第4話:魔法幼女、誘拐される
「せっかく買ったばかりのベンツを壊してやるぞー!」
「35回払いのローンがまだ残ってるぞー!」
両手を上げて威嚇する戦闘員に、すぐそばでひざまずいていたベンツの持ち主がそっとささやく。
「あの……45回です……」
「あっ、どうも。……45回払いのローンがまだ残っているぞー!」
「やめろ! やめてくれえええ!」
すがりつく男性を戦闘員が冷たく、だがケガはさせないように払いのけた。
「バンパーを引きちぎってやるぞー!」
「エンブレムを孫の手にして、ケツをかいてやるぞー!」
声高に悪事を予告するが――
「来ないな……」
「どうなってる……?」
魔法少女ホワイト・ルークが現れる様子はない。
「なにやってんだよ……これじゃあ、仕事にならないだろ……」
前回から続投した怪人ダイサンワーは、組んだ腕の指でイライラと肘を叩いていた。
※※※
その頃、魔法少女ホワイト・ルークこと万丈シロナは――
「シロナ! インフルエンザなんだから寝てなきゃダメって言ったでしょ!」
「お、お母さん。でも、学校に忘れ物が……」
精一杯哀れっぽい声を出して、母親の同情を買おうとしていた。
「そんなもの、諦めなさい。忘れるぐらいのものなんだから、大したものじゃないでしょ」
「そ、そんな……」
シュンと目を伏せる娘の姿が、母親の母性を刺激する。
「じゃあ、なにを忘れたのよ? お母さんが取りに行ってあげる」
「え!? そ、それは……」
魔法少女の変身アイテムを忘れたなどと、言えるわけがない。
それに学校のロッカーには赤点をとった小テストや、いささか過激なティーンズラブコミックなど、見られたくないものが山ほど入っている。
「ほら、みなさい。さあ、早く部屋に戻って。お母さんだって移ったら大変なんだからね」
「うう……」
渋々、少女は街の平和を犠牲にして自室に戻っていった。
※※※
「そこまでよ!」
高らかな声に、戦闘員の顔が輝いた。
「現れたな、魔法少女!」
「今日こそ我々の力を思い知らせ――げ!?」
現れたのは魔法少女ではなく魔法幼女、イエロー・クレヨンだった。
来て欲しくなかった方の登場に、輝いた顔が先程より暗く曇る。
いくら悪の組織とはいえ、子供に手を出すわけにはいかない。
しかし、敵として現れた以上、尻尾を巻いて逃げては悪の沽券――もとい支持数に関わる。
「お、おいどうするんだよ!?」
「とりあえず、軽く戦っとくか?」
「ケガさせたらヤバいぜ?」
「待て!」
うろたえる戦闘員を怪人ダイサンワーが一喝した。
「この場を取り繕いつつ、撤退する方法があるだろう」
「取り繕うって言っちゃったよ……」
「あ?」
「いえ、なんでもありません!」
怪人は向き直ると、ズカズカと魔法幼女に歩み寄った。
クレヨンが、ぎゅっと杖を握りしめて一歩だけ後退る。
(ルークお姉ちゃんが、いない……)
補助のつもりが1人で現場を任されてしまい、幼女は緊張する。
おまけに、敵が目の前に迫っていた。
それでも逃げるわけにはいかない。クレヨンは勇気を奮い立たさせて踏みとどまった。
そんな彼女に手を伸ばせば届きそうな程接近した怪人は――
「お嬢ちゃーん? おもちゃ買ってあげるから、おじさんと遊ぼうか?」
猫撫で声で、クレヨンに話しかけた。
この場から引きつつ、悪事の実績も残す方法。
誘拐である。
「え!? いいの!?」
おもちゃを買ってもらえる日である子供の日と誕生日とクリスマスを毎日のように心待ちにしていたクレヨンは、その提案にキラキラと目を輝かせた。
「ああ、いいぞ」
「あ、あのね。あたし、シシバリアン・ファミリーのお家が欲しいの! ストラキセットとバルジーニセットは持ってるから、コルレオーネセットが欲しいの!」
「そ、そうか……」
具体的な商品名の連発に、怪人は覚えきれずややたじろぐ。
が、どうせすぐルークが助けに来るのだから、本当に買う必要はないと思い直した。
「じゃ、じゃあ、とりあえず、おじさんの家に行こうか」
「うん!」
幼女の手を引き、怪人は歩き始める。
その結末に気を揉みながら、観客たちはその背を見送った。
こうして、魔法幼女イエロー・クレヨンはまんまと敵の罠にかかってしまったのだった。
※※※
柿の種で喉が乾いてしまったのか、クレヨンはジュースのストローに口をつけた。
チューっという音とともに、スポーツドリンクの水面が紙コップの中で低くなっていく。
もう少しマシなおやつを用意してやればよかったのだが、基地内にはこれしかなかったのだ。
あとは、調味料と呼ぶべきか菓子と呼ぶべきか微妙な氷砂糖のみ。
それでも、食事に贅沢を言うことを知らない幼女は嬉しそうにおやつを口に運ぶ。詰まりを防ぐため、ピーナッツは手作業で取り除いてあった。
「おじさん。おもちゃ、ありがとうね」
大人用のイスに座って脚をブラブラとさせながら、幼女はニコニコと首を傾ける。
まだ買ってもらったわけでもないのに礼を言うその姿に、怪人の胸が痛んだ。
一度、経理課に相談してみるべきだろうか。
いや、しかし、そんな暇もなくルークが現れるはずだと思い直す。
「あ、ああ……いいんだよ」
作り笑いを浮かべる怪人の期待に反して、ルークはクレヨンが帰らなければいけない時間になっても現れることはなかった。
こうして魔法幼女イエロー・クレヨンは、怪人ダイサンワーに税込み6980円の痛手を負わせることに成功した。
なお、帰宅したクレヨンは、おもちゃの入手経緯及び晩ごはんを食べられないほどおやつを食べてしまったことで、母親からしこたま叱られることになったことをここに付記しておく。
第3話に誤字報告頂いた方、ありがとうございました。
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