ嬢に対抗するために、私をずっと探していたのだろう。入国や出国の情報も調べられているようだ。
その辺りの事情を話すのは、少々気が引ける。私とお祖母様は、どう取り繕っても不法入国しているからだ。
「アタシ達はガムテット山を越えたのさ」
「え?」
「そこに住んでいたことは知っているんだろう。あそこはアタシ達にとっては庭みたいなものだからね。行こうと思えば、いつでもドナテロ王国に行けたのさ」
「そ、そんな馬鹿な……」
私に代わって答えたお祖母様からの返答に、ルバディオ様は目を丸めていた。
それはウルギア様も同じである。二人とも、信じられないといった感じだ。
「二つの国に跨る山々の数々は、とても越えられるものではないと聞いたことがありますが」
「ええ、ウルギア殿の言う通りです。ガムテット山なんて、越えられる訳がありません」
「まあ、一般人には無理だろうね。ただ、アタシもクレメリアも一流の魔法使いだ。そのくらい容易いものさ」
お祖母様は、少し誇らしそうな顔をしながら二人の言葉に応えていた。
基本的に、お祖母様には謙虚さはない。こういう時には、堂々と威張り散らすのだ。
それは別にいいと思っている。実際に優秀なお祖母様が、自分のことを誇るのは問題ない。問題なのは、私も巻き込まれていることである。
「言っておきますが、私はくたくたでしたよ。なんとか越えられたといった感じなので、できればもうあんなことはしたくないと思っています」
「そうなのですか?」
「まあ、この孫はアタシと違って謙虚だからね。中々自分の実力を誇ろうとしないのさ」
「なるほど……」
私は否定したのだが、お祖母様の含みによって二人は結局感心していた。
なんというか、お祖母様は時々こういう所がある。私のことも、自分のことのように誇ることがあるのだ。
それは嬉しいとも思うが、やはり恥ずかしい。孫馬鹿とでもいうのだろうか。できればやめてもらいたいのだが。
「……ああ、そういえばすまなかったね」
「え?」
お祖母様は、ふと思い出したかのようにそのようなことを言い出した。
その視線の先には、ルバディオ様がいる。これは彼に対する謝罪であるようだ。
「なんのことですか?」
「関所のことだよ。派手にやってしまったからね」
「ああ、そのことでしたか……」
お祖母様の言葉に、私は思い出した。私とお祖母様が、アルフェンド王国の兵士達がいる関所を壊滅させたということを。
それは、仕方ないことではあった。ドナテロ王国側からすれば、アルフェンド王国の暴挙だ。攻撃するのは当然のことである。
ただ結果として手を取り合えることがわかった今は、その行為を申し訳なく思う。あれによって、多くの者達が犠牲になってしまった。
「それに関しては、そもそもこちらが悪いことですから、気にしないでください。兵士達が命を落とした責任は、僕達王族にあります。あなた方は、当然のことをしたまでだ」
「まあ、それはアタシも理解はしているさ。ただ、そのことが二国の和平を妨げることになる可能性があると思ってね……いざとなったら、アタシのことを公表しな。悪名高い大魔法使いが、二国間と関係なく魔法を使ったとね」
お祖母様は、ゆっくりとそのようなことを呟いた。
色々と滅茶苦茶な所もあるが、お祖母様はこういう所ではとてもクレバーだ。とても冷静に、状況を分析している。
もしもお祖母様が言っているようなことをルバディオ様が公表するなら、私もそれに付き合おう。彼女は反対するかもしれないが、私達はたった二人の家族だ。私はお祖母様を一人にしたくない。
「大丈夫です。その辺りは上手くやりますよ。あなたが使った魔法は、規格外でしたからね。天災としておきます」
「天災、か……まあ確かに、ほとんどの者はあんな魔法は知らないからね」
「本当に驚くべき魔法です。仮に、本当に二国間で争ったとしても、こちらに勝ち目はなかったでしょうね。あなたとクレメリアさんがいる限り……」
「そうだろうね」
ルバディオ様からは、お祖母様への畏敬の念が伝わってきた。
そういった観点からも、彼は降伏を選ぶことを得策だと思ったのかもしれない。
しかしそう考えていくと、あれだけの惨状を知りながらも戦いをやめようとしないアズガルト様とラナルナ嬢が益々歪に思えてくる。
ある意味において、彼らは恐れ知らずということなのかもしれない。いや、単に戦況を冷静に分析できる力がないというだけだろうか。
◇◇◇
アルフェンド王国の王都までの道のりは、それなりに長いものである。
故に私達は、道中で宿を取ることになった。時間は惜しいが、夜道を進む危険を犯すべきではない。そう判断したのだ。
「アタシ達だけなら、どうとでもなるんだけどね……」
「お祖母様、夜道は日中と違って色々な危険があるんですよ? 例え私達だけだったとしても、進むべきではありません」
「クレメリア、あんたは本当に謙虚だね。でも、謙虚すぎると嫌味に思われてしまうよ?」
「いや、流石に夜道を進みたくないと言ってそれを嫌味には思われないと思います」
私とお祖母様は、宿の部屋でそのような会話を交わしていた。
夜道というのは、野党や魔物が闊歩する危険な時間帯である。そこを進むということは、どのような場合であっても避ける方がいい。命がいくつあっても足りないからだ。
「しかし、こうも長い時間がかかると、あの二人は既にことが終わってしまうかもしれないね……」
「お祖母様、いい加減妖術に関して教えていただけませんか?」
「行けばわかることさ。まあ、ヒントくらいは出してもいいだろう。妖術というものはね、人間に扱えるものではないんだよ」
「そうなのですか?」
馬車の中では頑なに答えてくれなかった質問に、お祖母様は少しだけ答えてくれた。
それは恐らく、王子達がいないからなのだろう。二人きりなら、ある程度は話してもいいということなのかもしれない。
しかしそれでも全貌を教えてくれないのは、お祖母様の元来の性格のせいだろう。お祖母様は、よくもったいぶるのだ。
「あんたも覚えておくことだね。過ぎたる力には、それなりのリスクがあるということを……妖術のことを知っても、決して手を出すんじゃないよ?」
「わかっていますよ。お祖母様がそれ程言うものに頼ろうとは思いません」
「まあ、そうだろうね。あんたは賢い。そういうリスクにも敏感だ。ラナルナという令嬢は、そういう危機管理能力が欠けているらしい。どこで妖術を知ったかはわからないが、少し考えればわかることだろうに……」
お祖母様は、呆れたような表情をしていた。それだけラナルナ嬢の行動は、愚かであるということなのだろう。
それなら、今回の件はそれ程心配しなくてもいいのかもしれない。ラナルナ嬢は、放っておいても自滅するのだ。そして彼女が自滅したら、アズガルト様も同時に苦しい状況になる。
「……失礼します」
そんなことを考えていた私達の宿の部屋の戸が、素早く叩かれた。
聞こえてくる声は、ルバディオ様の声だ。どうやら、何かがあったらしい。彼が訪ねてくるということは、そういうことだろう。
「ルバディオ様、何かあったのですか?」
「クレメリアさん、それが大変なことになっていまして……」
私が戸を開けると、焦ったような顔をしたルバディオ様がいた。
その隣には、ウルギア様もいる。こちらも険しい表情だ。
この二人がこんな顔をしているということは、何か事態が動いたということである。一体、何が起こったというのだろうか。
「何があったのですか?」
「兄上達から連絡がありました。アズガルト兄上とラナルナ嬢を拘束したと……」
「拘束した?」
ルバディオ様の言葉に、私は少し驚いた。
元凶の二人が拘束された。それはいい知らせである。ただ、あまりにも呆気ない知らせであるため、少し思考が追いつかない。
しかし、考えてみればそれは何もおかしくないことである。お祖母様は度々言っていた。二人は勝手に破滅すると。
「詳細はわからないんですが、どうやらあの二人をなんとかすることができたようです」
「大師匠が言っていたことが、正しかったということでしょうか?」
「まあ、そういうことだろうね。しかし、アタシが思っていたよりもかなり早かった。どうやらラナルナは相当、力を使ったようだね……」
ウルギア様の言葉に、お祖母様は眉をひそめていた。
これは、彼女にとっても予想外のことであったようだ。
「何はともあれ、これでお二人の助力は必要なくなりました。どうしましょうか? ドナテロ王国に帰られますか?」
「いや、アタシ達も王都まで行かせてもらうよ。その二人の様子を見ておきたいからね。それにできれば、妖術に関する資料は抹消しておきたい。ラナルナという小娘が、どこで知ったかは知らないが、まあ尋問すればわかるだろう」
「そ、そうですか……」
ラナルナ嬢を止めることが、私とお祖母様がアルフェンド王国の王都に向かっていた理由だ。そのラナルナ嬢が拘束された今、私達が王都に向かう理由の一つが消失した。
しかしそれでも、万が一ということもあるし、王都に向かうべきだろう。お祖母様の言う通り、二度とこういうことが起きないように努める必要もある。
結局私達は、王都に向かうべきだろう。二国のこれからのためにも、可能性は潰しておかなければならない。
「ウルギア殿は、どうされますか?」
「僕も同行させていただきますよ。このまま、二国間の和平について話し合いたいですしね」
「それはこちらとしても、ありがたい限りです」
「ふん、それじゃあ旅の行程は特に変わりなし、ということだね。明日に備えて、アタシは休ませてもらうよ」
お祖母様は、それだけ言ってベッドの方へと歩き始めた。これ以上、話をするつもりはないようである。
確かに、これ以上何か実りがある議論が交わせる訳ではない。これからも旅は続いていくのだし、しっかりと休んでおく必要があるだろう。
「大師匠もああ言っていますし、僕達も休むとしましょうか。クレメリアさん、おやすみなさい」
「あ、おやすみなさい、ウルギア様、それにルバディオ様も……」
「ええ、夜分遅くに申し訳ありませんでした」
こうして私達は、それぞれ休息に務めるのだった。
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