後日談3 第二王子
ツールベルグでは城を中心に、堅実な国づくりが進んでいた。そのためティアもイザークも忙しい毎日を送っていた。
収入の基盤は主に農業だが、最近ではポーションづくりも軌道に乗り始め、重要な収入源になりつつある。メラニア修道院と共同で、開発を続けていた。
そしてティアは、カミーユによって、勝手に聖女認定されてしまった。
前にアメジスト色の瞳ではカエルムの慣習によって聖女になれないなどと言っていたが、湖水の精霊の伝説があるツールベルグなら大丈夫だろうと半ば強引に仰せつかった。
迷惑なことだと思っていたが、他国からも聖女を目当てに訪れるようになり、じきに交流や交易にも役立つようになっていった。
そのため新婚にも関わらず、なかなか二人きりにはなれない。少しでもイザーク様に会いたい。ティアはいいことを思いついた。
思い立ったらすぐに行動を起こす彼女は、早速イザークの執務室に向かう。
長く広い廊下は、夜更けにも関わらず皆が忙しそうに行き来している。ティアを見ると気軽に挨拶をしてくる。若く忙しいこの国では、外国の賓客でも来ない限り誰もカーテシーなどしないし、優雅に立ち止まって挨拶する者もいない。
執務室のドアをこんこんとノックをする。扉はすぐに開いた。
「ティア、どうかしたのか?」
イザーク本人が出迎えてくれた。この時間の執務室には、彼しかいない。誰よりも働くのだ。さらりと綺麗な黒髪に深く優し気な光を湛える青い瞳。彼のそれほど疲れていない様子にティアは安心した。
「ごめんなさい別に用事はないの。最近会えなかったから顔が見たかっただけです」
すると彼がふっと微笑んだ。
「おいで」
そういって部屋に招き入れた。ティアはなぜか大きな荷物を持っていた。そして手を差し伸べようとしたイザークのわきをすり抜けて奥へと入って行く。
「あ、私の事ならお気になさらずに」
彼女はきっぱりというと部屋の隅へと移動した。
「気にするなと言われても」
そういってティアを振り返ると、彼女は小さなソファを部屋の隅に移動し始めた。「おいおい」と思いつつも、面白くなってきてその行動を目で追ってしまった。妻は時々ものすごく愉快なことをする。
ティアは扉から死角となる場所にソファをしっかりと寄せるとそこに陣取った。あろうことか大きな荷物から枕を出し、毛布を出し始めた。
「おい、何をしているんだ。その大きな荷物はお泊りセットか?」
さすがに止めにはいる。
「私を気にしては駄目です」
「何がダメなんだ。意味がわからない」
イザークがつかつかとティアに近寄る。
「イザーク様、おやすみなさい」
言うが早いか、彼女は頭から毛布をかぶった。イザークはため息を一つついた。普段は全くわがままを言わないティア。そっと毛布に手を伸ばした。
「しょうがないな。今日だけだぞ」
そういうと毛布越しにティアの頭をやさしく撫でた。もうすぐ18歳になる彼女の望む幸せは、とても小さくて可愛らしいものだった。
あっさりとしたもので、しばらく頭を撫でてやると、すぐに寝入ってしまった。そこへノックの音がした。まずいところへと思いつつも、「どうぞ」と声をかける。シーリーだった。
彼は一瞬でティアを見つけた。死角にいるはずなのに、妹専用のセンサーでもついているのだろうか。
「なんで、ティアラがソファにいるのです?あなたはうちの可愛い妹に一体何を強いているのです?いくら可愛いからって、持ち運べるペットではないのですよ」
可愛いを二度もいった。シーリーの誤解を解くのに数分かかった。
結局、ぐっすり眠ったティアを抱いて、長い廊下を歩き寝室に連れて行き、執務室に戻った。その間、城の者達から浴びせられ続けた生温かい視線の数々は気にしないことにした。
シーリーから持ち込まれた話は以下のような物だった。
カルディアとの国境付近の街を中心に、近頃野盗が頻繁に現れ両国の貴族や裕福な農園が被害にあっている。また、難民を狙った奴隷売買も行われ、それらが原因となって、急速に治安が悪化してきているという。
シーリーは貴族に知己が多く、独特の情報網をもっている。いままでも随分とそれに助けられてきた。
イザークはすぐに密偵を放って探らせた。
早い段階だったため、すぐに調べはついた。
国境付近の街バラスを根城とするならず者集団の仕業だった。
その中心には賭博場や娼館があり、悪事を手広く仕掛けている。彼らはここ半年で急激に頭角を現してきた。
ツールベルグにも被害が出ているし、奴隷売買など容認できるものではない。つぶす方針で更に調べをすすめると、嫌な知らせを受けた。
彼らのボスは異常な求心力を持つ人物で、集団は彼に絶対服従だという。そして、恐怖でもって支配している。
予想はついた。ボスは金髪で青い瞳を持つ美貌の男だという証言もある。カーライルだ。やはり王族はしぶとい。
また、有力な人物に魅了をかけて組織を構築したのか、奪ったのか。いずれにしても放置しておくわけにはいかない。
イザークは、とりあえずティアには秘密にしたかったのだが、彼女に隠し事をするのは難しすぎた。
日頃から、ぼけた言動の多い彼女だが、妙に聡いところがある。
普段は感情や感覚の赴くままに生きている様に見えるのに、意外に理路整然と物事を考える面もある。そういうところは、兄のシーリーとよく似ている。
今や王妃となってツールベルグの内情を把握している彼女にあっという間に看破された。
イザークは大切な妃の瞳にカーライルの姿が映ることに耐えられそうもなかった。そんなことをしたら、彼女が穢れるような気がした。辛抱強く言い聞かせて留守番させることにした。やっと娶ることが叶った妻だ。あらゆる薄汚いものから守らなければならない。
イザークは討伐隊を組織した。ヴォルフとアリエルは、どうしても行きたいといい。ノーラも参加する満々だ。
そしてなぜか、カーライルと一度も面識のないアルフォンスも行きたがった。なにやら相当恨んでいるようだ。そういえば城の中にも数人そういうものがいる。もしかしたら、彼らも前回の半生を覚えているのかもしれない。しかし、アルフォンスは最近ツールベルグ家の家令から、宰相代行となった。そんな人物を連れてはいけない。
とりあえず、ヴォルフを連れ、数人の精鋭で行くこととなった。
「国王のあんたが一番行っちゃだめだろう」
とノーラやほかの者にも言われたが、イザークはここで初めて国王の強権を発動した。すすんで見たいものではないが、とりあえ潰さなくてはならない。それに奴の魅了の力は健在だ。注意してかからねばならない。
イザークはその点、アミュレットなど持たずとも魅了の利かない自分なら最適だと思った。
実は八か月ほど前の戦いのおり、ティアが心配でカーライルを仕留める寸前で放置してしまった。殺しても飽き足らない奴なのに、愛する女性を前には些事となる。
しかし、気にかけてはいた。カーライルを槍で縫い留めておいた場所にイザークが行くともぬけの殻となっていた。
どうやら、ティアのはった結界の恩恵を受けて抜け出したようだ。
槍も昔より、中途半端に呪いの力が弱まっていた。ティアに聞くと、王宮の地下宝物庫で少し呪いの解除をしていたという。
あの黒々とした槍を見た瞬間とても嫌な予感がしたからと言っていたから当時、中途半端に前回の半生を思い出していたのだろう。
残念ながら、弱った呪いでは奴が、ぐつぐつに腐ることはなさそうだ。カルディアの王族の血をひくものは簡単には死なない。異能といってもいいほどの丈夫さを誇る。それは血が薄まっていても同じだ。
だからその分死に際も無駄にのび、普通の人間より苦悶が続く。よって王族の処刑は酸鼻を極めるものとなる。
討伐隊は迅速に城を出た。
組織だっているとはいっても所詮はならず者の寄せ集め、あっという間に瓦解した。討伐は半日ほどで事足りた。
カーライルも娼館の一室に隠れていたところを通報によりあっさりと捕縛された。子飼いの魔導士も兵士もとうに失っている。彼に身を守る手立てはない。赤子も同然だった。所詮は王宮しか知らない世間知らずだ。
「おい!貴様わかっているのか?俺は王族だぞ?勝手に処罰してみろ。大問題だ」
落ちぶれて命乞いをするのならまだしも、特権意識丸出しの戯言だ。イザークはすぐこの場で斬り殺したくなった。
「イザーク様、こいつどうします?」
ヴォルフが剥き身の剣を無造作に振り回している。彼もやる気満々だ。
しかし、ここでこいつを屠ったことが、あとあとカルディアにバレると面倒なことになる。
あの国は何とか優位にたてないかとツールベルグに縋りつつも、あがいている状態だ。今は微妙な均衡の上に関係が成り立っている。ツールベルグとしては、恩を売りつつ今まで通りに優位にたちたい。
「そうだな。カルディアに引き渡すか」
「え?なんでですか?」
と驚くヴォルフ。
「その方が効果的に罰を与えられるから」
王族の骨肉の争いは凄まじかった。秘密裏にカーライルを引き渡せば、暫定で王となったフィリップは嬉々として処分するだろう。カーライルは公式には行方不明と発表されているのだから。
「国に帰してやる。久しぶりに兄との対面だな」
初めてカーライルの顔に恐怖が浮かんだ。
かくして、カーライルはツールベルグ城に移送することなく、カルディアの王城に速やかに送られた。
夜明けに城に戻ると、ティアの温かい笑顔に迎えられた。彼女が事の次第を聞くことはなかった。




