第5話 破壊のあと
「遠くから見ていましたが、何が起こったのか凡そ理解できませんでした……」
「近くで見ていても同じですよ。どうやらお祖母様は、思っていた以上に規格外であるようです」
関所付近までやってきたウルギア様は、辺りの惨状を見てかなり困惑している様子だった。
それは、当然のことである。これだけのことを起こせる魔法使いなんて、そういない。
というか、困惑していないのはお祖母様くらいであるだろう。同じことができると言われた私でさえ、正直理解が追いついていない。
「大師匠が偉大なる魔法使いであるというのは知っていましたが、これ程までに強力であるとは思いませんでした。彼女の存在は、戦況を捻じ曲げるレベルです。父上がやけに余裕だった理由がよくわかりましたよ」
「私も、お祖母様が山に籠っていた理由がわかるような気がします。お祖母様程の魔法使いが表に出ていると、色々なことに巻き込まれそうですから」
お祖母様は、山の奥で隠居生活を送っていた。
それは表に出て行くと、その優秀さ故のことだったのだろう。
それ程に、お祖母様は偉大なる魔法使いなのである。そんな彼女に、私は畏敬の念を抱いていた。
「彼女がこちら側についてくれてよかったと本当に思ってしまいます。あなたも含めて、心強い味方を得られました」
「お祖母様と比べると、私はそんなに頼りにはなりませんよ。実力も知識の量も違い過ぎます」
「いいえ、僕も魔法使いの端くれですから、あなたが優秀な魔法使いであるということはよくわかっています。未熟な僕の見立てなのであてになるかはわかりませんが、あなたの力は大師匠に勝るとも劣らない程ではないでしょうか?」
「そんなことはありません。私はまだまだです」
ウルギア様は、私のことも高く評価してくれているらしい。
しかしながら、それは流石に過大評価である。私はまだ、お祖母様の足元にも及ばない。
「何はともあれ、これで難関だと思っていた関所は突破できました。できることなら、取り戻したと言いたい所でしたが……」
「ここはもう使い物になりませんね……すみません。お祖母様が勝手なことをしてしまって」
「いえ、犠牲を出さずにここを攻略できたのは何よりも幸いなことです。向こうもこれ程の被害が出たとなれば、慎重になるでしょうしね……」
ウルギア様は、真剣な顔でそのようなことを呟いた。
普段は穏和であるが、やはり彼も厳格なる王族である。その顔を見て、私はそれを理解するのだった。
◇◇◇
関所を取り戻した私達は、アルフェンド王国側の動きを偵察することにした。
これからの方針は、敵の動きによって決めるべきものだ。向こうが休戦を申し出てくるならそれでいい。ただ相手がまだ戦うつもりであるならば、こちらも色々と考えなければならない。
「ふむ、向こうの方から十数人程の一団が来ているね」
「十数人、ですか? 少ないですね……」
「向こうも偵察かもしれないね」
その偵察の指揮を執ったのは、お祖母様だった。
そういえば最初にアルフェンド王国の動きを察知して、私に教えてくれたのもお祖母様である。もしかしたらそういうことも、得意分野ということなのかもしれない。
「休戦の申し立て、という可能性もあるのではありませんか?」
「確かに関所は取り戻したけれど、それくらいで争いを止めないだろう。アズガルトはかなりの愚か者だからね。そういう奴がこれくらいでは止まらないことを、アタシはよく知っているよ」
私の希望的観測に対して、お祖母様は忌々しそうにそう呟いた。
その言葉には、実感がこもっている。過去にも何かあったのだろうか。
「クレメリアさんの言うように和平の申し出である可能性もありますから、こちらから攻撃するのはやめておきましょう。ただ、その可能性が低いということも充分わかっていますから、その一団をいつでも叩けるように監視をする方がいいでしょうね」
「まどろっこしいやり方だね。アタシが吹き飛ばす方が早いんじゃないかい?」
「お祖母様は、少し暴力的過ぎます」
「ご助力いただけるのは大変ありがたいですが、しかし僕はできることなら争いは避けたいと思っています。その選択肢を捨てたくはありません」
最近わかったことだが、お祖母様はかなり血の気が多い。老人であるというのに、その気質だけは血気盛んな若者のようだ。
ただウルギア様は温厚な人であるようなので、一先ず安心である。恐らく彼は、余程のことがない限りお祖母様の案に賛成はしないだろう。
私も、できる限り血が流れるのは避けたいと思っている。故にウルギア様が総合的な指揮官であるのはありがたい限りだ。
「あんたらは甘いね。まあ、そういう世代ということか」
「世代、ですか?」
「ああ、あんたの父親なんてもっとアタシよりの性格だったからね……まあ、平和な方がいいに決まっているから、あんたらの気質がアタシは嫌いではないが」
私達を見ながら、お祖母様は少し嬉しそうに笑みを浮かべていた。
和平が結ばれてから生まれた世代、それはお祖母様にとって嬉しい世代であるようだ。
そんな平和を、アズガルト様は壊そうとしている。それは、許されない暴挙なのだ。
◇◇◇
程なくしてやって来たアルフェンド王国の一団が、こちらに白い旗を振っているという事実に、私達は驚くことになった。
降伏を意味する行為をしている。つまりアルフェンド王国は、この争いをやめようとしているということだろうか。
ただ、これが罠であるという可能性は捨てきれない。故に私達は、油断せずに対応するべきだろう。
「とにかく、武装などがないかを確かめてください。あちらが無力であるということが証明できない限り、話し合いに応じることはできません」
「ええ、もちろん心得ております」
ドナテロ王国の兵士達も、当然場数は踏んできている。ここで気を抜くような者達ではないだろう。
ただ、私達には奇妙な空気が流れていた。アルフェンド王国の動きの意図が、あまり読めないからだ。
「まあ、兵士達がその場で判断を下したという可能性もある。関所が一瞬で突破されたのを見たという事実が、国に対する忠誠を上回ったのかもしれないね」
「現場の指揮官が、これ以上部下を傷つけたくないと判断したのならば、僕はこの降伏を受け入れますよ。無闇に争うことを、こちらは望んでいませんから」
「問題は、それでアズガルトのガキが止まるとは考えにくいということだね。降伏した者達はアルフェンド王国には戻れないだろうし、こちらの捕虜ということにするしかない」
お祖母様の言っていることは、状況的に一番あり得そうなことだった。
現場の判断というなら、理解できる。それ程に、お祖母様の力は圧倒的だったからだ。
もちろん、本当に休戦の申し出であるというならありがたいが、その可能性は限りなく低そうである。
「……ご、ご報告いたします!」
そんなことを考えていると、私達の元に一人の兵士がやって来た。
その兵士は、焦ったような顔をしている。何か異常事態でもあったのだろうか。そう思って、私は気を引き締める。
「何かあったのですか?」
「まだ尋問の途中ではあるのですが、あちらが少々奇妙なことを言い出しまして……」
「奇妙なこと?」
「一団の中にいる子供が、アルフェンド王国の王子であると言っているのです」
「それは……」
兵士の言葉に、私達は顔を見合わせた。
兵士が焦っていたのが、よくわかる。それが本当なら、確かにかなり大きいことだからだ。
「指揮していた王子が自ら、こちらに来たということでしょうか?」
「いえ、それが……兄と対立しているとかで」
「兄、それはアズガルト様のことですか?」
「恐らくはそうなのではないかと、戦争を企てているのは、現国王である兄だと言っていましたが……」
「なるほど、何かしらの事情があるようですね……」
謎の王子の言葉によって、私達はアルフェンド王国のことを少しだけ理解することができた。
恐らく、あちらも一枚岩という訳ではないのだ。新たに就任した王によって、アルフェンド王国は大きく揺れているらしい。
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