第2話 思わぬ再会
私とお祖母様は、無事にドナテロ王国に入国していた。
過酷なガムテット山を越えるということはやはり想定されていないらしく、国境警備などは行われていなかった。そのため、恐らく私達の不法入国は察知されていないだろう。
しかしながら、私もお祖母様もその道中でかなり疲弊していた。優れた魔法使いであっても、この道中はきつかったのだ。
という訳で、私とお祖母様はガムテット山の付近までなんとか赴き、そこで宿を取った。
しばらくここで休んで、山越えの疲労を癒す。それが私達の今の方針だ。
「まったく、年は取りたくないものだね。あの山を越えただけで、ここまで疲労するなんてね……」
「逆に昔は大丈夫だったんですか?」
「もちろんさ。まあ、あんたの場合はまだ若いから疲労しているんだろうさ。もう少し鍛錬して全盛期を迎えれば、あの山くらい軽いものさ」
「そうでしょうか……」
お祖母様はこう言ってくれているが、あの山はいつまで経っても厳しい気がする。というかできれば、もう山越えなんてしたくはない。
若い頃のお祖母様は、一体どれ程優秀だったのだろうか。あの山を軽いものなんて言い切れるなんて、正直意味がわからない。
「それでお祖母様、これからどうするんですか?」
「しばらくここで休んで、王都に向かうことになるだろうね。まあ、道中はアタシに任せておきな。この国のことはよく知っているからね」
「お祖母様は、最後にドナテロ王国に来たのはいつなんですか? 年数が経っていると、ドナテロ王国も色々と変わっていると思うんですけど……」
私が物心ついてから、お祖母様はドナテロ王国に行っていないはずだ。
となると、十年以上こちらの国に来ていないということになる。そのため、道中が少々心配だ。無事に王都に辿り着けるのだろうか。
「あんたは心配性だね。ただ、あんたが言っていることも一理ある。アタシはもう三、四十年くらいこちらの国には来ていない。念のため情報収集しておく必要はあるかもしれないね」
「お、思ったよりも来ていなかったんですね。大丈夫ですか? そんな状態でいきなり国王様を訪ねて……」」
お祖母様は、かなり久し振りにドナテロ王国に入国したようだ。
それを聞くと、こちらの国の王族に顔が利くということも心配になってくる。訪ねても無下にされたりしないだろうか。
「そう心配するんじゃないよ。これでも、結構信用されているからね。その程度の年数で揺らぎはしないさ」
「そういうものなのですか?」
「ああ、そうだとも。まあ、あんたは余計な心配はせず、アタシに任せておきな」
「は、はい……」
お祖母様のことは、私も信頼しているため、とりあえず細かいことは気にしないことにした。
今はとにかく、山越えの疲れを癒すことが重要だ。なるようにしかならないのだし、頭を空っぽにして休息するとしよう。
◇◇◇
私とお祖母様は、宿を取った町の中を歩いていた。
この町は、ナルベルムという町であるらしい。お祖母様曰く、この町自体は昔からあったようである。
「といっても、この町のことはよく知らないね。来たことはあるはずなんだが、記憶はほとんどない。正直、知らない町といっても差し支えないね」
「まあ、ガムテット山を越えたりしなければ、この町には来ませんか。国境を普通に越えれば、良い訳ですからね」
「ああ、そういうことさ」
お祖母様が覚えていないということは、ドナテロ王国に何か変化があったのかはこの町からは読み取れなさそうだ。
町の様子は、アルフェンド王国と変わらない。国の発展具合としては、あちらの国と変わらないと考えられる。
「アルフェンド王国は、四十年でどれくらい発展したんですか?」
「ふむ、まあ色々なことが変わったね。そう考えると、あんたが言う通りドナテロ王国も変わっているのかもしれない。大抵の場合発展していることを考えると、王都に行くのも以前より簡単になっている可能性はあるね」
「それを確かめるためにも、ここまで来た訳ですからね」
そんなことを話している間に、私達は雑貨屋まで辿り着いていた。
ここで地図などを買って、私達は今後の旅路を決めるのだ。
「失礼します」
私とお祖母様は、ゆっくりと雑貨屋の中に入った。
私の言葉に対して、店内からは返答がない。もしかして留守だろうか。いやそれなら、店が開いていることがおかしいことになる。
もしかしたら、店の奥になどにいるのかもしれない。そう思って、私は地図を探す。
「あ、お祖母様、あそこに地図がありますよ」
「ふむ、これで予定が立てられそうだね……うん?」
「お祖母様、どうかしましたか?」
そこでお祖母様は、驚いたような顔をした。
その視線の先には、一人の初老の男性がいる。私は知らないが、お祖母様の知り合いだろうか。
「……おや」
その男性も、お祖母様と同じように驚いたような反応をした。
その後彼は、こちらに近づいて来る。柔和な笑顔を浮かべたその男性は、少し胡散臭いような気もしてしまう。
「ペリーナ様、お久し振りですね。まさかあなたとこんな所で出会うとは……」
「ダルトナス、二十年振りくらいか、あんたも老けたもんだねぇ」
「そういうペリーナ様は、相変わらずのようで」
「はっ! そういう所は変わっていないようだね」
ダルトナスと呼ばれている男性は、お祖母様と親しそうに会話をしていた。
しかし二人は、かなりの間会っていないらしい。私が生まれるよりも前ぶりというと、かなり大昔になるだろう。
そして私は、二人の話に少し違和感のようなものを覚えていた。なんというか、何かが変な気がするのだ。
「……ところでペリーナ様、そちらのお嬢さんは一体?」
「ああ……この子は、アタシの孫のクレメリアだ」
「お孫さん……」
お祖母様の知り合いらしいダルトナスさんは、私の方に目を向けてきた。
解説を聞いて、彼は目を丸めている。なんというか、信じられないという顔だ。
「お子さんがいらっしゃったんですか? まずそこから初耳なのですが」
「いや、そういう訳ではないさ。この子は赤ん坊の頃に捨てられてね。アタシが拾ったのさ」
「なるほど……しかし、あなたがそういうことをしたという事実が、私にとってはどちらにしても驚きです」
「ふん、らしくないことをした自覚はあるよ」
ダルトナスさんからの指摘に、お祖母様は少し恥ずかしそうに目をそらしていた。
その反応に、私は思わず笑ってしまう。なんというか、微笑ましかったからだ。
同じことを思ったのか、ダルトナスさんも笑っていた。それによって、お祖母様は少し機嫌が悪くなっているような気がする。
「しかし、お嬢さんはどこかで見たことがあるような気がしますね……」
「ああ、この子はつい最近までアルフェンド王国の聖女をやっていたからね。どこかで顔を見たんじゃないかい」
「聖女? なるほど、ペリーナ様のお孫さんというだけはありますね……」
再び私に視線を向けたダルトナスさんは、興味深そうな顔をしていた。
先程の会話からもなんとなく察していたが、彼も魔法使いであるのだろう。お祖母様も一目置いていそうだし、結構優秀な魔法使いなのかもしれない。
「ああそうだ、ダルトナス。アタシ達は王城を目指しているんだが、いい道筋を知らないかい?」
「王城ですか? ああ、それなら私が案内しましょうか? 実の所、私も王城には用があるのです」
「ほう、それは丁度いいじゃないか。クレメリア、この男について行くということでいいかい?」
「え? ええ、私は構いませんよ」
お祖母様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
この国のことをよく知っている人が案内してくれるなら安心である。
ただ、私は少し気になった。彼は一体、何者なのだろうか。王城に用があるとなると、かなりすごい人であるような気がするのだが。
「お祖母様、ダルトナスさんは一体何者なんです?」
「ああ、すみません。自己紹介がまだでしたね。私は、ダルトナス・ヴォルトン。ペリーナ様の弟子で、こちらの国では魔法の家庭教師をしています」
「魔法の家庭教師?」
「ええ、色々と縁あって王子の家庭教師もさせていただきました」
「なっ……!」
ダルトナスさんの言葉に、私は驚くことになった。
どうやら彼は、本当にかなり優秀な魔法使いであるらしい。
◇◇◇
「いやまさか、アルフェンド王国の聖女と議論を交わすことができるとは思っていませんでした」
「ダルトナスさん、私はもうクビになったので元聖女ですよ」
「ああ、そうでしたね……」
馬車での道中、私はダルトナスさんと魔法についての会話を交わしていた。
王子の家庭教師をする程に優秀な彼との話は、とても有意義であった。この道中で彼と出会えたことは、私にとって非常に幸福なことだったといえるだろう。
「……あんた達も飽きないね」
そこでお祖母様は、ゆっくりと目を覚ました。
私達が議論を交わしている間、お祖母様は寝ていた。といっても、本当に寝ていたかどうかはわからない。もしかしたら、不貞寝していただけという可能性もある。
「ペリーナ様は、本当に相変わらずであるようですね。こういった議論は、いつでも楽しいというのに……」
「アタシはあんた達と違って、無駄な会話なんてする必要がないと思っているからね」
「そうやって昔から付き合ってくれないんですよねぇ」
「あ、わかります。お祖母様、こういうお話には付き合わないんですよ」
「アタシにわかることなら、大抵の場合は答えるさ。あんた達がやっている答えの出ない議論をしないというだけだ」
ダルトナスさんは、お祖母様と本当に親しい関係であったらしい。そのお陰もあって、私とも話が合う。
お祖母様のことをよく知っている人は、意外にも少ない。私が後知っているのは、亡きエルベルト様くらいだろうか。
「ダルトナスさんは、お祖母様と二十年振りくらいの再会なのですよね? えっと、どういった関係でお知り合いになったのですか?」
「え? ああ……」
そこで私は、ダルトナスさんに質問をした。
するとお祖母様の目が鋭くなる。やはり私に、過去のことを詮索されたくはないようだ。
「まあ、ペリーナ様は私の師匠のようなものですよ。当時調子に乗っていた私は、ペリーナ様によってひどく打ちのめされました」
「打ちのめされた?」
「ペリーナ様は、私よりも遥かに優秀な魔法使いでしたからね。足元にも及ばず、そこからは修練の日々でした」
ダルトナスさんは、とても懐かしそうにしていた。
それらの日々は、彼にとっていい思い出なのだろう。それがよく伝わってくる。
「あんたは生意気なガキだった……そう考えると、今は落ち着いているような気もするね」
「それはまあ、私も年を取りましたからね」
「年を取った……ふん、そうかい」
お祖母様はぶっきら棒な振りをしているが、とても嬉しそうだ。
やはり、旧知の弟子と再会できたのが嬉しいのだろう。それを理解して、私は笑顔になるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
よろしかったら、下にある☆☆☆☆☆から応援をお願い致します。
ブックマークもしていただけるととても嬉しいです。
よろしくお願いします。




