唐突な人生の分岐点
「はぁっ…はぁっ…お、も、お、いっ!!!」
気合い入れた僕は切子の入ったプラ箱を切子捨てに放り込んだ。
バラバラになった切子はびっしり詰め込まれていて、相当な重さがあった。
どさぁっと流れるように切子箱に捨てられた切りくずを見て、ふぅとひと息吐いて空を見上げた。
ここは住宅地とは無縁の工業地帯の一角。ありふれた金属加工会社の切子捨て場。
切子とは金属を削った時にできるもので、まぁ消しカスのようなものだ。
ここに貯めたやつを毎週回収業者が持って行ってくれる。
「やっぱ外は気分が晴れるな」
ぐぅっと背伸びをして、肺に溜まった工場内の何となく淀んだ空気を入れ替える。
この仕事についてると、本当に新鮮な空気という物が身に染みて感じることが出来る。
ただ、いつまでもこうしてはいられないので深呼吸して気持ちを切り替える。
ドアを開けて工場に戻ると、ちょうど機械の上に取り付けられたランプの色が緑からオレンジに変わるのが見えた。加工終了の合図だ。
切子の取り出し口にたった今空にした切子箱を置き、旋盤の少し扉を開いた。
熱気とともに湿った空気が肌にまとわりつく。
正直キモイ。油臭いし、何より顔が気持ち悪くヒタッとして思わず顔をしかめる。
未だ白い切削液が垂れる中、出来上がった品物をの水気をエアガンで吹き飛ばす。初めてこいつを削ってピッカピカよ金色に輝いて見えた時は、まるで金を削ってるようでテンションが上がった。
ただ、目の前のこいつは金みたいな貴金属じゃない。
真鍮、高力黄銅ってやつでかなりピカピカに削れる気持ちいい被削材だ。
ペダルを踏んで油圧チャックを解放。拳大の金色に輝く品物を取り出し、また次の品物を掴んだ。
扉を閉めて、また起動ボタンを押そう…とした瞬間だった。
「は?」
突然操作画面がプツリと暗転。画面が真っ黒になってしまった。
(間違って電源落とした…? いやんなわけ…)
電源OFFボタンはカバーで覆われていて、不用意には押せないようになってる。
そしてそのカバーは確かにボタンを覆っている。押ささるなんて考えられない。
しかも操作盤の中身はWind〇wsだ。電源を切った時は、パソコンのようにシャットダウンと表示されるが…今はブレーカーが落ちたように突然とブラック画面。
主電源はまだついているようだ。ファンの音が聞こえる。
(まぁ…電源入れれば…)
「…あれ、つかない? まじヤバくね」
なんでか知らないがぶっ壊れたかと肝が冷えた俺は、とりあえず社長を呼ばねばと1歩踏み出した時。
【ガチャン】
「え…?」
今度はついていたはずの主電源が落ちた。
主電源は裏側にあって、誰か裏で作業でもして誤ってOFFにしたのかと確認したが…誰もいない。
と言うより
「あれ、皆は」
ワイヤー放電加工機担当の佐藤さん、汎用旋盤でついさっきまで加工していた後輩の田中君、複合加工機で段取りしていたはずの僕の上司、でかい門型のマシニングの上でクレーン操作していた森田さん。研削中だったはずの本場さん。
誰も彼もが居なかった。
これから加工するのか、クレーンで吊るされた巨大な鉄骨フレームが宙ずりで放置するなんてありえない。
汎用旋盤を回したまま離れるなんて普通はしない。
僕が使ってたNC旋盤の不具合と、周りの違和感で少しづつ恐怖心が芽生えてきた時。
【ガチャン】
また勝手に電源が入った。
おかしい…おかしいって!
主電源は90度捻ってON/OFFするやつで、こんな…こんな勝手になんて…
絶対に何かがおかしい。
そう確信するが、NC旋盤の操作画面も勝手に電源がついて真っ白な起動画面に変わってしまった。
勝手に機械が動いてる。
これ程恐怖なことは無い…
【nc starting…】
画面に文字が浮かんでくる。これは普段と変わらない。
だが、直後僕は顔をしかめることになった。
【ようこそ へ】
何だこの文字。
日本語に挟まれた意味不明な文字を見た瞬間、突然頭に違和感を感じた。
頭の奥が暖かい…いや熱いっ!
「アガッアッ!?」
突然呂律が回らなくなり、視界が歪み平衡感覚も完全に失った僕は操作盤にすがるように足を踏ん張るが、突然の異変に逆らえなかった僕は操作盤の下に倒れ込んでしまった。
しばらくの間、激痛にのたうち回って…どのくらいだった頃だろう。
急に痛みが引いて…と言うか意識が遠のいていって、変化のない操作盤に見下ろされながら息を引きとるように静かな眠りについた。
俺を意識を失った数秒後、見届けたように操作盤の電源が落ち、主電源も【ガチャン】と切れた。
んで目が覚めた。
母さんはくも膜下出血で1度倒れた。僕もその血を引いてるし、あの尋常じゃない頭痛を感じた時は覚悟をしたが…どうやら生きてたみたいだ。
「なんかまだ頭がクラクラするな…」
不思議な感じだ。自分が自分でない感じと言うのか…
額を抑えながら上半身を起こす。
そしてとりあえず立ち上がろうと床に手をついた…
手をついたのは床のはずだが、何故かフサフサしていた。
「っ!?」
ハッと我に返った僕はまたしても理解に苦しむ出来事に、ただでさえ調子が悪い頭が更に悲鳴をあげた。
「空…? あれ、会社はっ…あれ!? はっ!? ここどこっ!?」
当たり1面人工物のない草原地帯。地平線に野生動物かなにか知らないがなにか動いてるのが微かに見える。
のどかな自然、僕にとっては有り得ない自然にパニックになる。
「ちょっと待て…確かに俺は真鍮加工してて…旋盤バグって…して…倒れたんだ」
冷静に覚えてる限りの出来事を順を追って整理するけど、今いるこの状況だけは全く分からない。
やっと落ち着けた。
と言うか考えるのをやめた。考えたって分からない。もしかしたら僕の記憶が混乱しているだけなのかもしれない。
だから今はこれからどえするかってのを考えてみようと思う。
「で、気になってたこのカバン」
こんなカバン知らないし見たことない。目が覚めたら傍らにおいてあった妙に平たくて長方形な不思議なカバン。
中を開けてみる。
「ん、ノーパソが1つ…か。なんでノーパソが…」
なぜか新品で薄型の高そうなノーパソが1つ入っているカバン…PCバックと言うのか。
パソコンなんて持ち歩かないから全く馴染みないけど、多分そう言う名称だと思う。
他には…何も無さそうだ。
ポケットにスマホは入っているが、こういう肝心な時に圏外。
ため息をついてとりあえずどうするか考えた。
【助けを呼ぶ】
・まずここがどこか分からないし、人も居ない→困難
【ここで助けを待つ】
・食べ物も水もないのにいつ来るか分からない助けを待つ→現実的じゃない
・身を隠す場所もないから雨風が凌げない。野生動物もいそう→危険
【人を探す】
・無駄足になり更に迷子になる可能性→大いにある
・上の2つよりは希望がある→そう思う
「まず人を見つけよう。聞けばなんとかなるだろうし」
幸いにも立てば少し先にこの草原を突っきる感じの道が見えた。道があると言うことは人も居るってことだよな
どっちの方向かはこの際気分で右に決めた。左は森に入っていくらしく何となく嫌な感じがして、右に決めた次第だ。
ぼくはよく分からん場所でよく分からんパソコン持ちながら、よく分からん道をひたすら歩くことに決めた。
「…なんにもない」
どれだけ歩いても景色が一向に変わらなかった。
気持ち遠くに海…が少し見える。でもさすがにあそこまでたどり着ける気はしないぞ…
「喉乾いた」
照りつける太陽と変わらぬ景色が僕の体力と気力を削り取っていく。
ひとまず…休憩しよう…
なんだかんだ半日は歩いた気がするが〜
「そもそも半日も歩いて民家ひとつないってどういう事だよ…有り得ねぇよ」
ここは本当に日本なのか?
疑いたくなった。と言うか疑わずにはいられない。
染み出る汗を拭って、地べたであろうと構わず横たわるとジワジワと足の疲労を感じて来た。
足が鉄のように重いし、足の裏も痛い。
少し休憩するだけと思ってたけど…これは…
(こんなに僕が辛そうにしてるのに…空は穏やかだなぁ…)
綺麗な青空。飛行機1つ飛んでないまっさらな青い空だ。
(眠い)
…
……
………
カタカタと木がきしむ音をとリズミカルな足音を鳴らしながらやって来た1台の馬車が道の端で寝てる男の傍で止まった。
「おやおや、こんな所で寝とったら盗賊にやられるぞ…」
馬車を止めた中年の男性は座から降りると、寝てる男の隣へ腰を下ろした。
「おーい、あんちゃん こんな所で何しとるん? 起きんかー」
「うっ…」
「…ダメかこりゃ」
馬車の男は一旦荷台を確認すると、今度は寝てる男をゆっくりと抱え上げ荷台の空いていたスペースに乗っけた。
まぁこんな辺鄙な所で身一つで寝てるやつがまともなやつでは無いとは思いもしたが、何となく嫌な感じはしなかったからだ。
「なにやってんのかねぇ…俺」
ほっといても彼に何の影響もない事は明白ではあったが、ここで見捨てるのも後味が悪い。こいつの死体に魔物が群がっても厄介だ。そんな建前で彼をとりあえず拾ってみた。
しばらくしてガタゴトと荷を揺らしながら馬車は進み出した。
あったかい…
容赦なく照りつけていた太陽とは全然違う温もりが全身を包んでいた。
気持ちいい…ずっとこうして居たい
「…はっ!!!!」
「ひっ…」
目が覚めた僕は、勢いよく飛び起きた。
ギシッと下が軋む様な音がして、辺りを見渡した。
「ベットに布団…」
一瞬家に帰れたのかと思ったが、そうでは無いらしい。
見慣れない布団、明らかに違う匂い、そして知らない部屋。
そしてそんな僕をじっと見つめる知らない女の子。
「あ、あの…」
「…な、なんでしょうか!」
飛び起きた瞬間にビックリさせてしまったのか、その女の子は扉の影からこちらを伺うように顔を出していた。
「こ、怖がらせてごめんね…えぇっと…良いかな? ここは…どこ…?」
「…父と私の家です。父が道端で倒れてるあなたを拾ってきて…」
そうだ…休憩のつもりが気を失ったんだっけ…
飲まず食わずだったもんな…
「ぐっ…」
思い出した途端に頭痛が始まった。疲労は大部回復できたようだけど、根本的に水分不足。脱水症状だけは治まってはいなかったらしい。
「ごめんっ…水…とかあるかな…」
俺の様子を見て何かを感じたのか、少し顔が変わった彼女は小走りで部屋を出ていった。
そしてまたすぐに部屋に戻ってきた彼女の手には木のコップが握られていた。
「ありがと…」
受け取ったコップに入った水をグググッと一気に飲み干す。
口に入れたら入れただけ体が吸収していくのを感じた瞬間…体の緊張がほぐれたのか、ふっと力が抜けてベットに背を倒した。
「ふぅ…。ありがと…これで楽になると思う。…で、まず助けてくれてありがとう。…僕は泉海廻です。君は…?」
「レミ…レミ・フルトレンです。あなたを連れてきた父は今商会に出かけていて…もう少しで戻ると思うんですが…」
「そっか…君のお父さんには命を救われたよ…」
「そう…ですか」
まだ僕は警戒されちゃってるかな。そりゃそっか。いきなり知らない男を看病してたんだ。突然起きて話しかけてきたらそりゃ緊張もするよな
「それにしても…あれだね。随分とオシャレな部屋だね」
「そう…ですか? 普通だと思いますけど…」
普通…普通なのか?
全面フローリングってのはよく見るけど、木の柱に囲まれた壁は漆喰か何かで綺麗に白く塗られていて、よく分からないけど高そうな絵画や動物の剥製が飾られている。
てか鹿かと思ったら全然違う…角は鹿っぽいが顔はクマじゃないか…何だこの剥製…
とにかくこの部屋から感じる雰囲気というのは、お金持ちの別荘って感じだ。
「それでさ、ここってどの辺なのかな」
「ここはカーミラという町の西外れにあるフルトレン商会の本社兼、私達の家です」
「カーミラ…?」
聞いたことないな…外国か何か?
そんな馬鹿な…だって…え?
僕ってそんなに記憶飛んでるの…?
「…カーミラをご存知ないんですか?」
「ご、ごめんね…なんだかつい最近の記憶がおかしいんだ」
「それで…カーミラって言うのはどこの国? …日本ではないよね?」
「ニホン…? いいえ、カーミラはラート王国の東領内にあって、隣国のシャンデラ王国との貿易で栄えてる町です。そのニホン…? と言うのはどこの国?でしょうか?」
日本を知らない…?
いや確かに世界中の誰もが知ってると思ってるのは世間知らずかもしれないが、それでも…ん?
何だこの違和感。
「ごめん…混乱してきた。カーミラもラート王国もシャンデラ王国?も全部聞いたことないんだ」
「カーミラを知らないどころかラート王国もシャンデラ王国も覚えてないんですか…?」
知らないな。そんな国聞いたことがない。
しかし…彼女が嘘ついてるとか、からかってるとか…そういうのとは違う気がするし…
違和感の塊が大きくなりすぎて少し気持ち悪い。
「という事は帰る場所も分からないってことですか?」
「…そうだ…そうなるね。家は覚えてる…けど帰り道が分からない…飛行機乗るお金も無いし…」
「ひこうき? 乗り物ですか?」
「え? 飛行機、飛行機だよ? 空飛んでるやつ」
「空飛ぶ乗り物…? えぇっと…もう少し休まれた方が…」
「僕を変な目で見ないでよ! むしろ飛行機だよ!? 乗ったことないのは分かるけど、知らないって…」
「聞いたことありませんよそんなの…?」
どんどん違和感が不安に変わっていくのを身に染みて感じた。
本当に知らないのか?
別に彼女が発展途上国の貧しい暮らしをしているとは思えない。まともな暮らしをして居れば…常識として当たり前じゃないのか?
…いや
「もう1つ…今何日?」
「今日は葉の月の6日、土の日です」
…また不思議な言い方だ。確か8月は葉月とも言うんだよな?
でもここは日本じゃない。彼女の顔つきからしても部屋の雰囲気、窓から見える景色からそれだけは確実に言える。
でも日本の外で、葉月とか言うか?
英語ならまだしも…英語なら…英語?
あれ?
「あの…変なこと聞くけど…いいかな」
「もう充分変な人ですから問題ないかと?」
「…じゃあ今君…レミさんは何語話してて、僕は何語話してる?」
「本当に変な質問ですね…。 私が今使っているのはラート王国で広く使われているランイン語です。父が商人ですから一応他にシリン語って言う東の方の国々の言語も少しですが話せます。それにマワルさんも普通にランイン語を話してますよ?」
なんかもう意味がわからん…と言うより怖くなってきた。
ここはどこだ…?
どこなんだ?
ラート王国ってなんだ
ランイン語? 聞いたことない
そして…
【なんで僕は会話出来てるの?】
駄目だ…考えれば考えるだけ混乱してくる。日本語だろ?
君も僕も日本語話してるじゃないか…
と、俺が悩んでいると外からどこかで聞いたような足音と、馬のような鳴き声が聞こえてきた。
ガラゴロと何かが回る音も聞こえてたが、足音と共にそれも途絶えてしまった。
「あ、ちょうど父も戻ったようですね。父を連れてくるのでマワルさんはここでお待ちください」
年の割にはしっかりとした受け答え。なんか大人と話してる気分になってこっちも緊張した。
僕が頷くのを見届けるとレミという少女は部屋を出ていった。
(お父さぁん!)
「ん?」
(あぁレミ、留守番ご苦労さん。それであの人はどう?)
外から聞こえてきたのはさっきのレミちゃん…さん?の声で間違いなかった。
さっきの落ち着いた口調を聞いていたせいか、ギャップというか…凄い不思議な感じだった。
(それがね、さっき目が覚めたんだけど…混乱してるみたいだよ? 記憶がないって)
(記憶が? そりゃまいったな…俺も今行くからレミは紅茶でも入れておいて)
(はーい)
本当は結構はっちゃけた子なのかな。
それにこの男性の声はあの子のお父さんで…僕を助けてくれた人…なんだよな。
まず何というべきか…緊張してきたな
「やぁ、まず無事で何よりだよ。それで初めまして、アルバート・フルトレン。フルトレン商会の長をしているよ」
「は、初めまして! 泉海廻といいます こちらこそ助けていただいて何といえば…」
「良いんだ良いんだ。それでマワルさんは記憶がないって娘から聞いたんだが…」
「それが…」
僕は今感じている違和感と、覚えている限りの記憶をアルバートさんに伝えてみる。もしかしたら日本を知っているかもしれないし、なにより吐き出したかった。
それで否定されるならそれで清々するものだ。
「にほん…すまんな。これでも商人やってるが聞いたことないな。それに空飛ぶもんと言えば一部の魔法使いさんか、ドラゴンとか魔物になる。なんだ、ひこうきってのはどこにもないと思う」
「え、ま、魔物? ドラゴン?それに魔法使いですか!?」
「そんなことまで忘れちまってるのかい…」
なんだなんだ! ドラゴン!? 魔物!? 魔法だ?
もう何なんだよ…ここ何処だよ…
これじゃぁまるで…
「失礼します。紅茶をお持ちしましたよ」
そこへレミさんが三つのカップとティーポットにお菓子が乗った奇麗な装飾が施されたお盆を片手にやってきた。
「まぁ落ち着け。焦る気持ちも分かるが一文無しで右も左も分からないんならできることはないだろ? 記憶だって頑張って思い出せるもんじゃないだろうし、今は休め」
レミが紅茶を入れてくれて、いい香りを強く感じるカップを受けたった。
「美味しい…」
紅茶なんて飲んだのいつ振りだったけ?
午〇の紅茶って紅茶名乗ってるけど、本当に紅茶だったのか?と思うほどおいしかった。
紅茶にもいろいろ種類あるんだろうけど、ここまで香りと風味で衝撃を受けたのは初めてだった。
「ほんとうですか? お口にあったようでうれしいです!」
えへへ、と照れたようにお盆で顔を隠すレミさん。なんかかわいい
「マワルさんや、何がどうなって二ホンっていうところからここへやって来たのかは分かんないけども、きっとあんたの一番の不安はこの先どうするかだろ?」
「そう…ですね」
「んなら、ここで働かないか?」
「え?」




