第4話 国境付近の町で
私は、お祖母様とウルギア様とともにドナテロ王国の国境付近まで馬車に乗って進んでいた。
王族と一緒に馬車に乗るというのは、初めての経験である。普通なら身分的に、同乗するなんてことはあり得ない。
ただ、今回は特別なのである。作戦会議などもしなければならないため、この方が都合がいいのだ。
「ペリーナ様、あなたのことは尊敬しています。ダルトナス先生から、ずっとその凄さは聞いていますから」
「ふん、まあ存分に尊敬するといいさ」
「あなたは僕の師匠の師匠、つまりは大師匠です。そう呼ばせていただいても構いませんか?」
「別に構わないよ」
そんな馬車の中で、ウルギア様は唐突に変なことを言い出した。
確かに、彼にとってお祖母様はそう表するに正しい立場にある人だ。
しかしわざわざそんな呼び方をする必要があるのだろうか。私には疑問である。
「あんたはダルトナスのことをかなり尊敬しているみたいだね?」
「ええ、先生には魔法の全てを教わりましたから」
「あいつもそれなりにやるようになった訳か……」
ウルギア様の言葉に、お祖母様は少し誇らしそうにしていた。
それはお祖母様なりに、弟子の成長を喜んでいるということだろうか。
「ところで、クレメリアさんは大師匠のお孫さんなんでしたよね?」
「え? ええ、そうですけど……」
「魔法は大師匠から教わったんですか?」
「はい、そうですね」
「なるほど、アルフェンド王国の偉大なる聖女のルーツは、大師匠にあった訳ですか……」
そこでウルギア様は、私の方に目を向けてきた。
彼の視線からは、敬意のようなものが伝わってくる。お祖母様の系譜である私も、彼の尊敬の対象ということだろうか。
「しかし、クレメリアさんはダルトナス先生の妹弟子ということになるのですね?」
「え? ああ、確かに言われてみればそう言えなくもないですね」
「ということは、僕にとっては叔母ということになりますか」
「叔母……」
ウルギア様の言葉に、私は思わず顔を引きつらせてしまった。
確かに彼が言っていることは正しい。師弟関係でいえば、私は彼の叔母といえるだろう。
しかし、彼に叔母扱いされたくはなかった。なぜなら私達の年は、それ程変わらないからだ。
「言っておきますが、伯母弟子などとは言わないでくださいね? 私とウルギア様は、同年代なのですから」
「え? あ、はい。もちろんです。そんなことは言いませんよ」
「そうですか? それなら、いいんですけど……」
私の言葉に、ウルギア様は少し困惑している様子だった。つまり、彼もそんな風に言うつもりはなかったということなのだろう。
なんというか、私はウルギア様の少し天然な所が苦手なようである。もしかしたら私と彼は、波長が合わないのかもしれない。
◇◇◇
ベルトチカという町は、ドナテロ王国とアルフェンド王国との国境付近にある村だ。
二つの国が和平を結んでからというもの、この町には二つの国を行き来する旅人が立ち寄り、それなりに賑わっていたそうだ。
しかしその町は、今は静かである。その理由は明白だ。二つの国との間の行き来が、できくなくなったからである。
「どうやら、アルフェンド王国側は本当に仕掛けるつもりのようですね。こちらに無断で関所を封じるとは……」
「お祖母様の言う通り、早くこちらに来ておいてよかったですね」
「まあ、あのガキの考えることくらい予想はつくさ」
ベルトチカの町に辿り着いてから、私達は町民から色々と話を聞くことになった。
どうやら、国境付近は荒れているらしい。アルフェンド王国が、既に動いているようだ。
「アタシ達がやるべきことは一つだ。アルフェンド王国側から来るであろう兵達を退けることだ」
「やはりそういうことになるのですね……」
「当然だろう。あっちが仕掛けるつもりなんだ。こっちもそれなりの対応をする必要がある」
お祖母様は、とても好戦的だった。それは恐らく、生まれた時代が違うからなのだろう。
私とウルギア様は、二国間の争いなど経験していない世代だ。一方、お祖母様は和平が結ばれる前から生きている。故に、特に躊躇いはないのだろう。
「なんとかして、彼らの侵攻を事前に阻止できないでしょうか?」
「それは難しいだろうね」
「そうですか……」
ウルギア様は、少し悲しそうな顔をしていた。
その気持ちはよく理解できる。私だって、できることなら争いは嫌だ。
しかし、お祖母様の言っていることも正論である。ここまで来たら、もう争いを止めることはできない。アルフェンド王国側に、止まる理由などないからだ。
「ウルギア、あんたも覚悟してきたはずだろう。王家の一員として、的確な判断を下しな」
「……もちろん、それは心得ています。血を流したくはありませんが、その辺りのことを割り切ることはできます。これでも、王子ですから」
「いい目をしているね。その目は期待ができる目だ。クレメリア、あんたも覚悟はいいかい?」
お祖母様に言われて、私は少しだけ固まった。
だが、私も覚悟はしてきている。これでも元聖女だ。いざという時にどうするべきかは、よく理解している。
「覚悟はできています」
「それならいいさ」
「お祖母様、無理はしないでくださいね?」
「ふん、アタシの心配なんていらないよ」
私はお祖母様の言葉に力強く頷いた。
こうして私達は、アルフェンド王国と戦う覚悟を決めたのだった。
◇◇◇
二つの国にまだがる関所は、アルフェンド王国の兵士達によって制圧されていた。
そこを制圧するということは、和平を破ったことに等しいことである。ただ、あちらの国はまだこちらには攻め込んでこない。まだ作戦を決めかねているということだろうか。
「ひどくちぐはぐな印象を受けますね……」
「ちぐはぐ、ですか?」
「関所を制圧したなら、すぐにこちらに攻め込んでくるはずです。あそこに留まっているというのは変な話です。その時点で和平を破ったことになりますから、こちらの反撃を受けることになるかもしれません」
「なるほど、確かにそれはそうですね」
ウルギア様は、アルフェンド王国側の動きを疑っていた。
彼らのちぐはぐな行動を受けて、かなり悩んでいるようだ。
「しかし、あちらが手をこまねいているならチャンスともいえるだろう。関所は取り戻しておく方が、こちらにとっても都合が良い」
「それはもちろんそうですね。ただ、あそこを攻めるのは難しいでしょう。防衛線という観点からみれば、関所は強い場所です。しっかりと作戦を練らなければ……」
「ふん、そういう時のためにアタシが来たのさ。クレメリア、あんたとアタシで先陣を切るよ」
「私達が、ですか?」
そんなウルギア様に対して、お祖母様は強気だった。
基本的に、お祖母様はいつもそうだ。圧倒的な実力があるため、常人では考えられないようなことをしようとする。
「お祖母様が優秀な魔法使いであることは知っていますし、私だって自負があります。でも、鍛え上げられた兵士達が守る関所をそう簡単に切り崩せるでしょうか?」
「あんたは存外自分の実力というものをわかっていないようだね。アタシとあんたが協力すれば、不可能を可能にできるのさ」
「そ、そうなのでしょうか?」
お祖母様の言葉に、私は少し怯んでしまう。
自信満々なお祖母様に押されてしまうと、なんだか本当にできるような気がする。そんな風にいつも流されてしまうのは、私の悪い癖だ。
だが、今日という日はそういう訳にはいかないだろう。この戦いは、多くのものがかかっている。慎重にいかなければならないものなのだ。
「お祖母様、ここは作戦を練るべきです。攻めるにしても、ドナテロ王国の兵士達と協力して攻めるべきです」
「面倒くさいことを言うんじゃないよ。あんたが何と言おうとアタシは行くからね」
「あ、お祖母様、待ってください」
説得を試みてみたが、お祖母様はそれを聞かずに歩き始めてしまった。
お祖母様のことだ。冗談ではなく本気で行くつもりである。そうなってしまうと、私もついて行かざるを得なくなる。
「ウルギア様、申し訳ありません」
「……いいえ、仕方ありませんよ。ここは大師匠に従うとしましょう。念のため、こちらの兵も同行させますが」
「ありがとうございます」
ウルギア様にお礼を述べてから、私はお祖母様を追う。
こうして私は、お祖母様と一緒に関所を攻めることになってしまったのである。
◇◇◇
「お祖母様、待ってください!」
私は、関所に真っ直ぐに向かうお祖母様を追いかけていた。
お祖母様は、隠れる気がまったくないようだ。堂々と正面から関所に向かっている。
しかしそれは、流石に危険だ。いくらお祖母様が優れた魔法使いでも、待ち構える兵士達も手練れであるのだから。
「クレメリア、あんたはあの関所の周りに結界を張り巡らせな」
「え? 結界、ですか?」
「ああ、あそこ以外に被害は出したくないからね。アタシが魔法を放つまでに終わらせな」
「えっと……」
お祖母様は、こちらを特に待ってくれなかった。
どうやら、何かしらの魔法を行使するつもりであるらしい。まだ関所まではそれなりに距離があるはずなのだが、一体何をするつもりなのだろうか。
そんなことを思いながらも、私は関所の周りに結界を張り始めた。周囲への被害を抑えることは、何よりも大切なことだからだ。
「ああクレメリア、頭上だけは開けておいてくれよ」
「頭上? なんだか注文が多いですね……」
「すぐにわかるさ。上を見な」
「……え?」
そこで私は、お祖母様が指差している空を見上げた。
そして思わず固まってしまった。関所の遥か上空に、巨大な岩が現れていたからだ。
「お祖母様、あれは……」
「集中を乱すんじゃないよ。あんたの結界がないと、本当に周囲にまで被害が及んじまう」
「わかっています。でも、あれは一体なんなんですか?」
「隕石さ」
「隕石……」
上空に現れた岩は、ゆっくりと地上へと降下していく。
それは恐らく、お祖母様の魔力によって引き寄せられているということなのだろう。
あんなものが地上に普通に落ちたら、大惨事である。困惑しながらも、私は結界をより強固なものへと変質させていく。
「隕石って、確か宇宙から降り注いでくるもの、でしたよね? そんなものを操る魔法なんて、聞いたことがありませんよ」
「まあ、高度な魔法だからね。ただ、あんたのレベルならこの魔法も使えるだろうさ」
「使う機会が、あまりに少なそうですけれど……」
「そうだろうね。そう思って、アタシも教えていなかった」
遠目からではあるが、関所で兵士らしき者達が慌てているのが見える。
空から降り注ぐ岩から、なんとか逃げようとしているのだろう。
ただ、彼らは逃げられない。私の結界が、それを阻んでいるからだ。
「あっ……」
「ふん……」
次の瞬間、隕石は関所に降り注いだ。
巨大なる岩は、いとも簡単にそこにあった建物を崩していく。
同時に聞こえてきたのは、兵士達の叫び声だった。お祖母様は、一瞬で敵の拠点を潰してしまったのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
よろしかったら、下にある☆☆☆☆☆から応援をお願い致します。
ブックマークもしていただけるととても嬉しいです。
よろしくお願いします。




