始祖たち
それから百七日は問題なくにゃからんてぃと俺のコンビで
ランダムに闘技場で手合わせされる、流れ人を撃破し続けた。
にゃからんてぃの能力は予知と言ってもいいもので
数秒先に起こることが分かるという、かなり便利なものだということを
二人で戦い続けた俺は理解した。
百七日間の対戦で印象的だった流れ人は、二人だけだ。
もちろん武力的には俺とにゃからんてぃコンビが突出していたので
危うかったことは殆どないのだが、人物的にはその二人はかなり興味深かった。
一人目はマヒラ・ムケンディというアフリカのコンゴ共和国出身の黒人で
難民キャンプ中の医療施設で重病で死にかけていたら、
いつのまにかこの世界に来ていたという。
土着風俗のような呪術を実際に形にして、
土や空気から生まれる輝く精霊たち共に、俺たちと戦っていた。
手合わせ後に、近寄ってきた背の高い温和そうな彼に、色々と話を聞くと
「イメージと身体感覚、そして環境が合致すれば、
我々は、新しい概念をこの世界に、何でも作り出せる」
というような難しい話をされ、俺の頭に何故か強く印象に残った。
美射曰く、この世界の神様の何体かを、遥か古代に創ったのは彼らしい。
ちなみにロ・ゼルターナ神は違うそうだ。良かった。
あいつだけは許せない。いや濡れ衣だったらあれだが、
何となく女難の坩堝に俺を放り込んでるのは、ロ・ゼ神な気がする。
二人目は、というか二体目は人ではない。
百八日間も戦っていると鳥やらドラゴンやら、色々出てくるので
人ではない流れ人はもう見慣れたが、その流れ人は
立ち上がると十メートル強の巨大な灰色のタコのような姿で、八本の手足に様々な武器を絡ませて
入れ代わり立ち代り斬撃や打撃、刺突を繰り返してくるので
一瞬だけにゃからんてぃの予知が間に合わずに、俺たちをヒヤリとさせた。
「スォームル・ベイシャ」と名乗ったその水棲族の流れ人は
ルマンバズ星の一市民だったと低い良く響く心地よい声で、
手合わせ後に俺たちに話してくれた。水で溢れるその星では
水棲生物たちが知的生命体に進化していて水中で生活しているらしく、
スォームルは水中で行われる土木工事の設計技官で、
たまたま現場の崩落事故に巻き込まれて、
大きな建材に挟まれ。海中を漂っていると、いつのまにかこの星の水中に着いていたと語った。
"ベイシャ"ということは、リグの遠い祖先なのかな……。
と美人で人魚の様なリグと、似ても似つかないこの厳しいタコ人を見つめながら俺は考えたが
未来のネタバレは厳禁なので言わなかった。美射は、
「水棲系流れ人歴代最強だから、水中だったら勝てなかったよ。闘技場が地上で良かったね」
とあっさりと解説して、唖然とするにゃからんてぃと俺を
いつものように試合後のデートに引っ張って行った。
そうなのである、俺の「もうやめるんじゃないか」という期待とは裏腹に
アクロバティックデートはその百七日間、結局、延々と繰り広げられた。
おれ=彼氏、にゃからんてぃ=彼氏の猫、美射=彼女
という設定で、延々と繰り広げられるロマンティックなのかカオスなのか
まったく分からない数々のデートに、若干ナーバスになったにゃからんてぃは
「にゃーん……ニャという響きは静寂の鐘を鳴らすのに似ています。
ンは音が止まります。つまり生死の境ということです」
という初めて俺にも何となく分かるような弱音を呟いてしまい
ちょうどその日のデートのハイライトの
晴れ渡った海辺の坂道を三人が乗った自転車で下っていく所だったので、
気分を害した美射に睨まれて、「ニャ……にゃーん」
と慌てて言い直していた。
それと関係ないが、ハリケーントルネード斬りは言うたびに
変な笑いが口から出るので、出来るだけ無言で撃つことにした。
美射には不評だが、やはり、何となく戦いが締まらないのである。
そしてサヨコと対戦した最初の一日目と、百八日を合わせた
流れ人手合わせ百九日目。
再び、山場がやってきた。
その日、闘技場に降り立った俺とにゃからんてぃは
また変な形態をした流れ人と対戦させられる。
全身が巨大なスパークしている電気嵐に覆われている球体というか
電気が球体状になっているというか、とにかく
これが流れ人なのか……むしろ知的生命体なのかという疑問を持つ間もなく、
現れた巨大な電気球は、俺たちに空気中に電気を圧縮して
容赦なくぶつけてくる。
パチパチと言う準備音が鳴ると
肩に乗ったにゃからんてぃが俺の耳を右へ左に引っ張り、
迷うことなくその方向へと飛ぶと、逆方向に凄まじい雷光が走る。
巧みにその連続した激しい雷撃を回避し続けていくが、攻め手がさっぱり見つからない。
電気球の周囲の、スパークし続ける電気嵐にそもそも近づける感じがしないし
何の種族なのかも分からないので、対策のし様が無い。
そのまま、俺とにゃからんてぃは一時間ほど
逃げ回るように、電気球の周囲を雷光を避けながら、飛び回り続けた。
意を決して
「にゃかんらんぃ……ダメ元で、一人で攻撃してみていいか」
にゃからんてぃはバンバンバンと左肩を強く叩く。了解らしい。
俺は、とりあえず衝撃波を遠目から三発放ってみる。
やはり予想通り、電気の壁に阻まれて、球体に近づけずに掻き消えた。
よし、ならばこれでどうだ。サッとにゃからんてぃを下に降ろすと
観客席の高いところへと駆け上がり
そこを全力で蹴り上げて、高く跳躍した俺は
上空から電気球に向け、衝撃波を四発放つ、
そして衝撃波と共に、電気玉に向けて落下して行き
巨大な電気球の頭上から、幽鬼斬を放つ。一瞬、二つに切れたような気がしたが
すぐに元の球体に戻った電気球の、周囲のスパークする雷から体を焼かれながら
「ハリケーントルネード斬りっ!!!」
つい言ってしまったが、仕方ない。苦笑している場合ではないのだ。
下から斬り上げるように、体をエス時に捻りながら、二発の撓った斬撃を放ち、
電気球の身体下から激しい竜巻を発生させる。
自らの全身が電気で焦げている匂いを嗅ぎながら、俺は素早く飛び退く。
シューシューという音と微かな煙を立てながら、
電気により焦げた俺の体中の皮膚が再生していっている。
そうか、激しいダメージを負うとこんなになるのか。と思いながら
満身創痍の俺は、竜巻の中に呑まれている電気球を眺める。
しばらく竜巻の中でのた打ち回った電気球は、なんと耐え切った。
かなりサイズが小さくなり、高さが俺の背丈ほどになったが、
竜巻が消えた後にも相変わらず
パチパチという音をさせながら、そこにまだ存在していた。
クイックイッと近寄ってきたにゃからんてぃが、俺の足元を引っ張る。
にゃからんてぃの指差す方向を見ると、
観客席の美射がかなり悩んでいる様子だった。
どうやら試合を止めるかどうか、判断がつかないらしい。
再び俺に肩車されたにゃからんてぃは
「梅の木に沸くカイガラムシは虚しいものです。分けも分からず甘い液体を垂らし
そしてそれは趣向品のコーティングになります」
意味不明なことを言うが、俺は、何となくその意味が分かった。
「もしかして、試合放棄?」
にゃからんてぃは左肩を一回軽く叩く。
「そうか。これ以上戦っても仕方ないか」
思念の部屋で菅がいったように戦いの経験が筋肉にフィードバックされるのなら
今ごろ俺のリアル身体も激しい傷を負っているのかもしれないしな。
これ以上は危ないかもしれない。
それに相手の電気球だって、例え脳内世界でも、これ以上小さくなりたくは無いだろう。
俺は右手を大きく上げて
「試合放棄だ!!負けだ、負け!!俺の負け!!」
観客席で俺の様子を見た美射はホッとして頷き、
「勝者!!名前の無いプラズマ球!!」
と告げ、同時に俺の目前で佇む電気球も消えた。
ホッとして座り込んだ俺は、観客席から飛び降りて駆け寄ってくる美射に
「なにあれ?生き物?」
と力なく訊ねる。今回は疲れた。命の危機ではなかったが
体がこんなにダメージを負ったのは初めてだろう。
全身の服の焦げたり、焼けて穴が空いた跡が酷い。
それに初の敗戦でもあるが、勝ち負けには拘ってないのでどうでもいい。
「知的生命体だよ」
「マジかよ。どっからみても電気の球だろ……」
「人間の脳内も電気信号の行き来で思考してるよね?」
「何となくそんなのを中学で習った気はする」
「永続的でランダムな電気信号の行き来があれば、
ある切欠で、その現象自体が思考することが可能になることがあるの」
「とんでも科学かよ……」
意味は何となく分かるが、そんな変な話は聞いたこともない。
高二なのでよくしらんが、そんな学説もないんじゃないだろうか。
「ほんとだってー。そしてその現象そのものが流れ人として、この星に呼ばれたのよ」
「あんなのまで呼ぶんだな……」
「彼は、一部幽鬼の始祖ね。雷のエレメント系は彼の体が分かれていった結果じゃないのかな」
「似たような"雷精"とかいうのがいるってのは、だいぶ前に聞いたな」
喋るとも聞いた。あれが喋るとか想像すると怖い。
「それだと思う。人型の生き物たちは、流れ人は
自分たちに似たものしか居ないと思っている人も多いようだけど」
「……実は幽鬼にも居ると……」
「そゆことよっ。ささ、デートに行きますか」
トコトコ歩いて美射に近寄ったにゃからんてぃは
「にゃと言う音は韮をすり潰す匂いがします。ンは全ての終わりです。
どうか予言の通りに始まりと終わりを見返さないでください」
とにゃーにゃー言いながらジェスチャーも交えて
「デートでの猫役はもう沢山だ」と美射に告げる。これは俺にも意味が分かった。
「しかたないなぁ。じゃあ今日は……」
美射は何かを思いついたように、パチッとという音をして
周囲を武家屋敷に囲まれた町の大きな道路に変える。
時代劇で見たことある江戸時代の街のようだ。
「……」
ボロボロの服のままで唖然としていると
「今日は悪代官にゃからんてぃに、囚われた私を
大泥棒但馬が助け出すというデートね」
にゃからんてぃは違う役を与えられてやる気が出たのか、
「スタンバイオッケ!!テカダンス!!ハリアー!」
と意味不明な英語のような言葉を叫んで、尻尾を振りながら踊りだした。
俺はボロボロの服の埃を掃って、
やる気無く、美射が差し出した黒装束を受け取った。




