第3話:もう変身しちゃダメ!
「……」
「……」
魔法少女ホワイト・ルークと怪人ダイサンワーは困惑げに顔を見合わせた。
同時に、首を横に向ける。
そこにはいつでも回復魔法を唱えられるよう待機するイエロー・クレヨンの姿があった。意気ばっちりで、鼻から興奮げに空気を出す。
「ねえ、いいかげん、どうにかしてくんない? 客足に影響出てるんだけど」
「……そうね」
盛り上がらない戦闘にギャラリーもすっかり減ってしまっていた。
一時期はクレヨンにカメラを向ける謎の集団が現れたのだが、魔法少女の恫喝と怪人の組織力で脅すことで、今では鳴りを潜めている。
とはいえ、ギャラリーの減少はそのまま双方の能力低下を意味していた。このままでは他の街から魔法少女なり怪人なりの流入があった際に立ち向かえなくなってしまう。
ルークは、物陰にクレヨンを連れ込んだ。
周囲に誰もいないのを念入りに確認して変身を解くと、ブレザー姿の女子中学生が現れた。
長い黒髪が肘の辺りまで伸びている。
ルーク、もとい万丈シロナはしゃがみこんで魔法幼女と目線を合わせた。
「クレヨンちゃん。あなたも変身を解いて」
「うん!」
元気よく答えると、お下げ髪の幼稚園児、新堂黄絵が現れる。
幼稚園指定の黄色い肩掛けに変身アイテムをしまおうとした両手を、シロナはガッチリと掴んだ。
「黄絵ちゃん。これはお姉ちゃんに渡しなさい」
「どうして?」
「黄絵ちゃんは、もう魔法少女になっちゃダメなの」
「やだ、あたしも魔法少女する!」
「これは遊びじゃないのよ! もう変身しちゃダメ!」
「いーやーだー!」
「黄絵ちゃん! だいたいこれ、どうしたの? 黄絵ちゃんの家に届いたわけじゃないでしょ?」
魔法少女は精霊からアイテムを譲渡されることで誕生する。
シロナは自身が遭遇した小型犬ほどのロバを思い出した。
確かにバカ丸出しではあったが、それでも最低限の判断力は持っていたはずである。こんな小さな子供を魔法少女にするなんて、ありえない。
「公園に落ちてた」
(あの、バカ精霊……)
心中の怒りを、ついシロナは目の前の幼女にぶつけてしまう。
それ見たことか、と鼻を鳴らした。
「黄絵ちゃん。落とし物は大人の人に届けなきゃダメなんだよ? さあ、お姉ちゃんに渡して」
グイと引っ張るが、それでも黄絵は手を離さない。
「……届けたもん」
「届けたなら、黄絵ちゃんが持ってるわけないでしょ? さあ、早く渡して」
「おまわりさんに、ちゃんと届けたもん。届けてから3ヶ月、落とした人が見つからなかったら、拾った人のものになるんだもん」
「え……?」
シロナはなにも言えなくなってしまった。
そんな法律が、あったのか。
幼稚園児に知識量で負けて、敗北感が胸に広がる。
だが、ここで引くわけにはいかない。
「これ、本当はお姉ちゃんのなの! さあ返して!」
「いーやー! ……あっ!」
力押しに負けるはずもなく、シロナは変身アイテムを無理やり黄絵から取り上げた。
「か、返して! あたしの!」
「ダメ!」
ピョンピョンとジャンプして取り返そうとする黄絵から、手を上げて変身アイテムを遠ざける。
しだいに、黄絵の目に涙が溜まり始めた。
「返して! 返してよ!」
幼い声音がだんだん震え始め――
「うっ……返してよ……うええええええええええん!」
ついに大声を上げて泣き出してしまった。
可愛らしい女児のその姿に、妹や下級生の面倒など見たことのない少女は大いに慌てる。
「な、泣いたって、ダメなものはダメだよ。こら! 泣き止みなさい!」
そんなことをすれば逆効果である。黄絵はますます大きな声で泣き出した。
その声に、周囲の大人が集まってくる。
「君、なにしてるんだ!」
「え!? いえ、私は――」
「うええええええん! お姉ちゃんが、あたしの取ったあああああ!!」
真っ赤な顔で黄絵はシロナを指差す。その手の中には中学生にはやや不釣り合いなファンシーさを持つ道具。
「……どういうことだ?」
「ち、違うんです」
「それ、君のなの?」
「それは……その……」
「なんの騒ぎだ?」
騒ぎを聞きつけ、先程の怪人が姿を表した。
シロナは、ドキリと心臓が跳ねるのを感じた。
変身前の姿を見られたからといって、魔法少女と結び付けられることはないのだが、それでも実際試すのは勇気がいるものである。
「あっ! 怪人さん。ちょっとこいつ叱ってやってくださいよ!」
男性から事情を聞いた怪人が、目を釣り上げる。
「君ねえ、小さな子供相手にそんなことしていいと思ってるの?」
「え……だ、だって、あなたが……」
「俺が、なんだよ?」
「いえ、その……」
「あのなあ、俺みたいなやつが言えるセリフじゃないかも知れないけど、世の中やっちゃいけないことってあるんだよ。俺たちだって、むちゃくちゃやってるように見えて、最低限守るところは守ってるんだぜ?」
先に説明した通り、魔法少女も悪の怪人も人々からの支持で力の大きさが決まる。
悪であれば通常はその非道さを見せつけることで、見物する外道共から力を得るのだ。
が、暴怒町は名前に反して日本でもトップクラスに低い犯罪発生件数を誇る、超平和な街だった。
住民に悪党も少なく、必然このような仁義に厚い組織が力をつけることになる。
「そんなおもちゃで、遊ぶ歳でもないだろう? 返してあげなさい。悪の怪人にこんなこと言われて、恥ずかしくないの?」
ネチネチとした説教に、さすがのシロナもトサカにきた。
「わかったわよ! 返せばいいんでしょ! 返せば!」
はい、とシロナは変身アイテムを差し出した。
黄絵がしゃくりあげながら、たどたどしい手付きでそれを受け取る。
「……後悔しても知らないからね」
「? どういうことだ?」
「知らない!」
フンッとシロナはそっぽを向いた。
実際、この行為が原因で怪人ダイサンワーは大いに困ったトラブルに巻き込まれることになるのだが、その話はまた次回に譲るとしよう。