虹色と小さな賢者
「う、うん……?」
身体の違和感に、徐々に意識が覚醒していく。
目を開く。天井を見つめる。
あれ?ここどこだ?青葉荘の年季の入った木の天井でも、病院の白いタイルの天井でもない。中央に埋込式のダウンライトがあり、その周囲には白いクロスが広がる、品のある天井だ。
身体を起こす。
ああ、そうか。俺、白峰研究学園都市に単身赴任になってたんだった。
そこに白銀の髪に虹色に光る目のテマリが現れる。珍しく、俺が目覚めてからのご登場だが、相変わらずのニコニコ顔だ。
『誠二郎、おはようございます!どうでした?タワマン、一日目。よく寝られましたか!?』
「おはよう、テマリ。よく眠れたよ。最高だな!ここ!」
『でしょう!』
ぷかぷかと浮きながら、胸を張るテマリ。今日のTシャツにプリントされた文字は『高級タワマン一日目』だった。
ん?んん?なんだか身体がムズムズするような。なんだこれ?
ベッドや部屋が高級過ぎて、俺の体が拒絶反応をおこしてるとか……?
そんなことないよね?
『それは、あれですね。テマリシステムの閉じてた部分を一部解放したからです!』
閉じてた部分を解放?どういうこと?
『誠二郎のテマリシステムへの適合度が上がってきたので、今まで動かしてなかった回路を開通させました!身体機能も、情報処理能力も上がってると思いますよ!』
さらっと言ってくるけど、それってとんでもないことなんじゃないか。
要は、クミヒモシステムのレベルが上がったのと似たようなことかな?
『ポンコツなクミヒモシステムを例に出されるのは納得がいきませんが……そのようなものですね!』
ベッドから立ち上がる。
「お、おお!身体が軽い。身体が軽いぞ。」
これってやっぱり、ニンペも強くなるのか?
『強くなります。情報処理能力も上がりますし、反射速度も向上します。よかったですね!』
「おう!」
でもなんか、ズルしてるみたいで申し訳ないかも。
『何言ってるんですか。そんなこと言ったら、クミヒモシステムをずっと使ってきた他のプレイヤーもズルしてきたことになりますよ?』
それもそうか。
「さて。テマリ、じゃあ朝のアレ頼む。」
『はい、誠二郎!デイリーミッション、いきますよ!』
ドゥルルルルル……パンパカパーン!
――『ガチャガチャ「惑星と衛星シリーズ」で「月」を入手せよ。』
ふむ。ガチャガチャイベントか。
青葉市から300km近く離れて最初のミッションがこれ?
俺はガチャガチャを引きに単身赴任してるのだろうか?
……まあ、いいか。そんなに難しいミッションじゃないだろう。ちょちょいと終わらせてニンペやろう。
「テマリ、このあたりで『惑星と衛星シリーズ』のガチャガチャが置いてあるところってどこか分かるか?」
『今調べますね。んーと……、ありました!えっと、白峰ショッピングモール。駅の近くですね!歩いていけますよ!』
「そこって家電量販店ある?キーボードとマウス買わなきゃ。」
『誠二郎、ご安心を。大きいのがあります!ここは研究学園都市ですからね。そういった需要も多いみたいです!』
それもそうだ。
「んじゃ、とっとと終わらせて、帰ってニンペしよう!行くぞ、テマリ!」
『はい、誠二郎!』
※※※
…………。
まさか、エレベーターに乗るだけでこんなに待つとは。
出勤の時間と重なったせいか、エレベーターの前には行列ができていた。こんな光景、初めて見た。
廊下に敷かれたふかふかの絨毯の上にできる、レベル高めな高所得者層の方々の大渋滞。なかなか笑える。
ぜんぶの階でこんな状態なら、そりゃエレベーターも止まるわけがない。
テマリもぷかぷかと浮きながら、眉を寄せている。
『これ……設計ミスってますね。困ったものです!誠二郎、私としりとりでもして、時間をつぶしませんか?』
大規模言語モデルのお前としりとりして、俺が勝てるわけなかろう。
うーむ。
これは、引きこもり向きだな。ちょこちょこ外に出る人には向いてなさそうだ。
デリバリで食事をし、ネット通販でものを買う。そして、リモートで仕事ができるような、そんな生活をしている人には最高だろう。
つまり、家でずっとニンペをやる俺みたいな人間向けということだ。
でも、ミッションさんは、絶対にそんなの許してくれないはず。外出させるような、ミッションを出してくるはずだ。よって俺は引きこもれない。
あと、この行列。明らかに低レベルの俺を見る見下した目がイヤすぎる。行列の後ろの男なんて、しかめっ面をして「なんでこんな低レベルがここに住んでるんだ」なんて顔してやがる。
全方位視野を習得した俺には、丸わかりなんだよ。
まあ、低レベル差別なんていつものことだ。気にしても仕方ないのだが。
…………。
世間は低レベル者に冷たい。
……彩葉や雨宮や友真みたいに、俺に優しい人間などほとんどいないのだ。
次からは、絶対に通勤時間とかぶらないようにしよう。
今日はマウスとキーボードが欲しすぎて、家を出るのが早すぎた。
結局10分以上待って、エレベーターはようやく止まった。
タワマンを出るころには、部屋を出てから20分も経っていた。
はあ……。
※※※
そして、ようやくたどり着いた、白峰ショッピングモール。
家電量販店で、パパっとキーボードとマウスを購入する。
せっかくだ。「惑星と衛星シリーズ」のガチャで『月』をゲットしたら、この白峰ショッピングモールにどんな店があるか調べてみよう。
買ったものをロッカーに預け、手ぶらでモール内をぶらぶらと歩く。
『誠二郎!ガチャガチャの専門店は3階にあるみたいですよ!』
まずはデイリーミッションの達成だよな。なんかエレベーター行列でテンション下がったし、景気づけにガチャガチャでもやって、気分を盛り上げていこう。
※※※
モール3階はなぜか人がまばらだった。
フロア全体に、重い空気が漂っている。
残っているテナントの店員さんも顔を青ざめさせているように見える。
テマリが傍らでぷかぷかと浮かびながら、その形のいいあごに人差し指を当てる。
『誠二郎、高レベルの人間が威圧を放っているようですね。なぜでしょう?』
なぜだろう?
でも、俺には関係ない。どうせ、大したことじゃないだろう。何かがうまくいかなくて、子どものように癇癪を起こしてるのだ。
人が少なくてラッキーと思いながら、ガチャガチャ専門店へと向かう。
ガチャガチャ専門店『ガチャ屋』はすぐに見つかった。
ここも、ガラガラだ。まあ、平日の午前中にこんなところに来るやつは少ないだろう。俺は気にしないで、中に入る。
えっと、『惑星と衛星シリーズ』だっけ?どこにあるんだろう?
店員さんを探す。けど、見当たらない。なんでだ?例の威圧をくらって気分でも悪くしているのだろうか?
客は、一人の少女だけだった。
少し紫がかったおかっぱ頭の少女だ。身長は低く、瞳の色は青い。顔立ちも整っており、周りの目を気にしない様子から、高レベル者の雰囲気をバリバリに醸し出している。
なぜか白衣を着ている。近所の大学とかの研究者だろうか。
「くそ!また火星か!なぜだ!なぜなんだ!もう30回は回してるのに!」
イライラとした声が店内に響く。この子があの威圧の原因か。
はた迷惑な。
俺には関係ないけど。
彼女が回しているガチャガチャを見る。やっぱり、『惑星と衛星シリーズ』だった。
見ると、景品として出てくるラインナップに『月』はない。だが、ラインナップの最後に黒く塗りつぶされた景品が描かれている。どうやら『月』はシークレットらしい。
ふむ……どうしたもんか。
このままでは彼女に全部ガチャを回されてしまう。おそらく、かなりの高レベルの高所得者。目的を達成するまで金に糸目はつけなさそうだ。
仕方ない……か。可能性にかけてみよう。
「あ、あの……」
「次は水星かよ!オマエ、何個出てくるんだよ!本当に『月』はあるのか!?」
口が悪い。
こちらの声も耳に入ってないようだ。
ちょっと強めにお願いしてみるか。
「あの、すみません!俺に1回でいいんで回させてくれませんか!?その『惑星と衛星シリーズ』!」
彼女はこちらを見もせずに、ビシッと手のひらを縦にして、俺へ突き出してくる。
「待ってくれ!ワタシが『月』を出すまで待ってろ!すぐに出すから!すぐに替わるからな!」
言うことを聞いてくれない。
仕方ない。彼女が『月』を出すまで待ってるしかないか。俺は彼女がガチャガチャと何回も回す姿を眺める。
火星、水星、地球、木星、土星、イオ、エウロパ、タイタン……。『月』は出ない。
「くそ!なんでだ!?なんでなんだああ!」
頭を抱え、髪を振り乱す女の子。その顔がチラリとこちらを向く。
「ん?オマエは……そうか、オマエもこのガチャをやりたいって言ってたな?ワタシが独占しちゃってたか。仕方ない、1回だけオマエにもガチャガチャさせてやろう!」
「え?いいんですか?」
「1回だぞ!1回だけだからな?特別なんだからな!?」
低レベルであることが丸わかりの俺の顔を見ても、それに言及してくることはない。
彩葉の推測どおり、突き抜けた高レベル者ほど、低レベル者への忌避感が低いのかもしれない。
「ありがとうございます。じゃあ1回だけ……。実は、俺も『月』が欲しいんですよね。『月』って綺麗ですよね。」
俺の言葉に少しだけ動揺した様子を見せる女の子。
「ま、まあ、『月』は超レアらしいからな!出なくても落ち込むことないぞ!ワタシが50回近く回しても出てきてないんだからな!」
そんなことを言う彼女を横目に、俺はコインを手に取り、ガチャガチャと回す。
ガチャガチャ!
カプセルの中から現れたのは……
――――『月』なのであった。
想像はついていた。俺はこういうものの引きがとても強いのだ。強すぎるというレベルで強いのだ。
「な、な、な、なんでだあああ!なんでなんだよ!一発!一発かよ!どけ!どけよ!」
涙目になり、肩をぶつけ、俺を横にどかし、またガチャガチャを始める彼女。
さすがに、申し訳ない気持ちになってきた。
俺の隣でぷかぷかと浮きながら、可哀想なものを見るような目をしたテマリが言う。
『誠二郎、デイリーミッションは今ので達成済みです。その「月」ですが、彼女に譲って差し上げればいかがですか?』
そうだった。俺はこれを、デイリーミッションのために引いたんだった。
なら……
「あの、この『月』、譲りましょうか?俺は当たっちゃえば満足なタイプなので……」
その言葉にキッ!とこちらを向く女の子。目の端に丸い涙の粒が浮いている。
そこまで悔しいのか。
「馬鹿にするな!ワタシが自分で当てるからこそ、価値があるんだ!施しは受けないぞ!」
…………!!!
……分かる、分かるぞ。その気持ち。ゲーマー根性だよな。分かりみがありすぎる!
「すまん……余計なこと言った。本当に無粋だった。君の気持ち、とてもよく分かる。じゃあ、せめて、ここで応援することを許してくれないか?」
「あ、ああ!応援してくれるのか!?頼む!オマエ、いいやつだな!オマエの強運をわけてくれ!」
「もちろんだ!」
オカッパ娘が、コインを入れる。ガチャガチャ――火星。
「『月』出ろ!出ろ!出ろ!」
声を張り上げる俺。
コインを入れる、彼女。ガチャガチャ――エウロパ。
ゲーマーとしての俺が、彼女を応援する。
「『月』出てくれえ!頼む!」
さらにコインを入れる、オカッパ娘。ガチャガチャ――土星。
俺は、心から叫ぶ。
それに、たとえ何の意味が無くとも、声を張り上げる。
「出ろおお!」
そして、ガチャガチャの筐体が空っぽになり……
彼女はガックリとその場に崩れ落ちたのだった。
※※※
オカッパ頭の彼女が、床に四つん這いとなる。
「うおおおん!なんで、なんなんだよおお!なんで、ワタシはなんで『月』を出せないんだ!」
くそ、見てられない。
かけられる言葉もない。
相手は高レベル者。何歳かは分からない。でも外見は、彩葉より少し年上ぐらいにしか見えない。
元気づけなければという気持ちになってしまう。
何かそんなネタはないかと、きょろきょろと周りを見渡す。
む、あれは!
ガシガシと片手で床を殴っている彼女の肩を、ポンポンと叩く。
「……ほら、あそこ見ろよ!このシリーズ、明日も入荷するみたいだぞ!ポスターに書いてある!明日、またチャレンジすればいいじゃないか!な!?」
「な、なんだと!」
彼女がガバッと顔を上げる。
「本当だ!」
太陽のような笑みを浮かべる彼女。
うん、うん、やっぱり子どもはこうじゃないと。いや、高レベル者だろうから、たぶん子どもじゃないか。
…………。
……まずい。高レベル者に関わってしまった。
高レベル者に関わっても、ろくなことがないと分かってるのに。
よし、撤退だ。もう、帰ってニンペしよう。
「明日はきっとうまくいくさ!じゃあな、心から君が『月』を当てられることを祈ってるぜ!」
そう言って、きびすを返し、店の出口へと身体を向ける。
その時だった。
ガシッ!
強い力で、肩をつかまれる。嫌な予感しかしない。
「オマエ、名前はなんていうんだ?」
「あ、有馬誠二郎だけど?」
オカッパ娘を可哀想に思う気持ちと、そのこちらを見る迫力に、思わず本名を名乗ってしまう。
「ふむ……有馬誠二郎か、いい名前だな。運が良さそうな名前だ。」
運が良さそうな名前ってなんだよ。
彼女は俺の顔を見てニヤリと笑う。くそ、可愛すぎる。これだから高レベル者は嫌なんだ。
「誠二郎!オマエ、運がいいぞ!さすが『月』を一発で引く男だな!」
「む、昔から運だけはよかったからな。」
俺の言葉に満足そうにうんうんと首を上下させる少女。サラサラと柔らかそうなオカッパ頭が揺れる。
「そうかそうか。やっぱり運がいいのか。ならば!誠二郎、明日もワタシのガチャガチャに付き合え!」
「え、なんで?嫌だよ、めんどくさい。」
俺のその反応に、目を見開いて驚いたような顔をするオカッパ娘。
「はあ!?オマエ、ワタシのこと知らないのか?」
「知らない。俺、昨日この街に来たばかりだし。」
有名人なのかな……?
彼女はサラリとオカッパ頭を揺らし、手を腰にあて、胸を張る。
「じゃあ、自己紹介させてもらうか。自己紹介なんて久しぶりだな!」
キレイな青い目で、俺を真正面から見据え、ニカッと笑う。だからその笑顔はやめてほしい。俺にはまぶしすぎる。
彼女は高らかに宣言した。
「ワタシの名前は月ヶ瀬ネル。レベル9だ!」
…………!?
レ、レベル9?俺が会った人間での最高レベルだ。
っていうか、レベル10は伝説みたいな感じらしいから、実質世界最高レベルってことか!?
「ちなみに『消却器』の発明者でもある!どうだ!?すごいだろ!驚いたか?驚いただろ!?」
――『消却器』
あの、ダンジョンを人類の管理下に置けるようにした決定打と言われる、世界を変えた事象記述具。害獣の残骸をこいつにかけることで、ナノマシンを不活性化できる。空気に拡散し、再度ほかの場所で、新たな害獣となるのを防ぐことができる。
俺の『消却』と同じ力を持つ、事象記述具。
それを開発したのがこの子……。
なるほど。とんでもない世界貢献だ。レベル9なんていう半端ない領域に到達したのも理解できる。
改めて彼女を見る。
ツヤツヤのオカッパ。シミ一つない肌。キラキラとした青い目をした彼女。身長は低いが、彩葉に匹敵する芸術品のような美しさ……いや、どちらかというと可愛さが彼女にはあった。
待てよ?消却器って確か40年くらい前に開発されたって、友真が言ってたような。
ん?俺が生まれる前に、この子は消却器を開発したってことか?
じゃあ、この子の年齢って……。
「ちなみに年は58歳だ!おばあちゃんとかババアとか言ったら、ボコボコにするからなっ!」
俺より20も年上だと。全然そんな風に見えないんですけど。大学に入りたてくらいの女の子にしか見えないんですけど。
理不尽、理不尽すぎる。羨ましすぎる!
…………そう、これが。
この俺、有馬誠二郎と、月ヶ瀬ネル。
二人の長い長い腐れ縁のはじまりなのであった。
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