第1話 新たな国王
ベッドの上で横になっているのは、このアルフェンド王国の国王エルベルト様である。
病魔に侵されている彼は、もう長くないと聞いていた。実際に見たことによって、私はそれを事実であると深く実感する。
ひどくやつれた国王様からは、以前までのような威厳は感じられない。まるで別人のようだ。
「聖女クレメリア、来てくれたか……」
「国王様、失礼致します……」
「そう固くなる必要はない。楽にしてくれ。私もこんな状態だ。固くなられるとむしろ困ってしまう」
ぎこちなく笑みを浮かべる国王様は、とても穏やかな様子だった。
それが自身の最期を悟っているような気がして、私は少し悲しくなってくる。
しかし、そんな風に落ち込んでいる場合ではない。国王様が私を呼び出したのには理由があるはずだ。私は、それを確かめなければならない。
「国王様、それでは、本日は一体どのようなご用件で?」
「用件という程ではないのだ。ただ、この国を背負っていた者として、少しお主に聞いて欲しいことがある」
国王様は、真剣な表情をしていた。
聖女になってから、国王様とは幾度となく言葉を交わしてきたが、きっとこれが最後になるだろう。彼の雰囲気から、私はそれを悟った。
尊敬できる王からの最後の言葉に、私は身構える。心して聞かなければならないと思ったからだ。
「自分で言うのもなんだが、私はこれまでこの国の王としてそれなりに成果を上げてきたつもりだ。隣国であるドナテロ王国と和平を結び、ガルマタ地方で起こった大災害からの復興もした。これでも上手くやってきたつもりだ」
「ご謙遜する必要はないと思います。国王様は立派な方です。それはこの国の国民の誰もが知っていることですよ」
「そう言ってもらえると私もありがたい」
私が生まれる前から、国王様はこの国を治めていた。その偉業の数々を、私は聞いたり実際に見たりしている。
もちろん失敗などもあっただろうが、それでも国王様は立派だった。少なくとも私は、そう思っている。
「ただ、私が成した全ての事柄というのは、私一人で実現できるものではなかった。周囲の人々の支えがあってこそのことだ。故に、私はお主にお礼を言いたい。これまでこの国のために尽力してくれて、ありがとう」
「いえ、そんな……」
「どうか、これからもこの国をよろしく頼む」
「……はい」
国王様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
当然のことながら、私はこれからも聖女として尽力していくつもりだ。この国が私の力を必要としてくれている限り、それは変わらない。
「お主のことは信頼している。あのペリーナ様の孫ということもあるが、お主の堅実な働きには目を見張るものがある。歴代の聖女の中でも、お主程に優秀な者はおるまい」
「お褒めいただき光栄です。そういえば、国王様はお祖母様とお知り合いだったのですね」
「彼女には、若い頃に世話になった……ああ、里帰りすることがあれば、よろしく言っておいてくれ」
「わかりました」
それから私は、国王様としばらくの間話をした。それが国王様とした最後の会話であった。
◇◇◇
「聖女クレメリア、お前はクビだ」
「……え?」
玉座の間にて告げられた言葉に、私は驚いた。
目の前にいるのは、王位を継承したかつての第一王子アズガルト様だ。彼は、鋭い双方の瞳で私を睨みつけてくる。そこからは明確な敵意が読み取れた。
しかし、私にはその敵意の意味がわからない。私は、彼が就任してからも聖女として尽力してきたはずなのだが。
「アズガルト様、それは一体どういうことですか?」
「無能な聖女は必要ないということだ」
「無能?」
「聖女クレメリア、お前は所詮父上の恩人の孫であるから、聖女の地位に就いたに過ぎない。その能力には、甚だ疑問がある。そのような者に、この国の聖女を任せられる訳がない」
アズガルト様の言っていることが、私にはまったく理解することができなかった。
自分で言うのもなんだが、私は優秀な魔法使いである。私よりも優秀な人がいないとは言わないが、それでも国内でも随一の実力者であるはずだ。決して、お祖母様が国王様と知り合いだったからこの地位に就いた訳ではない。
「アズガルト様、お言葉ですが、私はこの国の中でも五本の指に入る程に優秀な魔法使いであると自負しています。私が不適格であるというなら、一体誰が適任だというのですか?」
「口だけは達者であるようだな、聖女クレメリア。しかし残念ながら、俺は既にお前よりも優秀な女性を見つけている」
「それは一体……」
私の言葉に、アズガルト様は笑みを浮かべていた。
そこで彼の隣に、ドレスを着た女性が現れる。身なりからして、あれは貴族の女性だ。
「彼女は、ラナルナ・マナドア侯爵令嬢だ」
「ラナルナ・マナドア侯爵令嬢……?」
アズガルト様から名前を告げられて、私は少し考えた。
しかし、その令嬢の名前を私は聞いたことがない。優秀な魔法使いであるならば、一度くらいは耳にしたことがあると思うのだが。
「彼女こそが、真なる聖女に相応しい魔法使いだ」
「ふふっ……」
ラナルナ嬢は、私に対して下卑た笑みを向けてきた。
彼女が何者なのか、それはわからない。ただ少なくとも、彼女は私の味方ではないようだ。その表情から、それがよく伝わってくる。
「聖女クレメリア、あなたには聖女としての才能はありませんでしたが、ペテン師としての才能はあったようですね……ですが、それも今日で終わりです。これからは真の聖女である私が、この国の上に立つのですから」
「……という訳だ。聖女クレメリア、お前にはもう価値がないのだよ」
「そんな……」
ラナルナ嬢とアズガルト様は、冷たい視線で私を見下ろす。
こうして私は、聖女の地位を剥奪されたのである。
◇◇◇
アルフェンド王国とドナテロ王国に跨るガムテット山の中腹には、小さな家がある。
その家に暮らしている一人の女性は、一部の人からこの国でも最も優秀な魔法使いであると名高い。その魔法使いペリーナは、私の話を聞いてひどく不機嫌そうにしている。
「どうやら、あのガキはろくでもない大人になったようだね……エルベルトは、能力的にも人格的にも優れていたが、その資質は引き継がなかったという訳か」
「お祖母様は、アズガルト様のこともよく知っているのですか?」
「まあ、アタシも若い頃はこの国に手を貸していたからね。知らないという訳ではないさ」
お祖母様の経歴を、私はそこまで知っている訳ではない。
国王様とも知り合いであり、国に手を貸したと本人からも聞いているが、その経歴は結構不明瞭なのである。
一度調べてみたが、お祖母様の記録は公的に残ってはいなかった。本人に聞いても教えてはくれないし、謎が多いのである。
「しかしながらお祖母様、アズガルト様が連れてきたラナルナ嬢が、私よりも優秀な魔法使いであるという可能性もない訳ではないのではありませんか?」
「ほう?」
「お祖母様だって一部の人にしか知られていない訳ですし、私よりも優秀な魔法使いがいたのかもしれません。それで正論ということにはなりませんが、それでももしもそうであるならば、彼の言っていることを全て否定することはできないと思うんです」
そこで私は、お祖母様にそのようなことを言ってみた。
アズガルト様の横暴は、許せないことではある。ただ、もしもラナルナ嬢が私よりも遥かに優秀であるならば、彼の論も少しは納得できなくはない。
「それはあり得ないことだね。この国の中で高名な魔法使いであるならば、誰かが一度はその名前を耳にするはずさ。この山奥で育ったあんたでさえ、王国の者達は知っていただろう。侯爵令嬢ならば、隠れていることなんてできないはずだからね」
「それは、そうですね……」
「それに、このアタシが見逃すなんてことはあり得ない。優秀な魔法使いの魔力なら、アタシが感じ取っている。つまり、その女の方がペテン師という訳さ。どのような手を使ったかはわからないが、それは間違いないね」
お祖母様は、ラナルナ嬢を高らかに批判した。その声色からは、激しい怒りが伝わってくる。
恐らくお祖母様は、私のために怒ってくれているのだろう。ぶっきら棒であるが優しい。お祖母様はそういう人なのである。
そういった人がいてくれるというのは、私にとっては救いだ。お祖母様と話しながら、私はそんなことを思うのだった。
◇◇◇
聖女をクビになってから、私はお祖母様と一緒に山奥の家で暮らしていた。
幸いなことに蓄えはあったし、そもそも以前はここでほぼ自給自足の生活を送っていたため、特に生活に不自由している訳ではない。
ただやりがいがあった聖女の仕事がなくなって、少し虚しいような気もする。しかし、それはきっと時間が解決してくれるだろう。
「まずいことになったね……」
「まずいこと、ですか?」
そんな風に考えていた私は、お祖母様の呟きに少しだけわくわくしていた。
不謹慎ではあるが、何かやるべきことがあるというのは嬉しい。そう思ってしまったのだ。
「クレメリア、あんたをクビにしたアズガルトはどうやら間抜け所の話ではないみたいだ」
「アズガルト様?」
しかし私は、躍っていた心をすぐに鎮めることになった。
国王の名前が出た時点で、それが日常の些細な問題ではないことがわかったからだ。
もしかしたら、これは何か大変なことが起こっているのかもしれない。少なくとも、わくわくなんてしていては駄目だろう。
「お祖母様、何があったのですか?」
「王国の兵士達が、近くの村まで来ているようだ。兵士達は、何か準備をしているらしい」
「準備、ですか?」
お祖母様の言葉に、私は少し考えることになった。
兵士達が、この近くの村で準備する。それは一体、どういう意味を持つのだろうか。
その答えは、すぐに思いついた。ただそれは、できれば外れていて欲しい予想だ。
「まさか、アズガルト様はドナテロ王国に侵攻しようとしているのですか?」
「その可能性はあるだろうね。国境付近の村に、兵士が多く集まる理由なんて、それくらいしか思いつかない」
「もしもそうだとしたら、大問題ではありませんか」
「ああ、由々しき事態だね。まあ、まだ可能性の段階ではあるが」
私達の予測が当たっていた場合、大変なことが起こってしまう。二つの国が争うなんてことは、絶対にあってはならないことだ。
これでは、先代の王様も浮かばれない。彼がどんな想いで隣国と和平を結んだのか、それくらいはアズガルト様も理解していると思っていたのだが。
「幸か不幸か、この山は恐らく戦火には襲われないだろうね。戦場として、ここまで不適切な場所はない。しかしクレメリア、あんたのことだ。この事態を放っておきたくはないだろう」
「それは、そうですが……」
「仕方ない。ドナテロ王国に行くとしよう。あっちの王にもアタシはある程度顔が利く。今回の件を相談するとしようじゃないか」
「お祖母様……」
お祖母様の提案に、私は少し驚いた。
今日に至るまで、お祖母様は隠居生活を送っていた。そんな彼女が、今回のことで行動を起こすということが、私にとっては意外なことだったのだ。
もしかしたら、お祖母様も亡き先代の国王の意思を汲んでいるのかもしれない。旅の準備を始めるお祖母様に、私はそのようなことを思うのだった。
◇◇◇
私とお祖母様は、話をしてからすぐに家を旅立った。
私達が暮らしているガムテット山は、二つの王国に跨る山だ。故に、ドナテロ王国にもすぐに入ることができる。
しかしそれは、いわば不法入国である。きちんとした手続きをして、関所を越えるというのが本来の国への入り方だ。
「今は形なんかにこだわっている場合ではないだろう。安心しな。ガムテット山を越えて国に入るなんて、ドナテロ王国も想定していない道さ。こんな山を抜けるなんて、命がいくつあっても足らないからね」
「その命がいくつあっても足りない道を、私達はこれから行くんですか?」
「手っ取り早いからね。年寄りに長旅をさせようとするんじゃないよ」
「年のことを考えるなら、尚のこと安全な道を通った方がいいと思うんですけど……」
色々と話し合った結果、私とお祖母様はガムテット山を越えるという方法を取ることにした。
正規の入国では時間がかかり過ぎてしまうため、今回は致し方ない。そう割り切って、私は険しい山道を進んで行く。
「まあ、あんたが並の魔法使いであったなら、アタシもこんな無茶な道は行かないけどね……自分の優秀さを、恨むといいさ」
「褒めてもらえるのは嬉しいんですけど、お祖母様はいつもちょっとひねくれていますよね?」
「そういう性分なのさ。諦めな」
山越えはとても厳しい道ではあるが、国の中でも五本の指に入る魔法使いである私達にとってはそれ程難しい道程ではない。
数多の魔法の知識とそれを行使するだけの実力があれば、この程度のことは可能なのだ。もっとも、山を抜けた後はしばらく休む必要はあるが。
「それにしても、お祖母様がドナテロ王国とも繋がりを持っていたとは驚きです。一体若い頃は、何をされていたんですか?」
「秘密の一つや二つくらいある方が、いい女という感じがするだろう?」
「それも答えてはくれないのですね……」
お祖母様に過去を聞いても、いつもこのようにはぐらかされてしまう。
少しくらい教えてくれてもいいと思うのだが、それらのことは墓まで持っていくつもりということなのだろうか。
「お祖母様は秘密主義者です」
「必要なことは教えているだろう。魔法の技術だって、あんたのことだって、アタシはちゃんと教えてきた。アタシの過去は、あんたが知る必要がないことのなのさ」
「お祖母様のことを、私は知りたいと思っていますよ」
「今だけじゃ不十分かい?」
「もっと知りたいということです」
私とお祖母様は、血が繋がっていない。以前ガムテット山で置き去りにされていた私を、お祖母様は拾ってくれたらしい。
ただそんなことは関係なく、私はお祖母様のことをたった一人の家族だと思っている。その人のことを知りたいと思うことは、そんなにいけないことなのだろうか。
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